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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
ルガーノ

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14/110

ルガーノ


---


オファーを二件まで絞った。


トリノとFCルガーノ。


ゾーイがテーブルに資料を並べた。コンヤスポルのシーズンが終わってから三週間後、チェスターフィールドのカフェだった。いつも通り、ニコラスは紅茶、ゾーイはコーヒーを頼んだ。


「トリノはセリエAです」とゾーイは言った。「イタリア一部。リーグのレベルはルガーノより明らかに上です」


「条件は」


「最初の半年は控えから入ってほしいと言っています。実績を見てからスタメンを保証する、という形です」


ニコラスは黙っていた。


「また様子見か」


「そうです」ゾーイは頷いた。「トリノとしては当然の判断です。トルコリーグとセリエAでは強度が違う。でも」彼女はルガーノの資料を前に出した。「FCルガーノは違います」


「何が違う」


「監督のファリネッリが直接、あなたに電話をしたいと言っています」


ニコラスは少し間を置いた。


「監督が直接?」


「ええ。珍しいことです。それだけ本気だということです」


その夜、ファリネッリからの電話が来た。


イタリア語訛りの英語だった。五十代の男の声は、落ち着いていて、でも熱があった。


「ロメロ、私はあなたをエースとして迎えたい。戦術の中心に置きたい。チーム全体があなたのためにボールを運ぶ。あなたはゴールだけ考えてくれればいい」


ニコラスはしばらく黙っていた。


「本当にそれができますか」


「できる。私のチームはそのために作ってある」


「コンヤでは」と言いかけて、止めた。


「コンヤのことは知っています」とファリネッリは言った。「あなたが一人で戦っていたことも。ここでは違う。信じてください」


電話が終わって、ニコラスはゾーイにメッセージを送った。


「ルガーノにする」


返信はすぐ来た。


「わかりました。正しい選択だと思います」


少し間があって、もう一つ来た。


「あと、トリノのパスタは旨いですが、スイスのチーズも捨てがたいです」


ニコラスはしばらくその文章を見た。


「それは関係ない」と返した。


「ですね」とゾーイは返した。


---


ルガーノは、思っていたより美しい街だった。


スイスの南端、イタリアとの国境に近い場所にある。街の中心にルガーノ湖が広がっていて、夏には水面が青く輝いた。山が周りを囲んでいた。街並みはイタリア風で、石畳の路地に色鮮やかな建物が並んでいた。


コンヤとは全然違った。チェスターフィールドとも全然違った。


ニコラスはアパートを決めた日、湖のほとりに立ってしばらく水面を見た。


空が湖に映っていた。碧かった。


グレースに写真を送った。


「きれいな街ね」と返ってきた。「こんな場所でサッカーができるのね」


「できる」


「いつか行ってみたいわ」


ニコラスはスマホを見た。


「いつでも来い」と打った。


---


最初の練習、ロッカールームに入ると、すぐに声をかけられた。


「ニコラス・ロメロだな!」


振り返ると、浅黒い肌に白い歯を見せて笑っている男がいた。中くらいの背丈で、体は締まっていた。背番号27番のユニフォームを持っていた。


「ドスサントスだ。ジュリオ・ドスサントス。よろしく」と流暢な英語で言って手を差し出した。


ニコラスは握手した。


「お前のプレー、映像で全部見た」とドスサントスは続けた。「コンヤの最終節も見た。すごかったな。あのハットトリック」


「ありがとうございます」


「タメ口でいい。俺、二十四歳だから」ドスサントスは笑った。「お前のゴールの嗅覚、ここで活かしてくれ。俺がボールを運ぶ。お前が決める。それだけでいい」


ニコラスは少し間を置いた。


「本当にそれができるのか」


「できる」ドスサントスは迷いなく言った。「ここのチームはそういうチームだ。見ていればわかる」


---


その言葉は、本当だった。


最初の練習から、違いは明らかだった。


ボールが動いた。プレスが速かった。奪ったらすぐに前に運んだ。パスコースが常に複数あった。ニコラスがゴール前でフリーになる場面が、コンヤとは比べものにならないほど多かった。


チミニャーニという二十六歳のMFは、無駄なパスを出さなかった。常に前を向けるボールを、受けやすい場所に置いた。


ビスリミという二十二歳のFWは、自分が得点しなくてもかまわないという顔でスペースに走り続けた。ニコラスのためのコースを作り続けた。


ファリネッリ監督は練習中、ほとんどニコラスに指示を出さなかった。他の選手には細かく指示を出したが、ニコラスには「そこでいい」とだけ言った。


練習後、ニコラスはドスサントスに言った。


「ここは、コンヤと全然違う」


「そうだろ」ドスサントスは笑った。「どう違う」


「ボールが来る」


「それだけか?」


「それだけで全然違う」


ドスサントスはしばらくニコラスを見た。それから少し表情を変えた。


「コンヤ、大変だったんだな」


ニコラスは何も言わなかった。


「ここでは大変じゃない。俺が保証する」ドスサントスは肩を叩いた。「いっぱい決めてくれ。俺達がいっぱい運ぶからな」


---


リーグ第三節を終えて、ニコラスは八ゴールを挙げていた。


三試合で八点。チームメイトたちはそれを当然のように受け入れていた。驚かなかった。「ニコラスが決めるのは当たり前だ」という空気がすでにあった。


ニコラス自身も、何かが変わったと感じていた。


ペナルティエリアに入った瞬間の感覚が、コンヤのころと違った。正確には、コンヤの最終節、あのガラタサライ戦の後から違った。


あの三点目のことを、今でも時々思い出した。時間が遅くなって、GKの重心が傾く方向が、動く前から分かった。打つべきコースが光って見えた。


あれが何だったのか、言葉にはできなかった。でも体はあの感覚を覚えていた。


ペナルティエリアに入るたびに、あの夜の断片が戻ってきた。GKがどこに動くか。DFがどこに重心を乗せているか。ボールがどのコースに入れば入るか。考えるより先に、体が選んでいた。


コンヤでは、そこまで辿り着くのに一人で中盤まで下がってボールを奪わなければならなかった。ルガーノでは、チーム全員プレスが上手い。ドスサントスがボールを運んでくれる。チミニャーニがコースを作ってくれる。ビスリミがスペースを作ってくれる。エリアの中で待っていられる。


あの夜の感覚を、毎試合使えるようになっていた。


第四節は、ホームでのFCバーゼル戦だった。


前半四十分、ニコラスはペナルティエリア内でドスサントスからのスルーパスを受けた。DFが寄せてきたが、体をぶつけて弾いた。GKと一対一になった。


右足で右隅に流し込んだ。


後半開始直後、四十六分。相手のクリアボールをチミニャーニがカットした。ドスサントスが前を向いて、ニコラスへの縦パスを選択した。裏に抜け出した。GKが飛び出してきた。


冷静に左に流した。


二対〇。


四十八分、今度はドスサントスにアシストした。右サイドから崩した場面で、ニコラスがシュートコースに入ってきたのでDFが二枚寄せた。その一瞬で、ドスサントスへのコースが開いた。パスを出した。ドスサントスが左足で流し込んだ。


「ナイスパスだ!」とドスサントスがニコラスの肩を叩きながら叫んだ。


ニコラスは何も言わなかった。でも悪くなかった。


七十分、ペナルティエリアから少し外の位置でボールを受けた。DFが距離を取っていた。ロングシュートを打てる場面だった。


打った。


ボールはポストに当たって跳ね返ってきた。


惜しかった。でもニコラスはそれを表情に出さなかった。次だ、と思った。


結果は三対〇。ニコラスは二ゴール一アシストだった。


---


試合後、ファリネッリが言った。


「七十分のシュート、あそこは打って正解だ。続けろ」


「入りませんでした」


「入らなくても正解だ。あの距離から打てる選手がいると相手は知った。次から守備ラインが下がる。それだけで前のスペースが広くなる」


ニコラスは少し間を置いた。


「続けます」


ファリネッリは小さく頷いた。「お前は賢い」


ロッカールームに戻ると、ドスサントスが騒いでいた。


「六節で十四点だぞ、このペース!シーズン七十点は行くんじゃないか!」


チミニャーニが苦笑いしながら「さすがに無理だろ」と言った。


「何がさすがにだ、俺はニコラスを信じてる!」


ビスリミが静かに「でも確かに、このペースはすごい」と言った。


ニコラスは着替えながらその声を聞いていた。


チェスターフィールドのロッカールームを思い出した。テリーとマッコールとゲイリー。あの賑やかさと少し似ていた。いや、もっと賑やかだった。


悪くなかった。


---


第六節が終わって、ニコラスは十四ゴールを挙げていた。


その夜、グレースに電話した。


「元気か?」


「元気よ。ルガーノはどう?」


「いい」


「チームは?」


「いいチームだ」ニコラスは少し間を置いた。「コンヤとは全然違う」


「よかった」グレースは言った。「聞こえるわよ、声が少し違うもの」


「何が違う」


「去年より声が軽いわ」


ニコラスは窓の外を見た。ルガーノの夜に、湖の水面が光っていた。


「こっちに来るか」と言った。


「え?」


「スイスに。ルガーノに。いい場所だ」


グレースはしばらく黙っていた。


「……考えてみる」と彼女は言った。声が少し柔らかかった。


「いつでも来い」


電話が切れた。


ニコラスは湖を見た。


チェスターフィールドの空は灰色だった。コンヤの夜空は星が多かった。ルガーノの夜は、湖が光っていた。


どこに行っても、空は違う顔を見せた。


そのことが、悪くないと思った。

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