ニコラス・ロメロ
---
父が酒を飲んでいる夜は、音でわかった。
台所の椅子が床を引っ掻く音。グラスが置かれる、少し乱暴な音。そのあと長い沈黙。ニコラスは自分の部屋のドアに背中をつけて、膝を抱えてその音を数えた。グラス一杯なら大丈夫。二杯でも、たぶん大丈夫。三杯目の音がしたとき、彼はそっと毛布を頭まで引き上げた。
母のことを思った。
彼女はいつもそのとき台所にいた。夕食の皿を洗いながら、あるいはもうとっくに洗い終えていても、なんとなくそこに立っていた。父と同じ部屋にいることで、何かを少しでも和らげようとしているのか、それともただ逃げる場所がないのか、ニコラスには判断できなかった。七歳の自分には。
---
チェスターフィールドは工業都市だった。
それほど大きくもなく、それほど小さくもなく、ただ灰色の空がよく似合う街だった。ニコラスの家は駅から歩いて二十分の住宅地の一角にあり、レンガ造りの外壁が少しずつ黒ずんでいた。庭はなかった。玄関を出るとすぐ歩道で、向かいには似たような家が並んでいた。
父のエドゥアルド・ロメロは、かつてラ・リーガ2部でゴールキーパーをしていた。ニコラスが生まれたころにはもうその話は過去のものだったが、リビングには古いユニフォームが額に入って飾られていた。背番号は1番。ニコラスはその数字をずっと、ある種の呪いのように見ていた。
膝の手術が失敗したのだと、母がいつか静かに教えてくれた。スペインにいたころの話。復帰を目指してリハビリをして、でも結局ピッチには戻れなかった。その後イングランド人の母と結婚して、チェスターフィールドへ来た。仕事はいくつか転々としたが、長続きしなかった。そのうち酒が増えた。
ニコラスが最初に父に殴られたのは、六歳の夏だった。
理由は覚えていない。たぶん理由なんてなかった。ただ父の手が飛んできて、ニコラスは壁に背中をぶつけて、そのまましばらく動けなかった。痛みよりも、音が耳に残った。肉が打たれる、平らで鈍い音。
泣かなかった。なぜかはわからない。ただ、泣くという選択肢が頭に浮かばなかった。
---
母のグレースは美しい人だった。
背が高くて、肩の骨が服の上からでもわかるくらい細くて、でも手だけは不思議と温かかった。夜、ニコラスが眠れないでいると、彼女は部屋に入ってきて何も言わずに隣に座った。スコーンを焼いてくれることもあった。バターと砂糖の匂いが、あの家の記憶の中でいちばん柔らかい部分だった。
「ニック」と彼女はいつも言った。ニコラスではなくニック。
「あなたは強い子ね」
ニコラスはその言葉が好きではなかった。強いというのは褒め言葉ではなく、強くなければならないという意味だと、子供心に感じていたから。でも黙って頷いた。彼女が安心するなら、それでよかった。
---
八歳のとき、ニコラスは初めて父を突き飛ばした。
その夜、エドゥアルドは母に掴みかかっていた。いつものことだった。でもその夜はなぜか、ニコラスの足が動いた。台所に走り込んで、父の腕に両手で掴まって、全体重をかけて押した。エドゥアルドは酔っていたせいか、想像より簡単によろめいた。
父は一瞬だけニコラスを見た。
その目に怒りはなかった。驚きもなかった。あったのは、ニコラスが言葉にできない何かだった。後になって思い返すたびに、その表情が何だったのかを考えた。恥だったのかもしれない。あるいは、息子がもう自分より強くなりつつあることへの、ある種の安堵だったのかもしれない。
父はそのまま椅子に戻り、グラスを持ち上げ、また飲み始めた。
ニコラスは母の前に立ったまま、しばらくそこにいた。心臓が速く脈打っていた。手が震えていた。でも体は動かなかった。母が背中にそっと触れるまで。
「ありがとう」と彼女は言った。声が少し掠れていた。
ニコラスは何も言わなかった。
---
その夜から、ニコラスの役割が変わった。
学校へはあまり行かなくなった。行っても意味がないと思ったわけではなく、ただ家を空けることが怖かった。母が一人になる時間を、できるだけ少なくしたかった。近所の工場で荷物を運ぶ仕事を見つけたのは九歳のときで、年齢を偽った。体格がよかったせいか、誰も疑わなかった。
街の裏通りには、顔を知っている大人たちがいた。怖い人たちだったが、ニコラスには妙に優しかった。喧嘩が強くて口が堅くて、頼まれたことはきちんとやる子供というのは、彼らにとって使い勝手がよかったのだろう。用心棒とも呼べないような仕事を、いくつかした。夜の駐車場で立っているだけとか、誰かの後ろをついて歩くだけとか。
それが正しいことだとは思っていなかった。でも間違いだとも思っていなかった。
ただ、母に楽をさせたくて金を稼ぎたかった。それだけだった。
---
十四歳の秋、ニコラスは初めてタトゥーを入れた。
街外れにある、看板も出していないような小さな店だった。顔見知りの大人に連れていってもらった。椅子に座って腕をテーブルに乗せたとき、職人の男が無言でニコラスの右腕の内側を見た。細長い傷痕が三本、少し白く盛り上がっていた。父のベルトの金具がつけた跡だった。
男は何も言わなかった。ただ「どこまで入れる?」とだけ聞いた。
「全部」とニコラスは答えた。「肩から手首まで」
針が皮膚に触れた瞬間、思ったより痛かった。でも歯を食いしばって黙っていた。父に殴られた痛みとは違う種類の痛みだった。あれは理不尽で、どこにもぶつけようのない痛みだった。これは自分で選んだ痛みだった。その違いだけで、ニコラスは十分耐えられた。
三時間かけて、右腕の肩から手首まで墨で埋まった。
数週間後、左腕も同じようにした。
裏通りの大人たちは、タトゥーの入った両腕を見てほとんど何も言わなかった。ただ扱いが少し変わった。声をかけてくる人間が増えた。仕事の話が増えた。十四歳の少年ではなく、一人の存在として見られるようになった気がした。
母だけが、何も言わずにニコラスの腕を見た。
そのあと台所に戻って、スコーンを焼き始めた。バターが溶ける匂いが部屋に広がった。ニコラスはテーブルに肘をついて、両腕を眺めた。傷はもうどこにも見えなかった。
これでいい、と思った。
---
父が死んだのは、ニコラスが十六歳の冬だった。
朝、台所で倒れているのを母が見つけた。救急車が来たが、病院に着く前に死亡が確認された。肝硬変だった。
葬儀はひっそりとしたものだった。チェスターフィールドに父の知り合いはほとんどいなかった。スペインから誰かが来る気配もなかった。棺の前に立ったとき、ニコラスはリビングに飾られた1番のユニフォームのことを思った。かつてそれを着て、ゴールを守っていた男のことを。
悲しくなかった、と言えば嘘になる。
でも何が悲しいのかが、わからなかった。父が死んだことか。父があんな死に方をしたことか。それとも、父が最後まで別の人間になれなかったことか。
母は泣かなかった。ただ棺の横にまっすぐ立って、唇をかみしめていた。ニコラスはその隣に立って、同じように前を向いた。
冬の空が、いつものようにグレーだった。
---
その年の春に、アリスターが街に戻ってきた。




