戸惑い
---
アーセナル戦の翌日だった。
練習が始まった。
パブロがアップをしていた。いつもと変わらない様子だった。スパイクの紐を結んで、軽くステップを踏んで、ボールを受けて蹴った。
ニコラスはその様子を遠くから見ていた。
何かが違った。
何が違うのかはすぐにわからなかった。でも何かが昨日と変わっていた。
---
ポゼッション練習が始まった。
ニコラス、ロジャーズ、ティーレマンス、パブロの四人組になった。
練習が始まった。ティーレマンスがボールを持った。ロジャーズへ出した。ロジャーズがニコラスへ。ニコラスがパブロへ落とした。
パブロがトラップした。
前を向いた。ロジャーズへ出した。
ニコラスは少し驚いた。
また同じ局面が来た。ニコラスからパブロへ。パブロが前を向いた。今度はティーレマンスへ出した。ティーレマンスが持ち上がった。
ニコラスは黙って練習を続けた。
三度目、パブロがボールを受けた。ニコラスが視野に入る位置で手を挙げた。
パブロがニコラスへ出した。
ニコラスはそのパスを受けながら、少し考えた。
昨日まで、パブロはニコラスへ出さなかった。自分で前へ向いた。自分でドリブルした。自分でシュートを選んだ。
それが今日、変わっていた。
---
練習後、水を飲みながらロジャーズがニコラスの隣に来た。
「パブロ、今日変わったな」とロジャーズは言った。
「そうだな」
「昨日のゴールだろうな」
「昨日のゴール」
「後半にお前が決めたゴールだよ」ロジャーズは言った。「俺でも固まるあのゴールを、目の前で出されたらどう思うか」
ニコラスは何も言わなかった。
「どう思う、パブロが変わって」とロジャーズは言った。
「戸惑っている」
ロジャーズが少し笑った。「戸惑ってるのか」
「どう接すればいいかわからない」
「ピッチ外では突っかかってきて、ピッチ内ではパスを出さなかったのにな」
「そうだ」
ロジャーズは少し考えた。「でもいいことじゃないか。変わったんだろう、あいつが」
「そうかもしれない」とニコラスは言った。「でも、変わった相手にどう接するかは、変わってない相手より難しい」
ロジャーズはそれを聞いて少し間を置いた。「それは確かにそうだな」
---
午後の練習だった。
紅白戦があった。
パブロがニコラスと同じチームだった。
前半、パブロが何度かニコラスへのパスを選んだ。いいタイミングで出てきた。ニコラスがシュートを打った。二本打って一本入った。
後半、ニコラスがパブロへ声をかけた。
「右」と言った。
パブロが右へ動いた。
ニコラスがパブロへ出した。パブロが受けて前を向いた。DFをかわしてシュートを打った。ゴール左上に決まった。
パブロがニコラスを振り返った。
何か言おうとした。でも言わなかった。軽く頷いた。
ニコラスも頷いた。
---
練習が終わった後、エメリーがニコラスを呼んだ。
監督室に入った。
エメリーは椅子に座っていた。
「パブロの様子を見た」とエメリーは言った。
「変わっていた」
「何が変わった」
「俺へのパスを選ぶようになった」とニコラスは言った。「自分で仕掛けるより、俺へ出すことを優先している場面があった」
エメリーは頷いた。「戸惑っているか」
「はい」
「なぜ」
ニコラスは少し間を置いた。「今まではピッチ外で突っかかってきて、ピッチ内ではパスを出さなかった。でも急に変わった。どう接すればいいかわからない。パブロが何を考えているかもわからない」
エメリーはしばらくニコラスを見た。
「パブロの扱い方がわからないと言いたいか」
「そうです」
エメリーは少し間を置いた。
「それがコーチングだ」とエメリーは言った。
ニコラスはその言葉を聞いた。
「どういうことですか」
「コーチングは、変わらない相手を動かすことだと思っていないか」エメリーは言った。「違う。変わった相手に、次の言葉をかけることもコーチングだ。変わる前の接し方と、変わった後の接し方は違う。それを見極めることがコーチングだ」
ニコラスは少し間を置いた。
「変わった後のパブロに、何を言えばいいかがわからない」
「それが今の課題だ」エメリーは言った。「答えは俺が出すものじゃない。お前が見つけるものだ。パブロを見ていろ。何が変わったか、何がまだ変わっていないかを言語化しろ。そこから言葉が出てくる」
ニコラスは頷いた。
「一つだけ言う」エメリーは続けた。「パブロは今、お前を見ている。昨日から、お前のプレーを目で追うようになった。それはわかっているか」
「気づいていた」
「ならそれを使え」エメリーは言った。「言葉だけがコーチングじゃない」
---
ロッカールームへ向かう廊下で、パブロとすれ違った。
パブロがニコラスを見た。
昨日と目の色が違った。昨日まであった「ニコラスを値踏みするような目」が消えていた。
何か言うべきか、とニコラスは思った。
でも言葉が出なかった。
パブロも何も言わなかった。
二人は廊下を進んだ。
---
夜、ニコラスはアパートで今日を振り返った。
パブロが変わった。
でも変わったパブロにどう接するかがわからない。
エメリーが言った。「パブロは今、お前を見ている。それを使え」。
言葉だけがコーチングじゃない。
ニコラスはそれを頭の中で繰り返した。
言葉じゃないとしたら、何が伝わるのか。
自分のプレーが、か。
まだわからなかった。でも今日、少し、方向が見えた気がした。
---




