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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ1年目

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32/109

FK



-----


代表ウィークになると、ヴィラのトレーニンググラウンドが静かになった。


数人が残った。ニコラスは荷物をまとめて、イングランド代表のキャンプへ向かった。


バスの中で窓の外を見ていた。バーミンガムからロンドン方向へ向かう道は、いつも同じ景色だった。曇り。緑。高速道路。


プレミアに来てから、代表の招集が増えた。ルガーノのシーズン中も呼ばれていたが、移動距離が違った。今はイングランドの中で完結する。それだけで体への負担が違った。


-----


キャンプ初日の夕食で、サカが隣に来た。


「ヴィラ、調子いいじゃないか」


「まあまあだ」


「まあまあって言うな」サカは笑った。「プレミア1年目で複数ゴールはまあまあじゃない」


ニコラスは何も言わなかった。


「マルティネスとはうまくやってるか?」


「止められることもある」


「そりゃそうだろ」サカはまた笑った。「世界最高のGKの一人だぞ」


ニコラスは少し間を置いた。「練習で止められるたびに、コースが一個わかる」


サカはそれを聞いて、少し真顔になった。


「それ、すごいことを言ってるぞ」


「そうか?」


「GKに止められるのを、コースを学ぶ機会として使ってる。普通の選手はただ悔しいだけだ」


ニコラスはサカの言葉を聞いた。


そういう感覚だとは思っていなかった。ただ、止められた場所から次が見えるというだけだった。


「お前、ロジャーズとはうまくいってるか」とサカが続けた。


「やりやすい」


「だろうな。あいつの動き方はお前に合う。明日の練習、三人でやろう」


ニコラスは頷いた。


-----


キャンプ二日目の朝、食堂でアリスターと鉢合わせた。


「早いな」とアリスターが言った。トーストを持っていた。


「いつもこの時間だ」


アリスターは向かいの席に座った。断りもせず、当然のように。昔からそうだった。


「先週の試合、見返したか」とアリスターが聞いた。


「見ていない」


「俺は見た」


「何かわかったか」


「お前の二点目、跳ね返りをああ押し込めるのは、最初からそこに来ると思って動いていたからだ。ポストに当たる前に体がもう動いていた」


ニコラスは少し間を置いた。


「そうかもしれない」


「わかってなかったのか」


「体がそうしていたから、考えていなかった」


アリスターはトーストを一口食べた。少し考える顔をした。


「お前のゴールは、いつもそうだよな。考えて取るんじゃなくて、体が先に答えを知っている」


ニコラスは何も言わなかった。


「俺のFKは逆だ」とアリスターは続けた。「全部計算して蹴る。だからマルティネスに二本とも読まれた」


「読まれていたのか」


「ああ」アリスターは静かに言った。「あのGK、計算されたシュートを止めるのが得意だ。お前と毎日練習しているから、直感で来る球に慣れている。俺みたいな打ち方は逆に読みやすいのかもしれない」


ニコラスはマルティネスのことを思った。練習でコースを変えるたびに対応してくる大きな体を。


「次は違うコースにしろ」


「言うのは簡単だ」アリスターは苦笑した。「まあ、研究する」


二人はしばらく黙って食べた。


代表の食堂で、先週ピッチで戦った二人が向かい合って朝食を食べている。それが特別なことだとは、どちらも思っていなかった。


-----


翌日の練習、三人でのポジショナルトレーニングだった。


サカが右、ロジャーズが左、ニコラスが中央。


サカの動き方は、代表に来るたびに少しずつ変わっていた。ルガーノで初めて一緒にやったときと今では、判断の速度が上がっていた。でも変わっていないことがあった。味方の動きを信じて、パスを出すタイミングを早くしない。相手の守備が来てから、その逆を突く。焦らない。


ロジャーズとはヴィラで毎日やっている。あ以吸は合っていた。


三人でのパス回しで、ニコラスはペナルティエリアの中を動き続けた。サカが右から仕掛けて、ロジャーズが落として、ニコラスが打つ形が一番自然に出来上がった。


十本打って、八本枠に入った。


コーチが記録していた。


-----


試合は中立地でのフレンドリーマッチだった。


相手は格上ではなかった。でも代表の試合は毎回、クラブとは別の難しさがあった。一緒に練習する時間が短い。連携が薄い。でもそれを言い訳にする気は、ニコラスにはなかった。


スタメンで出た。


九番ではなかった。代表でのニコラスの番号は別だった。でもそれは関係なかった。ピッチに立てば、どこに向かうかは体が知っていた。


-----


前半二十六分、FKを得た。


ペナルティエリア正面、約二十二メートル。


ニコラスがボールの前に立った。


FKを蹴ることはルガーノでも何度かあった。でも得意ではなかった。ゴール前での泥臭い得点が多いニコラスにとって、FKは別の技術だった。アリスターのような、計算された精度はまだない。


でも、蹴る。


壁の立ち位置を見た。GKの位置を見た。


壁の右端、そこを越えて左に曲げる軌道を想定した。


助走した。


蹴った。


壁は越えた。


ただし、そのまま曲がらなかった。軌道が伸びすぎた。枠の左側を外れた。


ゴールにはならなかった。


ニコラスはボールが転がっていくのを見た。


「惜しかった」とロジャーズが言った。


ニコラスは何も言わなかった。


壁を越えたのは正解だった。曲がる量が足りなかった。次に同じ位置で同じ状況になったら、インパクトの角度を変える。


それだけを考えた。


-----


後半に入って、ニコラスは少し考え方を変えた。


FKを外してから、何かが少し開いた気がした。うまく説明できないが、枠の外を見た感覚が体に残っていて、それが逆にゴールの輪郭を鮮明にしていた。


六十一分、ロジャーズからパスが来た。


ペナルティエリアの外、少し左寄りだった。


角度があった。


止まらずに蹴った。


右足のアウトサイド気味に当たった。ボールが低く伸びた。GKがわずかに逆を突かれた。


入った。


-----


ゴールの後、ニコラスは少し立ち止まった。


枠の外を見た後の方が、枠が見える。


そういうことなのかもしれない、と思った。言葉にすると違う気もした。でも体はそう感じていた。


サカが来た。


「さっきのアウトサイド、狙ったか?」


「半分」


「半分?」


「枠を外したFKの後に蹴ったから。外の感覚がまだ残ってて、それより内側に行った」


サカはしばらくニコラスを見た。


「お前はいつも、よくわからない説明をするな」


「俺にもよくわからない」


「でも入ったんだろう」


「入った」


サカは笑った。「それでいい」


-----


試合が終わって、ロッカールームで着替えながら、ニコラスはゾエイからのメッセージに気づいた。


「FKのコースは惜しかったですね。でも後半のゴールは映像を見て驚きました。ああいうシュートは初めてじゃないですか」


ニコラスは少し考えてから返した。


「FKを外した後だった」


「それは関係ありますか」


「わからない。でも関係ある気がする」


ゾエイからしばらく返信がなかった。それから来た。


「分析しがいがありますね」


ニコラスはスマートフォンを置いた。


わからないことが、少し増えた気がした。


でもそのわからなさは、悪い種類のわからなさではなかった。


-----


キャンプ最終日の夜、サカが声をかけてきた。


「ヴィラ、シーズン後半も上位にいるか?」


「わからない」


「ユナイテッドとはどうだった」


「二対一で勝った」


「アリスターは?」


ニコラスは少し間を置いた。「やりやすかった」


「やりやすい?相手として?」


「そうじゃない。あいつと試合でやっと戦えた、という感じだ。やりにくいとかやりやすいとかではなく」


サカはその言葉を聞いた。


「複雑な関係だな」


「複雑ではない。ただ、長い」


サカは少し考えた顔をした。それから頷いた。


「そういうのは大事にしろよ」


ニコラスは答えなかった。


答える必要がないと思ったのか、答え方がわからなかったのか、自分でも判断できなかった。


-----


バーミンガムへ戻る道、ニコラスはまた窓の外を見ていた。


FKを外した感触がまだ右足に残っていた。


壁は越えた。曲がりが足りなかった。次はもう少し角度をつける。


そのためにはどんな練習が必要か。


それを考えながら、車が高速道路を走った。


バーミンガムの灰色の空が、近づいていた。


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