余裕が無くて気づかなかった救いの手
……さて、どう解釈すれば良いのやら。教会に入る前と後、同じ景色なのに何故か違和を感じるんだよな。
教会から出た足でクレンの部屋へ向かいながら、自分の行動方針を再整理していた。
……俺はサクリウス=サイファリオ。クラスは【念動士】。暗い飴色の髪に明るい飴色の眼。『サイファリオ商会』の会長の息子で……うん、そんなユニットは『竜騎幻想』には存在しない。そもそも【念動士】って何? そんなクラス無いわ!
それでも、この世界が『竜騎幻想』と一緒……いや、模した世界であることは間違いない。もし全く同じであれば、俺はこの世界に存在していないことになる。
そういえば、『竜騎幻想』では天職には「クラス」とルビが振ってあったんだけど、この世界では誰も言っていないし、普通に「てんしょく」と言っている……前世の記憶が無い頃の俺も含めて。でも、そこはゲーム固有の読み方ということで。
……はたして、俺はここを『竜騎幻想』の世界だと認識して大丈夫だろうか?
俺の知る『竜騎幻想』にもイーベルロマは存在する。それどころか、『サイファリオ商会』や村長宅、その隣にある教会も一緒。宿屋が無いのも一緒である。それだけでもここを直ぐに『竜騎幻想』の世界であると断定するのには充分な気もするが、大陸の国々の名前やサクリウスとして知っている知識だけでも、間違いないとは思う。
もちろん違う部分もある。当然ながら建物はゲーム内より多いし、実際の人口もNPCキャラ数より多い。もし、全員を表示していたら、処理が重いに違いない……多分?
ただ引っかかるのは、この天職【念動士】に関して。『竜騎幻想』には天職のレア度なんて存在しないし、ユニーク職に関して言えば、【念動士】も含む、知る限りの全てが存在しない。例外は主人公の女性が賜る【剣の乙女】くらいか。しかも、それだってユニーク職なんて紹介のされ方は見たことがない。
……他に何かあるか? そもそも、イーベルロマのイベントって……。
イーベルロマは割と初期から訪れることのできる村である。ここで仲間にできるのは【狩人】の男性ユニットで……あ、フィルミーナのお兄さんか! サイオウルさんだ、思い出した!
そもそも、イーベルロマの存在価値は、森の中にある遺跡。そこに腕試しで最深部へ向かい、何もアイテムを得られない代わりにイベントが発生して邪竜王に関するアニメーションを見るんだったかな? しかもメインシナリオで回避できないから、絶対訪れないと……。
……あっ……そうだ。村に入ったら自動再生される強制イベント!
割と初期の方でうろ覚えな事が多いんだけど、あのイベントは胸糞だったんだよな……主人公が村に入ると、若い男3人が主人公の前に現れる。そして、その奥には銀髪の少女……ゲーム内では名無しキャラだけど、サティシヤしか居ないよな……が亡くなっていて、どう見ても暴行されていて。「邪竜王の眷属の生まれ変わりを倒したから、自分達も仲間に加えて欲しい」って直談判するんだよ。当然、彼等は嫌悪の視線を向けられて拒絶されるんだけど。
そうか……サティシヤは死んじゃうんだな。
「……あっ!」
考えに耽っていたからなのか、気が付いたらクレンの家の前に着いていた。ノックして中に招かれると、慣れた足取りでクレンの部屋へと向かい、扉をノックする。
「いらっしゃい。遅かったね」
「ちょっと、トラブルがあってさ」
そう言いながら、いつもの来客用の席に腰かける。
「トラブル?」
「ちょっと気絶しちゃってさ。メアのところで休んでで」
「大丈夫なの?」
「うん、もう平気」
そういえば、クレンって美形で女性受けしそうな外見なんだけど、NPCとしても存在しないんだよな。……実は名無しの量産型NPCの中に混ざっているのだろうか?
「それで、天職はどうだった?」
「ユニーク職の【念動士】だった」
クレンに伝えることを決めた時点で、どう伝えるか少し考えたのだが、結局何でもないかのように告げることにした。最初は勿体ぶった言い方をしようかとも思ったんだけど、立場逆だったらウザすぎて素直に喜んであげられなくなるかもしれん。そんな理由から自然に答えたつもりではあるが、リアクションにワクワクしないわけがない。表情が緩まないように伝えるのだって頑張った。
ユニーク職の取得確率は、同世代の中の1万人に1人だと言われている。現実的に賜れるわけがないと普通は考えるレベルである。
「え? マジで?」
「マジ。だからそれを伏せて、冒険者になるって言ってきた」
「なんで? 『邪竜討伐軍』に入らないの?!」
まぁ、想定内のリアクションである。でも、驚いてくれて良かった。伝え甲斐があるというもの。ちなみに、何故クレンが納得していないかというと、冒険者より『邪竜討伐軍』に加わった方が生活は豊かになるからだ。一般常識的には邪竜人と呼ばれるルエウーザ族なんて伝説の存在で、実質討伐に行くことも無く、在籍しているだけで楽できると言われているからだ。
……俺にもその気満々だった時がありました。
「そりゃ、俺が冒険者になるのは世界を見て回りたいという目的を果たすためだよ」
質問に答えているようで答えていない返事を返す。……真実は言えないからなぁ。
「そ、そうなんだ……サクリは英雄願望が強めだったから、てっきり……まぁ、そういうことなら。それで、その【念動士】って、どんな天職なんだ?」
超能力って言って、通じるわけないよなぁ……さて、どう伝えるか。
「簡単に言うと、MPを消費して呪文や媒体不要で思考を力に変える能力って感じかな。例えば……」
そう言って、クレンの本棚から本を一冊、〈サイコキネシス〉て机へと運んで見せる。
「え? すごっ! 魔法みたいじゃん」
まぁ、魔法でも同じことができることは知っているが、呪文詠唱は必要だし、魔導書も必要だ。だが、これはそれも必要ない。
「だろ? この能力があれば、冒険者として頑張っていけると思う」
「それでサクリは冒険者になって具体的に何をする予定なの?」
……いや、生活を……えーっと……昨日までの俺は何も考えていなかったとは言えない。
「……何をするか……か。多分、世界を見て回りたいって答えは求めているものとは違うよね?」
「うん。ボクが聞きたいのは、どういう方向性の冒険者になるのかって話だよ」
方向性……バンドマンのような話だな……いや、言わんとしていることは理解できるけど。
さっき、チラッと言っていたが、確かに『英雄願望』はあった。……数時間前まで。この世界の未来を知る前であれば、冒険者になる者の大半は英雄になりたいと考えるものなのではないかと思う。
「うーん。やりたいことはあるけれど、多分最初の頃はそれどころじゃなくて、日々の生活がちゃんとできるかどうかって話になってくるだろうから、そっちばかり考えちゃうんだけどね」
「まぁ、そうだよね」
……良かった。同意を貰えた。でもね、未来を知っていると考えてしまうんだよ。
多分、その内邪竜王が復活すると思うんだよ。遅くとも数年の内……早ければ明日かもしれないけれども。その後に主人公が現れて、邪竜王討伐が始まる。魔獣や妖魔の活動が活発になり、治安はどんどん悪くなって、冒険者として未熟な場合は命を失うかもしれない。
……そんな近い未来をまだ全員が知らないわけで。
「そんな強い要望というわけではないけれど、冒険者としての最終目標はいろんな人と親しくなって、冒険者を引退する時には商人として世界を渡り歩きたいな」
「なるほどね」
即興で考えた割に、多分理想的な冒険者としての目標だと思う。ただ、この結論は前世の記憶を反映させたものではない。
正直なところ、今の俺は冒険者になることに対し、そこまで期待をしていない。理由はある意味未来を知っているから。
俺の言う未来というのは、『竜騎幻想』のメインシナリオのことである。このゲームの特徴はサブシナリオの攻略具合やユニット達の生存率、誰を仲間にしたか、誰を生贄に選択したか等によりメインシナリオが分岐して、何パターンかのエンディングも用意されている。だから、現状では未来は確定しておらず、主人公の行動で未来が決まってしまう。……つまり、未来に俺が干渉できないことは確定で、何をしようとどうにもならない。
……言うなれば、運命ってヤツかねぇ。
「……で?」
「ん?」
「いや、サクリとも付き合いは長いからね。今の答えが本心でないことくらいは判るんだよ。だから、村に居づらくとも、近隣の村で1年待てないというサクリの事情を知りたいんだよ」
「あ~、そういう話?」
そう言われると、確かに急いで冒険者になる理由は確かにないかもしれない。でも、村に居られない以上、さっさと王都で生活基盤を作りたいだけなんだけどな。
「うん、そういう話」
多分、3人一緒に冒険者になりたいという話なんだろうけど。……それは無理だと伝えたんだけどな。
「正直、サクリがノーマル職であれば引き留めようと思ったんだ。もし、村に留まるのが難しいのであれば、簡単に会いに行ける距離……例えば、対岸の村とか。そういった場所で商売すれば……なんて思っていた」
どうだろうなぁ……。2年前の事件について、何処まで広まっているのだろうか? 2年前のことだから忘れている可能性も無くは無いけれど。でも、1人でも憶えていたら噂が広まって、面倒なことになるのではないだろうか?
「正直、本土に渡ってしまったら、対岸の村でも王都でも大差ないんじゃないかな? だって、流石に毎日会うのが無理なことは解るでしょ?」
「……そうだね。じゃあ、ボクも腹を割るよ」
「いや、最初から割ってくれ」
明日の早朝には旅立つ予定なのに、この期に及んで本音を言ってくれないとか悲しすぎるわ。……つーか、そんなに言い難いことなんか?
「実はさ。サクリには内緒で2年前の件、ボク達で調べていたんだ。とは言っても、中心で頑張ってくれていたのはカロンだけど」
「そうなんだ?」
「カロンやフィナちゃん、メアさん。大人もウチの両親とかカロンのお母さんとか酒場の奥さんとか、フィナちゃんのお父さんとかね」
全然気づかなかった……。
「村のほぼ全員に嫌われていると思っていたけれど、結構動いてくれていた人っていたんだね」
「協力してくれた人達は、みんなが残念に思ってるよ」
俺は思い違いをしていたかもしれない。クレンは最初から我儘から俺を引き留めようとしたんじゃなくて、俺のために動いてくれる人達のことを思って止めたかったのかもしれん。だとしたら、かなり失礼だし、申し訳なかったなぁ……ホント、勘違いのまま指摘していたらと思うとゾッとする。クレンから軽蔑されてもおかしくない。
「サクリには逃げるように出ていくのではなく、自身の潔白を証明してから惜しまれて旅立ってほしかった」
……改めて、クレン達がいたから自暴自棄にならずに2年過ごせたと心から感謝した。
「……まぁ、事情は解ったけれど無理だからなぁ」
疑問に思うのは、かなりの労力だったはずなのに、何故カロラインはそこまで頑張ってくれたのだろうか? 正直、毎日話せただけでも楽しかったんだけどな。
「解ってる。それでも、旅立つ前にサクリの誤解を解きたかったんだよ」
「ありがとな」
そういう動機だったのか……感謝の気持ちしかないけれど、無理はしないでほしいな。
「実は1年半ほど前から調べているけどさ。どう考えても変なんだ」
「俺視点なら全部変なんだけど、どういうこと?」
何故、ディックの言い分だけ聞いて、俺の話を聞いてくれなかったのか? そこが最大の謎だったりするんだよな。途中で諦めちゃったけれども。
「村長にサクリからどんな話を聞いたかって聞いたらしいんだけど、何も記憶に残っていないようなんだよ。でも、それは村長だけの話では無くて。聞いて回った結果、村のほとんどの人がサクリの言い分を全く憶えていないんだ」
……どういうことだ?
「それだけじゃなくて、ディックさんに対して異常なくらい好印象なんだ。『ディックが悪い奴なわけがない。ディックがそう言うのなら、そうに違いない』的な……聞いていてちょっと怖かったって言ってた」
……ウチの家もそんな感じだったけれど、特に違和を感じない辺り、変なのかなぁ。
「それでさ、カロンがディックさんは冥職持ちなんじゃないかって」
「冥職って?」
「魔王が植え付ける悪事の才能ってカロンが言ってたよ」
……冥職って単語も聞いたことないな。
「じゃあ、ディックが冥職のスキルを使って今の状態に?」
だとするなら、最初から俺を罠にハメるために森へ誘ったということにならないか?
「その結論に至ってから、実はヴォルリックさんに【職審官】のスキルで見破って貰おうとしたらしいんだけど、最近はヴォルリックさん達が村に来るタイミングでディックさんが仕事で村の外にたまたま行ってるみたいで……」
あっ……そういうことか。多分、情報元は牧師だな。
「本当は『天職進化の儀』までに決着を付けて、こうなる事態を避けようとしたんだ。間に合わなくてゴメン」
「いや、仕方ない。……俺はその結論に至れなかったし、そもそも既に諦めていたし」
「本当に、こんな形で村を出て行かなきゃいけないなんて納得いかない……村を出るにしても身の潔白を証明してあげたかった」
「充分だよ。……ちゃんと王都で待ってるから。カロンにもそう伝えておいて」
俺には勿体ないくらいの良い親友だよ、マジでさ。
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