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聖女の捨てた国を救ってみたら聖女からクレーム入った 〜通りすがりの美食家、捨てられ王国を救ったら放浪の聖女と呼ばれるようになりました〜

作者: 草田蜜柑

―王国歴471年―


その国には聖女がいた。

聖女の名はイシュタリア・リンゴット。

リンゴット公爵家の令嬢でもある。


彼女には婚約者である王子がいた。

しかし、王子は政略で決められたイシュタリアとの結婚を嫌がり、遂には男爵家の令嬢と恋仲になってしまう。

どうしても男爵家の令嬢と結ばれたかった王子は、あろうことか公衆の面前にてイシュタリアに婚約破棄を突きつけたのだ。


しかし、そんな彼女に手を差し伸べる存在がいる。

隣国から偶々留学にやって来ていた隣国の王太子、ベルモンドである。

実は前々からイシュタリアの事が気になっていて、しかし婚約者のいる相手に手を出す事も出来ず見ているしか出来なかったというベルモンドは、これ幸いと口説きに掛かる。


婚約者であったはずの王子からすら聞いた事のない熱い口説き文句にイシュタリアは陥落し、王太子の手を取って隣国へ渡っていく事となった。


「そういえば、私がいなくなったらこの国を守ってきた加護が消えてしまいますが、この私を蔑ろにするという事はそれを受け入れたという事ですものね。

是非とも、頑張ってくださいませ」


などと言い残して。


それからはまるで何かの物語に描かれたシナリオであるかのような不幸の連続。


国内中の魔物の活性化、疫病の蔓延、自然や田畑は枯れ、飢饉が発生する。

一方、聖女を受け入れた隣国は元々大国だったのにさらなる発展を遂げた。

聖女という、神の愛し子たる存在を受け入れた隣国は最早世界一の権力を得たと言って過言ではないだろう。


一方の王国はと言えば、王子の勝手な我儘で聖女を蔑ろとした結果、国が滅びようとしている様を後ろ指を刺されながら見下された。

王国が他国に支援を求めても誰もそれに応じる事はない。

落ち目の王国を助ける事に何の利益もないし、何より、そんな事をしてわざわざ聖女の不興を買いたくはなかったのだ。


誰もが王国は滅びるだろうと予想していた。

聖女を蔑ろにした事で滅びた愚かな国。

歴史書には、そう書かれる事を誰も疑ってはいなかったのだ。




とある少女が現れるまでは。







リノア・フードルは美食家だった。


とはいえ、実際にやっている事は各地を探索し、珍しい食材を見つけては片っぱしから食べる事で、傍から見れば彼女は探検家か、珍味好きの変人にしか見えなかっただろう。


そんな彼女は、王国にやって来た。

国境では兵士に止められた。

聖女を虐げた事で聖女に見放された国。

王国に隣接した多くの国はそんな国からの出入国を禁じていた。


旅人であるリノアも、一度入れば出国する事は難しいだろうと忠告された。


(まぁ、でも、いざって時は山でも谷でも海でも越えれば国境なんて越えられるし)


「大丈夫です、問題ありません」


脳内でガッツリ不法出国の手段を整えながら、リノアは王国への門を潜った。







さて、彼女が最初に訪れたのは国境に近い村だった。


遠目からでも廃れているのが見える……というか、最早廃墟と言われても納得出来るのだが、そんな廃墟のような村には人が住んでいるのだ。

驚く事に。


一先ず腹ごしらえに飯屋でも探そうとしたが、この村にそのようなものはなかったらしい。

そもそも、今自分達が食う飯もまともに賄えない状態で、人様に食事を出す余力なんてある訳がなかった。


畑は枯れ果て、森を流れる川の水は汚染されていた。

井戸水も同様に濁っており、村の住民たちは目に見えてやせ細っている。


「我々は最早、王都へ逃げる事すら敵わない。

この村と共に、滅びゆく定めなのですじゃ……」


骨と皮が二足歩行をしているような村長の言葉はあまりにも痛々しかった。


「村長さん、イモが取れないならお肉を食べれば良いんです。

お水が飲めないなら濾過しましょう」


リノアは慈善事業者ではないが、目の前に食うにも困って植えている人間を見過ごす事は出来なかった。


彼女は森へ入り、我が者顔で闊歩する魔物を片っぱしから捕まえて、村へ持って来た。

そして、村人たちの前でかっ捌いた。


「た、旅人様、魔物の肉には毒があります。

とても、食べれるものでは……」


「魔物の毒は獣であれば心臓部、植物であれば根の部分に溜まっています。その部分を取り除けば安全な肉と何ら変わりありません。

とはいえ、植物に関しては、根から葉へ経由して毒が回っている為、かなり危険ですが」


「では、なぜ植物まで採取を……」


「食べる事は出来なくても、毒性が強いからこその利用方法もあります。

香水にして身体に吹き付ければ魔物避けの効果が生まれます。

また、ミンチ肉に混ぜて罠を仕掛ければそれだけで魔物を倒す事も出来ます。

最も、それで倒した魔物を食べるのはお勧めしませんが」


リノアは捌いた魔物肉を調理した。

調理には村長の家のキッチンを借りる。


森で採取した香草や果物なども活用し、慣れた作業で作ってはどんどん村の中央に並べる。

飲み物はミノタウロスと呼ばれる牛の魔物から搾り取った牛乳だ。

そのままでは毒性が強いので、毒消しの香草と蒸留で無毒化した水を使って効能を弱める。

微毒は残るが、赤子や病人でもなければ問題はない。

むしろ、毒や病に対する耐性が付くのでお勧めの飲み物だ。


味は……まぁ、お察しだが。


その日の村は宴のような様相となった。

村中の人間が広場に集まり、リノアの作った料理を涙しながら食らい尽くす。


リノアは、ミノタウロスの原液乳と、オークの心臓肉、魔物魚の魔草焼きをツマミとしながら満足そうにその光景を眺めた。


村長含む一部大人は、ありえないものを見るような目をリノアに向けていた。


リノアはそんな視線に気づいて


「良い子は真似しちゃ駄目ですよ?」


と、釘を刺した。







リノアは村の男達に、魔物に対する狩りの仕方を教えた。

女達には魔物の捌き方を徹底的に教え込み、子供達には水の蒸留装置を作るのを手伝わせた。


「魔物は人間の臭いに敏感なので、普通の獣みたいに倒そうと思っても駄目です。

なので、森に入る時は必ず魔草の香水を付けてください。

魔物は頑丈なので普通の弓で倒そうとは思わず、必ず魔法で強化をしてください」


「魔法なんて、平民の俺達じゃ使えねぇよ」


「あぁ……王国じゃそうなんですね。

でも、魔力を纏わせるだけなら簡単です」


リノアは武器を魔法で強化する方法を教えた。

思いのほか大人達は苦労していた。

意外と子供の方が覚えが早かった。

狩人達が強化の魔法を覚えたところで、リノアは村を旅立つ事にした。







彼女は村に辿りつく度、似たような事を教えて回った。

中でも状況が酷かったのは、村の近くにダンジョンがあり、毎日のように魔物が溢れてくるという村だった。


「村の近くにダンジョン?それは素晴らしいです。

ダンジョンは食材の宝庫です、これを活用しないなんてもったいない」


彼女はそれまでの村同様、村の戦力となる狩人達に武器強化の魔法を教えた。

そして、ダンジョンの傍に駐屯所を作る事を命じる。


「常に獲物を待ち伏せ出来るなんて夢の環境です。

普通、森の中じゃ魔物はどこから現れるか分からないんですから」


ただ入り口だけを警戒し、出てきた魔物を倒すだけの簡単なお仕事だった。


「でも、ダンジョンは放置しすぎるとスタンピードが発生するので、定期的に中に潜って間引いた方が良いですね。

この国のダンジョンは最近までずっと聖女に守られていたせいで、一斉スタンピードが発生して、モンスターの出現率が異常な事になってますし。

一先ずは私が間引いてきます。

それからは、出現率も通常状態に戻るはずなので、村の皆さんでどうにかなるはずですよ」


(お肉がたくさんあるのは嬉しいけど、ダンジョン(食糧庫)はちゃんと定期メンテナンスしないとね)


彼女にとってダンジョンとは食糧庫と同じだった。







ダンジョンは定期的に中に入って間引かなければスタンピードという暴走が発生し、ダンジョンの外に一斉にモンスターが放流される現象が起こる。

一度発生すると、ダンジョン内のモンスターを間引かない限り何度でも発生する。


王国は、聖女の祈りによって魔物がダンジョンから出られない状態だった。

どれだけ数を増やしてもダンジョンから出られない魔物が、その聖女がいなくなった事で一斉放流した。


なので、リノアはダンジョンを見つけたら積極的に潜って間引く事にした。

縁もゆかりもない知らない国だけど、だからって罪もない人に苦しんで欲しい訳ではない。

あと、ダンジョンに潜るといっぱいお肉が食べられるし。

社会貢献しながら美味い飯を食えるとか最高じゃん、という感じで、彼女はスタンピードを沈めて行った。


さて、少し大きい街に辿りついた。

その村では疫病が流行っていた。

リノアは飯の専門家であって薬の専門家ではないので、疫病はどうにも出来なかった。


(所詮私なんて無力な旅の小娘だもんね~)


飯が絡まない厄介事には何も出来ない。

後ろ髪引かれながらも、旅に必要な物を適当に買い漁ったら出発しようと決めた。


その時、近くの建物の窓からう○こがぶん投げられた。

う○こはリノアの頭に直撃した。


リノアは頭の中に食べ物しか存在しない飯オタクだが、一方で一応は年頃の乙女である。

年頃の乙女は頭にう○こをぶん投げられたらブチ切れるものである。


「誰だごらぁぁぁぁ!人の頭にう○こぶん投げるなって親に教わんなかったのかごらぁぁぁぁ!」


リノアは、自分にう○こを投げたらしき民家に突撃した。







さて、人様の頭にう○こを投げる不届き者がどんな腐れDQNかと思ったが、なんと温和そうな女性だった。


「すみません、まさかこのご時世に外を人が歩いているとは思わず。

それに、糞尿を外に捨てるのは当たり前の事でしたので」


リノアは信じられなかった。

この国にはトイレ設備が完備されていなかった。

垂れ流した糞尿は外へポイッと捨てる事が常識だったのだ。


(聖女がいなくなったから疫病が流行ったというより、こんなの疫病が流行って当たり前じゃん)


むしろ、流行らなければおかしいところを、今まで聖女パワーで強引になかった事にしていたのだ。


「良いですか?糞尿というのは病原菌の塊です。

そんなものを外に撒いていたら外は病原菌のバーゲンセールです。

これ以上疫病を広げたくなかったら、糞尿を外に捨てる事を辞めてください」


とは言ったものの、たかが平民の女性一人にそんな事を教えたところで焼け石に水である。

せめて、力のある貴族の発言でもあれば別だが。







「貴様が近隣の村を救って回っているという放浪の聖女か。

ふん、イシュタリア様に及ぶべくもない、貧相な小娘だ」


呼ばれた。

なんかめちゃくちゃ椅子の上でふんぞり返っているが。


宿屋で寝泊まっているところを呼び出して来たのはこの街の領主であるクラウド・ザウティス男爵当主だった。


何故か最近は男爵と聞くと雑魚貴族、弱小貴族と馬鹿にする風潮があるが、男爵というのはれっきとした貴族である。

特に土地や領地を持つ貴族であればその力は侮りがたく、流浪の民如きが逆らえば簡単に首ちょんぱされるだろう。


「貴様は魔国出身らしいな?

魔国といえば魔法の大国であり、先祖は魔族と呼ばれる種族だと……。

本来ならそのような人間に頼りたくもないが、有事だ。

その知恵を我が街の為に役立てろ」


「それが人に物を頼む態度ですか?

貴族だから権力で押さえつけられると思ってます?

生憎、私は根無し草です。

例えばよくあるお貴族様小説のように追放を命じられたところで痛くも痒くもないし、身分剥奪も何も私は既に放浪人という下層人間です。

あ、牢屋に繋いだり奴隷の首輪で無理矢理使役しようっていうなら流石に暴れますよ?

仮にも旅をする身として、護身の術は身に付けてます。

例え貴方をぶち殺してでも私の自由は奪わせません」


「貴様……!貴族である私に対して無礼だぞ!?」


「すみません、生憎私はしがない美食家なものですので。

貴族様に対する扱いは分からないんです。

ただ、人を身分を理由に見下す人間は大した人間じゃないから見下して良いと親に教えられました」


「貴様……!」


「あと、私は貴方が思うような知識人ではありません。

というか、何ですか聖女って。

私はただの平凡な美食家ですよ」


普通の美食家は旅をしてまで珍しい食材は探さない。


「私がお役に立てるのは、ご飯ぐらいです。

この街は、どうやら食事もですが、疫病に困ってますよね?

残念ながらそれは専門外です。

病を治したいと願うなら私みたいな素性の知れない旅人より、真っ当な医者を連れて来るべきです」


「それが出来るなら苦労しない!」


(まぁ、それもそうか)


「……ですが、素人意見ですが、物申したい事はあります」


「……なんだ?」


「窓からう◯こなげるとかありえないですから。

ここに来るまでに何度糞尿踏んづけたと思ってんですか?

てか、お貴族様の家ですら庭にう◯こぶん投げてんですね。

折角の白塗りのお屋敷もう◯こに囲まれちゃかわいそうですよ」


リノアは糞尿の恐ろしさを語った。


上から目線のクソ男爵も、その言葉には耳を傾け、街の看板に『糞尿捨てるべからず』と書き記した。


リノアは街に滞在する間、男爵家に住まわされる事となった。

う◯こ塗れの街なんざとっとと離れたいが、急ぐ旅でもないので言う通りにした。

あと、最近サバイバル飯や魔物飯ばっかり食っていたので貴族飯が食いたくなった。


最も、飢饉に飢える現在、貴族と言えども大した料理は出て来ないが。


リノアはこれまでの村でも教えたように、魔物飯を普及させた。

この街には兵士もいたし、魔法を使える者も多少はいたので、この辺りはそれほど難しくなかった。


また、リノアが驚いた事は、厨房のシェフが手も洗わず調理をしていた事だ。

これは待ったを掛けた。


「う◯こ塗れの手で食材に触るなんて言語道断!

そんなもの食ってるから疫病になるんだよ!」


広場の看板に『手洗いうがい徹底すべし』の文字が記載された。


(怖い、王国怖い、聖女パワーにあやかり過ぎて他の国より文明発展遅れてるんじゃないの?)


魔国では小さな子供の頃から徹底されていた当たり前の事が、この国では成されていない。

その事実に驚愕した。


そうして当たり前の衛生管理を教え込んだ結果、疫病は目に見えて少なくなった。

残念ながら、病気になった者を治す手段はない。

彼女は医者ではないのだから。


しかし、病に罹った者も、衛生管理が整うと容体が良好へ向かう者が現れた。


「どうやら、私の目は節穴だった。

貴方こそ、真の聖女だった」


「掌返しの敬語はゾワゾワして気持ち悪いんで辞めてください。

じゃ、私はそろそろ他の場所に行きますね〜。

貴族飯ご馳走様です」







さて、貴族の直轄で治める街を救った噂はすぐに他の街にも届いた。


リノアは他の街でもまた、別の貴族に捕まり、街をどうにかしてくれ、領地をどうにかしてくれと頼まれた。


「田畑が全く育たないんだ。

どうすれば……」


「一言で言えばおたくの土地は疲れてるんです。

土地の栄養って有限なんです。

同じ作物ばっかり育ててたらすぐに栄養が切れて、作物が育たなくなります」


至極当然、当たり前の事。

しかしこれまでは聖女の力が、土地の栄養を補っていた。

聖女の加護がなくなったから土地が痩せ細ったのではない。

元々痩せ細って当たり前の土地を、聖女の力が誤魔化していただけだ。


「まぁ、畑はしばらくあきらめてください。

クローバーでも植えて放置プレイで、しばらくはお肉食べましょう」


ダンジョンの間引きと食料確保を同時に出来るなんて一石二鳥だね♡と言わんばかりのリノアは、その土地の領主にヤバいものを見る目を向けられた。








あちこちで貴族の街や領地を救っていれば、その声は否が応でもトップに届く。


なんとリノアは王都……城に呼ばれる事となった。


「汝が放浪の聖女か。噂は聞いている。

どうか、この国を救って欲しい」


「いや、あの、もう勘違いされ過ぎて正すのが面倒になって来てますけど、私、聖女じゃないですから。

ただの美食家です」


それでも協力する事にしたのは、結局は彼女がお人好し気質だったのか。

はたまた、これまで救ってきた村や街の人々の顔を思い浮かべるとここで半端に放り投げるのも気分が悪かったのか。


「私は、聖女じゃないです。

奇跡も使えませんし、祖国では凡庸な娘でした。

そんな私の助言程度でも良いなら、頑張ります。

代わりに……王族飯、期待させて頂きますが」


リノアはこれまで通り、王都でも魔物飯と手洗いうがいを広めた。


王都は人口の多さから、疫病と食料不足も非常に深刻で、改善までは時間が掛かった。


リノアは兵士を鍛えてダンジョンで狩りをさせるが、とてもではないが全体に供給するには足りないのだ。


不足分はリノアが過労死ラインで魔物を倒しまくって頑張って補っているが。

こんなもの、連日続けていたら死ねる。


そんな中、面倒臭い存在にも絡まれる。


「貴様が新たな聖女か!

貧相な小娘め!

卑しき平民の身で我が妻の座を狙っているのか!?

だが、僕の妻はメアリー1人と決めている!」


「お、王子は誰にも渡しません!」


それは、聖女イシュタリアとの婚約を破棄した上、男爵令嬢と結婚すると宣ったアホ王子フィリップと、男爵令嬢のメアリーだった。


ある種、この国に災厄を蒔く要因となった張本人である。


「お初にお目に掛かります、フィリップ王子。

生憎、私には故郷に婚約者がおります故、王子に懸想なんて到底する余地がありません」


「な、え?そう……なのか?」


「はい」


「……婚約者がいるのに、わざわざ流浪の旅をしていると?」


「ご理解を頂いています」


故郷の男を思い浮かべる。


(ん〜、しばらく会ってないから記憶があやふやだなぁ。

まぁ、お互い、結婚だのなんだのが面倒臭くて結んだ婚約だし、仕方ないか)


婚約者がいるとなればライバルにも泥棒猫にもなり得ないと判断したのか、2人の警戒度が下がる。


「ところで、フィリップ王子はよく城にいられますね。

その……聖女がいなくなった理由を思えば、メアリー様共々追放されるか、毒杯を頂くかになってもおかしくないと思っていました」


「はぁ……平民は恐れを知らないな、そのような事を平気で聞けるとは。

確かに、全くの咎がなかったわけではない。

僕は廃嫡された上、王太子は従兄弟……イシュタリアの兄が就く事となった。

僕が城に留まっているのは、父や従兄弟の口添えあってだ。

でなければとっくに民衆に殺されている」


「確かに、今の王子とメアリー様では、城の中に引き篭もるのが一番安全そうですね」


よくあるお貴族様小説では、馬鹿をやらかした王子というのは親にも見捨てられて無残に死ぬのが常だが。

現実問題、どんな馬鹿をやらかしたとして子供を殺せる親など少ない。


お貴族様小説の世界は無駄に合理的でシビアだが、貴族だって良くも悪くも感情を優先する生き物だ。


身内のやらかしは隠蔽し、無能な馬鹿息子に事業を継がせ、犯罪者になろうとも賄賂を積んで無理矢理減刑させる。

それが貴族流家族愛だ。


……こんな家族愛は嫌だ。


「……ですが、それだとお二人は一生引き籠ったままですよ?

たとえこの先国が救われようが滅びようが、あなた達は永遠の愚か者です。

もしかしたら、いずれ城に押し入ってでも2人を殺そうとする者が現れるかも知れません」


「ひぇっ」


メアリーがビビる。


「なので、お二人も狩りに参加しませんか?」


「は?狩り?」


「今やこの国の主食とすらなっている魔物飯をお二人で狩るのです。

馬鹿で愚かな王子とて、自ら命懸けで狩りをして民衆に食糧を配るとなれば、多少のヘイトも減るでしょう。

焼け石に水かもですが、やらないよりはマシです」


2人は顔を見合わせる。


「……僕は、剣は護身程度しか習っていない」


「私は、簡単な回復魔法ぐらいで……」


「充分です。

基礎が整ってるなら一気にぶち込めるので」


リノアはニヤリと笑った。

実際には、彼女は2人の事などどうでもよかった。

結果として、所詮は浮気だったものが国を揺るがす大犯罪みたいになってしまった事は多少同情するが。

短慮さが産んだ自業自得ではあるし。


単に彼女は、戦力が欲しかっただけだ。

戦える人数が増えればそれだけ、自分の負担も軽減されるので。







結果として、2人は想像以上に優秀だった。

元々王子は護身程度の剣術で現役の兵士を倒せるだけの実力があり、メアリーは回復系とバフ系魔法なら少し教えるだけで吸収した。


リノアは旅人としてはかなり強いが、所詮は人類の範囲内だ。2人は鍛えれば人外になれそうなところにいる。


ひと月もする頃には、2人は単独でダンジョンを攻略出来るまでになった。

リノアはとっても楽になった。







3ヶ月も過ぎる頃には、国も大分落ち着いて来た。

まだ行き届いていない部分はあるが、後は自力で頑張ってもどうにかなるだろう。


(そろそろ出国しても良いかもなぁ、レア食材も残念ながらなかったし)


なんて考えながら、自作の魔草ハーブティーを飲みながらミノタウロス乳で作ったクリームケーキを、口周りを一切汚すことなく平らげる。

見た目は美味しそうだが、毒の塊である。


そんな優雅な午後を過ごしていた彼女の元に、手紙が届いた。

それは隣国からだ。


『拝啓リノア・フードル様

あなたの活躍は我が国でも聞き及んでおります。

同じ聖女として、あなたの行動はとても興味深いものです。

つきましては、お話をしたいのですが』


雑に略すとそんな感じだ。


(めんどくせー。

でも帝国のお菓子は興味あるな〜)


リノアは、面倒臭さと、お茶会で珍しいお菓子が出てくるかもしれないという誘惑を天秤に掛け、イシュタリアと会う事を決意した。







「あの国は、貴方のような方が救う価値のある国ではありませんわ」


隣国で行われる会合で、イシュタリアにそう言われた。

彼女の隣には、彼女の婚約者であり王太子であるベルモンドがいる。

周りも執事や侍女で囲み、環境は完全にアウェイ。


「価値、ですか?」


「ええ、あの国は人を酷使し、搾取する事しか考えていません。

私があの国にいた時もそうでした。

私は国の為に必死に祈っていたのに、周りはそれを労ってもくれず、あまつさえあのクソ……いえ、フィリップ王子に婚約破棄されたのです」


イシュタリアは語った。

自分がどれだけ祖国の為に尽くしたか。

どれだけ次期王太子妃として努力したか。

どれだけ自分が優秀で優れて正しく、どれだけ周りが愚鈍で愚かで無知であるかを。


リノアはブルーベリーケーキを口に運びながらそれを聞いて


「そうですか、大変だったんですね」


「えぇ、それはもう。

ですが、彼に救われました。

彼がいなければ、私は今も祖国で搾取され続けていたでしょう」


エドモンドに目を向けるイシュタリア。

その目は愛慕に満ち、心から慕っているのだと分かる。


エドモンドも彼女を見つめ返す。

その目は慈愛と慈しみに溢れている。

リノアはそれを見て、下の妹が愛犬を可愛がる時の目を思い出した。


「……そうですね。

自分の努力を評価されず、婚約者に捨てられたというのは、とても苦しく辛い事だったと思います」


「分かってくれますか?」


「はい、私も、そういうのに悩んでいた時期はありますから」


祖国では、リノアは平凡だった。

何ら優れた才能もない、つまらない娘。

優秀な姉や妹に挟まれて、宝石と称えられる四姉妹の中で1人だけ仲間はずれ。


「だから、私は逃げたくて、努力しました。

別に家族が嫌いだったわけじゃないし、今でも連絡は取り合うけれど、私は、自分の劣等感に勝てるほど強い人間じゃなかったから」


その結果、美食に出会った。

今でも思い出す。

森で遭難している間に食べた美味しそうなキノコ。

腹が減って、まともな精神状態なら絶対に食べないキノコを食べた時、彼女の人生は変わった。


全身を駆けずり回る不快感と、死への恐怖。

それと共に口中に広がる芳醇な旨味と、天国へ昇るような快楽。


彼女は猛毒キノコを食って……普通に生きていたら絶対に知る事の出来ない美味い食材が存在する事を知った。

あるいは、この時彼女は恋をしてしまったのかもしれない。


美食ゲテモノに。


「ですが、平凡な私でも優秀な人は知っています。

彼女達は、決して謙遜をしませんでした。

彼女達は欲望に忠実なんです。

褒めて欲しいから頑張るし、報酬が欲しいから頑張る。

だから、それを貰えなければ拗ねるし、そっぽを向きます。

俗っぽいと思われるかもしれないですが、意外と大事なんです。

だって、人はエスパーじゃないから。

これが欲しいって言ってもらえないと、あげるかどうかを考える事だってそもそも出来ないんですよ」


リノアは音を出さぬよう、フォークを皿に置いた。


「それで、イシュタリア様、貴方は、一度でも周りに報酬を求めましたか?

褒めて欲しいと願いましたか?

私はこんなにも頑張ったとアピールしましたか?

貴族令嬢として、力を見せびらかし欲を見せ付けるのはみっともないと、それらを封じていたのではないですか?」


「っっっ!」


イシュタリアの顔色が僅か変わる。


リノアは王国で彼女の話を聞いていた。

王国でのイシュタリアは極めて勤勉で真面目だったらしい。

文句も我儘も、何一つ言わずに黙々と責務と勉強に明け暮れる。

親からすれば手が掛からないし、周りの大人からすれば都合の良い良い子ちゃんだっただろう。


残酷な事に彼女は優秀で、完璧だったから。

だから誰も、彼女の気持ちに気付けなかった。

頑張ったんだから褒めて欲しい、そんな当たり前過ぎる欲求すら、彼女は表に出す事がなかったから、誰もが彼女を褒める事を忘れてしまった。


「感情を隠す事は社交において必要な事です。

しかし、それでも、家族や婚約者ぐらいには、本音を明かしても良かったのでは……。

なんて、部外者の私が言うべき事ではないですがね」


「私が、間違っていたと言うのですか?

ただ謙虚に努力していた私が間違っていて、私の行いを軽んじた周りが正しかったと?」


「そうは言ってません。

これについては、周りの人にも非はあったと思います。

少なくとも、ご両親ぐらいは、娘が過剰に努力している事に気付くべきだった」


だって、相手は世界に1人の聖女なのだ。

そんな彼女の精神を気遣い、メンタルを常にケアするのは必要な仕事だったはずだ。


「ですが……そうですね、私は、1つだけ、イシュタリア様の事を、これだけで大嫌いだと言えるところがあるんですよ?」


「っ、私を、嫌いだと?」


「はい」


周りの空気が下がる。


「貴様、我がイシュタリアを愚弄するなら容赦なくしないぞ?」


横のエドモンドが剣の鍔に手を掛ける。


「愚弄じゃないです。

そりゃあ、帝国の皆様からすればイシュタリア様は素晴らしい人でしょうね?

祖国で虐げられてきた哀れな少女。

婚約者にまで捨てられ、それを救う自国の王太子。

これだけでも絵本みたいです。

その上で、聖女様はその力で帝国にさらなる恵みをもたらした。

見目麗しく教養高い彼女は王太子と並んでも遜色なく、貴族も平民も、誰もが祝福する事でしょう」


「そうだろう、彼女は素晴らしい。

そんな彼女を蔑ろにした王国は悪ではないか」


「いえ、ぶっちゃけ、王国からしたら悪はイシュタリア様ですよ」


「なっ!?」


「なんですって!?」


(何を当たり前の事で驚いてるんだか)


「冷静に考えてくださいよ。

浮気ですよ?

たかが浮気。

あなたは浮気とかいう、たかだか痴情のもつれで国を捨てたんですよ?

しかも、自分が国を捨てれば、どうなるかを理解した上で。

こんなの悪質ですよ」


「『たかが』……ですって!?

平民の小娘風情が、何を分かった口を……!

あの婚約は、あの馬鹿王子の地位を確実なものとし、権威付けをする為の政略的なもの。

それを馬鹿王子は、真実の愛とかいうふざけた理由で反故にした……私は、蔑ろにされたのですわ!」


「ですから、浮気されてムカつくー!ムキー!って事ですよね?

そんなの、その場で王子本人をぶん殴れば良かったじゃないですか。

浮気されて辛くなったら国を捨てて良いんですか?

それが、貴族……聖女のやる事ですか?

そんな責任感のない聖女、私なら嫌いです」


彼女は祖国全体を愚かだと貶すが、そもそも公爵令嬢である彼女の知る世界とは……国とは、とてつもなく狭いのだ。


城と、実家と、一部貴族の屋敷。

彼女はそんな狭苦しい世界でしか生きておらず、そんな狭い世界で蔑ろにされて、たった1人の男に浮気されたという理由で「この国はクソだ!滅びろ!」と決めつけたのである。


「ぶっちゃけ、貴方、他に好きな女で来たから今の女とは婚約関係取り消さなきゃってやらかした王子より、よっぽど罪深い事やってますよ?」


「う、煩い!

この、無礼者!」


「あ、そういえば、貴方が恨んでいるだろう王子ですが、廃嫡された上、近いうちに王籍からも抜かれ、平民になるそうです。

メアリー様もその予定ですね。

良かったですね、貴方からすればザマァ見ろ、でしょう?」


(まぁ、あの2人、ダンジョン潜り過ぎて強くなり過ぎたから、平民なってもどこでも暮らして行けるだろうけど)


「そもそも、聖女であるなら、罪なき人々が救われ、それに文句を言うなんてありえないと思いますよ?

貴方にとって、真に憎いのは貴方を蔑ろにした貴族どもと、貴方を振った王子と浮気相手だけのはずです。

それなのに、罪なき平民まで報いを受ける事を望むなんて、聖女の考えとは思えません。

それとも……イシュタリア様は、平民は人ではないからカウントしない、という典型的傲慢貴族でしたか?」


「っ、あ、そのような事は……」


「そこまでにしてもらおうか、リノア・フードル嬢。

それ以上彼女を貶めれば、貴様に敵対の意があると捉える。

また、貴様の祖国にもその旨を伝え、然るべき処置を取らせてもらう事になるだろう」


王太子の殺気がマックスまで立ち昇っていた。


(ここらが潮時かな)


「……そうですね、すみません、言い過ぎました。

今までのは、平民の戯言と流してもらって結構です」


つい、熱くなってしまったとリノアは反省した。


(どうせ、もう会う事もない相手だ。

嫌いな相手だけど、二度と会わないなら存在してないのと同じなんだから)


「美味しいお茶会、ありがとうございます、イシュタリア様。

私は流浪の平民なれば、今後イシュタリア様のような高貴な御方に会う事もないでしょうが。

お二人と帝国の繁栄と平和を、遠くの地で願っています」


リノアは立ち上がり、王国でレンタルしたドレスでカーテシーを決めた。

その動作は、平民が一朝一夕で覚えたとは思えないほど自然で優雅なものだった。







とある王国があった。

その王国には聖女がおり、彼女の齎す加護の元に王国は繁栄を約束されていた。


しかし、聖女はある時婚約していた王子に浮気され、婚約破棄されてしまう。


彼女は隣国の王太子に誘われ、隣国へ移住してしまう。


それと共に王国は衰退し、聖女に見捨てられた国として周辺の国からもそっぽを向かれるようになった。


滅びを待つしかない国に、1人の少女が現れる。

少女は旅人で、王国各地を巡り、聖女の加護なくして生きる術を失った人々に、生きる術を教えた。


命を奪う魔物を倒す力を。

命を奪う魔物を生命に変える術を。

病魔に脅かされた街には病を退ける手段を授け、草も生えぬ畑にはクローバー畑がいくつも出来た。

彼女の善意に、愚かな選択をした王子と浮気相手の娘も改心し、人々の為に剣を振るうようになる。


彼女の名は放浪の聖女リノア。


彼女は聖女に見捨てられた国に教えをもたらした。

人は、聖女の力がなくとも生きていけるのだと。


やがて王国は世界一の大国へと発展する。


一方で、聖女を娶った隣国はおよそ百年後、崩壊の危機を迎える事となるのだが……。

それはまた、別の書にて語ろう。


後に、平民として各地を放浪していた彼女が、魔国の第三王女である事が判明するのだが。


この時それを知る者は、彼女をおいて誰もいなかった。




     王国歴582年『真・聖女伝記』より一部抜粋

聖女物のアンチテンプレ書きたい。

→偽聖女の男爵令嬢を主役にしよう

→ネタが上手く思い浮かばん

→自由な立場が良い、破天荒でも雑でも許されるキャラが良い

→せや、美食家の旅人にしよう(そうはならんだろ)


てな感じで本作、書き切りました。

深夜テンションで突っ走りました。

眠いです。


よく、婚約破棄された勢いで隣国に移住して、祖国は滅んじゃいましたって聖女物見るんで。

しかも、自分が国の外に出たら国が滅茶苦茶になるって理解した上で国外移住する系聖女多すぎるんで。


普通に考えたら、何の関係も罪もない平民まで巻き込むって理解した上で国外に行っちゃう聖女ヤバくね?っていう。


作者は、聖女だから無私無欲の聖人でいろ、とは思いません。


それはそうとて、仮にも聖女を名乗るなら根本的な部分では善でいて欲しいです。

少なくとも、婚約破棄されたー、自分が国捨てたら皆滅びるけど仕方ないよねー☆みたいな展開は「う〜ん……」となります。


主人公リノアは、ある意味作者にとっての理想の聖女に近いところはあります。

欲望もコンプレックスも人一倍あるけど、根本的には善人で、本気で縋られたら見捨てられない、みたいな。


尚、リノア・フードルというのは偽名です。

本名はマグノリア・エメラーナ・ガーラルフィアですが……覚えても意味はないので覚えなくて結構です。

作者の脳内だけの裏設定です。


元々ガチの美食ゲテモノ好き平民でしたが、書いている内に作者の設定付け足したい病が発生して王族になりました。


本人は平民自称してるけど、根っこが王族だから、国を捨てたくせに自分が一番正しいと思ってるイシュタリアにイラ立ちがマックスになってた感じです。


エドモンドは彼女の正体に気付いており、「あんまり俺の嫁虐めるならてめぇの国に戦争仕掛けるぞ?」と遠回しに脅した事で、身を引きました。


彼は、イシュタリアの事は利用対象としてしか見てません。

恋愛感情はなく、聖女の力を利用したいから口説きました。

ただ、想像以上より自分に懐いてる様に、愛玩ペット程度の好感度にはなってるかも。




作中で語られた彼女の兄妹や婚約者についてはいずれ、どこかで出したいですね。

(長編版や続編短編、いずれは書いてみたいです)


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