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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ1年目

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42/109

チャンピオンズリーグ――レアル・マドリード(第二戦)


-----


二月の最終週、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント一回戦第二戦。


ヴィラパークに、レアル・マドリードが来た。


第一戦の結果は一対三。逆転突破には三点取って無失点が必要だった。


試合前の週、バーミンガムの空気が変わった。


街の至る所にヴィラの旗が出た。スタジアムの周辺にサポーターが集まった。無理だという声もあった。でも諦めろという声は、誰も出さなかった。


この街の人間は知っている。ヴィラパークで七万人が声を出したとき、何が起きるかを。


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試合前夜、ニコラスは眠れなかった。


四時に目が覚めた。いつも通りだった。でも今日は、眠り直す気にならなかった。


窓の外を見た。バーミンガムの夜は暗かった。


三点取る。無失点。


現実的ではないと、頭のどこかで思っていた。でもそれを信じるかどうかは、別の話だった。


ニコラスはただ、今日ゴールを取ることだけを考えた。一点、また一点。それだけだ。


-----


試合前、ロッカールームでエメリーが静かに言った。


「今日は奇跡を狙う。でも奇跡は準備した者にだけ来る。お前たちはこの一週間、準備した。あとはピッチでやるだけだ」


誰も余計なことを言わなかった。


マルティネスが立ち上がった。


「俺たちのホームだ」とだけ言った。スペイン語と英語が混じった短い言葉だった。


誰かが頷いた。


ニコラスも頷いた。


-----


アンセムが流れた。


七万人が声を出した。


ヴィラパークの音が、ピッチを包んだ。ベルナベウとは種類が違う音だった。あちらは勝ち慣れた王者の余裕があった。こちらは、今日この場所で絶対に戦うという意志の音だった。


ニコラスはその音の中に立って、一瞬だけ目を閉じた。


この音の中で戦う。


-----


試合が始まった。


ヴィラが押した。


最初から前へ出た。プレスをかけた。レアルはそれを落ち着いて受けた。でもヴィラは止まらなかった。


八分、最初のチャンスが来た。


ロジャーズが仕掛けた。クロスが上がった。ニコラスがDFと競り合った。


ヘッドで合わせた。


GKが弾いた。


惜しかった。でも止まらなかった。


十六分、ティーレマンスが縦に速いパスを入れた。


ニコラスが受けた。DFが一枚来た。


背中を向けた。体を使って守った。反転した。


右足を振った。


低く速く、GKの右下へ。


入った。


一対〇。


七万人が爆発した。


合計スコア二対三。まだ二点差がある。でも最初の一点が入った。


ニコラスは右手を上げた。走った。


-----


レアルが落ち着きを取り戻した。


ボールを動かし始めた。ヴィラのプレスをいなした。焦らなかった。失点しても、慌てなかった。


それがこのクラブの強さだった。


でもヴィラも止まらなかった。


三十三分、サンチョが右サイドで仕掛けた。クロスが来た。ニコラスがファーサイドへ走った。


合わせた。


GKが弾いた。


こぼれ球が来た。ニコラスが右足で押し込んだ。


二対〇。


合計三対三。同点になった。


スタジアムが揺れ続けた。


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前半が終わった。


ロッカールームでエメリーが言った。「前半で追いついた。後半、一点取れば逆転だ。守備を崩すな」


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後半が始まった。


五十一分、レアルがカウンターに出た。


ヴィニシウスが受けた。スペースがあった。マルティネスが飛び出した。


ヴィニシウスが浮かせた。


バーに当たった。


入らなかった。


スタジアムが息を飲んだ。


マルティネスが立ち上がった。何か言った。スペイン語だった。自分に向けた声だった。


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ヴィラが攻め続けた。


ニコラスがエリアに侵入した。DFが二枚来た。挟まれた。でも体が低くなった。抜けた。


シュートを打った。


GKが弾いた。


六十三分、オナナが頭で落とした。ニコラスが受けた。


反転した。


右足を振った。


ポストに当たった。


入らなかった。


ニコラスはポストを一秒見た。それから前を向いた。


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七十二分。


レアルが攻めた。


ベリンガムがボールを持った。ティーレマンスが出た。ベリンガムはもうはたいていた。中盤を経由して、右サイドへ展開した。


クロスが来た。


マルティネスが前に出た。


パンチングした。


クリアが短かった。


レアルの選手が拾った。


シュートした。


入った。


二対一。


合計三対四。一点差に戻った。


スタジアムが静かになった。


一瞬だった。七万人の声が、一瞬止まった。


それからまた声が出た。諦めていなかった。まだ鳴り続けた。


でも数字は変わらなかった。


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残り十八分、ヴィラは二点取らなければならなかった。


エメリーがサンチョを下げてFWをもう一枚入れた。


ニコラスは前を向いた。


二点。取れるかどうかではなく、取りに行く。


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七十九分、ニコラスがボールを受けた。


ペナルティエリアの手前。角度がなかった。


それでも蹴った。


強く、低く。


入った。


三対一。合計四対四。あと一点。


スタジアムがまた揺れた。


-----


八十三分、レアルがカウンターに出た。


ヴィニシウスが受けた。誰も追いつけなかった。


マルティネスと一対一になった。


シュートした。


マルティネスが弾いた。


こぼれ球が来た。


押し込まれた。


三対二。合計四対五。


スタジアムが息を飲んだ。


-----


八十六分、コーナーキックが来た。


全員がエリアに入った。


ボールが上がった。


混戦になった。


こぼれ球をニコラスが右足で叩いた。


GKが反応した。


止められた。


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そのまま試合が終わった。


三対二。合計四対五。


ヴィラは敗退した。


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七万人が、しばらくその場を離れなかった。


選手たちがピッチを一周した。サポーターがまだ声を出していた。


ニコラスはそのピッチを歩きながら、スタンドを見た。


クラレットと青の波。今日のために来た七万人。


このスタジアムで、レアル・マドリードと戦った。


三点取った。でも届かなかった。


FAカップのエバートン戦と同じだ、とニコラスは思った。ゴールを取っても、届かない試合がある。でもあのときとは違う。あのときは「チームが同じ水準でなければ」と思った。今日は、チームとして戦った。でも届かなかった。


それが今の自分たちの限界だ。


そしてレアル・マドリードは、その限界の先にいる。


来季、また来る。


ここまで来たなら、その先へ行く。


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ロッカールームで、エメリーが最後に言った。


「誇りを持て。ベルナベウで戦って、ヴィラパークでここまで戦えるクラブは多くない。今日見せたものを、来季への土台にしろ」


静かだった。でも沈んではいなかった。


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着替えながら、ニコラスはスペインのことを思った。


ベルナベウで試合をした。マドリードの空を見た。スペイン語が飛び交う中でゴールを決めた。


父がいたかもしれない国で、父が守っていたゴールとは逆の側から、ボールを蹴り込んだ。


それが何かを意味するのかどうか、まだわからなかった。


でも今日、スペインのクラブと戦った。


その事実は、ここに残る。


-----


翌日、マルティネスが練習後に声をかけた。


「昨日、よく戦った」


「負けた」


「そうだ」マルティネスは頷いた。「でもベルナベウで一点取って、ヴィラパークで三点取った。レアルに三失点しかさせなかった。それがお前たちの今の実力だ」


ニコラスは少し間を置いた。


「スペインで、何か感じたか」とマルティネスが聞いた。


「音が」とニコラスは言った。


「音?」


「スペイン語の音が、どこかで聞いたことのある感じがした」


マルティネスはしばらくニコラスを見た。


「父親の声か」


ニコラスは答えなかった。


でも否定もしなかった。


マルティネスは「そうか」とだけ言った。それ以上追わなかった。


二人は並んで、グラウンドを引き揚げた。


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