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第二十節は、二月の終わりだった。
ルガーノのホームスタジアム、対戦相手はFCザンクトガレンだった。今季中位のクラブで、守備が堅いという評判だった。
ニコラスは第十八節から第十九節まで、二節でさらに五点を積み上げていた。トータルは四十五ゴール。
第二十節を迎える前夜、ゾーイからメッセージが来た。
「明日、スタジアムにプレミアのスカウトが来ます。少なくとも二人」
「わかりました」
「気にしないでください。いつも通りにやってください」
「気にしていません」
少し間があった。
「……お前はいつもそれを言うな」とゾーイは返した。珍しくタメ口になっていた。
ニコラスはしばらくその文章を見た。
「初めてタメ口になった」
「あ」しばらく間があった。「すみません」
「構わない」
「……ありがとうございます」
「なぜ敬語に戻るんだ」
また間があった。今度は少し長かった。
「おやすみなさい」とゾーイは返した。
「おやすみ」
ニコラスはスマホを置いて、少し笑った。自分でも気づかないくらい、小さく。
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試合当日の朝、ニコラスはいつも通り早くグラウンドに来た。
誰もいないピッチに立って、ボールを蹴った。
四十五ゴール。今日五点取れば五十になる。
数字を目標にしたことはなかった。でも今日は少しだけ意識していた。五十という区切りが、何かを意味するような気がしていた。
何を意味するのか、うまく言葉にできなかった。
ただ蹴り続けた。
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試合前のロッカールームで、ドスサントスが言った。
「今日のスカウト、俺も聞いた。プレミアから来てるんだろ」
「らしい」
「緊張するか」
「しない」
「だよな」ドスサントスは笑った。「お前が緊張するところを見たことがない」
チミニャーニが「でも今日は少し違う顔をしている」と静かに言った。
ニコラスはチミニャーニを見た。
「どう違う」
「いつもより、少し前を向いている」チミニャーニは言った。「上を見ているというか」
ニコラスは少し間を置いた。
「五十ゴールまで五点だ」
ロッカールームが少し静かになった。
ドスサントスが立ち上がった。「じゃあ俺が三点分、運ぶ。お前は決めるだけでいい」
ビスリミが「俺も走る」と言った。
チミニャーニが「パスコースは作る」と言った。
ファリネッリ監督がその様子を見て、何も言わなかった。でも口元が少し動いた。
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前半五分、ゴールが生まれた。
ドスサントスが右サイドでボールを奪った。すぐに前を向いた。ニコラスはすでに走り出していた。
スルーパスが来た。裏に抜けた。GKが飛び出してきた。
右足。左隅。
四十六ゴール。
ドスサントスが飛んできた。「言っただろ、運ぶって!」と叫んだ。
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前半二十三分。
チミニャーニがボールを持った。ニコラスはポジションを少し下げた。DFが追ってきた。その瞬間に前に走った。DFの背後を取った。
チミニャーニのスルーパスが来た。受けた。ペナルティエリア内、DFが寄せてきた。
フィジカルで弾いた。シュートの時間を作った。
右足を振り抜いた。
四十七ゴール。
チミニャーニが珍しく小さくガッツポーズをした。ニコラスはチミニャーニを見て、頷いた。
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前半三十八分。
ビスリミがひたすら走り続けた結果、右サイドのスペースが生まれた。ビスリミ自身はボールを持たなかった。ただ走り続けることで、相手のDFを引きつけ続けた。
その隙間にドスサントスが入り込んだ。ボールを受けた。前を向いた。
ニコラスはゴール前にいた。DFが一枚マークについていた。
体をぶつけた。弾いた。一瞬だけ前に出た。
ドスサントスのクロスが来た。右足でダイレクトに合わせた。
四十八ゴール。
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試合は後半も続いた。
後半六十一分、四点目。
相手のMFがバックパスを出そうとした瞬間、ニコラスが動いた。コースに入った。体を当てた。奪った。
GKが飛び出してきた。
右に流した。
後半七十七分、
ペナルティエリア内でボールが回った。ドスサントスからチミニャーニへ。チミニャーニからビスリミへ。ビスリミがニコラスへ落とした。
シュートの時間を作った。
左足で打った。
五十点目。
スタジアムが揺れた。
実況の声が響いた。
「ロメロ、五十ゴール!リーグ二十節で五十ゴール!十九歳が、このリーグを完全に支配している!」
チームメイトが飛んできた。ドスサントスが一番最初だった。チミニャーニが来た。ビスリミが来た。ベンチから選手が飛び出してきた。
ニコラスは人の波の中に立って、スタンドを見た。
満員のスタジアムが、自分を見ていた。
チェスターフィールドの数百人から始まった。コンヤのスタジアム。ウェンブリーの九万人。そしてここ、ルガーノ。
どこに行っても、スタンドには顔があった。知らない顔たちが、自分を見ていた。
でも今日は、少しだけ違う景色に見えた。
ここで積み上げたものが、次の場所への扉を開けようとしていた。
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五対〇で試合が終わった。
ニコラスの今日のゴールは五点。リーグ通算五十ゴール。
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試合後のロッカールームは騒がしかった。
ドスサントスが何かを叫び続けていた。チミニャーニが珍しく笑っていた。ビスリミが静かに水を飲みながら、でも確かに満足そうな顔をしていた。
ファリネッリが来た。
「今日の試合、スカウトが何人か来ていた」と言った。
「聞いています」
「試合後に挨拶したいと言っていたが、断っておいた」
ニコラスは少し驚いた。
「なぜですか」
「今日はチームの勝利を祝う日だ。個人の移籍の話をする日じゃない」ファリネッリは言った。「そういうことはエージェントに任せればいい」
ニコラスはしばらく監督を見た。
「ありがとうございます」
「お前が来てくれて、こちらこそよかった」ファリネッリは言った。「まだシーズンは続く。残り十三節、一緒に戦おう」
ニコラスは頷いた。
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その夜、グレースに電話した。
「五十ゴールになった」
「見てたわよ!」グレースの声が弾んでいた。「すごかった!テリーからも連絡来たわよ、チェスターフィールドのパブで全員で見てたって!」
「テリーから」
「みんな興奮してた。ゲイリーも見てたって」
ニコラスは少し間を置いた。
「ゲイリーも」
「みんなあなたのことを誇りに思ってるわよ」グレースは言った。「私も」
ニコラスは窓の外を見た。
二月のルガーノの夜だった。湖が暗く、でも静かに光っていた。
「うん」と言った。
「次はプレミアね」グレースは言った。
「うん」
「スタジアム、連れて行ってくれるんでしょ」
「連れて行くよ」
「約束ね」
「約束だ」
グレースが少し笑った。電話の向こうで、スコーンを焼いているときの匂いが漂ってくるような気がした。そんなはずはないのに。
「頑張って」とグレースは言った。
「うん」
電話が切れた。
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翌朝、ゾーイに電話した。
「昨日は五点でした」とゾーイは言った。「五十ゴール。スカウトたちは相当驚いていたようです。私のところにも連絡が来ています」
「あと」とゾーイは続けた。「週間最優秀選手、今季だけで十二回目です。月間も三回。マンオブザマッチは二十回を超えました」
「知らなかった」
「知らないんですか」
「気にしていない」
少し間があった。
「気にしなくていいです。私が気にしています」とゾーイは言った。「でも一つだけ覚えておいてください。スカウトは数字だけでなく、こういう記録も見ています。あなたが試合ごとに別格だということの証明です」
「ファリネッリ監督が試合後の挨拶を断ってくれた」
「聞きました」ゾーイは言った。「いい監督ですね」
「そうだ」
「来夏の移籍、本格的に動きます」ゾーイは言った。「いくつか確認させてください。絶対に行きたくないクラブはありますか」
「降格圏のクラブは行かない。即戦力として使ってもらえないクラブも行かない」
「わかりました。それ以外の条件は」
ニコラスは少し間を置いた。
「チームが機能していること。俺を中心に使う気があること」
「コンヤで学んだことですね」
「そうだ」
「わかりました」ゾーイは言った。「あと、背番号9番」
「あれば」
「努力します」ゾーイは言った。少し間があった。「ニコラス」
「何ですか」
「昨日の試合、本当によかったです。数字だけじゃなくて、チームメイトとの連携が。ドスサントスとの呼吸、チミニャーニのスルーパス、ビスリミの走り。全部が嚙み合っていた」
「そうだな」
「あなたが変わったんです」ゾーイは言った。「コンヤのころのあなたは、一人で全部やろうとしていた。今は違う」
ニコラスはしばらく黙っていた。
「お前のおかげかもしれない」
長い沈黙があった。
「……そんなことを言うんですね」とゾーイは言った。声が少し変わっていた。
「本当のことだから」
また沈黙があった。
「ありがとうございます」とゾーイは言った。今度は声が、いつもより少しだけ柔らかかった。
「四回目だ」とニコラスは言った。
「え」
「お礼を言うのが」
ゾーイはしばらく黙っていた。
「……数えてたんですね」
「お前が数えると言ったから」
また沈黙があった。今度はかなり長かった。
「続きはまた今度」とゾーイは言った。「残り十三節、頑張ってください」
「頑張ります」
電話が切れた。
ニコラスは窓の外を見た。
朝のルガーノだった。湖が朝日を受けて、金色に光っていた。
チェスターフィールドを出た朝の、灰色の空を思い出した。あのホームから電車に乗った。コンヤで一人だった夜を越えた。ルガーノで何かが変わった。
次は、プレミアの空の下へ。
グレースが「スタジアム、連れて行って」と言った。
連れて行くよ。
ニコラスはボールを持って、外に出た。
朝の空気が冷たかった。湖からの風が来た。
まだ、やることがある。




