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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ1年目

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45/112

首位


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三月になった。


プレミアリーグは残り十節を切っていた。


順位表の上位三チームが、勝ち点差四の中に固まっていた。アストン・ヴィラ、マンチェスター・ユナイテッド、そしてアーセナル。どこが優勝してもおかしくなかった。逆に言えば、どこが脱落してもおかしくなかった。


ゾーイから週に一度、状況の整理が送られてきた。


「残り九節。直接対決が二試合あります。ユナイテッドとは次節アウェイ、アーセナルとは四月にアウェイです。どちらも落とせない」


ニコラスはそれを読んで、スマートフォンを置いた。


落とせない試合など、最初からなかった。今も同じだ。


ただ、空気が変わっていた。練習の密度が上がっていた。エメリーの言葉が短くなっていた。チームメイトの目が、違う種類の集中を持っていた。


これが、優勝争いだ。


-----


## アリスター視点


三月第二週の月曜日、アリスター・セント・クレアはトレーニンググラウンドで映像を見ていた。


ヴィラの直近五試合。ニコラス・ロメロの動きだけを追った映像を、コーチが用意していた。


見ながら、アリスターは思った。


本調子になってきた。


十一月にアンフィールドでリバプールに敗れた試合のあと、何かが変わった気がした。あの試合でニコラスは点を取れなかった。対策された。でもその後の試合から、動きの幅が広がった。マークが来ることを前提にした動き方をするようになった。


プレミア1年目の選手が、敗戦から学んで変わっている。


アリスターはそれを映像で確認して、少し笑った。


あいつはまだ成長している。


そのことが、単純に嬉しかった。ライバルだから怖い、ではなく。あいつが成長しているから、自分も成長しなければならない、という感覚だった。


「次のヴィラ戦、どう見てる」とチームメイトに聞かれた。


「勝てる」とアリスターは答えた。「でも楽じゃない」


「ロメロが怖いか」


アリスターは少し考えた。


「怖い、じゃない。楽しみだ」


チームメイトは少し呆れた顔をした。アリスターには、それが少し可笑しかった。


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## ニコラス視点


試合前日、エメリーがミーティングを開いた。


「ユナイテッドの強みは三つだ」エメリーは静かに言った。「セットプレー、トランジション、そしてセント・クレアのビルドアップだ」


ホワイトボードにユナイテッドの布陣が書かれた。


「セント・クレアはボールを受けたとき、縦への速度を上げるパスを選択する傾向がある。プレスに来た選手の逆を突く。ティーレマンスとオナナでその供給源を消す。ニコラス、お前は守備に深く戻るな。前線に残れ。カウンターの起点になる」


ニコラスは頷いた。


アリスターのビルドアップ。ヴィラホームでの対戦で何度も見ていた。パスを出す前の一瞬、目が動く。どこへ出すかを体ではなく頭で決めているアリスターは、その目の動きで次を読める。でもその読み方があまりに速いから、普通の選手には追えない。


自分も追えない。


でも今日は、守備はチームに任せる。自分は点を取る。


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試合当日、オールド・トラッフォードは満員だった。


三月の午後、空は曇っていた。七万五千人。アンフィールドとは違う密度があった。古いスタジアムの、歴史が染み込んだような圧があった。


アウェイだった。


ヴィラのユニフォームを着た選手が一角のスタンドに固まっていた。残りは全部赤だった。


アップでアリスターと目が合った。


今日はどちらも笑わなかった。


試合前の、静かな了解だった。


-----


試合が始まった。


前半、ユナイテッドが主導権を握った。


ホームの勢いがあった。アリスターが中盤で受けるたびにスタジアムが反応した。ティーレマンスが出た。アリスターはワンタッチで右へ逃がした。繋がった。


十七分、アリスターがFKを得た。


ペナルティエリアまで約二十七メートル。左中央寄りの位置だった。


アリスターがボールをセットした。時間をかけた。壁の位置を確認した。GKの立ち位置を見た。


蹴った瞬間、ボールに外側から回転がかかった。壁の左端を巻くように曲がる軌道。マルティネスが動いた。


ポストの内側を叩いた。


入らなかった。


スタンドがため息と感嘆の声を同時に上げた。


アリスターは額に手を当てた。マルティネスがボールを蹴り返した。


ニコラスはその場面をゴール前から見ていた。


前回の対戦よりFKの精度が上がっていた。コースも変えてきた。それでもマルティネスが反応した。二人の間に、静かな戦いが続いている。


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三十一分、ヴィラが先制した。


ティーレマンスがインターセプトした。前へ出した。ロジャーズが受けて仕掛けた。右へ流した。


ニコラスがペナルティエリアに入ったとき、DFが一枚来た。


止まらなかった。


DFの内側に体を入れた。ボールが来た。右足で合わせた。


低く、鋭く、GKの左下を抜いた。


一対〇。


アウェイ席の一角が、赤い壁の中で声を上げた。


ニコラスは右手を上げた。


アリスターの位置を確認した。ハーフウェイライン付近に立っていた。笑っていなかった。でも暗くもなかった。ただ、今日の仕事が続くという顔をしていた。


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## アリスター視点


一対〇。


ニコラスのゴールを、アリスターはハーフウェイライン付近から見ていた。


速かった。DFの内側に入る動きと、シュートまでの一連が、一つの動作として繋がっていた。考えていない。体が知っている。


映像で見ていたとおりだった。でも生で見ると、また違う。画面越しでは見えない速度があった。


アリスターは息を整えた。


前半はまだある。同点にして、ハーフタイムを迎える。それだけを考えた。


四十一分、アリスターはボールを受けた。


プレスが来ていた。でもアリスターには見えていた。右前方にスペースが生まれようとしていた。ヴィラの守備ラインが一瞬だけ前に出た。その後ろに、走り込む選手がいた。


タイミングを計った。


一歩。


パスを出した。


縦に鋭く、ラインの裏へ。


受けた選手がGKと一対一になった。


シュートを打った。


マルティネスが弾いた。


跳ね返りが来た。押し込んだ。


一対一。


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## ニコラス視点


同点になった。


ニコラスはポジションに戻りながら、そのゴールの起点を振り返った。


アリスターのパスだった。


ラインの裏への縦パス。タイミングが完璧だった。ヴィラのDFが一歩前に出た瞬間を見ていた。あの一瞬を捉えるのは、試合全体を俯瞰で見ていないとできない。


ゴールを取ることに集中しているニコラスには、ああいうパスは出せない。


違う種類の選手だ、とニコラスは思った。自分は体が先に動く。アリスターは頭が先に動く。でも両方とも、試合の中で確信を持って動いている。


前半が終わった。一対一。


ロッカールームでエメリーが言った。


「焦るな。後半四十五分ある。いつも通りやれ」


ニコラスはそれを聞いた。


いつも通り。今日のいつも通りは何だ。


ゴールを取ること。それだけだ。


-----


後半が始まった。


ユナイテッドが圧力を上げた。アリスターが中盤で何度も起点になった。ティーレマンスが前に出た。でもアリスターは一歩早くボールを逃がした。


六十三分、アリスターが右サイドへ展開した。クロスが来た。マルティネスが飛び出した。弾いた。


七十一分、ニコラスにチャンスが来た。


カウンター。ボールを受けた。DFが二枚来た。


右か左か。


右のDFが少し速かった。


左へ切り返した。


もう一枚が来た。


シュートコースがなかった。


ロジャーズへ出した。


ロジャーズがシュートした。GKが正面で止めた。


惜しかった。でもニコラスの判断は正しかった。コースがなければ出す。それはルガーノで学んだことだった。


七十七分、ニコラスがシュートした。GKが片手で弾いた。


何度でも来る。


-----


八十七分。


ティーレマンスがボールを奪った。


前へ出した。ニコラスが受けた。


DFが一枚——いや、一瞬前まで二枚だった。


もう一枚はロジャーズへ引きつけられていた。


ロジャーズが右サイドへ走っていた。DFが一枚、その動きについていった。


その分だけ、ニコラスの前のスペースが広がった。


DFが一枚。


止まった。


DFが詰めた。


その瞬間、体が低くなった。


二枚の間を、強引に抜いた。


バランスを崩しながら、左足で蹴った。


弱かった。でも低かった。GKの股下を抜けた。


入った。


二対一。


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オールド・トラッフォードが静かになった。アウェイ席の一角だけが声を上げた。


ニコラスは右手を上げた。


左足だった。ほとんど使わない左足で、バランスを崩しながら蹴った。それが入った。


なぜ入ったかは、自分でもわからなかった。ただ体が、その隙間に蹴り込んだ。


チームメイトが来た。全員が来た。


ワトキンスも来た。何も言わなかった。でも肩を叩いた。いつもの短い頷きとは違う叩き方だった。


オールド・トラッフォードで、アウェイで、残り三分で決めた。


その重さが、全員の体にあった。


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試合は二対一で終わった。


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## アリスター視点


負けた。


ロッカールームで着替えながら、アリスターは順位表を確認した。


アーセナルがその日ニューカッスルと引き分けていた。


ヴィラ、勝ち点七十五。アーセナル、勝ち点七十四。ユナイテッド、勝ち点七十一。


ヴィラが首位に立った。


残り六節。でもその差は一点だ。アーセナルには試合が一つ残っている。


厳しくなった、とアリスターは思った。でも終わっていない。


通路に出ると、ニコラスが歩いていた。


「あの八十七分、どこを見てた」とアリスターが言った。


「GKを見ていた」


「DFが来てたのに?」


「DFが詰めたから、GKが動けなかった」


アリスターはその答えを少し考えた。


「体がそう判断したのか」


「そうだと思う」


アリスターは息を吐いた。


「俺には、それができない」


ニコラスは少し間を置いた。


「お前のパス、四十一分のやつ。どう見えていた」


「ラインが上がった瞬間が見えた。だから出した」


「俺には、ああいうパスが出せない」


二人は少しの間、廊下を並んで歩いた。


「次で取り返す」とアリスターが言った。


「来い」とニコラスは言った。


先に歩いたのは、今日はアリスターだった。


背筋がまっすぐだった。負けた直後なのに、折れていなかった。


そういう人間だ、とニコラスは思った。


そういう人間と同じ時代に生まれた。


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その夜、ゾーイからメッセージが来た。


「現在首位です。アーセナルとは勝ち点一差。ただし相手には消化試合が一つ残っています。残り六節。次はアーセナルとのアウェイです」


ニコラスはそれを読んだ。


首位。


でも一試合分の猶予しかない。


次はアーセナルだ。


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