FK
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代表ウィークになると、ヴィラのトレーニンググラウンドが静かになった。
数人が残った。ニコラスは荷物をまとめて、イングランド代表のキャンプへ向かった。
バスの中で窓の外を見ていた。バーミンガムからロンドン方向へ向かう道は、いつも同じ景色だった。曇り。緑。高速道路。
プレミアに来てから、代表の招集が増えた。ルガーノのシーズン中も呼ばれていたが、移動距離が違った。今はイングランドの中で完結する。それだけで体への負担が違った。
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キャンプ初日の夕食で、サカが隣に来た。
「ヴィラ、調子いいじゃないか」
「まあまあだ」
「まあまあって言うな」サカは笑った。「プレミア1年目で複数ゴールはまあまあじゃない」
ニコラスは何も言わなかった。
「マルティネスとはうまくやってるか?」
「止められることもある」
「そりゃそうだろ」サカはまた笑った。「世界最高のGKの一人だぞ」
ニコラスは少し間を置いた。「練習で止められるたびに、コースが一個わかる」
サカはそれを聞いて、少し真顔になった。
「それ、すごいことを言ってるぞ」
「そうか?」
「GKに止められるのを、コースを学ぶ機会として使ってる。普通の選手はただ悔しいだけだ」
ニコラスはサカの言葉を聞いた。
そういう感覚だとは思っていなかった。ただ、止められた場所から次が見えるというだけだった。
「お前、ロジャーズとはうまくいってるか」とサカが続けた。
「やりやすい」
「だろうな。あいつの動き方はお前に合う。明日の練習、三人でやろう」
ニコラスは頷いた。
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キャンプ二日目の朝、食堂でアリスターと鉢合わせた。
「早いな」とアリスターが言った。トーストを持っていた。
「いつもこの時間だ」
アリスターは向かいの席に座った。断りもせず、当然のように。昔からそうだった。
「先週の試合、見返したか」とアリスターが聞いた。
「見ていない」
「俺は見た」
「何かわかったか」
「お前の二点目、跳ね返りをああ押し込めるのは、最初からそこに来ると思って動いていたからだ。ポストに当たる前に体がもう動いていた」
ニコラスは少し間を置いた。
「そうかもしれない」
「わかってなかったのか」
「体がそうしていたから、考えていなかった」
アリスターはトーストを一口食べた。少し考える顔をした。
「お前のゴールは、いつもそうだよな。考えて取るんじゃなくて、体が先に答えを知っている」
ニコラスは何も言わなかった。
「俺のFKは逆だ」とアリスターは続けた。「全部計算して蹴る。だからマルティネスに二本とも読まれた」
「読まれていたのか」
「ああ」アリスターは静かに言った。「あのGK、計算されたシュートを止めるのが得意だ。お前と毎日練習しているから、直感で来る球に慣れている。俺みたいな打ち方は逆に読みやすいのかもしれない」
ニコラスはマルティネスのことを思った。練習でコースを変えるたびに対応してくる大きな体を。
「次は違うコースにしろ」
「言うのは簡単だ」アリスターは苦笑した。「まあ、研究する」
二人はしばらく黙って食べた。
代表の食堂で、先週ピッチで戦った二人が向かい合って朝食を食べている。それが特別なことだとは、どちらも思っていなかった。
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翌日の練習、三人でのポジショナルトレーニングだった。
サカが右、ロジャーズが左、ニコラスが中央。
サカの動き方は、代表に来るたびに少しずつ変わっていた。ルガーノで初めて一緒にやったときと今では、判断の速度が上がっていた。でも変わっていないことがあった。味方の動きを信じて、パスを出すタイミングを早くしない。相手の守備が来てから、その逆を突く。焦らない。
ロジャーズとはヴィラで毎日やっている。あ以吸は合っていた。
三人でのパス回しで、ニコラスはペナルティエリアの中を動き続けた。サカが右から仕掛けて、ロジャーズが落として、ニコラスが打つ形が一番自然に出来上がった。
十本打って、八本枠に入った。
コーチが記録していた。
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試合は中立地でのフレンドリーマッチだった。
相手は格上ではなかった。でも代表の試合は毎回、クラブとは別の難しさがあった。一緒に練習する時間が短い。連携が薄い。でもそれを言い訳にする気は、ニコラスにはなかった。
スタメンで出た。
九番ではなかった。代表でのニコラスの番号は別だった。でもそれは関係なかった。ピッチに立てば、どこに向かうかは体が知っていた。
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前半二十六分、FKを得た。
ペナルティエリア正面、約二十二メートル。
ニコラスがボールの前に立った。
FKを蹴ることはルガーノでも何度かあった。でも得意ではなかった。ゴール前での泥臭い得点が多いニコラスにとって、FKは別の技術だった。アリスターのような、計算された精度はまだない。
でも、蹴る。
壁の立ち位置を見た。GKの位置を見た。
壁の右端、そこを越えて左に曲げる軌道を想定した。
助走した。
蹴った。
壁は越えた。
ただし、そのまま曲がらなかった。軌道が伸びすぎた。枠の左側を外れた。
ゴールにはならなかった。
ニコラスはボールが転がっていくのを見た。
「惜しかった」とロジャーズが言った。
ニコラスは何も言わなかった。
壁を越えたのは正解だった。曲がる量が足りなかった。次に同じ位置で同じ状況になったら、インパクトの角度を変える。
それだけを考えた。
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後半に入って、ニコラスは少し考え方を変えた。
FKを外してから、何かが少し開いた気がした。うまく説明できないが、枠の外を見た感覚が体に残っていて、それが逆にゴールの輪郭を鮮明にしていた。
六十一分、ロジャーズからパスが来た。
ペナルティエリアの外、少し左寄りだった。
角度があった。
止まらずに蹴った。
右足のアウトサイド気味に当たった。ボールが低く伸びた。GKがわずかに逆を突かれた。
入った。
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ゴールの後、ニコラスは少し立ち止まった。
枠の外を見た後の方が、枠が見える。
そういうことなのかもしれない、と思った。言葉にすると違う気もした。でも体はそう感じていた。
サカが来た。
「さっきのアウトサイド、狙ったか?」
「半分」
「半分?」
「枠を外したFKの後に蹴ったから。外の感覚がまだ残ってて、それより内側に行った」
サカはしばらくニコラスを見た。
「お前はいつも、よくわからない説明をするな」
「俺にもよくわからない」
「でも入ったんだろう」
「入った」
サカは笑った。「それでいい」
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試合が終わって、ロッカールームで着替えながら、ニコラスはゾエイからのメッセージに気づいた。
「FKのコースは惜しかったですね。でも後半のゴールは映像を見て驚きました。ああいうシュートは初めてじゃないですか」
ニコラスは少し考えてから返した。
「FKを外した後だった」
「それは関係ありますか」
「わからない。でも関係ある気がする」
ゾエイからしばらく返信がなかった。それから来た。
「分析しがいがありますね」
ニコラスはスマートフォンを置いた。
わからないことが、少し増えた気がした。
でもそのわからなさは、悪い種類のわからなさではなかった。
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キャンプ最終日の夜、サカが声をかけてきた。
「ヴィラ、シーズン後半も上位にいるか?」
「わからない」
「ユナイテッドとはどうだった」
「二対一で勝った」
「アリスターは?」
ニコラスは少し間を置いた。「やりやすかった」
「やりやすい?相手として?」
「そうじゃない。あいつと試合でやっと戦えた、という感じだ。やりにくいとかやりやすいとかではなく」
サカはその言葉を聞いた。
「複雑な関係だな」
「複雑ではない。ただ、長い」
サカは少し考えた顔をした。それから頷いた。
「そういうのは大事にしろよ」
ニコラスは答えなかった。
答える必要がないと思ったのか、答え方がわからなかったのか、自分でも判断できなかった。
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バーミンガムへ戻る道、ニコラスはまた窓の外を見ていた。
FKを外した感触がまだ右足に残っていた。
壁は越えた。曲がりが足りなかった。次はもう少し角度をつける。
そのためにはどんな練習が必要か。
それを考えながら、車が高速道路を走った。
バーミンガムの灰色の空が、近づいていた。
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