第一章 第7話 魔王軍VSひと。
「ちっ。霧が濃くなってきた。急げ!!これは、時間との勝負になるぞ!」
「はっ!」
魔界に侵攻するウィストリア一行は、人里と魔界の境界線に連なる外壁を横目に馬を走らせていた。
「隊長!あれを!」
「うん?」
外壁の入り口と思われる大門の扉が徐々に開いていく。
『ギギギ………ゴォーーーン!!!!!』
「開いた!?これは!又とない僥倖!行くぞ!天は我々の味方をしている!!!」
騎士団が馬から降り、迷路のように入り組む狭い通路を慎重に進撃してゆくと壁を反響させながら魅惑的なハープの音色が耳に届いてきた。
『トゥルルン♪』
「!?」
「隊長!あれを!!」
行き止まりとなっていた岩壁の上にフードを被った女魔族が鎮座していた。
「魔族だぁっ!!かかれぇっ!!!」
「うおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
『トゥルルン♪トゥルルン♪トゥルルルルン♪』
一際美しく奏でられた旋律が耳元を侵襲する。
「うっ。か。体が…言うことを利かない?な、なぜだっ!いったい…どうなっているんだ!?」
「フフフッ。」
「よ、よせ!!!俺達は仲間同士なんだぞ!?」
「そ、そんなこと言ったって!!体が勝手に!!!」
「うわぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
騎士団は、次々と槍を衝突させ合い、仲間どうし戦い始めた。
「フフッ、フフフフフッ…」
「き、貴様……!!」
一際怒りに燃えあがったウィストリアの背後を
『カツッ…、カツッ…、カツッ…、カツッ…。』と大きな足音と共に人々の恐怖をより増大させる暗い影が徐々に迫ってきていた。
「ど……どうして、お前が!?こ、こんな所にぃっ!!まっ…魔王!!!」
魔王は、幹部をぞろぞろと引き連れ、霧の向こうからやって来ていた。
「お前達が欲しがっているものは、これのことであろう?」
黄金に煌めく王家御用達の王冠が魔王の手には握られている。
「なっ…なぜお前が…それを…!?」
「同胞の手から我が従順なる僕達が貴様ら人の為にわざわざ取り返してやったのだ。せいぜい感謝するんだな?」
「な、ん、だ、と…?」
「魔王様。」
忍魔族の女が耳元で囁くと魔王は、入り口に視線を送った。
「……来たか」
一斉に門の入り口からアヴァンディール王家の紋章を胸と肩口に刻み込んだ王家直属護衛騎士団が一糸乱れぬ隊列を組み、陣形の中心からこの場に似つかわしくない一際煌びやかで豪華絢爛な衣装に身を包んだ老齢な男が現れた。
「お主が魔王か。随分とわしらアバンディール王家の家臣達が世話になったそうじゃのぅ?」
アヴァンティール現国王バリストン…やはり報告は正しかったようだな。
「これはこれは…アヴァンディール現国王、バリストン殿?まさかこんな所でお目にかかれるとは…して、何用ですかな?まさかこんな辺境の地にゾロゾロとお仲間を引き連れて、今更魔界観光などと言うつもりでもありますまい?」
「……連れてゆけ。」
「はっ!」
バリストンの命に従い隊列を組んでいた一際筋肉隆々な男達が身動きを取れないで固まっていたウィストリア達王宮騎士団を次々と荷馬車に担ぎ込んでいく。
「お!お待ちください!バリストン国王!!これは、その…そ、そうっ!何かの!手違いでして!!」
バリストンの眉間に深々と皺が刻み込まれていく。
「ウィストリア。よもや、そのような戯言をこのワシが信用するとでも思うておるわけではあるまいな。お主が身勝手にも独断で魔界に侵攻を仕掛け、アヴァンディール国家全域にまで多大な危機的状況を招いておるのだぞ。恥を知れ!!!ウィストリアっ!!!」
「っ!!ははぁっ!!!!!!!」
「…して、つかぬことを伺うが魔王よ。此度の一件、よもやお主が全て企てたことではあるまいな?」
「どうしてそう思われるのですかな?」
「此度の発端は、元はと言えば我がアヴァンディール次期国王に捧げる重要な預かりの品をお主ら魔族が身勝手にも強奪したことによって引き起こされたもの!
それを、今更取り返したからと言って帳消しになる筈がなかろうーーこの落とし前どうつけてくれるのかのぅー」
魔王が周囲に目を配らせると王宮護衛騎士達の手に持つ武器に一層の力が込もった。
魔王は、握りしめていた王冠をアヴァンディール現国王に向かって放り投げると武装した兵士達をよそ目に仁王立ちとなった。
「なるほど、しかしこれはどうなされるのですかな?此度の一件は、確かにこちらにも大いなる非があることは認めましょう。しかし、それはそちらとて同じこと。些か度が過ぎるのではないですかな?
この魔界に対し、おろかにも侵攻を試みようとは……」
魔王の配下達から抑えきれない程の殺気と邪気が周囲一帯を侵食していく。
その光景に動揺を隠しきれない王宮護衛騎士達の隊列が乱れ始める。
「ぐぬぬ……」
「如何なされますかな?バリストン現国王殿?」
悔しそうに歯噛みしながら羽織っていたマントを翻すとバリストンは、厳重に警備された護衛騎士達の間に姿を消した。
「良いのですか?あのままあの男を行かせてしまっても、後で仕返しにくるかもしれませんよ」
忍魔族の言葉に首を横に振る魔王。
「仔細ない。国王自らこんな辺境な敵地にまでやってきたのだ。放っておいた所で特段の警戒に値すべき相手でもなかろう。」
魔王は、向きを変え移動すると誰の姿も見えない壁際の端まで移動し、ほっと胸を撫で下ろした。
「あっぶねぇぇぇっっ!目の前で戦争がおっぱじめんのかと思ったぁぁぁぁ!!!!あっぶねぇぇぇ……まったく、ヒヤヒヤさせんなよ。」
抑えきれない興奮と安堵に魔王が壁際で内心を吐露した後、シャキッと姿勢を正し魔族達をゾロゾロと引き連れながら城の方へと帰っていった。
「はぁぁぁぁっっ!!!!!!」
「フンヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
魔界と人里からそれほど離れていない森の入り口で、この戦いが終結したことを未だ知らされていない男達の熱き戦いが繰り広げられていた。
「はぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!」
「フンヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
と言うか、完全に忘れ去られていた。




