サカ
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十一月の代表ウィーク、ウクライナとの親善試合だった。
集合場所はセント・ジョージ・パークだった。前回と同じ施設だった。でも前回と違ったのは、ニコラスが施設に入ったとき、すでに顔見知りが何人かいたことだった。
「ニック!」
廊下の向こうからアリスターが手を振った。
「また来たね」とアリスターは言った。「ニックが代表に来るのも、もう普通に思えてきたよ」
「そうか」
「そうだ。スイスリーグで四十点近いペースで取ってたら、呼ばれない方がおかしいよ」
「まだ四十じゃない」
「細かいな」アリスターは笑った。「今回はサカとちゃんと話してみなよ。前回、試合後に少し話しただけだろ」
「話した」
「あれは話したとは言わない」アリスターは首を振った。「サカはああ見えてすごく気にかけるタイプだ。お前のことも気にしてると思う」
「なぜ」
「前回の試合後、俺に聞いてきたんだよ。『ロメロってどんなやつだ?』って」
ニコラスは少し間を置いた。
「何て答えたんだ」
「『言葉は少ないけど、全部ピッチで表現するやつだ』って言った」
「正確だな」
「だろ」アリスターは笑った。
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夕食のとき、サカが隣に来た。
「また同じ代表になれたな」とサカは言った。朗らかな声だった。「ルガーノ、調子いいな。得点ランキング見てたら、スイスリーグの得点王争い、お前だけ別次元になってる」
「チームメイトがいい」
「それはそうだけど、お前が決めてるんだろ」サカはトレーに食事を並べながら言った。「ドスサントスって選手、映像で見た。いい選手だな。プレスが速くて、賢いパスだ」
「そうだ。あいつのボールは取りやすい」
「どの辺が?」
ニコラスは少し考えた。
「どこに出すかが、パスを出す前からわかる。だから動き出しが早くなる」
サカはしばらく考えた。「それはお前がドスサントスを読んでるのか、ドスサントスが読みやすいパスを出してるのか、どっちだろうな」
「両方だと思う」
「面白いな」サカは笑った。「俺のパスはどう見えてる?」
「正確だ」とニコラスは言った。「でもドスサントスとは少し違う。どこに出すか、直前まで読めない」
「それは褒めてるのか?」とサカは言った。
「読めないのに、毎回いいところに来る。それがすごい」
サカはしばらくニコラスを見た。それからゆっくり笑った。「お前、そういうことさらっと言うんだな」
「本当のことだから」
「ありがとう」サカは言った。「じゃあ俺もお前のことをさらっと言う。ゴール前の嗅覚は、今まで一緒にやった選手の中でも特別だ。どこにボールが来るか、お前がわかってるのが見えてる。だから出せる」
ニコラスは少し間を置いた。
「父親がGKだったから、かもしれない」
「そうなのか」
「GKがどこに動くか、本能的にわかる。だからコースが見える」
サカはしばらく黙った。「それ、すごい話だな」と静かに言った。「GKとしての視点を攻撃に使ってるわけか」
「意識したことはない。でも、そういうことかもしれない」
サカはしばらく考えていた。それから「一緒にやるのが楽しみだ」と言った。言葉の重さが、前回より増していた。
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翌日の練習中、サカがニコラスに話しかけてきた場面が何度かあった。
パスの受け方について。動き出しのタイミングについて。サカは質問する形で話しかけてきた。答えを押しつけるのではなく、ニコラスの考えを聞きたそうだった。
練習が終わった後、アリスターが言った。
「サカ、お前に懐いてるな」
「懐くというのか、あれは」
「じゃあなんと言う」
ニコラスは少し考えた。
「気にかけている」
「それが懐くということだよ」アリスターは笑った。「サカがあそこまで話しかけるのは珍しい。あいつは人当たりがいいが、自分から深く関わろうとする相手は選ぶ」
ニコラスは少し間を置いた。
「なぜ俺なんだ」
「さあ」アリスターは肩をすくめた。「でもニックに友達が増えるのは嬉しいよ。」
「友達というのか」
「じゃあなんて言うんだい?」
「まだよくわからない」
アリスターはしばらくニコラスを見た。それから「いつか分かるよ」と言って、食堂に戻っていった。
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ウクライナ戦は、十一月の中旬だった。
ウェンブリースタジアム。今回も満員だった。
ニコラスはまたベンチから始まった。スタメンに名前はなかった。まだその段階ではない、と分かっていた。だから割り切ってピッチを、サカの動きを見ていた。
前半、イングランドが支配した。でも得点は入らなかった。ウクライナの守備は整っていた。
後半も同じ展開が続いた。
五十九分、コーチが呼んだ。
「行ってこい」
ニコラスがピッチに入った。スタジアムから歓声が上がった。前回よりも大きかった。ニコラス・ロメロという名前が浸透してきたのだろう。
ピッチに入って、最初にサカと目が合った。
サカが小さく頷いた。ニコラスも頷いた。
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七十八分、サカが右サイドから切り込んだ。
DFを一人剥がした。ゴール前が開いた。サカの足がシュートモーションに入った。
スタジアムが息を呑んだ。
その瞬間、サカは横を見た。
ニコラスがいた。ゴールまで一歩の位置に。マークが外れていた。
サカはシュートを打たなかった。パスを出した。
ニコラスの足元にボールが来た。後は流し込むだけだった。
ニコラスは足を振った。
空振りした。
スタジアムから落胆の声が上がった。
ニコラスは一瞬だけ止まった。ボールがゴールラインを割っていた。ゴールにはならなかった。
何が起きたか、自分でもすぐにはわからなかった。体が滑った。芝の状態が悪かった。踏み込みが甘かった。
サカが走ってきた。
「大丈夫か」
「大丈夫だ」
「切り替えよう」サカは言った。責める気配が全くなかった。「また出す」
ニコラスは頷いた。
また出す。サカはそう言った。
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九十分、またサカが右サイドから仕掛けた。
今度はDFを二人剥がした。ゴール前が完全に開いた。シュートを打てる体勢だった。完全に打てた。
でもサカは横を見た。
またニコラスがいた。今度はしっかりした体勢で。
サカはパスを出した。
ボールがニコラスの足元に来た。
今度は滑らなかった。踏み込んだ。右足で流した。
ゴール。
スタジアムが揺れた。
ニコラスはゴールの前に立って、サカを見た。サカが走ってきた。
「よかった」とサカは言った。笑っていた。
「七十八分、流してくれてありがとう」とニコラスは言った。
「当然だろ。ニコラスがいた」
「でもサカが決めた方が確実だった」
サカは少し笑った。「そうかもしれない。でも俺は、お前に決めさせたかった」
ニコラスは少し間を置いた。
「なぜ」
「なんとなくだ」とサカは言った。「七十八分に外しても、またチャンスは来るって信じてた。だから」
信じてた。
その言葉の重さが、じわじわと伝わってきた。
試合は三対〇で終わった。
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試合後のロッカールームで、アリスターがニコラスに来た。
「サカが二回ともお前にパスを出した」とアリスターは言った。「七十八分は外したのに、また出したんだぞ」
「知ってる」
「それがどういうことかわかるか」
ニコラスは少し間を置いた。
「信頼だと思う」
「そうだ」アリスターは頷いた。「サカが信頼した選手には、とことん信頼する。あいつはそういうやつだ」
ニコラスは着替えながら聞いていた。
「ニック、プレミアに来たらサカとやってみなよ」とアリスターは言った。「二人が一緒になったら止まらないと思う」
「同じクラブになれるかはわからない」
「まあそうだけど」アリスターは笑った。「夢の話だよ。でもあながち夢でもないだろ、ニックなら」
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その夜、サカからメッセージが来た。
「今日の試合、また一緒にやれて楽しかった。来年プレミアに来るだろ。そしたらまたやろう」
ニコラスは少し間を置いて返した。
「そのつもりだ」
「楽しみにしてる」とすぐに返ってきた。「あと、GKの父親の話、面白かった。いつかもっと聞かせてくれ」
ニコラスはしばらくその文章を見た。
父の話をした。夕食のとき、さらっと言ってしまった。サカはそれを覚えていた。
「いつか」と返した。
「いつかな」とサカは返した。
それだけだった。
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翌日、ゾーイに電話した。
「昨日の試合を見ていました」とゾーイは言った。「七十八分のシーンは残念でしたが、九十分で取り返しました」
「足が滑った」
「見ていました。でも切り替えが早かった」
「サカが来ると言ったから」
ゾーイは少し間を置いた。「サカとうまくやれていますね」
「そうかもしれない」
「移籍の話なんですが」とゾーイは言った。「プレミアの動きが早まっています。冬の市場で打診してきたクラブが一件、実際にありました」
「断ってくれ」
「すでに断りました。ただ、来夏は本格的に動くと言っていました」
「分かった」
「あと」ゾーイは続けた。「サカがいるクラブも、あなたに関心を持っているという話が入っています」
ニコラスはしばらく黙っていた。
「それは確かか」
「ええ。ただ、まだ初期段階です」
ニコラスは窓の外を見た。ルガーノの夜だった。湖が風に揺れていた。
サカと同じクラブで。
昨日、ロッカールームでアリスターが言った言葉を思い出した。「夢の話だよ。でもあながち夢でもないだろ」
「このまま続ける」とニコラスは言った。
「それだけでいいです」とゾーイは言った。「あなたがやることをやれば、向こうが動いてきます」
電話が切れた。
ニコラスはスマホを持ったまま、湖を見た。
波が静かに繰り返していた。
サカが「信じてた」と言った。
その言葉が、まだ胸の中にあった。
信じてもらえる選手になる。ピッチの上で。数字で。結果で。
それだけでいい。
窓の外で、ルガーノの夜が静かに続いていた。




