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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ1年目

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41/109

チャンピオンズリーグ――レアル・マドリード(第一戦)


-----


二月の第二週、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント一回戦第一戦。


ヴィラはスペインへ向かった。


マドリード。


バスの窓から外を見た。空が青かった。バーミンガムとも、チェスターフィールドとも、コンヤとも、ルガーノとも違う青だった。乾いた空気が、窓越しでも感じられるような気がした。


スペイン。


父がいた国。どこかで、という話だ。トーレスに言われた。「ロメロという名前はスペイン中にある」。どこかに、父の血が来た場所がある。


ニコラスはそれを、旅行の感慨として考えていたわけではなかった。ただ、事実として思い出した。


窓の外のスペインの街並みが、後ろへ流れていった。


-----


サンティアゴ・ベルナベウ。


スタジアムに入ったとき、スケールが違った。


八万一千人。プレミアのスタジアムとは種類が違う圧があった。白い壁、白いシート、欧州最多優勝クラブの歴史が染み込んだような重さがあった。


アップでピッチに出た。


芝の匂いがした。どのスタジアムでも同じ匂いだ、とニコラスは思った。芝の匂いだけは、どこへ行っても変わらない。


スタジアムの中にスペイン語が飛び交っていた。


関係者の声、スタッフの声、選手たちが話す声。いくつもの言葉が混ざっていたが、スペイン語が一番多かった。


ニコラスは意識していなかった。でもある瞬間、その音の流れの中に何かを感じた。


音の質感だった。


父が夜、台所で独り言を言っていたときの、あの声の質感が、このスタジアムのどこかに混ざっていた。


意味はわからなかった。聞き取れもしなかった。でも音として、空気に溶けているものが、記憶の中の何かと繋がった。


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ヴィラのロッカールームで、エメリーがミーティングを開いた。


「ベルナベウでは、受け身になるな。前半から仕掛けろ。相手はここでの試合を知りすぎている。待てば待つほど相手の土俵になる」


ニコラスは頷いた。


レアル・マドリード。


映像は見ていた。ヴィニシウス、ベリンガム、モドリッチの後継者たち、そしてまだモドリッチ本人がいた。四十近い年齢でまだCLのピッチに立っていた。


でも映像より、今この瞬間、実物を見たいと思っていた。


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試合が始まった。


最初の十分で、わかった。


リバプールがCLのスイッチを入れるチームなら、レアル・マドリードはCLそのものだった。


落ち着きが違った。押されても慌てない。パスを奪われても、すぐに取り返す。攻守の切り替えが速いのに、誰も走り回っていなかった。それぞれが最小限の動きで、最大限の効果を出していた。


十七分、先制点を取られた。


ベリンガムが中盤でボールを受けた。ティーレマンスが出た。でもベリンガムはもうはたいていた。ヴィニシウスが受けた。キャッシュが対応した。


一瞬だった。


ヴィニシウスが切り返した。キャッシュが追えなかった。クロスが入った。


マルティネスが弾いた。


でも二次攻撃が来た。ニアサイドに叩き込まれた。


〇対一。


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ヴィラは攻めた。


ロジャーズが仕掛けた。ニコラスがエリアに入った。でもレアルの守備は崩れなかった。マークがはっきりしていた。ニコラスが動くたびに、CB二枚のうち一枚が必ずついてきた。


単純に速かった。ニコラスが動き出す前に、ポジションを先に修正していた。


考えて守っている、とニコラスは思った。


自分の体が先に動くように、あの守備陣は頭が先に動いている。


三十一分、ニコラスにボールが来た。


エリアの外だった。DFが一枚。距離があった。


シュートを打った。


GKが正面で止めた。


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三十八分、またやられた。


今度はセットプレーだった。CKからヘッドで合わせられた。マルティネスが反応したが届かなかった。


〇対二。


ベルナベウが揺れた。八万人の白い波が、スタジアムを包んだ。


ニコラスはポジションに戻りながら、その音を体で受けた。


消えない。この音は消えない。


でも試合は続く。


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ハーフタイム。エメリーが言った。声が落ち着いていた。


「二点差だ。でも第二戦がある。今日、一点でも取って帰る。その一点が、ヴィラパークで全部を変える」


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後半が始まった。


ヴィラが押し込んだ。ティーレマンスが縦に速いボールを入れた。ロジャーズが仕掛けた。ニコラスがエリアに入り続けた。


六十一分、コーナーキックが来た。


オナナが頭で落とした。


ニコラスがいた。


右足で合わせた。


ファーポストの内側に入った。


一対二。


ベルナベウが少し静かになった。


ニコラスは右手を上げた。


スタジアムの中にスペイン語が響いていた。観客の声、ため息、次の動きを準備する声。


その中に立っていた。


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七十三分、レアルがカウンターに出た。


ヴィニシウスが受けた。スペースがあった。誰も追いつけなかった。


マルティネスと一対一になった。


マルティネスが飛び出した。


ヴィニシウスが浮かせた。


入った。


一対三。


試合が終わりに近づいていた。


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それでもニコラスは走り続けた。


八十一分にシュートを打った。GKが弾いた。


八十七分にヘッドで合わせた。バーに当たった。


入らなかった。


試合は一対三で終わった。


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ロッカールームは静かだった。


三点差。第二戦でヴィラパークで三点取って、一点もやらなければ勝てる。


現実的ではないと、誰もが思っていた。でも誰も口に出さなかった。


エメリーが言った。「まだ終わっていない。ヴィラパークで戦う。それだけを考えろ」


-----


ホテルに戻った夜、ニコラスはベッドの上で天井を見ていた。


一点取った。でも三点取られた。


ベルナベウ。スペイン語が飛び交うスタジアム。父がいたかもしれない国の、一番大きなスタジアムで、ニコラスは今日戦った。


父がゴールを守っていた国。膝が壊れる前に、1番のユニフォームを着てゴールの前に立っていた国。


今日、その国のピッチに立って、ゴールを決めた。


それが何かを意味するのかどうか、ニコラスにはわからなかった。


意味を求めているわけでもなかった。


ただ、今日のスタジアムの音の中に、父の声の質感があった。それだけが、静かに残っていた。


トーレスが「いつかわかるかもしれない」と言った。父がスペインのどこから来たのかを。


いつか、わかるかもしれない。


でも今夜は、眠る。


明日バーミンガムに帰る。


ヴィラパークで、また戦う。


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