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沈黙のストライカー  作者: ムーミンの丸焼き
アストン・ヴィラ3年目

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103/113

格下


---


十一月、リーグ戦だった。


相手はボーンマスだった。今季昇格してきたクラブで、現在リーグ下位に沈んでいた。


エメリーはターンオーバーを使った。CLが続いていた。主力を休ませる必要があった。


スタメン発表があった。ニコラスの名前はベンチだった。パブロの名前がスタメンに入っていた。


---


試合前日の練習後、エメリーがニコラスに言った。


「明日は休め。CLの次戦に備えろ」


「わかった」


「パブロを見ておけ」エメリーは言った。「どういう選手か言語化できるように」


ニコラスは少し間を置いた。「言語化する」


「そうだ」エメリーは言った。「お前がパブロの特徴を言葉にできれば、いつかそれをパブロ本人に伝えられる。今日はそのための準備だ」


---


試合当日、ニコラスはベンチに座った。


パブロがアップをしていた。動きが軽かった。初めてのトップチームスタメンだった。でも緊張している様子はなかった。むしろ楽しそうだった。スパイクの紐を結び直して、立ち上がって、軽くステップを踏んだ。体に力みがなかった。


マルティネスがアップの合間にパブロに何か言った。スペイン語だった。パブロが「わかってます」というように手を振った。マルティネスは表情を変えなかった。もう一度、短く何かを言った。パブロは今度は手を振らなかった。少し頷いた。


デュランがニコラスの隣に座った。「今日は俺とパブロで点取るぞ」


「取れ」とニコラスは言った。


「お前がいないと楽だな」デュランは笑った。「プレッシャーがない」


「それは良いことじゃない」


「わかってる」デュランは言った。「冗談だ。でも本当のことも少し入ってる」


ニコラスは何も言わなかった。


「パブロ、今日どうなると思う」とデュランは言った。


「見てからだ」


「俺はうまくやると思う。ボーンマス相手なら。でも自分でやりすぎるだろうな」


「そうかもしれない」


---


試合が始まった。


ニコラスはベンチからパブロを見続けた。


ボーンマスは引いて守ってきた。五枚のDFラインを敷いた。スペースを消してカウンターを狙う形だった。


パブロは中盤でよくボールを触っていた。受けて、前へ向いて、運ぶ。その一連の動きが速かった。相手のプレスが来ても慌てなかった。体の向きを変えながら、相手の重心をずらしてかわした。


足元の技術は確かだった。


でもニコラスが気になったのは別のことだった。


パブロがボールを持つたびに、周りの選手の動きが止まっていた。ロジャーズが走り始めたのに、パブロが見ていなかった。デュランがニアへ動いたのに、パブロはそちらへ出さなかった。


パブロの視野はボールと、自分の前にある相手だけに向いていた。


前半三十二分、デュランがロジャーズからのクロスを頭で合わせた。一対〇。デュランらしいゴールだった。体を張って、力でねじ込んだ。


スタジアムが沸いた。ベンチでニコラスはそれを見ていた。


---


ハーフタイム、エメリーがロッカールームで話した。


「悪くない。ただブロックを崩しきれていない。パブロ、もう少し縦に速く仕掛けろ。相手のDFラインが少し高くなってきた。その背後を使え」


パブロが頷いた。


ニコラスはロッカールームの隅で水を飲みながら、パブロを見ていた。


パブロはエメリーの言葉を聞きながら、自分のスパイクを見ていた。反論しなかった。聞いていた。


言われたことを理解しているのか、ただ聞き流しているのか、ニコラスにはまだわからなかった。


---


後半が始まった。


パブロの動きが変わった。前半より縦への意識が増えた。DFラインの背後へ走る回数が増えた。エメリーの言葉を実行していた。


ニコラスはその変化を見ていた。


言われたことを次の半分でやれる。それはできる選手だ、とニコラスは思った。


後半二十分、パブロがボールを受けた。中盤だった。相手のMFが一枚来た。インサイドで軽くかわした。次の相手が来た。アウトサイドで外した。前が開けた。


そのままドリブルで持ち上がった。デュランがゴール前で大きく動いた。右へ流れた。DFを引きつけた。中央にスペースができた。


パブロはデュランへ出さなかった。


もう一人かわした。ペナルティエリアに入った。GKが出てきた。左足でゴール左隅に流し込んだ。


二対〇。


パブロが両手を広げた。スタジアムが沸いた。


デュランが少し肩をすくめた。ニコラスはそれを見ていた。


デュランはフリーだった。でもパブロは出さなかった。自分で決めた。


ゴールは決まった。


パブロが戻ってくるとき、デュランが一言言った。パブロが笑って「でも決まったじゃないですか」というように返した。デュランは笑わなかった。


その後もパブロはボールを持つたびに仕掛けた。シュートを二本打った。GKに弾かれた。惜しかった。ラストパスの場面でも自分でシュートを選んだ。チャンスを作り続けた。


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試合後、ロッカールームでパブロは興奮していた。


マルティネスに何か言った。スペイン語だった。マルティネスが頷いた。でも一言付け加えた。パブロが少し口をつぐんだ。


デュランがパブロに向き直った。「ゴールは良かった。でもフリーの選手を見ろ。俺はあそこにいた」


パブロは少し間を置いた。「あの場面は俺が行けると思ったんで」


「行けると思ったのと、行くべきだったのは違う」デュランは言った。「次は出せ」


パブロは何も言わなかった。


パウ・トーレスがデュランの隣で着替えながら、何も言わずに苦笑した。


ニコラスはそのやり取りを聞いていた。


デュランの言葉は正しかった。でもパブロには今日、その言葉は届かないかもしれない、とニコラスは思った。今日のパブロにはゴールがあった。ゴールがある日に「フリーの選手を見ろ」と言われても、実感が伴わない。


着替えながら、今日のパブロをエメリーが言った通り言語化してみた。


技術がある。足元が確かで、相手をかわす感覚が優れている。エメリーの指示を次の半分で実行できる、理解力もある。


でも視野が狭い。ボールと自分の前だけを見ている。周りの選手が動いていても見えていない。


それが今のパブロだった。


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