声
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二月、リーグ戦が続いていた。
ヴィラは首位との差を二ポイントに縮めていた。CLはノックアウトステージに進んでいた。
ニコラスのコーチングは少しずつ変わっていた。
声が出るようになったのは秋からだった。でも最近は声の中身が変わってきていた。
「ファー」「右」「下がれ」——そういう単語から、少しずつ相手に合わせた言葉が出るようになっていた。
ティーレマンスへは「ターンして」より「持ち出して」の方が反応が良かった。ロジャーズへは短く「裏」と言うだけで動いてくれた。ワトキンスへは何も言わなくても動いていたが、「ニア」と言うと一歩速く動いた。
それぞれに合った言葉があった。
それがわかってきていた。
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二月初旬のリーグ戦だった。
相手はウォルバーハンプトンだった。堅い守備を敷いてくるチームだった。
前半、ニコラスはDFラインの前でボールを受けた。背後にDFがついていた。
「裏」とニコラスは言った。
ロジャーズが一歩踏み出した。裏のスペースへ走った。ニコラスがロジャーズへ出した。ロジャーズがクロスを上げた。ワトキンスが頭で合わせた。ゴール左に決まった。
一対〇。
その十分後、今度はパブロがボールを持った。中盤だった。相手のDFが前に出てきた。
「持ち出せ」とニコラスは言った。
パブロが一瞬止まった。声が来た方向を見た。持ち出した。DFが戻った。スペースができた。パブロがそこへ入ってシュートを打った。GKに弾かれた。
惜しかった。でも声が届いていた。
ハーフタイム、エメリーが言った。「声が試合を動かしている。続けろ」。
後半、ニコラスはティーレマンスへ声をかけた。「開け」と言った。ティーレマンスが右へ動いた。スペースが生まれた。そこへニコラスが入った。パスが来た。シュートを打った。二対〇。
試合後、デュランがニコラスに言った。「今日声多かったな」
「そうか」
「前半のロジャーズへのやつ、完璧だった」デュランは言った。「あのタイミングで声が来るとは思ってなかった」
「ロジャーズは裏への反応が速い」とニコラスは言った。「声が来ると思っていれば、もっと速く動ける」
デュランはそれを聞いて少し黙った。「お前が『声が来ると思っていれば』って言うの、初めて聞いた気がする」
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マルティネスがニコラスの隣に来た。珍しかった。マルティネスから話しかけてくることはあまりなかった。
「最近、お前の声が聞こえる」とマルティネスは言った。
「そうか」
「秋から変わった」マルティネスは言った。「最初は単語だけだった。最近は誰に言っているかがわかる声になってきた」
ニコラスは少し間を置いた。「気づいていたか」
「ピッチでは聞こえるものが多い」マルティネスは言った。「お前の声も、ワトキンスへの声とロジャーズへの声が違う。音じゃなくて、向いている方向が違う」
「向いている方向」
「そうだ」マルティネスは言った。「言葉を出すとき、体がその選手を向いている。だから誰への声かがわかる」
ニコラスはその言葉を聞いた。
意識したことがなかった。でも言われてみれば、そうかもしれなかった。声を出すとき、自然にその選手の方向を向いていた。
「パブロへの声はまだ少ない」とマルティネスは言った。
「そうだ」
「パブロはお前の声を待っていると思う」マルティネスは言った。スペイン語訛りの英語だった。「最近、ピッチでお前を見る回数が増えた。声が来るかどうかを確認している目だ」
ニコラスはその言葉を聞いた。
アリスターが言っていた言葉を思い出した。「パスが来ると思って動いた選手は、強く動ける」。声についても同じかもしれなかった。声が来ると思って待っている選手は、声が来たとき速く動ける。
「パブロに何を言えばいいかがまだわからない」とニコラスは言った。
マルティネスは少し間を置いた。「パブロが何を待っているかを見ればわかる」
「何を待っているか」
「あいつは今、自分がどこへ動けばいいかを探している」マルティネスは言った。「技術はある。でもどこへ動けばゴールに繋がるかがまだ見えていない。そこを教えてやれ」
マルティネスはそれだけ言って、ロッカールームへ向かった。
ニコラスはグラウンドに残ってシュートを打ち続けた。
しばらくして、パブロが戻ってきた。忘れ物をしたのか、スパイクを持っていた。ニコラスを見た。少し迷った様子だった。
「今日の試合、見ていましたか」とパブロは言った。
「どの試合だ」
「ウォルバーハンプトン戦です。前半のロジャーズへの声」
「覚えている」
「あのタイミングで声が来るとは思っていませんでした」パブロは言った。「どうしてあそこで声を出したんですか」
ニコラスは少し間を置いた。「ロジャーズが裏へ行ける状態だった。DFが前に出てきていた。だから言った」
「どうしてDFが前に出てくるとわかったんですか」
「見ていたからだ」とニコラスは言った。「ボールを持つ前から見ていた」
パブロはその言葉を聞いた。少し考えている様子だった。
「俺も声、出した方がいいですか」とパブロは言った。
ニコラスは少し驚いた。パブロから聞いてくることは初めてだった。
「出せるなら出せ」とニコラスは言った。「でも無理に出さなくていい。まず見ることを先にやれ」
「見ること」
「ボールを受ける前に、周りを見ること。誰がどこにいるかを知っておくこと。声はその後だ」
パブロは頷いた。何か言おうとして、やめた。
スパイクを持ってロッカールームへ向かった。
ニコラスはその背中を見ていた。
パブロが「声を出した方がいいですか」と聞いてきた。
三ヶ月前には想像もできなかった。
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紅白戦の中盤だった。
パブロがボールを受けた。前を向いた。ニコラスがゴール前で動いた。
「左」とニコラスは言った。
パブロが左へ動いた。スペースができた。パブロがそこへ入った。
ニコラスがパブロへ出した。パブロが前を向いた。シュートを打った。ゴール右に決まった。
パブロが振り返った。
ニコラスは頷いた。
パブロも頷いた。
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練習後、ロジャーズがニコラスに言った。
「今日のパブロへの声、良かったな」
「そうか」
「あいつ、迷わずに動いた」ロジャーズは言った。「声が来る前から少し動き始めていた。お前の声を待っていたんだろう」
ニコラスはその言葉を聞いた。
マルティネスが言った通りだった。声が来ると思って待っていたから、声が来た瞬間に速く動けた。
「パブロに合った言葉は何だろうな」とロジャーズは言った。
「まだわからない」とニコラスは言った。「でも今日、少し見えた気がした」
「何が」
「パブロは動く場所を教えてもらいたいんじゃなくて、動く理由を教えてもらいたいんだと思う」とニコラスは言った。「『左へ動け』じゃなくて、『左へ動くとスペースができる』という感じで」
ロジャーズは少し考えた。「でも試合中にそんな長い言葉は出せないだろう」
「そうだ」とニコラスは言った。「だから今は短い言葉で済ませている。でもパブロがその言葉の意味を理解してきたら、短い言葉で全部が伝わるようになる」
ロジャーズはそれを聞いて少し間を置いた。
「お前、本当に変わったな」とロジャーズは言った。
「そうか」
「一年前のお前はそういうことを考えなかった」
「考えていなかった」とニコラスは言った。「でも今は考えるようにしている」
「エメリーのせいか」
「そうだ」
ロジャーズは笑った。「あの人は怖いな」
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その夜、ニコラスはエメリーを見つけた。監督室の前の廊下で、エメリーはクリップボードを手に歩いてくるところだった。
「監督」
エメリーが足を止めた。
「マルティネスから言われました」ニコラスは言った。「声が変わってきたと」
エメリーはクリップボードから目を上げた。
「パブロへの声も、少し出るようになってきました」
沈黙があった。エメリーはニコラスをまっすぐに見ていた。
「見ていた」とエメリーは言った。「パブロへの『左』、良かった」
ニコラスは何か言おうとしたが、エメリーが続けた。
「次は声の前にパブロと目を合わせてみろ。声が来ることを体で伝えてから声を出す」
「体で伝える」
「それが次の段階だ」
それだけ言うと、エメリーは再び歩き出した。
ニコラスはその場に立ったまま、言葉を反芻した。
声の前に目を合わせる。
アリスターが言っていた「相手に気づかせる」ことだった。エメリーとアリスターが、違う言葉で同じことを言っていた。
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窓の外を見た。
バーミンガムの夜だった。
今季、自分の声がチームを動かすようになってきた。少しずつだが、確かに変わっていた。
来季、その先を目指す。
でも今はまだ今季がある。首位との差は二ポイントだった。
ニコラスはスマートフォンを置いた。
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