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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ3年目

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107/113

戸惑い


---


アーセナル戦の翌日だった。


練習が始まった。


パブロがアップをしていた。いつもと変わらない様子だった。スパイクの紐を結んで、軽くステップを踏んで、ボールを受けて蹴った。


ニコラスはその様子を遠くから見ていた。


何かが違った。


何が違うのかはすぐにわからなかった。でも何かが昨日と変わっていた。


---


ポゼッション練習が始まった。


ニコラス、ロジャーズ、ティーレマンス、パブロの四人組になった。


練習が始まった。ティーレマンスがボールを持った。ロジャーズへ出した。ロジャーズがニコラスへ。ニコラスがパブロへ落とした。


パブロがトラップした。


前を向いた。ロジャーズへ出した。


ニコラスは少し驚いた。


また同じ局面が来た。ニコラスからパブロへ。パブロが前を向いた。今度はティーレマンスへ出した。ティーレマンスが持ち上がった。


ニコラスは黙って練習を続けた。


三度目、パブロがボールを受けた。ニコラスが視野に入る位置で手を挙げた。


パブロがニコラスへ出した。


ニコラスはそのパスを受けながら、少し考えた。


昨日まで、パブロはニコラスへ出さなかった。自分で前へ向いた。自分でドリブルした。自分でシュートを選んだ。


それが今日、変わっていた。


---


練習後、水を飲みながらロジャーズがニコラスの隣に来た。


「パブロ、今日変わったな」とロジャーズは言った。


「そうだな」


「昨日のゴールだろうな」


「昨日のゴール」


「後半にお前が決めたゴールだよ」ロジャーズは言った。「俺でも固まるあのゴールを、目の前で出されたらどう思うか」


ニコラスは何も言わなかった。


「どう思う、パブロが変わって」とロジャーズは言った。


「戸惑っている」


ロジャーズが少し笑った。「戸惑ってるのか」


「どう接すればいいかわからない」


「ピッチ外では突っかかってきて、ピッチ内ではパスを出さなかったのにな」


「そうだ」


ロジャーズは少し考えた。「でもいいことじゃないか。変わったんだろう、あいつが」


「そうかもしれない」とニコラスは言った。「でも、変わった相手にどう接するかは、変わってない相手より難しい」


ロジャーズはそれを聞いて少し間を置いた。「それは確かにそうだな」


---


午後の練習だった。


紅白戦があった。


パブロがニコラスと同じチームだった。


前半、パブロが何度かニコラスへのパスを選んだ。いいタイミングで出てきた。ニコラスがシュートを打った。二本打って一本入った。


後半、ニコラスがパブロへ声をかけた。


「右」と言った。


パブロが右へ動いた。


ニコラスがパブロへ出した。パブロが受けて前を向いた。DFをかわしてシュートを打った。ゴール左上に決まった。


パブロがニコラスを振り返った。


何か言おうとした。でも言わなかった。軽く頷いた。


ニコラスも頷いた。


---


練習が終わった後、エメリーがニコラスを呼んだ。


監督室に入った。


エメリーは椅子に座っていた。


「パブロの様子を見た」とエメリーは言った。


「変わっていた」


「何が変わった」


「俺へのパスを選ぶようになった」とニコラスは言った。「自分で仕掛けるより、俺へ出すことを優先している場面があった」


エメリーは頷いた。「戸惑っているか」


「はい」


「なぜ」


ニコラスは少し間を置いた。「今まではピッチ外で突っかかってきて、ピッチ内ではパスを出さなかった。でも急に変わった。どう接すればいいかわからない。パブロが何を考えているかもわからない」


エメリーはしばらくニコラスを見た。


「パブロの扱い方がわからないと言いたいか」


「そうです」


エメリーは少し間を置いた。


「それがコーチングだ」とエメリーは言った。


ニコラスはその言葉を聞いた。


「どういうことですか」


「コーチングは、変わらない相手を動かすことだと思っていないか」エメリーは言った。「違う。変わった相手に、次の言葉をかけることもコーチングだ。変わる前の接し方と、変わった後の接し方は違う。それを見極めることがコーチングだ」


ニコラスは少し間を置いた。


「変わった後のパブロに、何を言えばいいかがわからない」


「それが今の課題だ」エメリーは言った。「答えは俺が出すものじゃない。お前が見つけるものだ。パブロを見ていろ。何が変わったか、何がまだ変わっていないかを言語化しろ。そこから言葉が出てくる」


ニコラスは頷いた。


「一つだけ言う」エメリーは続けた。「パブロは今、お前を見ている。昨日から、お前のプレーを目で追うようになった。それはわかっているか」


「気づいていた」


「ならそれを使え」エメリーは言った。「言葉だけがコーチングじゃない」


---


ロッカールームへ向かう廊下で、パブロとすれ違った。


パブロがニコラスを見た。


昨日と目の色が違った。昨日まであった「ニコラスを値踏みするような目」が消えていた。


何か言うべきか、とニコラスは思った。


でも言葉が出なかった。


パブロも何も言わなかった。


二人は廊下を進んだ。


---


夜、ニコラスはアパートで今日を振り返った。


パブロが変わった。


でも変わったパブロにどう接するかがわからない。


エメリーが言った。「パブロは今、お前を見ている。それを使え」。


言葉だけがコーチングじゃない。


ニコラスはそれを頭の中で繰り返した。


言葉じゃないとしたら、何が伝わるのか。


自分のプレーが、か。


まだわからなかった。でも今日、少し、方向が見えた気がした。


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