おっさん冒険者は、"推し"たい!
推し活。
それはこの世で最も崇高にして、尊い行いだ。
推しと呼ばれる偶像的人物に対して、様々な活動を行い、陰ながら支える活動のことを指す。
健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすこと。
っと実際、そこまでやっている人間は殆どいないが、気持ち的には皆そういう勢いを持っているだろう。
具体的には金を使って推しを支える。これが一番キク。
では、どうやって推しを支援するのか。
それは推しのグッズを購入することだ。これによって間接的に推しを支援する事ができる。この方法がもっともポピュラーで、もっとも手軽だ。
次のステップは吟遊詩人に謳わせることだ。これはかなり有効的な手段で、多少金が掛かるが、その価値は十二分にある。信者数を増やすことは、推し活をする上では欠かせない。
大抵はここまですれば十分、推しに貢献できるといえる。
だが、さらなるステップアップを望む者も居るだろう。
推し活最後のステップ、それは推しのライブに参加すること。これは直接現地に赴く必要があるため、難易度が高い。だが、直接間近で推しと会える喜びは言葉に出来ない満足感を与えるだろう。
ただし一つだけ難点がある。
それは――下手すると死ぬからだ。
「ぬおおおぉぉーーーー!! ここで死ねるかボケええぇぇーーーー! 【重撃】!!」
スキルを発動させた瞬間、身体の底から力が湧き出て、急激な筋肉の膨張を感じた。
それによって手にしていた戦斧を振る速度が速まり、重い一撃が容赦なく対象の身体を両断した。
汚らしい獣の断末魔と共に、袈裟斬りにされた牛の魔物は力なくその場に倒れ込む。
低く重い音と共に、その巨躯が地面に伏して土煙を僅かに上げていた。
「はーッ! はーッ……し、死ぬうぅ。流石に、難度50のミノタウロスは、もう無理ぃ……」
目の前で息絶えたミノタウロスを前に、何とかギリギリで倒した俺は、思わずその場でしゃがみ込んでしまう。
上がった呼吸はなかなか戻らず、今だに肩で息をして、体中が酸素を欲しがっていた。
無理無理、もう本当に限界なのだ。
何せ、俺はもう40過ぎ。
当然、身体は当たり前のように衰えており、若い頃の様に動く事は出来なくなっていた。
20代の頃には余裕で出来ていた芸当が、今ではもう1つやるだけで限界が来る。
そういうお年頃になってしまったのだ。
だが、だとしても。崇高な目的の前では、体の衰えなど止める理由にはならない。今日もダンジョンへ潜らなければならない。
それは端的に言えば、愛の為だ。あと、金。
金が無ければこの世で生きていく事は出来ないし、老後の事を考えればまだまだ蓄えは必要だ。
そろそろ夢だった酒場だって始めたい。
小さな家だって欲しい。あ、庭も欲しいな。家庭菜園やりたい。
そこで可愛いヘルハウンドでも買って、暖炉の前で撫で愛でるのだ。
さぞや可愛かろう。ちょっと燃えてるのは愛でカバーしよう。
「……た、……うぶ?」
けど家が燃えるのは困るな。やっぱヘルハウンドは無しだ。
誰が飼うかあんな燃えたクソ魔犬。戦う時にいつも軽く焙りやがって、ふざけるなよ。
では家の中で飼える可愛い魔物シリーズは他に何が居たか――居るではないか。
そう、半魚人だ。
ちょっと生臭いかもしれないが、昔は家でカメ飼ってたから平気だ。
知ってる? 結構臭いんだよ、カメ。
何故、半魚人かと言えば何と言っても人型なのが良い。
家の近くにある小川で魚獲らせれば、日々の食卓に彩も添えることも出来る。
あと、ちょっと大声では言えないんですけどね。噂で聞いたところ……半魚人って、ちょっとイイらしいですよ。
いや、全然。全然俺は興味ないんですけどね、そういうのは。
聞くところによれば、半魚人はその見た目に反して雌しかいない。繁殖期になると、普段の獰猛さは鳴りを潜めて大人しい。
漁場を荒らす海のゴブリンと言われる半魚人だが、繁殖期の場合は網に掛かっても大人しく、驚く事に人間の言うこともある程度聞く。
それだけではなく、中には人間に対して求愛行動を取る個体も実のところは少なくない。
めっちゃ腰を振って求愛行動を取って来る。だが気を付けろ、尾ひれに当たると地味に痛い。
そうした個体が何を求めているかというと、ストレートで言って子種だ。
半魚人が海のゴブリンと言われる由縁、それは彼ら同様に単為生殖で、違いは異種族の種を貰って繁殖するという点だ。
ここまで言えば、分かるだろう。求められてんだよ、男をよ。
なので、彼女居ない歴=年齢の俺としては、一人寂しい夜を紛らわせるために半魚人を飼うのも吝かではない。
「ちょ……、きい……る!?」
だが幾ら何でも半魚人はダメだ。だって生臭いもん。
家の中がいつも魚臭いというのは、地味に精神的なダメージを負う。デバフ効果とか絶対ある。
では一体何であれば独り身の寂しい夜を癒してくれるのか。
そう。推しの写真があれば良い。
だが写真はこの世界において、非常に希少で価値が高い。貴族くらいしか持ってない。
まず写真を撮るための機材、これが魔道具なんだが恐ろしく高い。家とかすごい建つ。10LDKくらいのやつ。
さらに媒体自体も高い。難度40近いモンスターの皮を使うのだが、火山に生息する上に、その数も少ない。翼生えた蜥蜴みたいなやつ。
それら魔道具一式を揃えたとしても、まだ一番の問題が残っている。
それは――
「肝心の推しが怖がって、写真撮らせてくれねえんだよなあ……」
「きゃっ!」
ボヤいたら何やら突然可愛らしい声がした。
驚いて顔を見上げれば、なんとすぐ目の前に美少女が居るではないか。すっごい怪訝そうな顔してるけど。
一体これはどういうことなのか。
ちょっと疲れたから休んでいたとは言え、俺の警戒網に引っ掛からずに接近出来たという事は、相当な実力者だ。
しかし、そんな美少女が一体俺に何の用なのか。
「え、あ……」
「もおぉー! ずっと話しかけてたのに無視して! 動いたと思ったら意味分からないこと言って、何なのよオジサン!」
目の前の美少女は、どうもずっと俺に話しかけてくれていたようだ。
全く気付かなかった。やはり只者ではないのかもしれない。
美少女はその名に違わない姿をしていて、歳は16から18ほど。背は見た所、155cm。髪は黄金に輝いて、その瞳は碧く煌めていた。
全身を白銀のプレートアーマーで覆い、そこに刻まれた見事なエングレービング加工から間違いなく良家の出であることに疑いようはない。
くそ、装甲が邪魔をして胸のサイズが分からん!
だが、重要なのはそこではない。
プレートアーマーは上半身を完全に覆ってはいたが、下半身はスカートアーマーとなっていた。
多少の誤差はあるが、熟練冒険者である俺の索敵眼をもってすれば、彼女の尻が平均よりも少しばかり大きいことを見抜くのは造作もない。
良い尻だ……尻が大きい女は好きだ。
「ああ、それは悪いことをした。俺はちょっと、疲れていてね。瞑想をして、少しばかり休んでいたんだ」
「え、あなた、【瞑想】を取得しているの!?」
何を驚いているのか分からないな。瞑想は何も大袈裟なことじゃない。誰にもできることだ。
だがこういう場面では、まず話を合わせることが重要だ。
独身歴=年齢のおっさん冒険者とはいえ、女性の扱いは百戦錬磨だ。脳内では大体100人くらい彼女居るし。
「まあな。だが、大したことじゃない。俺のような冒険者なら誰もが可能なことだ」
実際、近所に住んでいるおじいちゃんとか日向で瞑想してる。
その瞑想ぶりたるや、そのまんまポックリ逝ってるんじゃないかと疑う程だ。
「なるほど……見た所、熟練っぽいものね。それなら、やはりそのグレートミノタウロスは貴方が仕留めたのね?」
そう言って美少女が指さしたのは、先ほど俺が屠ったミノタウロスだった。
何やらグレーターとか聞きなれない単語を付け加えているが、きっと大きいとかそういう意味なのだろう。
若者言葉というのは、おっさんには少しばかり難易度が高いのだ。
凄い速さで知らない言葉とか生まれるよね。てーてーとか筆頭に、それ言葉なんか?って思うもん。
「ああ、そうだ」
その瞬間。美少女の背後から、どよめきの声が上がった。
よく見れば、美少女一人ではなく。その後ろに数名の冒険者と思しき者達が、遠巻きに様子を見ているようだった。
「凄い……。けれど、あなた見た所、単独よね? こんなところで一体何をしているの?」
「いや、大したことじゃない。ちょっと、"知り合い"がこの迷宮に入ったと聞いてね。探していたんだ」
「あぁ……もしかして、あなたも捜索班? ギルドの説明では、何人か凄腕が先行していると聞いていたけれど……そう、貴方が」
捜索班とは一体何のことだろうか。
頭の中で疑問が浮かぶが、ここは一旦調子を合わせておこう。
女の子との会話で重要なのは、そのリズムを崩さずに相手が話したいことを聞いてあげることが大切だ。
前に酒場で盗み聞きした八股イケメン冒険者がそう言っていたのだから、間違いないはずだ。
そう言えば最近彼に似た若い男が川に浮かんでいたというが、元気にしているのだろうか。バレなきゃいいね、十股。
それに実際に"知り合い"を探しているというのは事実だ。
俺が毎日夢に見る彼女たちの活躍を目に収める為、わざわざこんな僻地の迷宮まで来たのだから。
「けど、残念ね。捜索は打ち切り、あなたも撤収して」
「んん? 何故だ」
目の前の美少女が一体何を探しているかは知らないが、彼女たちを見つけるまでの道中であれば付き合ってやらない事も無い。
これでも衰えたとはいえ、多少、腕に覚えはある。役に立つだろう。
ここで知り合ったの何かの縁、どうせなら美少女とお近づきになりたい。
と言うのに、目の前の美少女は撤退することを薦めてきた。
「何故って……分かるでしょ。見つかったのよ、この少し先でね」
「ふむ」
どうやら美少女が探していたものは、見つかった後のようだった。
それであれば、手出しもできない。
だが探し物が見つかったというのに、美少女の顔は晴れやかではなかった。
それは、どちらかと言えば見つけたくは無かった。そのような顔だったことが気になった。
だから、聞いてしまった。
「探し物は見つかったんだろう? なら、良かったじゃないか」
「ッ!! あ、あなた……! いえ、そうよね……見つかって良かったわ。こんな日の当たらない迷宮に残されるより、余程良いわ」
一瞬、美少女の顔が燃える様に深紅に染まったかと思えば、今度は急激に元の落ち着きを取り戻す。
何やら地雷を踏んでしまったようだったが、セーフ。不発で済んだようだ。
しかし、先ほどからどうにも話が噛み合わない。
美少女は何かしら探し物をしに、この迷宮へとやってきた。そして、捜索班という名前からして他にも複数居そうだ。
つまり、大規模な人員投入で何かを探していたということは察しが付く。
そして、それが見つかったというのに、そこに安堵や喜びの表情はない。
果たして、一体何を見つけたのか。ここまで来ると、それも知りたくなる。
だから、それとなく聞いてしまった。
「ああ、迷宮に残されると吸収されてしまうからな。君たちの班が回収したのか?」
「いいえ、私たちとは別の班よ。幸い、亡くなってからまだ日が経ってないみたいで、遺体は回収出来たみたい」
「ん、痛い?」
「ええ、遺体。それと装備一式も。相手とは……相打ちだったみたい、流石は青薔薇姫よね」
「青薔薇姫!? い、遺体!?」
え、嘘。嘘嘘嘘、ちょっと待って。おじさん、ちょっと頭が追いつかない。
今何て言った? 遺体って言わなかった。それと青薔薇姫。
「ちょ、ちょっと大きな声出さないでよ! びっくりしちゃうじゃない……ええ、そうよ。青薔薇姫のパーティーは全滅。遺体は第3捜索班が回収に成功したのよ」
あ、ダメだ。マジで言ってる。
青薔薇姫――それは、俺が推してやまない女勇者の名前だった。
推しである彼女が、この迷宮攻略をするという噂を聞いた俺は、急いで準備を整えて迷宮へとやって来た。
それは偏に彼女の有志を生で見て、その美しい姿を脳内に焼き付けたいという願いからだった。
40過ぎの若干老化が始まっている身体に鞭打って、二日遅れで迷宮入りしたわけだが……遅かったようだ。
「そうか……青薔薇姫は亡くなってしまったか」
美少女から目を背けたくなる事実を聞いて、俺は少しだけ疲れたように肩を落とした。
何を隠そう、俺は青薔薇姫がまだ蒲公英等級だった頃から推していたのだ。
ある冒険者ギルドで、いち早く彼女の存在に目を付けた俺は、影ながら彼女を推すことを決めた。
彼女が向かう先へは必ず先回りし、ちょっと手強そうなモンスターがいれば排除し、時には軽く半殺しにした状態で放置するなどして、その活躍をプロデュースした。
勿論、グッズ販売も抜かりは無い。毎日コツコツと青薔薇姫グッズを作っては、行く先々の道具屋を脅して店先に置かせていた。
夜なべして書き上げた青薔薇姫を讃える歌も、コミッション募集中の吟遊詩人に依頼して酒場で唄ってもらい、彼女たちの認知度に貢献した。
そうして、青薔薇姫は徐々にその名を轟かせ、勇者序列第4位まで食い込んだ。いよいよ、夢のコンサート公演も視野に入るという所だった。
だが、そんな破竹の勢いの青薔薇姫が、地方公演に失敗するなどという汚点を残す結果になったのは、無念だ。
そんな肩を落とし静かに涙する俺に、そっと優しい手が置かれた。
ふと、顔を見上げると、そこには穏やかな春の日差しの如く笑みを浮かべる美少女がいた。
「貴方の悲しみ、分かるわ。けれど、挫けちゃダメよ」
その美少女の同情を内包した笑みを見た時、全身に電流が走る思いがした。
あれ、この子……よく見れば勇者序列第128位の黒百合姫じゃね? 確か、この間やっと梅等級に上がったんだっけ。
あ、思い出した。
そもそも、この黒百合姫が所属する冒険者ギルドは青薔薇姫と同じだわ。先輩の捜索のために駆り出されたのか。
「確かに悲しいけど、遺体は回収したから蘇生できるわ。先輩の序列はちょっと下がっちゃうだろうけど、それでも直ぐにまた取り戻せる」
確かに遺体が残っていれば、教会で蘇生は出来るだろう。
だが、一度失敗してしまえば夢のコンサート公演は永遠に閉ざされる。そんな甘い世界ではないのだ、勇者業界というのは。
故に、俺の青薔薇姫の推し活は今ここでもって完全に終了した。非常に残念なことだが。
しかし、夢が絶たれたわけではない。
たった今、青薔薇姫に代わる新たな時代の担い手を見つけることが出来た。
そうと決まれば――。
「え、ちょ……おじさん? なに、ちょっと、目が怖いんだけど……」
「名前……」
「え?」
「君の名前を教えてくれ」
「え、えーっと……エルザ・ラングレー……。し、知らないかもしれないけど、黒百合姫って通り名もあるわ」
エルザ・ラングレー。
俺は恥ずかし気にそう答える彼女を見て、その名を深く心に刻む。
何で真っ白な鎧着けてるのに、"黒百合"姫なんだよってツッコミは置いといて、彼女こそ次代を担うアイドルだ。
こうして、俺は新たな希望を見つけた。この世界を救うのは、彼女しか居ない。
彼女を全力で"推し"て、見事、夢のコンサートを成功させることが出来た暁には、晴れて俺は日本へ帰還できるのだから。
異世界に召喚され、年老いたおっさん冒険者が半分諦めつつも
自分の代わりに魔王討伐する為に、勇者を"推し活"するって展開は面白いんじゃないかなーって思って書いてみました。
お読みいただきありがとうございました。
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