不当な留年を命じた老害教師を糾弾したら、私が代わりに学院長になって追放ざまぁしました!
「学院長、お話があります!」
ノーヴァ魔法学院の職員室に一人の学生が入ってきた。
彼女の名はソニア・セレスティン。
優秀な成績とは裏腹にトラブルメーカーとしても知られている。
「今は職員会議中だ。後にしてくれないかな」
学院長はソニアに後にするよう促す。
「申し訳ありません。ですが、先生方の集まった今だからこそ伝えたいのです」
「なんだね?」
ソニアは学院の教師たち全員の視線を一斉に集めた。
しかし、ソニアは動じずに話を続ける。
「リネアの留年に異議を唱えます!」
リネアは平民生まれの特待生であり、ソニアの友人だ。
彼女はこの学院で常にトップの成績を修め続ける才女であり、次代を担う人材として多方面からの期待を背負っている。
無詠唱で高度な魔法を容易く行使するリネアは、実技試験においてもほとんど詠唱を口にしないほどだ。
そんな彼女が留年の危機に瀕しているのは、詠唱過程にこだわるベテラン教師トナエラの横暴が原因だった。
彼が担当する基礎魔法演習Ⅱは卒業に必要不可欠な講義である。
その基礎魔法演習Ⅱの授業でトナエラは詠唱の有無を理由に、リネアに不可の評価を下したのだ。
「学院長、今は大事な会議の時間です。彼女には出て行ってもらうべきです」
「私の話を遮ろうとするトナエラ先生は、よほど後ろめたいことがあるのですね?」
「ソニア!勝手に私の感情の話に論点をすり替えるな!」
ソニアの挑発的な言葉に、トナエラは机をバンッと叩きつけて威圧した。
そんなトナエラにソニアは冷やかな視線を送る。
「早く出ていきなさい!」
「いいえ、お断りします」
「教師への暴言及び迷惑行動で退学処分としますよ!」
「どうぞ、ご勝手に!」
職権を利用した脅迫にもソニアは動じない。
トラブルメーカーと扱われる彼女も、普段はここまで強くは主張しない。
平民生まれの特待生であるリネアは、留年すれば支援者の期待を裏切ったとして莫大な借金を背負わされるのは確実だった。
そうなれば彼女は娼館に売り飛ばされ、死ぬまで借金返済に人生を捧げることになるだろう。
そんなことは友人として見過ごせなかった。
「魔法演習は適切に魔法を扱えているかどうかを見極めるのが授業の目的ではありませんか?」
「ソニア、いい加減にしろ!」
トナエラは再び机に拳を叩きつけて怒鳴り散らす。
その態度に周囲の教師たちの何人かは、呆れた表情で彼に視線を送っていた。
だが、誰も彼に異を唱えることはない。
30年以上のキャリアを持つ彼は、学院長に次ぐ立場にあるからだ。
「トナエラ先生のくだらない詠唱へのこだわりで、リネアの才が摘まれることに学院長は加担するのですか?」
「注意しておこう」
ソニアはあえて「見過ごす」と言わずに「加担する」といい、学院長の責任問題を強調した。
それでも学院長の心には全く響かない。
注意しておこうと発言した彼のその口ぶりは、まるで他人事だった。
「注意で済む問題ではありません!」
「……」
ソニアはなあなあで終わらせようとする学院長の態度を許さなかった。
彼の事なかれ主義がトナエラを増長させて、この学院全体を腐敗させていると考えていたからだ。
「先生方、この学院は何のためにあるのでしょうか?」
学院長とは会話が成立しないと判断したソニアは、日和見を続ける教師陣へとターゲットを切り替えた。
「次代を担う逸材の芽が摘まれようとしているこの状況で、日和見しているのが教師の仕事なのですか?」
「!」
教師たちの心に、ソニアの言葉が重くのしかかる。
それでも行動を起こすには至らなかった。
ソニアに加担すれば、明日の生活を脅かされるからだ。
「ソニア、君は今日を以て退学処分とする。もう君はここいる資格はない。さっさと出ていきなさい!」
「まあまあトナエラ先生も落ち着いてください」
学院長は加熱する二人の間に入り、場の空気を収めようとした。
決してソニアの味方をしているわけではない。
彼はあくまで何も変えたくないだけだ。
「授業方針と評価基準は先生たちに一任しており、私があまり干渉するものではありません」
要するにトナエラへのお咎めはなしで、リネアの留年は撤回しないと宣言したに等しい。
「注意しておく」と言った先程の発言すら守ろうとせず、その場凌ぎの建前であることが明らかだった。
「そうですか」
無責任な学院長の言葉に失望したソニアは職員室を後にした。
だが、彼女はリネアのことを諦めなかった。
後日再び職員室に顔を出したソニアは、先日の流れを二人に再確認していた。
学院長とトナエラは彼女の意図を理解しないまま、ありのままに伝えた。
するとソニアはニヤリと笑い、職員室の外で待機していた男性を呼び入れた。
「やぁ、失礼するよ」
さわやかな表情で入室したその男の姿に、学院長とトナエラは青ざめた表情を浮かべていた。
「あっ、あなたはレオンハート王子!」
「どうしてここにおられるのですか?」
「私が訪問をお願いしたのです」
ノーヴァ魔法学院は国の出資によって成り立っていた。
レオンハートは学院への出資管理をしており、学院の存亡は彼にかかっているといっても過言ではない。
「今日よりノーヴァ魔法学院への出資を一切行わないものとする」
「なっ……」
「わ、我々はどうしろと……」
レオンハートの言葉に二人は意気消沈していた。
「レオンハート殿下、私に提案があるのですが……」
「何だい?」
「この学院の管理を私に任せてください!」
「!」
ソニアの言葉に一同が驚きの様子を見せた。
「この学院が機能不全を起こせば、何の落ち度もない学生たちが学びの場を失います。次代を担う人材を輩出も滞ることでしょう。私はそんなことがあってはいけないと思うのです」
「その心意気は立派なものだな」
「任せてもらえないでしょうか?」
「認めよう。今日よりこのノーヴァ魔法学院はソニア・セレスティンを学院長とする!」
「ありがとうございます!」
新たな学院長となったソニアは、前学院長とトナエラの即時解雇を言い渡した。
彼女は事情を知らない教師陣へ、事の経緯をレオンハートと共に通達に回った。
先日の一件からソニアを快く思わない教師も多数いたが、一方で期待を寄せる者も多かった。
幅を利かせていたトナエラに反発心を抱いていた者と、まっすぐな彼女の態度に感銘を受けた者たちだ。
教師の仕事を何も知らないソニアは、彼らに支えられながら新体制を始動させた。
そして今日はソニアが学院長に就任して以来、初めての全校朝会だ。
前学院長とトナエラがこの学院から去ったことは、生徒たちの間にもすでに噂になっていた。
だが、彼らは誰が学院長になったのか誰も知らない。
「皆さん、おはようございます」
教壇に立って挨拶するソニアの姿に、生徒たちは不思議な表情で見つめていた。
「何でソニアがあそこに立ってるの?」
「さぁ?」
「ソニアの奇行は今に始まったことじゃないじゃん」
「それはそうだけど、ここまで大それたことをする人でもなかったでしょ!」
「てか、ソニアって退学になったんじゃ?」
「トナエラ先生がいなくなったから、撤回されたんじゃない?」
生徒たちがざわつく。
「前学院長とトナエラ先生のことは皆さんすでにご存じだと思います。この件は私が出資者のレオンハート王子に告発したのがきっかけです」
「ええっ」
「何やってんだよあいつ……」
「どうやって王子と知り合ったんだ?」
「さぁ?」
ソニアは騒がしくする彼らを気にすることなく、一連の出来事を説明する。
「そして、私がノーヴァ魔法学院の学院長として取り仕切ることになりました」
「えーっ」
「はぁっ!」
「おいおい、この学院は大丈夫かよ」
先日まで同じ学生として共に過ごしてきたソニアが、学院長を務めていることに生徒たちは驚きを隠せずにいた。
ソニアは比較的優秀な成績を修めていたものの、特筆すべきほどではない。
学院長どころか教員としても能力不足は否めない。
だが、ソニアはこれまでの教育方針の見直しを図ったところ、生徒たちはこれまでにない成果を上げていった。
型に囚われた古い指導方針を撤廃し、個々の才能に応じた柔軟な指導方針を固めたからだ。
「ソニア、疲れてない?」
「へーきへーき、リネアこそ疲れてない?」
「私はまだまだ大丈夫です」
ソニアの傍らにはいつもリネアの姿があった。
彼女は助けられた恩に報いようと、放課後はソニアと共に学院の改革に尽力したのだ。
休日はリネアに魔法を教えてもらっていた。
リネアの魔法の個人指導を受けていたソニアは、三カ月後もすると教師たち相手にも引けを取らないほどに成長していた。
「リネアは教えるの上手で助かるよ」
「そんなことない。ソニアの飲み込みが早いだけ」
やがてリネアは卒業の日を迎えた。
さまざまな可能性を期待されていたリネアだったが、彼女は迷わずノーヴァ魔法学院の教師になる道を選んだ。
次代を担う才を摘ませない。
ソニアに感銘を受けたリネアは、彼女と共に次代を担う人材を教育することにしたのだ。
一方、学院から追放された元学院長は妻に財産のほとんどを持ち逃げされていた。
生活資金さえ残されていなかった彼は渋々自宅を売却し、細々と毎日を食いつないでいた。
トナエラは地方の魔法学院で再び教職に就いていた。
だが態度の悪い学生への処遇を決める裁量は与えられず、詠唱にこだわる彼の指導は生徒たちから嘲笑の的になっていた。
プライドの高い彼がそんな日々に耐えられるはずもない。
やがて苛立ちを隠しきれなくなった彼は態度の悪い学生と対立するが、血気盛んな彼らを前に返り討ちに遭っていた。
骨を何本も折られ、顔が膨れ上がった彼は、学院から逃げ出すように姿を消していったという。
二人の末路はソニアの耳にも入っていた。
けれど、ソニアは彼らに同情しなかった。
リネアにもっと悲惨な運命を歩ませようとしていたからだ。
「私のすべきことは同情ではありません。責任を果たすだけです」
ソニアは元々学院卒業後は魔導具の開発を志していた。
でも、学院長となった自分の判断に後悔することはなかった。
自分が開発するはずだった発明品も、私たちの生徒たちが作ってくれるに違いない。
そう信じていたからである。
「ね、リネア」
「はい」
リネアは今日もソニアの良き理解者として、彼女を支えていた。




