父
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十二月の終わり、練習が早く終わった日があった。
グラウンドに残って、ニコラスは一人でシュート練習をしていた。GKはいなかった。ただボールを蹴って、拾って、また蹴った。
しばらくして、マルティネスが戻ってきた。ロッカールームに忘れ物をしたのか、グラブを持っていた。
「まだいたのか」
「いた」
マルティネスはグラウンドを見た。ボールが散らばっていた。
「付き合おうか」
「いい」
「遠慮するな」マルティネスはすでにゴールへ歩いていた。「俺も練習になる」
断る理由がなかった。
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十本ほど打った。
マルティネスは三本止めた。七本は入った。止められた三本を、ニコラスは頭の中でなぞった。コースが甘かった一本。タイミングが読まれた一本。もう一本は、マルティネスが良かった。
「さっきの真ん中のやつ」とマルティネスが言った。「お前が一瞬迷った」
「迷っていない」
「体が迷ってた。蹴る前に右足の角度が変わった」
ニコラスは少し間を置いた。
「そうかもしれない」
「俺にはわかる。何千本も見てきたから」マルティネスはボールを蹴り返した。「GKってのはそういうもんだ。シュートを打つ人間の体を読む」
「父もGKだった」
口から出た。
考えて言ったわけではなかった。マルティネスがGKの話をして、それに続いて自然に出た。
マルティネスは何も言わなかった。ただニコラスを見た。
「ラ・リーガ2部にいた」とニコラスは続けた。「膝の手術が失敗して、戻れなくなった。それからイングランドに来た」
「そうか」
「俺にサッカーは教えなかった。別の人間に連れて行ってもらって、初めてボールを蹴った」
マルティネスはしばらく黙っていた。
「いつ死んだんだ」
「十六のとき」
沈黙があった。
グラウンドに風が通った。冬の空が低かった。
「それは寂しいな」とマルティネスは言った。
それだけだった。
同情でも慰めでもなかった。ただそう思ったから言った、という声だった。ニコラスはその言葉をそのまま受け取った。足したり引いたりしなかった。
「GKの息子がFWか」とマルティネスは少しして言った。「面白い」
「面白いか」
「面白いだろう。ゴールを守る人間の息子が、ゴールを取りにくる」
ニコラスは少し考えた。
「教わったことはない。でも、GKがどこに立つかを知っている気がする。どうすれば守れないかを」
「父親から見て育ったから」
「そうかもしれない。ただ……GKとして戦った人間が近くにいた、ということだけはわかる」
マルティネスは頷いた。何かを言おうとして、やめた。言葉にしない方がいいと判断したように見えた。
ニコラスもそれ以上言わなかった。
父のことを誰かに話したのは、これが初めてだった。
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その夜、ニコラスはリビングの椅子に座っていた。
バーミンガムのアパートは広くはなかった。でも一人には十分だった。
父のことを、久しぶりに長く考えた。
エドゥアルド・ロメロ。ラ・リーガ2部のGK。背番号1番。膝の手術が失敗して、夢を絶たれた。チェスターフィールドに来て、酒が増えた。
リビングに飾られた額の中のユニフォームを、ニコラスはずっと「呪い」のように見ていた。でも今夜は少し違う気がした。
あれはエドゥアルド・ロメロが、ゴールを守っていた証拠だった。膝が壊れる前に、ピッチに立っていた証拠だった。
夢を絶たれた男だったが、夢を持っていた男でもあった。
その両方が、同じユニフォームの中にあった。
悲しいとも、懐かしいとも、思わなかった。ただ、そうだったのだという事実として、静かにそこにあった。
父が最後まで別の人間になれなかったことを、ニコラスはずっとどこかで引きずっていた気がする。でも今夜は、それを引きずっているとも感じなかった。引きずっていないとも感じなかった。
ただ、あった。
父がいた。ゴールを守っていた男が、チェスターフィールドで酒を飲んでいた。その隣で自分は育った。
それだけが、事実だった。
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一月、代表のキャンプで、監督に呼ばれた。
「ワールドカップについて話しておきたい」
ニコラスは向かいに座った。
「2030年、お前は二十一歳だ。十分間に合う」
「わかっています」
「今から主軸として考えている。来季以降の起用もそのつもりだ」
ニコラスは短く頷いた。
ワールドカップ。
子供のころ、テレビで見ていた。チェスターフィールドの家で、父が酔っていない夜に、二人でソファに座って見たことがあった。何年の大会だったかは覚えていない。父が英語で何かを言っていた。スペイン語ではなく、英語で。何を言っていたかも覚えていない。
ただ、父の隣でテレビを見ていたことを、今思い出した。
それを思い出すのは、初めてだった。
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「行きたいか」とサカにキャンプで聞かれた。
「行く」とニコラスは答えた。
「それだけか」サカは笑った。「怖くないか。プレッシャーとか」
「プレッシャーは知らない。でも行く」
「根拠は」
「俺がそこにいるべきだから」
サカはしばらくニコラスを見た。それから笑った。
「お前らしい答えだ」
ニコラスには、それがどういう意味かよくわからなかった。でも否定ではなかったのでそれ以上考えなかった。
ただ、ワールドカップのピッチに自分が立つ映像を、頭の中で一度だけ描いた。
スタジアムが何人入るかは知らなかった。どこの国で開催されるかも、まだ分かっていなかった。
でも、そこに立つ。
それは「願い」ではなく、来るべきものとしてニコラスの中にあった。
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二月のある練習後、パウ・トーレスがまた声をかけてきた。
「最近、スペイン語の勉強はどうだ」
「少しずつ」
「Hola以外も覚えたか」
「Graciasも覚えた」
トーレスは笑った。「ありがとう、か。使う場面はあったか」
「マルティネスに止められたとき、言いそうになった」
トーレスは声を上げて笑った。「それは皮肉だな」
ニコラスは皮肉のつもりで言ったわけではなかった。でもトーレスが笑ったから、そうなのかもしれないと思った。
「お父さんはどこ出身だったんだ」とトーレスが聞いた。
「知らない」
「聞けなかったのか」
「聞かなかった」
トーレスは少し間を置いた。
「スペインのどこかだろうな。ロメロという名前はスペイン中にある」
ニコラスはその言葉を聞いた。
スペインのどこか。父がいた場所。膝を壊す前に、ゴールを守っていた場所。
行ってみたいとは思っていなかった。でも、あるのだということは知った。
「いつかわかるかもしれないな」とトーレスは言った。急かさない口調だった。
「そうかもしれない」とニコラスは答えた。
それだけだった。でもその「そうかもしれない」は、以前なら出てこなかった言葉だった気がした。
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