移籍オファー
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一月だった。
移籍ウィンドウが開いた。
ゾーイから連絡が来た。「大事な話があります。電話できますか」
その日の夜、電話した。
「オファーが来ています」とゾーイは言った。「バイエルン・ミュンヘンです」
ニコラスは少し間を置いた。
「金額は」
ゾーイが数字を言った。
大きかった。ヴィラでの現在の契約の二倍近かった。
「期間は」
「五年です。今すぐ動けるなら、今冬の移籍も可能だと言っています」
「バイエルンが直接言ってきたのか」
「代理人を通してです。本気度は高いです」ゾーイは言った。「ニコラス、正直に言います。これは一生に何度もあるオファーじゃない。バイエルンはUCLを本気で狙っている。来季のスカッドにニコラスを組み込みたいと言っています」
ニコラスはしばらく何も言わなかった。
窓の外を見た。バーミンガムの夜だった。
「断る」とニコラスは言った。
「理由を聞かせてください」とゾーイは言った。責めている口調ではなかった。確認するような声だった。
「まだここでやることがある」
「具体的には」
ニコラスは少し考えた。「コーチングを始めた。チームを動かすことを覚えようとしている。まだ途中だ。途中のまま出ていきたくない」
「それはヴィラじゃないとできないことですか」とゾーイは言った。「バイエルンでもできる話では」
「違う」とニコラスは言った。「ここで積み上げてきたものがある。ワトキンスとの二年間。エメリーの指導。チームとの連動。それを途中で切りたくない」
ゾーイはしばらく黙った。
「わかりました」とゾーイは言った。「バイエルンには丁重にお断りします。ただ一つだけ言わせてください」
「何を」
「夏にも同じようなオファーが来る可能性があります。そのとき、今と同じ答えを出せるかどうかを、今から考えておいてください。やることが終わったとき、次に行けるように」
「わかった」
「あと」とゾーイは続けた。「今のヴィラでの働きは本当に素晴らしいです。数字だけじゃなく、チームへの影響が出てきている。それはバイエルンも見ています。だから来たんです」
ニコラスは何も言わなかった。
「おやすみなさい」とゾーイは言った。
電話が切れた。
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翌日の練習後、ワトキンスがシュート練習をしていた。
ニコラスがボールを出した。
「バイエルンから来たそうだな」とワトキンスは言った。打ちながらだった。
「誰から聞いた」
「エメリーから少し。あとは雰囲気でわかった」ワトキンスは言った。「断ったか」
「そうだ」
「理由は」
「まだここでやることがある」
ワトキンスはボールを受けた。打った。ゴール右下に決まった。
「いい理由だな」とワトキンスは言った。
「ゾーイには、バイエルンでもできる話ではと言われた」
「そうか」ワトキンスは言った。「どう思った」
「違うと思った」とニコラスは言った。「でも言葉にするのが難しかった」
「でも断った」
「そうだ」
ワトキンスは次のボールを待った。「お前が言葉にできなくても断れる理由がある、ということだ。それは本物だ」
ニコラスはその言葉を聞いた。
「言葉にできない理由は本物じゃないと思っていた」とニコラスは言った。
「違う」とワトキンスは言った。「言葉にできないくらい当たり前のことが、本当の理由だ。言葉にしなきゃわからないものは、まだ迷いがある」
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ボールを打ち続けた。
「やることが終わったら行け」とワトキンスは言った。以前と同じ言葉だった。
「そうするつもりだ」
「俺もやることが終わったとき、終わりにする」ワトキンスは言った。静かだった。「お前と一緒にプレーできる時間は、長くない」
ニコラスはその言葉を聞いた。
何も言わなかった。
ボールを出した。ワトキンスが打った。
二人でシュート練習を続けた。空が暗くなるまで。
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夜、ニコラスはグレースに電話した。
「バイエルンからオファーがあった」とニコラスは言った。
グレースがしばらく黙った。「断ったの」
「そうだ」
「なんで私にわかるの」
「そういう声で言った」
グレースが少し笑った。「あなたはそういうとき、先に結果を言う」
ニコラスは何も言わなかった。
「正しい選択だと思う」とグレースは言った。「あなたがそう決めたなら」
「そうか」
「バイエルンはすごいクラブだけど」グレースは言った。「あなたには今、ヴィラにいる理由がある。それを大切にしなさい」
「わかった」
少し間があった。
「来月、通院があるわね」とグレースは言った。
「行く」
「仕事が忙しいでしょう」
「行く」とニコラスは言った。
グレースはしばらく黙った。「ありがとう」
電話を切った。
ニコラスは窓の外を見た。
来月、病院に行く。またあの待合室に行く。
エラがいるかどうかはわからなかった。
でも少し、頭の中にあった。
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