逆転
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代表ウィークが終わって、ルガーノに戻った。
ドスサントスがロッカールームで出迎えた。
「三点!代表で三点!しかも合計七十分しか出てないのに!」とドスサントスは叫んだ。「お前、どうかしてる!最高だ!」
チミニャーニが「お帰り」と静かに言った。
ビスリミが「おめでとう」と言った。
ニコラスは荷物を置いて「ありがとう」と言った。
ファリネッリ監督に呼ばれた。
「代表、お疲れ様でした」と監督は言った。「どうでしたか」
「速かったです。特にドイツが」
「そうでしょう。でも三点取りましたね」
「課題があります」
「聞かせてください」
ニコラスはトラップの話をした。ダイレクトで解決したが、それだけでは限界があること。ロングシュートの精度も上げたいこと。
ファリネッリはメモを取りながら聞いた。
「わかりました。練習で時間を作ります」と言った。「ただ今週は休んでください。代表ウィーク明けは体が疲れています。第九節は来週です」
ニコラスは頷いた。
「相手はFCチューリッヒです」とファリネッリは付け加えた。「今季リーグ二位。強いです」
「わかりました」
「ニコラス」
「何ですか」
ファリネッリは少し間を置いた。「代表でどんな結果を出しても、ここでのあなたの立場は変わらない。プレッシャーを感じなくていい」
ニコラスは監督の目を見た。
「感じていません」
ファリネッリは小さく笑った。「そうですね」
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FCチューリッヒは、確かに強かった。
第九節、ホームゲーム。前半からチューリッヒのプレスが鋭かった。ルガーノがボールを持つ時間が短かった。ドスサントスが前を向けない場面が続いた。
前半二十九分、失点した。
D・レバーソンという右ウィングが、左サイドから切り込んできた。ルガーノのDFが対応に遅れた。ペナルティエリア内からシュート。GKが反応できなかった。
〇対一。
ニコラスはセンターサークルに戻りながら、前を向いた。
まだ時間がある。
前半三十七分、またレバーソンだった。
今度は右サイドから裏に抜け出した。クロスが入った。中央の選手に合わせられた。
〇対二。
スタジアムが静まった。ルガーノのサポーターの顔が曇った。ベンチでコーチが腕を組んだ。
ニコラスはセンターサークルに戻りながら、周りのチームメイトを見た。
コンヤの最終節と同じ状況だった。二点ビハインド。前半まだ残り時間がある。
違ったのは、ニコラスの中に焦りがなかったことだ。コンヤのときは、チームへの不信感と孤独の中で戦っていた。あのときの冷静さは、感情を押し殺した冷静さだった。
今は違った。
ドスサントスが隣に来た。
「取り返せる」とドスサントスは言った。小声だったが、迷いがなかった。
「分かってる」とニコラスは返した。
「俺が前を向く。お前は走れ」
「走る」
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前半四十分、ニコラスが動いた。
ドスサントスが相手のMFからボールを奪った。すぐに前を向いた。ニコラスはすでに走り出していた。DFの背後を取った。
ロングパスが来た。走りながら受けた。DFが追ってきた。速かった。でもニコラスの方が速かった。
ペナルティエリアに入った。GKが構えた。
フィジカルで時間を作った。右足を振り抜いた。
ゴール左隅。
一対二。
ドスサントスが飛んできた。「言っただろ!取り返せるって!」と叫んだ。
ニコラスはドスサントスの肩を一度叩いた。それだけだった。でもドスサントスには伝わったようだった。
前半終了。一対二。
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ハーフタイム、ロッカールームでファリネッリが言った。
「一点は取った。後半も同じことをすれば、追いつける。焦るな」
選手たちが頷いた。コンヤのときと違った。誰も俯いていなかった。
チミニャーニが静かに言った。「レバーソンへのケアを一枚増やせば、あちらの右サイドは止められる。その分中央が空くが、俺とドスサントスで潰す」
ビスリミが「後半、俺がもっと走る。ニコラスへのコースを作る」と言った。
ニコラスは水を飲みながら聞いていた。
みんながそれぞれ考えている。コンヤとは全然違った。
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後半が始まった。
チューリッヒは守備を固めた。二点のリードを守る気だった。ブロックを組んで、前に出てこなかった。
ルガーノがボールを持つ時間が増えた。でも崩せない時間が続いた。
七十八分、ニコラスが動いた。
中盤でボールを受けたドスサントスが前を向いた。チューリッヒのDFラインが高かった。ニコラスは一歩後ろに下がって、DFの視界から消えた。
ドスサントスのスルーパスが来た。
走った。DFが追いかけてきた。追いつかれなかった。
ペナルティエリアに入った。GKが飛び出してきた。
右足。右隅。
二対二。
スタジアムが弾けた。
八十分、今度はドスサントスがボールを奪った場所が違った。自陣だった。長い距離を持ち上がった。チームメイトが並走した。
ニコラスはゴール前に走り込んでいた。
ドスサントスのクロスが来た。ニコラスが飛んだ。ヘディングで合わせた。
三対二。
ドスサントスがニコラスに飛びついた。「三点!逆転!俺たちやったぞ!」と叫んだ。チミニャーニが珍しく両腕を広げた。ビスリミが静かにガッツポーズをした。
八十七分、ペナルティエリア内でドスサントスがボールを持った。ニコラスへのパスコースを探した。チームメイトがショートパスを回した。最後にニコラスへのパスが入った。
受けた瞬間、DFが寄せてきた。フィジカルで弾いた。一歩だけ前に出た。
右足で流し込んだ。
四対二。
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九十分、ビスリミが追加点を決めた。
五対二。
試合終了の笛が鳴った瞬間、ドスサントスがまたニコラスに飛びついた。
「四ゴール!お前四ゴールだぞ!二点ビハインドから四ゴール!」
ニコラスは倒れそうになりながら立っていた。
「落ち着け」
「落ち着けない!」ドスサントスは笑い続けた。「こんな試合、生まれて初めて見た!レバーソンに二点取られて、そこから逆転だぞ!」
チミニャーニが来た。「今日の逆転、記録に残るだろうな」と静かに言った。
ビスリミが来た。「ありがとう」と言った。「俺のゴールも、ニコラスが四点取って相手が崩れたからだ」
ニコラスは少し間を置いた。
「ドスサントスのパスがよかった」
「俺のパスだけじゃない」とドスサントスは言った。「お前の走りがあったから出せた。どこに走るかが毎回わかる。怖いくらい」
ニコラスは少し考えた。
「お前がどこにパスを出すかも、毎回わかる」
ドスサントスはしばらく黙った。それから笑った。
「俺達、相性いいな」
「そうだ」
それだけだった。でもその短いやり取りの中に、この試合全部が入っていた。
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夜、ゾーイから短いメッセージが来た。
「四ゴール見ました。コンヤの最終節を思い出しました」
ニコラスは少し間を置いて返した。
「違う」
「何がですか?」
「コンヤのときは一人だった。今日は違った」
ゾーイはしばらく間を置いた。
「成長していますね」
「当然だ」
「そのくらい言えるようになりましたね」とゾーイは返した。
ニコラスはスマホを置いた。
窓の外、ルガーノの夜に湖が静かに広がっていた。
コンヤのあの夜と同じ星空ではなかった。でも同じくらい、静かだった。
一人ではない静けさが、そこにあった。




