因習から少女を救いたくとも自分は無力
クレンの家を出ると、毎度の如く酒場の裏手へと回る。すると、勝手口から理解者の1人である店主の奥さんが店主に内緒で2人分の食事が入ったバスケットを用意して待っていてくれる。それを勘定と引き換えに受け取ると、それを持って再び森へと向かう。
既に日は沈んでから結構経っていて、そんなタイミングで森に入るのは正気の沙汰ではなく、自殺志願者以外の何者でもないのだが、誰も森へ向かう俺を止める者は居ない。「死にたければ勝手に死ね」と思われているような被害妄想に毎日囚われているが、それもあと少しの辛抱。
森の比較的外側、村に近いところを通って、村の外れにある猟師の納屋へと向かう。
コンコン。
「こんばんは、サティ。入れてくれる?」
ノックの後、中にいる人に対し声を掛ける。すると、ゴトッと音を立てた後、ゆっくりと入り口の扉が開かれる。
「いらっしゃい。今日も来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
顔をだしたサティシヤの髪は銀色の光を放っている。この銀髪銀眼こそ彼女が村に入れない最大にして唯一の理由だった。
村では古来より、銀色は不吉な色とされていた。
伝承として伝わる『竜王の時代』。正確に何年前とは判らないほど遥か昔、この世界は竜人族によって統治されていた。鱗の色の違いで竜人族はそれぞれ縄張りを決め、他種族と共に縄張りの統治者として平和に暮らしていた。
鱗の色で別れたのは、考え方に違いがあるので離れて暮らしていたのだが、隣接する土地では隣の縄張りで暮らす者との小さな争いが耐えることはなかった。
その争いを公平に調停するべく、竜人族全体の族長を決める話となり、各自が自分以外の誰かを推薦し、最も推薦された者を族長にしようという話で纏まり、結果、後の聖竜王が族長として選ばれた。しかし、後の邪竜王が不服として従わないし認めないと対立する。
邪竜王とその傘下の竜人族は他の竜人族の連合を相手に大陸全土を戦場とした戦いが繰り広げた。戦っている竜人族はもちろん、巻き込まれた他種族の被害も甚大だった。責任を感じた女神ナンス様はもっとも被害の多かったヒューム族に特別な武器を与え、各竜人族の王を封印することに成功する。
以降、争いのキッカケとなった邪竜王の鱗の色である銀色は忌み嫌う色となった。
今となっては子供でも知っている御伽話だが、この村みたいな辺境の田舎では銀色に対し未だに忌み嫌っている人が多いらしい。
村では災いの化身。邪竜に連なる者の生まれ変わり。忌み子として彼女は認識されていた。
「はい、今日の夕飯」
「ありがとう」
彼女の名はサティシヤ=エヴィネット。やはり特徴的なのはその銀髪と銀眼。銀髪は夜間のみ仄かに発光し、普段の髪色は青白く濁った透明色をしている。しかも、今では股上より長く伸びているため、夜間はかなり目立つ。銀眼は普段青白い瞳をしているのだが、夜間に暗がりで光を当てると猫のように瞳が銀色に光る。……あと特徴としてあげるなら、とても獣臭い。
女の子に対し獣臭いと評すのは失礼なことくらい知っている。でも、この臭さは身体をまともに洗えないことと、猟師の納屋という環境のせいだ。
身体は小川の水で清めているようだが、どうしても不衛生になってしまう。それもこれも村に入れて貰えず、銀髪銀眼だからという理由だけで人並みの生活ができないからだ。
余談だが、カロラインの金眼も日中に暗い場所で光を当てると瞳が猫のように金色に光る。逆にサティシヤの目は日中の暗い場所では光らない。これに初めて気づいた時は思わぬ発見に感動したっけ。
そんなサティシヤに対し、俺も最初の頃は偏見があった。でも、何も知らずに村へ来た彼女がディック達によって殴る蹴るの暴行をされ、持っていた所持金やアクセサリを奪ったのを見てしまったため、助ける決意をした。……しかし、そう思ったのは俺だけでなく、元々村出身でなかった人達から見ても可哀想と思われた結果、今はこの納屋で辛うじて人間らしい生活をさせてあげられている状況だ。……サティシヤも何も悪くないのだ。
相当お腹が減っていたのか、ガツガツと食べ始める。日中はずっと森の中に隠れているのだから当然かもしれないが。この納屋は夜間しか使わせて貰えない約束になっているらしい。
「この生活も、もう1年を超えたね」
「ですね」
食べるのに忙しくても、俺が話しかけると返してくれる。本来は良い子で良い生活をしていたのかもしれない。
サティシヤの話では、今から1年と少し前に行商人だった両親と共に移動していた際、野盗に襲われたのだという。その際に両親が身体を張って自分を逃がしてくれたのだが、逃げる途中で崖から海に落ちてしまったのだという。そして、流れ着いたのが最悪なことにこの島だったという。
「今日はちょっと話があるんだ」
「話ですか?」
そう言って、話し込むのに使う椅子代わりの箱に腰を下ろした。
「大変申し訳ないけど……」
コンコン。
「サティさん。開けて下さい」
「はーい」
話の腰を折られた……。
サティシヤが扉を開けると、見慣れた顔が立っていたが、俺と鉢合わせするのは割とレアケースだったりする。
「あっ、サクリさん」
「こんばんは、フィナちゃん」
彼女はフィルミーナ=キャロラムートン。この納屋の主の娘で、淡いピンク色の瞳と腰まで届く鮮やかな緑色の髪を低い位置でツインテールにしているのがトレードマークの1歳年下の女の子だ。彼女も村生まれで村育ちなのだが、俺と同じく銀髪銀眼に偏見がないようで心からホッとしている。まぁ、俺とも普通に接してくれているのだから、良い子なことは間違いない。
「どもです。……サティさん、これ着替えです……できれば着替えて、今着ている服を洗うために持ち帰りたいのですが……」
「おぅ、俺が邪魔か……えっと……そうだ。ちょっと時間があるなら、一緒に聞いて欲しい話があるんだけど」
「いいですよ」
そう言うと、彼女も納屋に入り扉が閉められる。
「大変申し訳ないけど、明日の『天職進化の儀』が終わったら、村を出ていくんだ」
「「えっ?」」
2人とも心から驚いてくれる。しかも悲しそうにしてくれる辺り、彼女達も紛れもなく友人だと思える反応だった。
「そんなわけで顔を出せるのも明日が最後になると思う」
「……そんな、どうしたら……」
あ~……夕飯の心配か……。夕飯の料理を見ながら呟いていたので、多分そういうことなのかなと。まぁ、彼女の事情も理解できる。
村で夕飯を彼女に運んでいるのは俺だけで、自腹で彼女に持って行っている。そこまでしているのは、ディック……一応家族が彼女の所持品を奪ったからだ。
「夕飯か……」
「え?」
確かに深刻な問題だと思い、言葉にしたらサティシヤから驚きの声が出る。
「ん?」
「いえ。わたしが困っているのは、貴重な話し相手を失ってしまう事が深刻だと思ったので」
……あれ? 俺が思っていたのと違った?
「いやいや、夕飯も深刻な問題でしょ?」
「確かにそうですけど、食事に関しては日中に森の果実や食材を探して調理してしまえば、栄養面は問題ありかもしれないけど、空腹はギリギリ凌げると思うんです。でも、話し相手だけは……」
チラッとフィルミーナの方を見ると、彼女は申し訳なさそうな表情で。
「わたしの場合は家業の事情で森の中に夜間入れますけど、そもそもこの時間に来ることが難しいんです」
「……やっぱり、船代出すから島を出た方が……」
彼女もまた、健全な生活を送れていない。こんな島からは脱出するべきだ。
「無理なんです。以前、定期船の船長さんに尋ねたことがあったんです。ですが、もし乗せたことを誰かに知られたら信用問題になるって。それに、銀髪銀眼を乗せて何かあった時に責任がとれないだろうと言われたので……」
……なんて無茶振り。別に誰が乗ろうと問題が発生する可能性はあるだろうに。でも、確かあの定期船の船長も村出身だったっけ。なら、ダメかな。
「その調子だと、漁師の人も嫌がるか……」
「そうなんです」
そうなると、いくら船代があったとしても運んでくれる船が存在しないので実質不可能というわけか。
「だから、正直、サクリさんが羨ましいです」
実は俺が島の外へ出るタイミングでサティシヤも連れ出すという事を考えはした。お金は多めに貯蓄しているし、王都に着けば魔石も換金できる。だから、船代と近くの町までの旅費くらいであれば問題ないと考えていた時もあった。
しかし、定期船に客だとしても乗船を拒否されてしまうのではお手上げである。
「ゴメンな。力になれなくて」
「いえいえ。充分助けて頂きました。今まで本当にありがとうございました」
うーん。予想通り後味が悪い。……何とかできんかなぁ。
「……それにもし島を出たとしても、何処にも行く当てが無いんです。わたしの両親は行商人で、世界を渡り歩いていたので親戚付き合いが無くて……ついでに故郷と呼べる場所も……」
彼女は大人になるまでの人生は詰み。むしろ、ここの方が食料を確保できるっていうことか。
「サクリさん」
「ん?」
今まで一言も発せず会話が終わるのを待っていたのか、フィルミーナが口を開いた。
「サティさんも食事が終わった事ですし、そろそろ……良いですか? あまり帰りが遅いとお母さんが特に心配して……」
「あぁ、ゴメン」
立ち上がって、扉へと向かう。
「来られたら明日も来るからさ。それじゃあ、おやすみ」
そう言って、納屋から出て重い足取りで家へと向かう。
「サティは何も悪くないじゃんか……」
森の中で独りボヤく。彼女は何の罪も犯していない。むしろ被害者な立場だ。本来なら急いで戻って、両親の無事を確認し……亡くなっていたら弔ってあげたいと思うのが普通だと思うし、それを邪魔する人は屑だとも思う。
けど現実は……島から出る事すら叶わず、村で人間らしい生活をすることも許されない。生き地獄を強制されているようで、とても気分が悪いのに……誰も気にしていない。
「全部、銀髪銀眼の……あんな迷信を信じているから……」
今まで迷信通りの被害があったという噂は全く聞いたことがない。……馬鹿げた話だ。
「悪いとは心から思う……けど、俺にはどうにもできない……」
当然ながら、彼女のために村に残る……そんな選択は無かった。
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