表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ3年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/112


---


二月、リーグ戦が続いていた。


ヴィラは首位との差を二ポイントに縮めていた。CLはノックアウトステージに進んでいた。


ニコラスのコーチングは少しずつ変わっていた。


声が出るようになったのは秋からだった。でも最近は声の中身が変わってきていた。


「ファー」「右」「下がれ」——そういう単語から、少しずつ相手に合わせた言葉が出るようになっていた。


ティーレマンスへは「ターンして」より「持ち出して」の方が反応が良かった。ロジャーズへは短く「裏」と言うだけで動いてくれた。ワトキンスへは何も言わなくても動いていたが、「ニア」と言うと一歩速く動いた。


それぞれに合った言葉があった。


それがわかってきていた。


---


二月初旬のリーグ戦だった。


相手はウォルバーハンプトンだった。堅い守備を敷いてくるチームだった。


前半、ニコラスはDFラインの前でボールを受けた。背後にDFがついていた。


「裏」とニコラスは言った。


ロジャーズが一歩踏み出した。裏のスペースへ走った。ニコラスがロジャーズへ出した。ロジャーズがクロスを上げた。ワトキンスが頭で合わせた。ゴール左に決まった。


一対〇。


その十分後、今度はパブロがボールを持った。中盤だった。相手のDFが前に出てきた。


「持ち出せ」とニコラスは言った。


パブロが一瞬止まった。声が来た方向を見た。持ち出した。DFが戻った。スペースができた。パブロがそこへ入ってシュートを打った。GKに弾かれた。


惜しかった。でも声が届いていた。


ハーフタイム、エメリーが言った。「声が試合を動かしている。続けろ」。


後半、ニコラスはティーレマンスへ声をかけた。「開け」と言った。ティーレマンスが右へ動いた。スペースが生まれた。そこへニコラスが入った。パスが来た。シュートを打った。二対〇。


試合後、デュランがニコラスに言った。「今日声多かったな」


「そうか」


「前半のロジャーズへのやつ、完璧だった」デュランは言った。「あのタイミングで声が来るとは思ってなかった」


「ロジャーズは裏への反応が速い」とニコラスは言った。「声が来ると思っていれば、もっと速く動ける」


デュランはそれを聞いて少し黙った。「お前が『声が来ると思っていれば』って言うの、初めて聞いた気がする」


---




マルティネスがニコラスの隣に来た。珍しかった。マルティネスから話しかけてくることはあまりなかった。


「最近、お前の声が聞こえる」とマルティネスは言った。


「そうか」


「秋から変わった」マルティネスは言った。「最初は単語だけだった。最近は誰に言っているかがわかる声になってきた」


ニコラスは少し間を置いた。「気づいていたか」


「ピッチでは聞こえるものが多い」マルティネスは言った。「お前の声も、ワトキンスへの声とロジャーズへの声が違う。音じゃなくて、向いている方向が違う」


「向いている方向」


「そうだ」マルティネスは言った。「言葉を出すとき、体がその選手を向いている。だから誰への声かがわかる」


ニコラスはその言葉を聞いた。


意識したことがなかった。でも言われてみれば、そうかもしれなかった。声を出すとき、自然にその選手の方向を向いていた。


「パブロへの声はまだ少ない」とマルティネスは言った。


「そうだ」


「パブロはお前の声を待っていると思う」マルティネスは言った。スペイン語訛りの英語だった。「最近、ピッチでお前を見る回数が増えた。声が来るかどうかを確認している目だ」


ニコラスはその言葉を聞いた。


アリスターが言っていた言葉を思い出した。「パスが来ると思って動いた選手は、強く動ける」。声についても同じかもしれなかった。声が来ると思って待っている選手は、声が来たとき速く動ける。


「パブロに何を言えばいいかがまだわからない」とニコラスは言った。


マルティネスは少し間を置いた。「パブロが何を待っているかを見ればわかる」


「何を待っているか」


「あいつは今、自分がどこへ動けばいいかを探している」マルティネスは言った。「技術はある。でもどこへ動けばゴールに繋がるかがまだ見えていない。そこを教えてやれ」


マルティネスはそれだけ言って、ロッカールームへ向かった。


ニコラスはグラウンドに残ってシュートを打ち続けた。


しばらくして、パブロが戻ってきた。忘れ物をしたのか、スパイクを持っていた。ニコラスを見た。少し迷った様子だった。


「今日の試合、見ていましたか」とパブロは言った。


「どの試合だ」


「ウォルバーハンプトン戦です。前半のロジャーズへの声」


「覚えている」


「あのタイミングで声が来るとは思っていませんでした」パブロは言った。「どうしてあそこで声を出したんですか」


ニコラスは少し間を置いた。「ロジャーズが裏へ行ける状態だった。DFが前に出てきていた。だから言った」


「どうしてDFが前に出てくるとわかったんですか」


「見ていたからだ」とニコラスは言った。「ボールを持つ前から見ていた」


パブロはその言葉を聞いた。少し考えている様子だった。


「俺も声、出した方がいいですか」とパブロは言った。


ニコラスは少し驚いた。パブロから聞いてくることは初めてだった。


「出せるなら出せ」とニコラスは言った。「でも無理に出さなくていい。まず見ることを先にやれ」


「見ること」


「ボールを受ける前に、周りを見ること。誰がどこにいるかを知っておくこと。声はその後だ」


パブロは頷いた。何か言おうとして、やめた。


スパイクを持ってロッカールームへ向かった。


ニコラスはその背中を見ていた。


パブロが「声を出した方がいいですか」と聞いてきた。


三ヶ月前には想像もできなかった。


---




紅白戦の中盤だった。


パブロがボールを受けた。前を向いた。ニコラスがゴール前で動いた。


「左」とニコラスは言った。


パブロが左へ動いた。スペースができた。パブロがそこへ入った。


ニコラスがパブロへ出した。パブロが前を向いた。シュートを打った。ゴール右に決まった。


パブロが振り返った。


ニコラスは頷いた。


パブロも頷いた。


---


練習後、ロジャーズがニコラスに言った。


「今日のパブロへの声、良かったな」


「そうか」


「あいつ、迷わずに動いた」ロジャーズは言った。「声が来る前から少し動き始めていた。お前の声を待っていたんだろう」


ニコラスはその言葉を聞いた。


マルティネスが言った通りだった。声が来ると思って待っていたから、声が来た瞬間に速く動けた。


「パブロに合った言葉は何だろうな」とロジャーズは言った。


「まだわからない」とニコラスは言った。「でも今日、少し見えた気がした」


「何が」


「パブロは動く場所を教えてもらいたいんじゃなくて、動く理由を教えてもらいたいんだと思う」とニコラスは言った。「『左へ動け』じゃなくて、『左へ動くとスペースができる』という感じで」


ロジャーズは少し考えた。「でも試合中にそんな長い言葉は出せないだろう」


「そうだ」とニコラスは言った。「だから今は短い言葉で済ませている。でもパブロがその言葉の意味を理解してきたら、短い言葉で全部が伝わるようになる」


ロジャーズはそれを聞いて少し間を置いた。


「お前、本当に変わったな」とロジャーズは言った。


「そうか」


「一年前のお前はそういうことを考えなかった」


「考えていなかった」とニコラスは言った。「でも今は考えるようにしている」


「エメリーのせいか」


「そうだ」


ロジャーズは笑った。「あの人は怖いな」


---


その夜、ニコラスはエメリーを見つけた。監督室の前の廊下で、エメリーはクリップボードを手に歩いてくるところだった。


「監督」


エメリーが足を止めた。


「マルティネスから言われました」ニコラスは言った。「声が変わってきたと」


エメリーはクリップボードから目を上げた。


「パブロへの声も、少し出るようになってきました」


沈黙があった。エメリーはニコラスをまっすぐに見ていた。


「見ていた」とエメリーは言った。「パブロへの『左』、良かった」


ニコラスは何か言おうとしたが、エメリーが続けた。


「次は声の前にパブロと目を合わせてみろ。声が来ることを体で伝えてから声を出す」


「体で伝える」


「それが次の段階だ」


それだけ言うと、エメリーは再び歩き出した。


ニコラスはその場に立ったまま、言葉を反芻した。


声の前に目を合わせる。


アリスターが言っていた「相手に気づかせる」ことだった。エメリーとアリスターが、違う言葉で同じことを言っていた。


---


窓の外を見た。


バーミンガムの夜だった。


今季、自分の声がチームを動かすようになってきた。少しずつだが、確かに変わっていた。


来季、その先を目指す。


でも今はまだ今季がある。首位との差は二ポイントだった。


ニコラスはスマートフォンを置いた。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ