クエスト『廃屋に住まう亡霊、廃城へ向かう』
日本ほどではないが、グアンリヒト王国内の気候も南北で若干違う。気温差はそれほど無いと思うけど、南側は湿度が高く蒸しているような気がする。一方北方は乾燥していて原則晴れているけれど、急に曇ったかと思ったら雷雨に襲われることもあるといった感じで。ただ、南北共に日中は汗ばむくらいに暑く、夜間は毛布が必要なほど冷える。1日の温度差があるのが特徴かもしれない。
今向かっているのは、王都から街道を北上し、サンドルローム王国との国境とブライタニアの中間くらいに位置するところにあるラムルーチェという農村だ。村の名前からルーチェも何か知っているかもと尋ねてはみたが、俺が知っている以上のことは何も知らないようだ。
「携帯用コテージのありがたさが染みるね」
「ですね。お風呂に入って自分のベッドで寝ることができるって、快適です」
クレアカリンとシオリエルの話を聞きながら、黙々と北へ歩く。
「この調子なら明日の午後には着きそうですね」
「ラムルーチェって、どんな所なんですか?」
アミュアルナにサティシヤが尋ねるが、答えたのはリリアンナだった。
「ラムルーチェは今でこそ農村と言われていますが、実は『竜王の時代』では聖都と呼ばれる大きな街があったこともあって、大小さまざまな遺跡が近隣にいっぱいあるんですよ」
「遺跡がいっぱい……」
「でも、遺跡があるから妖魔や魔獣の住処として利用されているので人が暮らす村や町に被害はないって感じで、実は南側より平穏のようです」
「へ~」
「ラムルーチェは街道から少し離れてはいるものの、比較的近い場所に存在しているので、街道を旅する人が寄ることの多い、宿屋があるタイプの村なんですよ。そして、商売が成立しているので、美味しい料理屋もありますよ」
「おー」
リリアンナは饒舌に情報を語る。多分、入って日が浅いので積極的に仲良くなろうと頑張っているのかもしれない。……もちろん、【話術士】を賜るくらいなのだから、基本話好きなのかもしれない。
俺としては彼女の声が心地良いので、いくら話し続けられても全然困らない。
「詳しいね。行った事あるの?」
「はい! ……って答えられたら良かったんですけど、全部街で聞いた情報です。向かうことが決まってから下調べしておきました」
……おお、優秀。流石【話術士】。
「ねぇ、そろそろコテージ展開して、野営の準備しない?」
「……そうだね。適当に平らな土地を見つけて、完全に日が暮れる前に準備しようか」
16歳姿で歩くマオルクスの希望に従い、夕日に照らされている間に良さげな土地を探した。
特に襲撃もなく、安全に最短時間。15時過ぎくらいにラムルーチェへ到着した。
姿の見えないルーチェを除く9名の大所帯が村に行けば注目をガッツリと浴びるのが普通なんだが、この村は割と冒険者が訪れることが多いらしく、多少の視線は感じるものの、他の村を訪れた時に比べればかなり少ない。
村の規模として大きめの村だけど、幸いなことにゲーム内でのラムルーチェと大雑把には変わらない。……まぁ、建物の数が多かったり、細い裏道があったりするけれども。
「大きな村だね」
「流石、昔ながらの宿集落。街道沿いだと発展しやすいのかもしれないですね」
ユミウルカもメイディロッサと比較して村の大きさに驚く。しかし、リリアンナのリアクションで自分の失言に気づくも、リリアンナは特に気にしているように見えなかった。
「さて、依頼主の居場所を見つけないと……」
「それなら心当たりがある」
情報収集に行こうとするリリアンナを俺が止める。……でも、普通そうなんだよな。
村の中をどんどん進む。フードを被っているとはいえ、サティシヤの銀髪が見えることもあるだろう。それにサティシヤもそうだが、アッツミュの銀眼を見ても反応がないということは、この村には銀髪銀眼に対する偏見がないのだろう。……普通の事だとは思うんだけど、それでも良い村だと思ってしまう。
村の賑やかな場所を通り過ぎ、かなり外れ。外敵が襲ってきたら真っ先に襲われそうな場所にボロボロの小屋がある。とても人の住める場所には見えず、雨が降れば雨漏りも絶対するし、夜間は隙間風がガンガン入ってきそうな木製のボロ小屋だった。小屋の周囲には草が生い茂っており、蜘蛛の巣も張られている。……人が住んでいるとは益々思えないのだが、間違いなく彼女はそこに居るはずだ。……ゲーム画面の数倍は廃屋なんだが。
建て付けが悪そうな扉を開ける。やっぱりスムーズには開かず、力を込めた結果、結構大きな音を立てて開かれる。
……居た!
「……」
彼女は動じずに本を読んでいた。
この小屋にある家具にしては割とまともな足の短い背もたれもない椅子。そこに腰掛けて、周りの様子からほぼ動いていないように思われる。
小屋の構造は居間と思われる場所と台所がある土間のみ。居間の板張りの床の上には大量の本が平積みされていて、足の踏み場もない。そんな本もろとも床一面に誇りが薄っすらと積もっており、掃除はされていない。
……そこまでは『竜騎幻想』に描かれた彼女の演出と一緒だ。だけど……。
描写では、彼女の周りの床まで覆う綺麗な黒髪……のはずが、艶を失い、埃を被り、汗や油でギトギトになっている。幼い顔立ちも頬こけており、長い睫毛に深い緑色の瞳。その視線は俺達が訪れたのに本へと落とされ、こちらを見ようともしていない。纏っている上品な白いローブも残念なくらい汚れている。
白い肌も同じと言えなくもないが、今は明らかに病的に細い身体のせいか死期の近い病人に見えなくもない。……もしかしたら、立ち上がった拍子に倒れるかもしれない。
けれど、倒れたとしても受け止めるには躊躇してしまうくらい汚く、そして部屋いっぱいに広がる獣臭さ……その大元は多分彼女からなのだろう。何故なら、その匂いを俺は知っていたから。強制されていないのなら、重度の風呂嫌いによる体臭ハラスメントの疑いまである。
……現実とはとても残酷だ……。
「こんにちは。レイアーナ=V=グリモヴァードさんですよね?」
声を掛ける。疑問形ではあるが、彼女が本人であることは確信していた。
俺が言葉を発したことで、初めて彼女が俺達の存在に気づいたかのように、本から顔を上げて顔をこちらに向けた。それは、本当にイラストの面影があった。……痩せすぎではあるけど。
「はい、確かにそうですが、貴方達は?」
「俺はサクリウス=サイファリオ。冒険者チーム“サクリウスファミリア”のリーダーです。今日は依頼を受けたので参りました」
「えっ? あの依頼をですか?」
そんなリアクションになるよね。何故なら、誰も受ないことを前提に依頼を出したのだから。
「はい、詳しい話を聞かせて頂けますか?」
建物に入るのに全員で……は、とても難しいので3名。俺とクレアカリンとリリアンナの3人だけが中に入っていた。交渉に有効なスキルを持つ者だけで話を聞く。
「……わかりました」
うん、想定通りの憂鬱な表情。まぁ、彼女の立場が『竜騎幻想』通りであればそうなるはずなんだよね。
「依頼書にも書かれていたと思いますが、遺跡調査に向かいます。なので、戻ってくるまでの護衛をお願いしたいのです」
「どちらに向かうのでしょうか?」
一緒に聞いていたリリアンナが尋ねると、彼女はそちらに視線を移す。
「『亡国の廃城遺跡』です。ご存知ですか?」
「『竜王の時代』の二大王国の1つ、聖竜王が治めていた竜人サークテル族の城ですよね」
「そうです。亡国セオドロンナ……聖竜王の城です」
大陸で暮らす者であれば、小さい頃からおとぎ話のような扱いで語られる昔話。地上から姿を消した、かつての生物の頂点だった竜人族の伝記。
「ご存知かもしれませんが、竜人族の大きさは普段、わたし達ヒューム族と体型が変わらなかったんですよ。理由は、ドラゴンの姿では消費するエネルギーが多すぎて種族の繁栄が難しいので、女神ナンス様が大陸の食料を食べ尽くさない内に身体を小さくしたという逸話があります。なので、廃城は人サイズに作られています。そんな城の最奥には壁画が描かれていたり、壁に文字が刻まれていたりします。わたしの目的は、その文字を模写することです」
……うん、そのまんまな内容だね。ここまで改変された形跡なしっと。
「その『亡国の廃城遺跡』は、ここからどれくらい時間が掛かりますか?」
「歩いて3時間ほどですね。乗り物で向かう事は不可能なので徒歩になります」
リリアンナが1つだけ質問した後、俺とクレアカリンの顔を見る。多分、他に何か質問があるかって意味だとは思う。
クレアカリンは首を横に振り、俺も内容を既に知っているので、依頼を正式に承った。
「えっ?」
「えっ?」
依頼を承ったのに、その事に驚かれ……そんな彼女に驚いてしまった。
「あのぉ、本当に依頼を受けて下さるのですか? あんな条件なのに??」
「大丈夫ですよ。……えーっと、何か?」
いや、彼女の懸念は知っている。でも、彼女の話を聞かないと諸事情により疑われてしまうので、今の内に聞いておく必要がある。
「でも、報酬が……」
「はい、俺達はカッパー級に上がりたてなので、仕事が欲しいんですよ」
……まぁ、ぶっちゃけ嘘である。目的は貴女を救うためですとも言えないしね。
ちなみに、報酬は6000ナンス。報酬の最低額である。しかも、『亡国の廃城』には旨味は何も無い。精々護衛中に絡んできた魔獣から取れる素材くらいだろう。ぶっちゃけ、普通なら依頼を受けるメリットが無い。……だから依頼が長期間放置されていたわけである。
「……本当に受けて頂けるのですか?」
まるで断って下さいと言わんばかり。一言一句全てが一緒というわけではないが、同じようなやり取りは『竜騎幻想』の中にもあったりする。
「何か事情があるんですか?」
露骨に動揺しているし、断って欲しい雰囲気を醸し出しているレイアーナに事情を知らないクレアカリンが尋ねる。
「ごめんなさい。実は、この依頼は受けて貰えないことを想定したものなんです」
「受けて欲しくて依頼したんじゃ?」
聞き間違い……もしくは彼女の言い間違いなのかと思ったのだろう。再度尋ねるものの彼女の反応は変わらない。
「この依頼は、そもそも口実作りのための依頼。冒険者に護衛依頼を出したのですが、受けて貰えないので遺跡へ向かうことができませんという建前を作るためのものなのです」
……そうなんだよなぁ。彼女にしてみれば、このまま放置していてくれれば、ずっと大好きな読書ができるわけで。
「わたしの真の望みは、この村に滞在し続けることなんです」
「それ、無理ですね。薄々レイアーナさんも気付いているんじゃ?」
彼女の望みを俺はきっぱり否定する。……そしてやはり彼女も判っていたようだ。【剣の乙女】が訪れなければ、進捗がないことで次の手を打たれるのは当然なんだよな。
「そうですね。……まぁ、どちらにせよ目論見は失敗に終わったので、ある意味良い終わり方だったのかもしれません。出発は明日の朝6時で、日が落ちるまでに戻りたいと考えています。……良いでしょうか?」
これが話の終わりの合図。俺はそれを了承して小屋を出る。……みんなもそれに続くものだと思っていたが、クレアカリンとリリアンナは2人がかりでレイアーナさんを掴む。
「え? な、何をされるのですか?」
「……お風呂入ろうか?」
「護衛しやすいように協力お願いします」
……あぁ、やっぱり臭かったか……。
コテージは村の外。村入り口の目の前に展開する許可を村長から得て貰っていた。レイアーナとの話が終わった時点で既に展開されており、みんなも中で休んでいた。……何でも、宿屋の利用価値を損なわないように村の中でのコテージやテント設置は許可できないらしい。
……生活がかかっているのだから仕方ない。旅人が歓迎されるには、村の品を購入し、金を落とさないとだよな、やっぱり。
「お疲れ様でした」
女性陣はレイアーナを浴室へ連行し、俺は部屋に戻って来る。すると、ずっと無言で俺の後頭部にしがみついて肩車状態だったルーチェが離れてテーブルの上に腰掛ける。
「ありがと、ルーチェ」
ずっと無言でいてくれたのは、俺が独り言を呟く変な奴と思われないように気を使ってくれたのだろう。
「あの、サクリ様。質問があるのですが……何故、レイアーナというヒュームは面倒なことをしたのでしょうか?」
確かに妖精には身内に命を狙われるという概念は無いのかもしれないんだよな。
「簡単に言うと、彼女と彼女の母親を排除しようとする身内が存在するんだ。父親に望まれて2人は家族として存在しているんだけど、先に存在している父親の家族はレイアーナ達がより父親に愛されていることが気に入らないんだよ」
「……そんなことで……やっぱりヒュームって欲深いというか……」
「そうかもしれないね」
まぁ、この世界でも同族で争うのは原則ヒューム族だけだからな。……例外はあるけど。
少しの間、部屋で休んでいると下から呼ばれる声がした。
「……どした?」
様子を見に行くと、風呂あがりのレイアーナさんを女性陣が囲っていた。
「……これは見違えた……」
綺麗に磨かれて石鹸の香りのする彼女は、まさに『竜騎幻想』に登場する彼女と同じだった。
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