考察。『竜騎幻想』と女難と冒険者としての活動方針
流石に居づらくて、明日の早朝の定期船で島を出る旨を伝えてからクレンの部屋を出てきた。預かって貰っていた荷物を部屋に持ち帰ると言う名目で。ディックが不在なのだから、部屋に荷物を置いても心配ないだろう……多分。
気を失った状態から回復した段階で、記憶は混乱もなく無事に整理を終えていた。今の俺はあくまで前世の記憶を思い出したサクリウスであり、前世の影響はあるけど知識が増えただけで人格の変化は多分無い。俺は間違いなくサクリウス=サイファリオである。……いや、確かに証明は難しいけどさ。これも、前世と今の性格に幸い差が少ない事も影響していると思う。
ただ、この話を第三者に話す事の無謀さは理解している。実際、クレンのところに行く前に考えてはいた。……まだ、この世界に対する認識に自信が持てなかったから。
……だから、クレンにはここがゲームの中の世界であると伝えることができない。
そもそも伝えても信じないだろうし、頭がおかしくなったと思われる可能性すらある。ただ、何か違和を感じた景色の正体は、まるで動画配信で見たフルダイブ型のVRMMOの視界のような錯覚を感じたからだ。もちろん、そんな世界で無いことはマリアンジュの亡骸を思い出した時から自覚している。
……今考えると、まさか生まれ変わった今の俺でも前世の業を引き摺っているのか?
いや、多分偶然だとは思う。というのも、前世では女難に囚われていた。そう表現するのが正しいかどうかは判らないが、これは一種の呪いだと思っている。
何故か昔から女性に関わると碌なことが無かった。些細なことで言えば、やたらと金を出させられたり、荷物持ちさせられたり。悲惨なことで言えば、知らない女性に盾にされて知らない男に暴行を受け、その女性は逃げていたり、女性にぶつかられて車に轢かれたり。
しかも、厄介なのは女性から俺に近づいて来る。それだけで男達の無用な嫉妬をかうというのに、その女性達と恋愛に発展することは全くない。そういう対象で見られていない。あげくに仮に好きな人ができたとしても、関係ない連中に潰される。……本当に最悪な前世だった。
でも、思い返してみると……そもそもディックが俺を目の敵にする理由は俺がカロラインと仲が良かったからかもしれない。それに、ディックがマリアンジュを見殺しにしたのも、普段自分に懐かないことに内心イライラしていたのかもしれない……いや、流石にこじつけか。
まぁ、そう疑心暗鬼になるくらいには警戒してしまう。とはいえ、当時も健全な思春期男児だった前世の俺は現実の女性から相手にされなかったり、小さな不運に遭ったりするのが嫌で、その発散を神絵師のイラストに求め、『竜騎幻想』にのめり込む原因にもなったんだよな。
……絵なら、視覚的に癒されるし不幸にもならん。それに萌え声を操ることが可能な女性声優はまさに女神である。聞いているだけで耳が幸せになれるなら、それでも良いと思う。
「そういえば、ここであれば推しユニット達は実在しているのだろうか? 容姿は神絵師イラストのままなのだろうか? 声は女神声優級の萌えボイスなのだろうか?」
……はっ! 思わず声に出してしまった。
慌てて周りを見回し、誰も聞いていないことに安堵する。
……うーん、気になる。しかし、現実問題として確認をするのは難しいかもしれない。
この世界のバッドエンドを回避するには、主人公に頑張って貰って邪竜王を討伐して貰わなければならないわけで。推しユニット達と会うことで討伐が無理になりました……では、話にならない。
……普通、会ったくらいで邪竜攻略不可になるわけないと思うじゃん? それが、なってしまうんだよ……俺の場合。
そんな事を考えていたら、家へと戻って来ていた。
……全ては俺が背負った女難の凄まじさなんだよなぁ……。
……『竜騎幻想』……またやりたいな……。
そんなことを考えながら、部屋に入る。無造作に荷物を床に置くと休憩がてらベッドに転がった。
『竜騎幻想』は戦略SRPGである。
戦略SRPGとは、戦略シミュレーションとRPGの両方の要素があるゲームのことで、戦闘こそターン制ストラテジーゲームではあるのだが、メインシナリオを追いかけ、クエスト攻略等RPGの要素もかなり多めのゲームである。
プレイヤー的にはRTAや最少ユニット数でのクリアとか、俺がやっていた頃には動画がアップされていたが、俺は可能な限りユニットを死なせたくなかったので、充分にレベルを上げて、時間を掛けて金策し、過剰装備でヌルゲーするというスタイルだった。
『竜騎幻想』のメインシナリオは、村名こそ憶えていないが、辺境の村で生まれ育った金髪金眼の乙女が16歳を迎え、『天職進化の儀』が行われるところからオープニングが始まる。そこで、自身のクラスが【剣の乙女】だと告げると、会場がざわつき、【職審官】から祝福の言葉を賜る。
場面が切り替わり、今度は王城に招かれて主人公に決定権がないままスキルを使いこなす修行をするように言われ、後の仲間を紹介される。……まぁ、そこから訓練という名のチュートリアルがあって……『邪竜討伐軍』を率いて復活したと噂される邪竜王の存在を確認。討伐するように言われて、やっと仲間集め&戦闘という流れになっていく。
ちなみに大人気の主人公女性キャラ。俺の推しユニットではない。強いし綺麗だし、スタイルも抜群。だけど、顔のデザインが中性的で好みではなく、ストーリーに声は付いていないが、戦闘中のボイスが設定年齢の割に艶っぽい大人の女性の落ち着いた声なんだよな。
そして、ユーザーから最も不人気なのがユニットの扱いである。
ユニットを加入させる際も条件と制限が存在し、条件の場合であれば特定のアイテムを所持しているとか、特定のユニットを既に仲間に加えているとか、特定のクエストを発生させているとか。特に不評だったのが仲間ユニット枠の上限を超えていないかというもの。……物語序盤は上限が少ないんだよな。結果、仲間にできるユニットの中から厳選しないといけなくなるわけで、全員を加えることは不可能なのである。
ユニットの排出条件も酷くて最初の頃は緩和の要望もあったとか。まぁ、上限があるのだから数調整のために仲間を減らすという行動が必要となる。
一番簡単なのがユニットの死である。死んだユニットは原則生き返らず、戦闘終了後も戻ってくることはない。救済措置もない。死んだら終わりである。
あと、戦闘マップにはギミックがあり、攻略の際に生贄を必要とする物も存在する。そのギミックにより死んだユニットも当然戻ってこない。
最後のパターンとして、関連クエストを放置して時間が経過し、仲間から強制離脱するというパターン。その場合にユニットは死亡することはないが、今後仲間に入ることはない。また、後で仲間にしようと放置している場合、一部のユニットは時間経過で仲間にすることが不可能になることもある。
尚、プレイヤーの操作により仲間から追放するというコマンドは存在せず、仲間にしたいユニットを仲間にできなかったというパターンも存在する。
……そりゃ、攻略サイトや攻略動画が出てくるまではクソゲー認定になるよな。捨てること前提で仲間にするユニットを保持しなきゃいけないとか……全然優しくない仕様である。
せめてもの救いはメインシナリオを進めると、仲間ユニット数の上限が段階を追って解放されることくらいか。それでも、戦闘毎に全員を参戦させることはできない。
一番の問題であるユニットに関する仕様はこんなものだが、他にも金策手段としてクエストをやらなきゃいけないというのも、それなりの不満が当時はあったようで。このゲームが発売された当初は倒した敵からアイテムがドロップするのは当たり前の時代だったらしい。だから、敵を倒しても金が手に入らないので、戦闘ばかりで金策をしないと武器や防具が劣化し、壊れてしまった場合は新しい装備の購入に苦労する。ユニットの維持にもお金が必要となる。……とにかく金稼ぎが結構なウェイトを占める。それに慣れていないとつまらないという結論に至ってしまうようだ。
サクサクと勧められないからこそRTAやら最少人数クリアとかが動画で流行ってしまうわけで、それだけ鬼畜難易度だったというわけなんだよな。
……そんな『竜騎幻想』に何故ハマったのか?
一番の要因は俺が『竜騎幻想』を始めたのが、発売された5年後だったからだと思う。その頃には神ゲーだという認識だったし、攻略サイトも動画も充実していたから。
しかも、5年前に発売されたゲームだというのに、メーカー側が定期的にアップデートしてくれて、有料ではあるが追加ユニット、追加マップ、追加シナリオを増やし続けてくれたからというのが大きいと思う。多分、最初の頃の大赤字はとっくに黒字転換されていたのではないだろうか?
あとはやっぱり神絵師によるCGやアニメーション。もうね、1つ1つが恋愛シミュレーションゲームのようなクオリティーなのに、キャラに対するイベントアニメーションの量が多いこと。もう目の保養である。こんな絵が描きたいと思った時もあったけれど、天才が努力して描ける代物だと、割と早く挫折したんだよな。……同人作家さんもマジリスペクト。
……それと、やっぱり贅沢な声優陣だろうなぁ。
流石発売されて5年以上経っているというだけあって、出演ユニット数が大量に居て、ユニット以外のNPCも声優が演じている。その人数も贅沢だし、出演している声優陣も贅沢な使い方をされている。音声を聞いているだけでも耳が幸せになる。
BGMも凄くて、全てがボーカル入りの曲でオープニングやエンディングは有名アニソンアーティスト、それ以外だと動画サイトで歌うまとして有名になったバーチャルアイドル達や歌手活動している声優も挿入されており、充分注目するに値する。
……でも意外なことに、俺の周りでこのゲームをしている人は居なかったんだよな。
まぁ、理由はわかる。ただでさえ戦略シミュレーションゲームというのはあまり人気がない。その上でユーザーと開発が戦っているかのような鬼難易度ゲームとなると、現在発売されている初心者に優しい難易度別のゲームと比べると手を出し辛い。俺みたいに普段から将棋やチェスが好みだったりしないと厳しいんじゃないだろうか? ……多分。
あと、当時の流行りはフルダイブ型のVRMMOだったのもある。だけど、俺はその手の競争ゲームは苦手だったりするからなぁ。あの攻略速度の遅い男性ソロプレイヤーを馬鹿にする文化が無くなったら遊んでも良いかもしれない。
ちなみに俺が好むゲームは『竜騎幻想』の他には、クラフト系RPGの『マイニングビルダー物語』、あとは既に過疎化したファンタジーMMORPGの『フロンティア・オンライン』くらいか。ゲームではギスギスした人間関係を極力回避したいんだよな。
……やべぇ、考えていたら本当にゲームが恋しくなってきた……。
まぁ、前世からすれば今がゲームそのものかもしれないんだが……ほんと、久しぶりにゲームがやりたい。この世界でゲームは無理だろうけど……ゲームはゲームでもボードゲーム……将棋やチェスなら可能かもしれん。対戦相手が必要ということが問題だが。
あとは、アニメか。『竜騎幻想』をやる前まではアニメにどっぷり漬かっていたんだけど、『竜騎幻想』を始めてからは、そこに収録されているクエストがアニメ代わりだったんだよな。本当に面白い……というか、関わるユニットの魅力がタップリ詰まったモノが多く、制作者の愛が今なら判る。
「やっぱり、推しユニット達は見てみたい」
部屋なので誰にも聞かれないと安心して何度も考えた結論なき独り言を呟く。
「……っていうか、まだ主人公は現れていないよな?」
いや、田舎すぎて情報が来ていない可能性も充分にある。
「王都へ行ったら確認してみるかな……」
現れていたら、主人公にだけは合わないように気を付けないと。
『邪竜討伐軍』が存在するのだから、主人公は存在するだろう。だとするならば、やっぱり推しユニット達はいる気がするんだよな。
……会ってみたいな……。
もちろん、会話がしたいとか、握手したいとか、仲良くなりたいとか、そういったことに関心は無い。理由は悲しいかな、関わるとトラブルしか発生しないような気がしてならないからだ。……もう、これは前世の生活習慣のようなものだ。
望みは見てみたいということと声を聞きたい。できればどのような性格なのかも知ることができれば……贅沢を言えば、彼女達が幸せな人生を満喫している姿を確認したい。
……まぁ、難しいだろうな。
不可能ではないかもしれない。主人公が正しい選択をし、彼女達を大切に扱っていればもしかしたら……ただ、残念ながら可能性は低いだろう。
「何故なら、推しユニットは強いユニットではないから」
ボソッと呟く。
俺の推しポイントは見た目と声である。強さは工夫して育てて強くすれば良い。そこまでして使い続けるのはユニットクエストをコンプリートするのと、戦闘ボイスを堪能するためである。中には元々強く育てやすいユニットもいるが、基本的には工夫が必要なユニット達である。
問題は普通に上位互換のユニットが沢山いるのに、わざわざ育て続けるメリットが俺以外にあるのかって話なんだ。たまたま俺と同じ価値観の主人公が育てて愛でようと思わない限り、推しユニット全員が救われるわけがないんだよな。
……だからといって、推しユニット達に『邪竜討伐軍』に入らない方が良いって仮に言ったとして、聞いてくれるとは微塵も思えない。
前世の記憶が無かった頃の俺に同じこと言っても無視するだろうからなぁ。
「……だったら、危機に陥った時だけ助けられないかな?」
さっきクレンも言っていたが、確かに俺に英雄願望のようなものは実はある。でも、その思いは偽物だということを俺自身が既に気づいている。
本来、英雄というのは自分の命を賭けて世界を救うみたいな、それこそ主人公のような奴のことを指していると思う。言うなれば、最高レベルの承認欲求のようなものだと。
……でも、俺は違う。
一般論から外れた俺の思う英雄とは、守りたい人だけを守りたい。見ず知らずの他人様のために命を投げ売りするのではなく、友人や知人……自分に良くしてくれた人達のために自分の命を使いたい。
「……あっ、これだな」
ゆっくりとベッドから起き上がる。
俺の冒険者としての活動指針。……今、決めた。
もちろん、そればかりでは無く、生活のために働くこともあるだろう。それにどんな状況にも適応できるようにレベルだって上げなければならない。だけど、漠然と『世界を見て回りたい』という旅行者のような目標では無く、冒険者として強くなる理由が俺の中で固まる。
……ただ、問題もある。
細かいことを言えば色々あるが、一番の問題は実質ソロでは不可能ということ。
いや、救出そのものは俺1人でも可能かもしれない。ただ、冒険者をする以上、誰かと仲間にならないといけない。そうなると、冒険者として仕事を引き受けた際に同じタイミングで推しユニットの危機が訪れたら……うん、どっちも放置できずに困るのが目に見えている。
……そんな贅沢な心配より差し迫った問題がある。実際に俺が本当に助けることができるのだろうか?
『竜騎幻想』のメインシナリオに関して、死ぬはずだったユニットが生きていると判定された場合、どうなるのだろうか? ……いや、そうならないために多分定められた救出方法をしない限り助からないようにするだろう。
……基本的にはユニットの運命は大きく変えられない……と思う。
でも、それはゲームでの話。この世界の住人にとって、ここは現実だ。例え、俺がゲームでは名無しのモブでゲームに存在しない【念動士】の天職を持っていたとしても。
……【念動士】か。
多分、この辺の概念もゲームと一緒なのだと思うが、天職を賜るとそのクラスに基づくスキルが使えるようになる。そのスキルにはアクティブとパッシブが存在して、アクティブはレベル1で全種類が使用可能である。ただし、スキルに応じて成功率とか効果とかが変わって来る。
スキルを確認する限りでは、普通に救出には有効な能力ばかりではあるんだけど、問題は運命に逆らえるかどうかって部分だよなぁ。
……試すか。
立ち上がって、荷物を持って家を出る。
もう辺りは暗くなってきていて、西の空が真っ赤に染まっていた。
推しユニット……そもそもユニットでもない助けたい人物……サティシヤだ。
……彼女を助けるためには、まずヴォルリックさん……いや、彼はダメだ。多分既に酔っぱらっている。なら……。
この辺で外食ができる場所は村唯一の酒場しかない。だから、エルミスリーの居場所は教会から酒場までの何処かに居る。教会の中に居たらアウトだが、酒場なら出るのを待てる。
……今頃、多分まだ夕飯を食べているはず……。
とりあえず、彼女を捕まえることが第一歩だ。
……これは憶測。女神ナンス様による運命の束縛により、サティシヤは島に囚われているのではないだろうか?
考えてみれば変な話なんだ。村のみんなはサティシヤを村内に入れないくらい嫌っている。その扱いは犯罪者認定の俺より酷いものだ。だったら、さっさと殺すなり島の外へ追放するなり、村の周辺をウロウロされるより良いと思うんだよ。
それなのに、誰も本気で排除は考えない。表向きの理由としては関わることで自分が呪われることが嫌だから。本当に呪われるなら、教会で解呪して貰えば良いだけじゃないだろうか?
「あ、エルミ」
「サクリ君。もう大丈夫?」
「はい、もう全然平気です。それでその、もし食事が終わっているようなら、ちょっと付き合って貰えませんか?」
「えっ? うん……まぁ、いいけれど、何処にいくの?」
その問いにはあえて答えず、「こっちです」と言って納屋へと連れて行く。
NPCの死の運命を回避できるか、まずは今一番救いたいサティシヤで試すと決めた。
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