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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
ルガーノ

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20/110

50


-----


第二十節は、二月の終わりだった。


ルガーノのホームスタジアム、対戦相手はFCザンクトガレンだった。今季中位のクラブで、守備が堅いという評判だった。


ニコラスは第十八節から第十九節まで、二節でさらに五点を積み上げていた。トータルは四十五ゴール。


第二十節を迎える前夜、ゾーイからメッセージが来た。


「明日、スタジアムにプレミアのスカウトが来ます。少なくとも二人」


「わかりました」


「気にしないでください。いつも通りにやってください」


「気にしていません」


少し間があった。


「……お前はいつもそれを言うな」とゾーイは返した。珍しくタメ口になっていた。


ニコラスはしばらくその文章を見た。


「初めてタメ口になった」


「あ」しばらく間があった。「すみません」


「構わない」


「……ありがとうございます」


「なぜ敬語に戻るんだ」


また間があった。今度は少し長かった。


「おやすみなさい」とゾーイは返した。


「おやすみ」


ニコラスはスマホを置いて、少し笑った。自分でも気づかないくらい、小さく。


-----


試合当日の朝、ニコラスはいつも通り早くグラウンドに来た。


誰もいないピッチに立って、ボールを蹴った。


四十五ゴール。今日五点取れば五十になる。


数字を目標にしたことはなかった。でも今日は少しだけ意識していた。五十という区切りが、何かを意味するような気がしていた。


何を意味するのか、うまく言葉にできなかった。


ただ蹴り続けた。


-----


試合前のロッカールームで、ドスサントスが言った。


「今日のスカウト、俺も聞いた。プレミアから来てるんだろ」


「らしい」


「緊張するか」


「しない」


「だよな」ドスサントスは笑った。「お前が緊張するところを見たことがない」


チミニャーニが「でも今日は少し違う顔をしている」と静かに言った。


ニコラスはチミニャーニを見た。


「どう違う」


「いつもより、少し前を向いている」チミニャーニは言った。「上を見ているというか」


ニコラスは少し間を置いた。


「五十ゴールまで五点だ」


ロッカールームが少し静かになった。


ドスサントスが立ち上がった。「じゃあ俺が三点分、運ぶ。お前は決めるだけでいい」


ビスリミが「俺も走る」と言った。


チミニャーニが「パスコースは作る」と言った。


ファリネッリ監督がその様子を見て、何も言わなかった。でも口元が少し動いた。


-----


前半五分、ゴールが生まれた。


ドスサントスが右サイドでボールを奪った。すぐに前を向いた。ニコラスはすでに走り出していた。


スルーパスが来た。裏に抜けた。GKが飛び出してきた。


右足。左隅。


四十六ゴール。


ドスサントスが飛んできた。「言っただろ、運ぶって!」と叫んだ。


-----


前半二十三分。


チミニャーニがボールを持った。ニコラスはポジションを少し下げた。DFが追ってきた。その瞬間に前に走った。DFの背後を取った。


チミニャーニのスルーパスが来た。受けた。ペナルティエリア内、DFが寄せてきた。


フィジカルで弾いた。シュートの時間を作った。


右足を振り抜いた。


四十七ゴール。


チミニャーニが珍しく小さくガッツポーズをした。ニコラスはチミニャーニを見て、頷いた。


-----


前半三十八分。


ビスリミがひたすら走り続けた結果、右サイドのスペースが生まれた。ビスリミ自身はボールを持たなかった。ただ走り続けることで、相手のDFを引きつけ続けた。


その隙間にドスサントスが入り込んだ。ボールを受けた。前を向いた。


ニコラスはゴール前にいた。DFが一枚マークについていた。


体をぶつけた。弾いた。一瞬だけ前に出た。


ドスサントスのクロスが来た。右足でダイレクトに合わせた。


四十八ゴール。


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試合は後半も続いた。


後半六十一分、四点目。


相手のMFがバックパスを出そうとした瞬間、ニコラスが動いた。コースに入った。体を当てた。奪った。


GKが飛び出してきた。


右に流した。


後半七十七分、


ペナルティエリア内でボールが回った。ドスサントスからチミニャーニへ。チミニャーニからビスリミへ。ビスリミがニコラスへ落とした。


シュートの時間を作った。


左足で打った。


五十点目。


スタジアムが揺れた。


実況の声が響いた。


「ロメロ、五十ゴール!リーグ二十節で五十ゴール!十九歳が、このリーグを完全に支配している!」


チームメイトが飛んできた。ドスサントスが一番最初だった。チミニャーニが来た。ビスリミが来た。ベンチから選手が飛び出してきた。


ニコラスは人の波の中に立って、スタンドを見た。


満員のスタジアムが、自分を見ていた。


チェスターフィールドの数百人から始まった。コンヤのスタジアム。ウェンブリーの九万人。そしてここ、ルガーノ。


どこに行っても、スタンドには顔があった。知らない顔たちが、自分を見ていた。


でも今日は、少しだけ違う景色に見えた。


ここで積み上げたものが、次の場所への扉を開けようとしていた。


-----


五対〇で試合が終わった。


ニコラスの今日のゴールは五点。リーグ通算五十ゴール。


-----


試合後のロッカールームは騒がしかった。


ドスサントスが何かを叫び続けていた。チミニャーニが珍しく笑っていた。ビスリミが静かに水を飲みながら、でも確かに満足そうな顔をしていた。


ファリネッリが来た。


「今日の試合、スカウトが何人か来ていた」と言った。


「聞いています」


「試合後に挨拶したいと言っていたが、断っておいた」


ニコラスは少し驚いた。


「なぜですか」


「今日はチームの勝利を祝う日だ。個人の移籍の話をする日じゃない」ファリネッリは言った。「そういうことはエージェントに任せればいい」


ニコラスはしばらく監督を見た。


「ありがとうございます」


「お前が来てくれて、こちらこそよかった」ファリネッリは言った。「まだシーズンは続く。残り十三節、一緒に戦おう」


ニコラスは頷いた。


-----


その夜、グレースに電話した。


「五十ゴールになった」


「見てたわよ!」グレースの声が弾んでいた。「すごかった!テリーからも連絡来たわよ、チェスターフィールドのパブで全員で見てたって!」


「テリーから」


「みんな興奮してた。ゲイリーも見てたって」


ニコラスは少し間を置いた。


「ゲイリーも」


「みんなあなたのことを誇りに思ってるわよ」グレースは言った。「私も」


ニコラスは窓の外を見た。


二月のルガーノの夜だった。湖が暗く、でも静かに光っていた。


「うん」と言った。


「次はプレミアね」グレースは言った。


「うん」


「スタジアム、連れて行ってくれるんでしょ」


「連れて行くよ」


「約束ね」


「約束だ」


グレースが少し笑った。電話の向こうで、スコーンを焼いているときの匂いが漂ってくるような気がした。そんなはずはないのに。


「頑張って」とグレースは言った。


「うん」


電話が切れた。


-----


翌朝、ゾーイに電話した。


「昨日は五点でした」とゾーイは言った。「五十ゴール。スカウトたちは相当驚いていたようです。私のところにも連絡が来ています」


「あと」とゾーイは続けた。「週間最優秀選手、今季だけで十二回目です。月間も三回。マンオブザマッチは二十回を超えました」


「知らなかった」


「知らないんですか」


「気にしていない」


少し間があった。


「気にしなくていいです。私が気にしています」とゾーイは言った。「でも一つだけ覚えておいてください。スカウトは数字だけでなく、こういう記録も見ています。あなたが試合ごとに別格だということの証明です」


「ファリネッリ監督が試合後の挨拶を断ってくれた」


「聞きました」ゾーイは言った。「いい監督ですね」


「そうだ」


「来夏の移籍、本格的に動きます」ゾーイは言った。「いくつか確認させてください。絶対に行きたくないクラブはありますか」


「降格圏のクラブは行かない。即戦力として使ってもらえないクラブも行かない」


「わかりました。それ以外の条件は」


ニコラスは少し間を置いた。


「チームが機能していること。俺を中心に使う気があること」


「コンヤで学んだことですね」


「そうだ」


「わかりました」ゾーイは言った。「あと、背番号9番」


「あれば」


「努力します」ゾーイは言った。少し間があった。「ニコラス」


「何ですか」


「昨日の試合、本当によかったです。数字だけじゃなくて、チームメイトとの連携が。ドスサントスとの呼吸、チミニャーニのスルーパス、ビスリミの走り。全部が嚙み合っていた」


「そうだな」


「あなたが変わったんです」ゾーイは言った。「コンヤのころのあなたは、一人で全部やろうとしていた。今は違う」


ニコラスはしばらく黙っていた。


「お前のおかげかもしれない」


長い沈黙があった。


「……そんなことを言うんですね」とゾーイは言った。声が少し変わっていた。


「本当のことだから」


また沈黙があった。


「ありがとうございます」とゾーイは言った。今度は声が、いつもより少しだけ柔らかかった。


「四回目だ」とニコラスは言った。


「え」


「お礼を言うのが」


ゾーイはしばらく黙っていた。


「……数えてたんですね」


「お前が数えると言ったから」


また沈黙があった。今度はかなり長かった。


「続きはまた今度」とゾーイは言った。「残り十三節、頑張ってください」


「頑張ります」


電話が切れた。


ニコラスは窓の外を見た。


朝のルガーノだった。湖が朝日を受けて、金色に光っていた。


チェスターフィールドを出た朝の、灰色の空を思い出した。あのホームから電車に乗った。コンヤで一人だった夜を越えた。ルガーノで何かが変わった。


次は、プレミアの空の下へ。


グレースが「スタジアム、連れて行って」と言った。


連れて行くよ。


ニコラスはボールを持って、外に出た。


朝の空気が冷たかった。湖からの風が来た。


まだ、やることがある。

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