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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
コンヤスポル

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11/110

カップ戦


---


トルコカップのベスト16は、四月の第二週だった。


相手はアンカラギュジュ。リーグ戦では中位のチームだったが、カップ戦では別の顔を見せることがある。コーチはミーティングで「油断するな」と言った。ニコラスはその言葉を、文字通りに受け取っていた。


試合前夜、ニコラスはアパートで一人だった。


翌日の相手のGKの映像を繰り返し見た。立ち位置の癖、飛び出すタイミング、左右どちらに強いか。一時間かけて頭に入れた。それからスマホを置いて、早めに寝た。


準備はできていた。


---


試合は、最初から嫌な流れだった。


前半三分、自陣でのパスミスから失点した。トゥリュチではなかった。センターバックのボールコントロールが乱れて、相手FWにさらってしまった。


ニコラスはセンターサークルに戻りながら、前を向いた。


まだ時間はある。


前半十五分、ニコラスに決定機が来た。エムレからの縦パスが通って、GKと一対一になった。昨夜映像で確認した、あのGKだった。右に重心が傾く癖があった。左に打てばいい。


打った。


GKが止めた。


重心の癖は正確に読めていた。でもGKが逆を突かれながらも、長い腕を伸ばして弾いた。完璧な読みだったが、完璧な反応に負けた。


ニコラスはゴールの前に立って、一瞬だけ目を閉じた。


---


前半終了間際、追加点を許した。


またパスミスからだった。今度はトゥリュチだった。プレッシャーを受けてバックパスを選択したが、それが短くて相手に拾われた。カウンター。守備が対応できなかった。


〇対二でハーフタイムを迎えた。


ロッカールームは重かった。コーチが話していたが、ニコラスの耳にはあまり入らなかった。頭の中で前半の場面を繰り返していた。決定機を外したシーン。あそこで決めていれば、流れは変わっていた。


「ニコラス」


エムレが隣に座ってきた。


「大丈夫か?」


「大丈夫だ」


「顔が怖い」


「いつもこういう顔だ」


エムレは少し笑った。「いや、今日は特別怖い」


ニコラスは何も言わなかった。


「後半、俺がもっと早く縦を入れる。お前は前にいてくれ」


ニコラスは頷いた。


---


後半、ニコラスは一点を返した。


右サイドからのクロスに飛び込んだ。競ったが、体が勝った。ヘディングでゴール右隅に叩き込んだ。


一対二。


スタジアムが少し沸いた。が、同点にはまだ遠かった。


残り二十五分、コンヤスポルは前がかりになった。それが裏目に出た。カウンターを受けて、三点目を失った。


一対三。


その瞬間、ニコラスはピッチの中央に立って、スタジアムを見た。


終わった、と思った。感情的な意味ではなく、数字として。残り時間と点差を計算したら、そういう結論になった。


それでも走った。最後まで走った。結果は変わらなかった。


試合終了。一対三。


---


チームメイトたちはロッカールームに引き上げた。


ニコラスは引き上げなかった。


グラウンドの端に行って、ゴールポストに背中をもたれた。スタジアムの照明が少しずつ落ちていた。観客が帰っていく足音が遠くに聞こえた。


空を見上げた。


コンヤの夜空は、チェスターフィールドより星が見えた。それだけは認めていた。


何が悪かったかは、わかっていた。決定機を外したこと。チームのパスミスをカバーしきれなかったこと。自分にできることはやった。でもそれで足りなかった。


足りなかった。


その言葉が、頭の中に残った。


チェスターフィールドでは、足りないと思ったことがなかった。ここでは、何度足りなかったと思っただろう。言葉が足りない。連携が足りない。チームが足りない。自分が足りない。


スマホを取り出した。


ゾーイに電話をかけた。


---


三回コールしたところで出た。


「試合、見ました」とゾーイは言った。第一声がそれだった。


ニコラスは何も言わなかった。


「一対三は、数字だけ見ればそうです。でも」


「決定機を外した」


「ええ」


「あそこで決めていれば」


「そうかもしれない。でも」


「わかってる」ニコラスは言った。「一つのシュートで試合は決まらない。サッカーはそういうものだ」


「わかってるなら」


「でも」


ゾーイは黙った。


ニコラスはしばらく空を見ていた。


「悔しい」


言葉が出た。自分でも予想していなかった言葉が。


「負けることは何度もあった。でも今日みたいに、何もできなかったと感じたのは初めてかもしれない」


ゾーイはしばらく黙っていた。


「何もできなかったわけじゃない」と彼女は言った。「一点取った。決定機も作った。中盤まで下がってボールを奪った。私には全部見えていました」


「それで負けた」


「ええ」ゾーイは静かに言った。「でもニコラス、聞いてください」


ニコラスは黙った。


「今日あなたが感じたものを、忘れないでください。この悔しさを。これがあるから、次に向かえる。今日感じなかったら、あなたはただ数字を積み上げるだけの機械になっていた」


ニコラスはゴールポストを見た。錆が少し浮いていた。


「機械の方が楽だ」


「そうかもしれない」ゾーイは言った。「でもあなたは機械じゃない。それがあなたの強さです」


しばらく沈黙が続いた。


コンヤの夜が深まっていた。虫の声がしていた。


「一つだけ聞いていいですか」とゾーイが言った。


「何だ」


「今、どこにいますか?」


「グラウンド」


「一人で?」


「ああ」


少し間があった。


「アパートに帰って、何か食べてください。それだけでいいです」


「食欲がない」


「食べなくていいです。台所に立つだけでいい」


ニコラスは少し間を置いた。


「なんでそれが大事なんだ」


「人間でいることを、この間言いましたよね」


ニコラスは空を見た。星が出ていた。


「……わかった」


「ありがとうございます」


電話が切れた。


ニコラスはしばらくグラウンドに立っていた。


それからゆっくり、アパートへ向かって歩き始めた。


---


アパートに帰って、台所に立った。


冷蔵庫を開けた。食材が少し残っていた。グレースに教わったスープのレシピを思い出した。玉ねぎを切った。鍋に入れた。火をつけた。


切ることに集中した。煮えるのを待った。


スープが出来上がったころには、少しだけ落ち着いていた。


食べながら、グレースに短いメッセージを送った。


「負けた」


すぐに返信が来た。


「お疲れ様。スープでも飲んで」


ニコラスは鍋を見た。


「飲んでる」


「そう」少し間があって「次があるわよ」と来た。


ニコラスはスマホを置いて、スープを飲んだ。


塩が少し足りなかった。でも温かかった。


---


翌日の練習、ニコラスはいつも通り一番早く来た。


グラウンドに一人で立って、ボールを蹴った。昨日の決定機を再現して、また蹴った。GKがいない場所に、何度も蹴った。


悔しさを燃料にするのは、チェスターフィールドのころから変わらなかった。


ただ一つだけ、昨日と今日で変わったことがあった。


一人で抱えなかった。


それだけで、少しだけ違う朝だった。

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