心が折れなかったのは友人達のおかげ
――そして現在。
「今日は遅かったね」
「まぁ、子供でいられる最後の日だしね」
そう言って、部屋の主であるクレンへ重い布袋を渡す。
彼は今となっては貴重な村で唯一の男友達でクレン=クリアミックだ。一応年齢は一緒だと聞いているけど、同世代にしては背が低くて線の細い華奢な身体。顔もとても整っていて、ディックに負けず劣らずの中性的な美男子である。
癖の無い茶髪のロン毛を首元で無造作に縛ってオデコを出し、割と大きめの服をだらしなく着ている。
「悪い。今日の分も頼むわ」
「もちろん」
そう言って彼は受け取ると、今まで渡していた物と一緒にする。布袋の中身はお金と魔石と保存の利く素材。俺が貯めた財産は理由があって彼に預かって貰っていた。
「重いな。随分稼いだ?」
「何があるかわからないからね。お金はいくらあっても良い」
あの日から、俺はクレンの父である自警団団長に剣術を学び、森の魔獣や妖魔を狩ってはそれらの核となる魔石を回収し、現金に換金するまでの間をクレンに預かって貰っていた。全てが村を出て王都で生活できるようになるまでの生活費だ。
「既にレベルクラウンだよね? とりあえずは稽古の意味が無いんじゃ?」
「うん。稽古としての意味は無くとも、金はいくらあっても良い」
そもそも何故稽古をしていたのかというと、王都に出て冒険者になりたいからである。村から出たことは数回しかないので、もっと世界を見て探検して回りたい。そんな欲求が自身を突き動かしていた。
団長に教えて貰った知識として、『天職進化の儀』で賜る新しい天職は、己自身が子供の間に抱いた願望、それを己で叶えるための努力と情熱、それらの記録を刻んだ身体。そういったモノを女神ナンス様が見て与えるのだという。……運頼みで、努力しないものに、女神ナンス様は才能を授けないのだという。
ただし、それは16歳の誕生日を迎える直前までの話。逆に言えば、16歳になった時点で女神ナンス様は誰にどんな才能……天職を与えるかを既に決めているということ。
コンコン。
「今日も来ました~。……って、サクリさん、もう来ていたんですね」
「カロンも修行、お疲れ」
入ってきたのは1つ年下の牧師の娘、カロライン。……そう、ディックの想い人である。
「疲れました~。サクリさん、癒して~」
そう言って、抱き着いてくるのだが、クレンが咳払いをひとつ。
「イチャつくなら、他所でやってくれ。避難所として部屋を提供しているのだから、部屋主に気を使えよ」
「「ごめんなさい」」
あの日から、マリアンジュを喪失した分をカロラインが埋めるように甘えてくれている。2人のおかげで自暴自棄にならずに済んでいると言っても過言では無かった。
「サクリさん、ついに明日が『天職進化の儀』ですね!」
こうして同世代の男である俺達と話していることを他の奴等が知ったら多分驚くだろう。
カロライン=ヴェルホープ。尻まである白い髪と金色の瞳が印象的で、背が低い事を指摘しない限りは愛想が良く可愛い女の子である。父親は村出身の牧師。母親は元冒険者で修道士だったらしい。父親はディックに好意的なのだが、母親は俺の言い分を聞いてくれた話のわかる人で、色々助けてくれている。
「冒険者向きの天職だとありがたいんだけどね」
努力はした。あとは女神ナンス様に願うのみである。
「大丈夫ですよ。女神ナンス様は全ての努力を惜しまない人達の味方です。伊達で『献身と努力の女神』と呼ばれているわけじゃないんですから」
何故か彼女は得意げに胸を張る。
今は楽しそうに俺達と会話しているが、彼女もあの日の少し前から苦労していた。
彼女は両親の教育方針から、天職【修道士】を賜るため、幼い頃から日々努力をして、信心深いシナンス教徒のみんなのために奉仕活動をしている。
その事を知っているディックはあの日以降も相談や懺悔という口実で彼女に会いに来たり、1日の活動の終わる頃を見計らって会いに来たり、昼休みや夕食時を狙って食事に誘ってきたりしては、ずっと口説いてくるらしい。
しかし、カロラインはディックを恋愛対象にしていないどころか、迷惑しているのだという。何故なら、ディックはモテる。彼の取り巻きには女性も多くいる。……まぁ、見た目は中性的な美男だからね。故に、そんな彼の好意を結果独り占めしているカロラインに対し、村の多くの女性が敵意を向けている。……こんな居心地の悪い事はない。
何度もハッキリと彼に好意はないと本人に告げても、諦めてくれないのだから本人にはどうしようもないというものだ。
だから、カロラインもこうして自然と俺と共にクレンの部屋に避難するようになった。俺もそうだが、クレンも何故か平気らしいのだから、実は彼女が同世代の男性を苦手としているという事実が俺達の前では克服されたかのように見えた。
「それに、今更足掻いても結果は一緒だよ」
クレンも楽しそうにケラケラと笑う。
「それはそう」
こうして3人で雑談をするのが日課だった。
「……あ~、こうして話すのが楽しいって知っていれば、もっと早く会いたかった。あれから2年。サクリには悪いけど、ボクにとってはあっという間だったよ」
「ですね」
クレンの意見にカロラインも同意する。
団長曰く、元々身体が弱いらしくて家業である薬屋の手伝いをしている時は部屋に籠っていることが多く、俺も団長から紹介されるまでは村で見かけたことが無かったんだよな。
自宅で薬屋を経営しているのは母親のホコルルさん。ちなみに「おばさん」と呼ぶと普段は優しいのだが一瞬で怒るので礼儀は大事である。
「『天職進化の儀』が終わったらバタバタするかもしれないし、今日が最後かもな」
そう思うと、自分で言っておいて若干寂しさを自覚した。
「『天職進化の儀』ですか? 混雑しなければ、1時間かからないですよ」
「そうそう。『天職進化の儀』なんて、天職を貰って終わりだしね」
家が教会で『天職進化の儀』の会場を提供しているので、状況を知っていたカロラインがそう伝えると、クレンも、それに乗っかって俺と明日も会いたいという意思を伝えてくれるが、どうやら言い方がまずかったようだ。
「クレン? 貴方、『天職進化の儀』を何だと思っているの??」
「ん? あれは女神様が成人の祝いに天職を授ける儀式でしょ?」
その言葉に彼女は悲しそうに首を左右に振った。
「わたしも専門家じゃないから、細かいところまでは説明できないけれど……そもそも天職って何だと思う?」
「ん~……凡人と英雄候補の選別? それと職業斡旋的な何か?」
「違います! そんな選民思想的な暴挙を、努力と献身を司る女神ナンス様がするはずがありません」
……そうかなぁ? その人の気質に関しては見定めざるを得ないと思うけれど。
「厳密には違うらしいのですが、天職とは才能や素質を心得や素養とセットで賜る女神ナンス様の祝福です。その天職を磨くのも放置するのも、本人の自由ですし女神ナンス様もそこには関与いたしません」
その辺は幼い頃から何となく理解している。
例えば、父さんの職業はざっくりと言うなら商人。商人が職業名だ。だけど、父さんの天職は【商営師】。そんな名前の職業は存在しない。が、その天職は女神様から店を経営する商人としての知識や才能を賜っている。
職業にはレベルなんて存在しないし、あるのは役職。それに対し、天職はレベルが存在している。それは女神ナンス様から「才能は努力で磨きなさい」というメッセージなのだという。しかも、レベル上げは義務じゃない。自分のためにやるものだから、やる気がないなら放置でも自己責任だと教わっている。
「ただ、女神ナンス様は新たな天職を授ける際に、その人の『理想の自分』と、そうなるために努力した『過去の行い』、偽善や自己満足を含む自身なりの『周囲への貢献』により判断して選ばれるらしいです。ですから、『天職進化の儀』とはただ天職を賜る行事ではなく、今までの自分を評価される場でもある、大切な儀式なのです」
「お~、流石未来の牧師様」
素直に感心して聞いていた俺とは違い、クレンはふざけた反応をしてカロラインの機嫌を損ねたようだ。だが、それも一瞬のことで、彼女もクレンの性格は理解していた。
「……まぁ、わたしも教会でお父さんの仕事を継ぐのも悪くないと思っていたのだけど、最近のお父さんは好きになれなくて……正直、サクリさんと一緒に冒険者をしたいな……」
今の村の様子を思えば、カロラインが村を出たいと思うのは無理もないのかもしれない。
「でもさ、もしもノーマル職だったら、サクリはどうするの?」
2人の話を楽しく聞いていたら、クレンから急に話を向けられた。
「ん~……」
現実問題として、ノーマル職を賜る方が確率は高い。
天職には厳密には違うけれど、ざっくりと2種類存在する。1つは9割が賜るというノーマル職。生産系など日々の生活で必要とされる天職である。もう1つが戦闘系で英雄候補とも呼ばれるレア職。冒険者という職業に就くにはレア職を賜りたい。
「出ていくよ。レア職を目指して頑張っていたのは、冒険者として働けば何処でも食べるのに困らないだけって話だし。いろんな場所を見て回りたいしね。でも、ノーマル職だったら、王都内で働かせてくれる場所を探さないと」
「そっか」
選択肢なんて無い。……大人になっても村に残っていたら、俺は憎しみに囚われてしまう可能性が高い。そんな人生はゴメンだ。
2年前までの俺は何も考えずに生きてきた。どうせ、父さんの仕事を手伝うことになるだろうと思っていたから。しかし、既に不可能なことは知っている。……思えば、両親とはもう長いこと会話をしてないなぁ。
家族だけでなく、あの日から村のほとんどが俺を侮蔑の対象として見るようになった。
村のほとんどの人はディックの嘘を疑うことなく信じた。クレンやカロラインのような例外を除いて、特に大人達はディックの嘘を支持している。
その事に関して個人的には仕方ないことだとも思っている。ディックは容姿も良く、昔から男女の両方に好かれる存在だ。おまけに村の権力者である父の正式な跡継ぎとなる。次期権力者の1人ともなれば、村の全員が彼に友好的であっても不思議じゃない。
だから、村の中には居場所がほぼ無い。ほとんどの人から妹殺しだと本気で思われている。
当然、家の中にも居場所は無い。母はマリアンジュの死を悲しんで何もしなくなった。父はそんな母を見るのが嫌で、ずっと店で仕事をしている。ディックは両親に気づかれないように暴行をし、部屋にある金目の物を勝手に盗っていく。
せめてもの救いは、家にある食料を勝手に調理して食べることに関して何も言われないこと。ディックも食事に関しては両親の目があるので何もしてこない。でも、それだけである。
「大丈夫だと思います。この2年間、サクリさんは必死に努力を積み重ねていたことを、女神ナンス様だけでなく、わたしでも知っています。だからきっと……」
最初は励ましてくれていたカロラインだが、語尾がどんどん弱々しくなっていった。
「なぁ、サクリ。1つ提案なんだけどさ」
「ん?」
クレンが気まずいのは表情で判る。あんまり良い提案ではないようだ。
「もしも、ノーマル職だった場合なんだけどさ……出発を約1年延ばさないか?」
「1年?」
……1年か。無理だな……。
「今のままだとサクリが1人で出発することになる。でも、1年待てばボクとカロンも一緒に王都へ行けるようになる」
「そりゃ、2人が一緒なら心強いけど、無理なことは解るよね?」
2人一緒の方が良いのは天職がレア職だったとしても同じなんだよ。それでもすぐ出ていくという判断をしたのは、もう普通の生活を送ることが不可能で、村を出た方が貧しくとも健全な生活が送れると判断したからだ。
「……ですよねぇ……」
まぁ、クレンも俺の現状はよく理解しているだろうし。だから気まずかったのだろう。
「解りますけど、それでもサクリさんには一緒にいて欲しいです」
「カロン……ごめんな」
「サクリさん……」
彼女が俺にいて欲しい気持ちも解る。ディックのせいで家の外に自由がないのは一緒なのだから。しかも彼女は1歳下だから、あと1年耐えなければならない。……まぁ、俺とは違って家の中は平穏なのだから、俺よりはマシといったところ。
多分、2人とも無理を言っているのは重々承知していることは何となく伝わってくる。
「2人と離れたくないのは俺も一緒だよ。それでも、俺が俺として居られるのも限界が近づいてる。何を言っても多くの人達に信じて貰えない以上、心が壊れる前に村を出なきゃならないんだ。……2人のことは王都で待っているよ。……仲間増やして経験積んで待っているから、絶対一緒に仕事をしよう!」
……全員レア職だったら一緒に冒険者として旅をするのも良いよな……でも、俺だけノーマル職だったら、少し悲しいかも……。
「「……うん……」」
「俺が今日まで頑張ってこられたのは、間違いなくクレンとカロンのおかげだよ。ありがとう」
3人で集まれるのは最後かもしれない。だから、2人に精一杯の感謝の気持ちを伝える。
「サクリ。明日……『天職進化の儀』の結果、教えてほしい。だから、絶対会おうな」
クレンにそう言われ、俺は首を縦に振って約束した。
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