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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ1年目

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44/113

七万人


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三月の中旬、グレースがまたバーミンガムに来た。


十二月に来たときは夜の試合だった。スタンドで声を出してくれた。ニコラスには見えなかったが、声を出していたのは後から聞いた。


今回は昼間の試合だった。


「今度はちゃんと見える席にしてほしいって言ってたでしょ」とグレースは電話で言った。


「用意した」


「どこ?」


「ゴール裏じゃない。ちゃんと見える場所だ」


「嬉しいわ」とグレースは言った。


-----


試合当日、ニコラスはグラウンドに出る前にグレースのいる席を確認した。


今回は位置がわかっていた。十二月は人の流れに紛れてどこにいるか見えなかった。今日はわかる。


-----


試合が始まった。


序盤、ニコラスはマークを外す動きを繰り返した。相手のDFが二枚で対応してきた。十月以降、ずっとそうだった。一枚の頃は遠かった。


二十一分、ロジャーズがボールを持った瞬間、ニコラスはエリアの外から走り込んだ。DFが一枚ついてきた。もう一枚はロジャーズを見ていた。


その一枚の内側へ、体ごと入った。


DFが来た。


止まらなかった。


右足を振った。


低く、速く。


入った。


スタジアムが揺れた。


右手を上げた。グレースのいる方向を向いた。


見えた。


七万人の中で、グレースが立っていた。小さかった。でも碧いスカーフが見えた。十二月に来たときと同じスカーフだった。


声は聞こえなかった。でも口が動いていた。


何を言っているかはわからなかった。でも見えた。


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試合はヴィラが二対〇で勝った。


ニコラスが二点取った。


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試合後、スタジアムの外でグレースと合流した。


人の流れがまだ多かった。グレースは柱のそばで待っていた。


「今日は見えたか」とニコラスは聞いた。


「両方見えたわ」とグレースは言った。「一点目の方が好きだった」


「なぜ」


「あなたが止まらなかった。DFが来ても、体が前に進んでいた」グレースは少し間を置いた。「チェスターフィールドで初めて試合を見たとき、あなたはゴールを決めても誰も見なかった。次のポジションに戻っていた。今日はゴールを決めてこっちを向いてくれた。それが嬉しかった」


「十二月も向いた」


「あのときは見えなかったって言ったでしょ」グレースは笑った。「今日は見えた。それで十分よ」


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カフェに入った。十二月にも来た店だった。窓際の席が空いていた。


「チェスターフィールドの人たちが、よくあなたの話をするのよ」とグレースは言った。コーヒーを両手で包みながら。


「誰が」


「近所の人、スーパーの人、テリーさんも。みんなテレビで見てる。ヴィラのユニフォームを買った人もいるって聞いた」


「9番を」


「そうよ」グレースは少し笑った。「チェスターフィールドの人間がヴィラのユニフォームを着るのよ。あなたのせいで」


ニコラスは何も言わなかった。


「悪い意味じゃないわよ」グレースはコーヒーを飲んだ。「あなたのことを誇りに思ってる人が増えた、ということ」


誇り、という言葉をニコラスは少し考えた。


自分がサッカーを始めたのは十六歳だった。チェスターフィールドの誰かが誇りに思うようなことは、当時は何もなかった。タトゥーを入れて、どこへも向かっていなかった。


でも今はそうなっている。


「母さんはどうだ」


「私?」グレースは少し目が細くなった。「私はずっとそうよ。変わらない」


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駅まで送った。


改札の前でグレースが振り返った。


「来季も来るわよ」


「わかった」


「タイトルを取ったら来る。負けてても来る」グレースは言った。「試合に勝っても負けても、あなたがピッチに立っているなら来る」


ニコラスは少し間を置いた。


「来てくれ」


グレースは頷いた。改札に向かった。


三歩ほど行って、振り返らなかった。


それがグレースのやり方だった。振り返らない。でもまた来る。


ニコラスは改札が閉まるまで、その場に立っていた。


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