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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
ルガーノ

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21/119

ボレー



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二月、UEFAヨーロッパリーグのラウンド32が始まった。


相手はポルトガルのSCブラガだった。ポルトガルリーグの常連上位クラブで、ヨーロッパの経験も豊富だった。ルガーノより明らかに格上だった。


ホームでの第一戦、ファリネッリが珍しく試合前のミーティングで長く話した。


「相手はスイスリーグを舐めてくる。それでいい。こちらが準備していることを、最初の十五分で見せろ」


ニコラスは聞きながら、ブラガのGKの映像を頭の中で反芻していた。昨夜一時間見た。右に強い。左のサイドネットが弱点だ。


ドスサントスが隣で「今日も頼む」と言った。


「ああ」とニコラスは返した。


-----


試合は予想通り、ブラガがボールを持つ時間が長かった。


ルガーノはブロックを組んで構えた。カウンターの機会を窺った。ニコラスは前線で待ち続けた。


前半二十一分、ニコラスにボールが来た。


ペナルティエリアの手前、背中を向けた状態だった。DFが寄せてきた。体をぶつけた。向き直った。シュートコースを探した。


ない。DFが三人、コースを塞いでいた。


横にはたいた。チミニャーニが受けた。展開した。


機会を逃した、とは思わなかった。次がある。


前半三十四分、ゴールが生まれた。


エムレを経由したカウンターのような形で、ドスサントスが右サイドを突破した。クロスを上げた。


ニコラスはペナルティエリアに走り込んでいた。


クロスが来た瞬間、軌道を見た。


高かった。ヘディングの高さではなかった。でも胸で落とす時間もなかった。DFが後ろからプレッシャーをかけてきた。


体が先に動いた。


右足を上げた。体が傾いた。軸足が浮いた。


ボールにミートした瞬間、自分でも何が起きたか一瞬わからなかった。


ボールがゴール右隅に突き刺さった。


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スタジアムが静まった。


一秒だけ。全員が息を呑んだ。


それから爆発した。


ドスサントスが一番最初に叫んだ。「今のは何だ!」


チミニャーニがピッチの上で珍しく両手を上げた。


ビスリミが口を開けたまま走ってきた。


ベンチでファリネッリが立ち上がって、隣のコーチに何か言った。コーチが首を振りながら笑っていた。


チームメイトに揉みくちゃにされながら、ニコラスは自分の右足を見た。


打った感触がまだ残っていた。


あの瞬間、考えていなかった。体が選んでいた。クロスの軌道を見た瞬間に、足が動いていた。ダイレクトシュートの感覚の延長にあったのか、それとも全然別の何かだったのか、自分でもわからなかった。


「今のどうやって打った」とドスサントスが顔を近づけて聞いた。


「わからない」


「わからないのか」


「体が動いた」


ドスサントスはしばらくニコラスを見た。「お前、本当に怖いな」と言った。今日で何度目かの言葉だった。


-----


試合は一対一で終わった。


アウェイゴールを取られたのは痛かった。でも一点を取った。アウェイでの第二戦に可能性は残った。


試合後、ファリネッリが言った。


「三十四分のゴール。あれは狙ったのか」


「狙っていない。体が動いた」


ファリネッリはしばらくニコラスを見た。


「ダイレクトシュートの感覚から来たものか」


「そうかもしれない。でも意識はしていなかった」


「そうか」ファリネッリは頷いた。「では次から意識してみろ。あの形でシュートを打てる場面は、他にもある」


ニコラスは少し間を置いた。


「練習でやってみます」


「明日から時間を作る」とファリネッリは言った。「クロスに対してボレーで合わせる練習を」


-----


その夜、ゾーイに映像が送られてきた。


「見ました」というメッセージと一緒だった。「三十四分のゴール、もう四十万回再生されています」


「四十万」


「ヨーロッパ中で話題になっています。『スイスリーグの十九歳が何をした』という感じで」


ニコラスはしばらく間を置いた。


「四十万人が見たのか」


「今夜中に百万を超えると思います」


「そうか」


「……もう少し驚いてください」とゾーイは言った。


「驚いています」


「声に出してください」


「この間もそれを言われた」


「言いました」ゾーイは少し笑った。「プレミアのクラブからの問い合わせが今夜だけで三件来ています。あのゴールを見て動いた人間がいる」


「冬は行かないと言った」


「わかっています。全部断りました。ただ」ゾーイは少し間を置いた。「来夏はかなり大きな動きになります。覚悟しておいてください」


「わかりました」


「あと」とゾーイは続けた。「ボレーシュート、あの感覚を忘れないでください。ファリネッリが練習時間を作ると言っていましたが、私からもお願いします」


「監督からも言われた」


「では私が三度目です。それだけ大事だということです」


-----


翌週の練習で、ボレーシュートの練習が始まった。


クロスボールに対して、体を傾けて、足を上げて、ミートする。


最初は全然入らなかった。


試合中の「体が動いた」あの感覚を再現しようとすると、どこかがずれた。意識した瞬間に、感覚が逃げた。


十本打って、枠内に飛んだのは三本だった。


ドスサントスがクロスを上げながら「どうだ」と言った。


「難しい」


「そうだろう。でも試合中はできた」


「試合中は考えていなかった」


「じゃあ練習中も考えるな」ドスサントスは笑った。「難しいけど」


ニコラスは次のクロスを待ちながら、少し考えた。


ダイレクトシュートのときと似ていた。考えると打てなくなる。でも何も考えないことはできない。ではどこまで考えて、どこから体に任せるか。


その境界線を探すことが、次の課題だった。


-----


二月の終わり、リーグ戦でFKを任された。


初めてだった。


相手のDFがペナルティエリア手前でニコラスのシュートを手に当てた。主審が笛を吹いた。ゴールまで約二十メートル。直接狙える位置だった。


チームメイトたちが顔を見合わせた。


「ニコラス、蹴るか」とドスサントスが聞いた。


「蹴る」


ボールをセットした。距離を確認した。GKがポジションを取った。壁が五枚並んだ。


ニコラスはGKの位置を見た。左に少し寄っていた。右上が空いていた。壁の上を越えて、右上に曲げれば入る。


助走を取った。


右足でボールを蹴った。


ボールは壁に当たった。


跳ね返ってきた。チームメイトが拾って、プレーが続いた。


ニコラスはその場に立って、壁の位置を確認した。


壁の高さが足りなかった、というわけではなかった。コースは合っていた。でもボールの軌道が読めていなかった。どれだけ蹴れば壁を越えるか、どの角度で曲げれば枠に入るか、その計算が全くできていなかった。


ペナルティエリアの中では、体が答えを知っていた。


でもここは違った。


-----


試合後、ファリネッリが言った。


「FKは難しいか」


「難しい」


「そうだな」ファリネッリは言った。「あれは別の技術だ。繰り返し練習するしかない。すぐにはできるようにならない」


「わかっています」


「でも挑戦したのは正しい」ファリネッリは言った。「できないことを試合でやってみるのは、勇気がいる」


ニコラスは少し間を置いた。


「次も蹴っていいですか」


ファリネッリは少し目を細めた。


「もちろんだ」


-----


その夜、ゾーイに電話した。


「FKを蹴った」


「見ていました。壁に当たりましたね」


「難しい」


「ロングシュートと同じ課題です」ゾーイは言った。「ボールの回転、軌道の制御、距離感の習得。どれも積み上げが必要です」


「わかっている」


「焦らなくていいです」ゾーイは言った。「ボレーが突然できたように、FKもある日突然できるようになるかもしれない。でもFKはボレーより意識的な技術です。時間がかかります」


「どれくらい」


「数年、かもしれません」


ニコラスはしばらく黙っていた。


「数年か」


「でもあなたにはその時間があります。まだ十九歳なので」


ニコラスは窓の外を見た。


二月のルガーノだった。湖が風に揺れていた。


数年。


ボレーはある日突然できた。FKは数年かかるかもしれない。ロングシュートも、まだ完全ではない。


できることと、できないことが、はっきりしてきた。


できないことは、できるようになるまでやり続ける。それだけだ。


「わかりました」とニコラスは言った。


「よかった」ゾーイは言った。少し間があった。「あと、ボレーの映像、まだ伸びています。今日で二百万回を超えました」


「そうか」


「そうです」ゾーイは言った。「あなたが『そうか』と言うたびに、私は少し笑っています」


ニコラスは少し間を置いた。


「なぜ」


「なんとなくです」


ニコラスはしばらくその返信を見た。


「おやすみ」と打った。


「おやすみなさい」とすぐに返ってきた。


スマホを置いた。


窓の外で湖が揺れていた。


ボレー、FK、ロングシュート。


できないことが、まだある。


だから、まだ続く。

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