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壊れた宝物はもう元に戻ることは無い

 ――2年前。


「やーだ! 一緒に行く!」


 甘い声音が拒否を訴えていた。


 少し癖のあるフワフワのとても淡いピンク色の髪。大きく自己主張する深い灰色の瞳。整った幼い顔立ち。……まぁ、実際幼いんだけどね。


 将来有望で誰もが認める美少女、我々自慢の妹様は大変ご立腹だった。


「マリアにはまだ森の奥は危ないから。……また、今度な?」


 そう言って、彼女の頭を撫でて整えられた髪をクシャクシャにしているのは、妹と同じく超絶美形の兄である。2人の容姿は元女優であった母似で、まるで芸術品のようでもある。


「やーだ! 絶対行くのっ!」


 兄は困って自身の茶色の前髪をかきあげる。母似というだけに中性的な顔立ちで黙っていれば美女と思われる可能性もある……まぁ、背が高いし、声も男性的なので間違われることはないだろう。性格も割と豪快で同性からも好かれるリーダー気質な存在である。……ただし、マリアンジュには頭が上がらないようだけど。


「わかった。仕方ない……その代わり、俺達から離れないこと。いいね?」


「はーい。やったー、サクリお兄ちゃん」


 兄の許しを得た妹様は俺に抱き着いて来る。それを露骨に寂しそうに見つめる兄……うん、子供は無邪気に人を傷つけるよね。……少々気の毒だと思う。


 そもそも話の発端は、珍しく兄から森の散策に誘ってきたことだった。森には野生の獣はもちろん、魔獣や妖魔など攻撃的な魔物が多く生息している。とはいえ、森の恵みも人類には必要とされている。故に人は多少の危険を覚悟の上で森へと入って行く。その結果、比較的安全なルートというものが存在し、そうでなくとも森の外側は子供が近づいても比較的大丈夫なくらい安全と言われている。当然、子供が奥へ入ることは原則禁止されており、保護者同伴であっても非推奨ではあった。


 そんな森へ誘われたのは、兄が数日前に儀式を経て成人となり、新しい環境で初めての労働を行い、不慣れ故のストレスの発散をしたいからとのこと。自身が保護者となれることから俺を連れて森へ行けるという。


 まぁ、俺は14歳。いざという時は自力で逃げ切ることも可能かもしれない。けれど、まだ7歳のマリアンジュは……それが兄の同行を渋っていた理由だった。




 10ヶ国がひしめくナッツリブア大陸で東側最大の国力を誇るグアンリヒト王国。国の東は海が広がり、その海の上、大陸側からギリギリ目視できる距離に小さく見える島がある。名はイーベルロマ。その島には村が1つだけあり、島の名と同名の田舎、イーベルロマが俺達の暮らす村である。


 大陸との繋がりは日の出後と日の入り前の1日2回。人と物資を定期船が運送してくれるものの、島の外から人が訪れることは滅多にない。来るのは限られた人物ばかりだった。だからこそ、村には宿屋すら無い。


 そんな田舎だからこそ、大陸から新しい情報がなかなか入ってこない。古い因習に囚われ、また村の人々も変化を嫌う。毎日同じ時間に起き、同じ仲間と代わり映えのしない毎日を過ごす。それが村の常識だった。


 村の中で完結する狭い世界だから、村内の情報伝達は逆に早い。多分、娯楽に飢えているからかもしれないが、どんなネタでも話として盛り上がる。それが良い話であっても、悪い話であっても。……それだけ秘密にするということは難しい。


 実は、兄が数日前に告白に失敗して失恋した。相手は俺の1つ下……兄にとっては3つ下の牧師の娘、カロライン。その失恋が原因で友人とつるまずに俺を誘ったのだと思う。告白失敗の報は目撃者によって広まって、既に村のほとんどの人が知っているかもしれない。そう考えたら、俺くらいしか気晴らしに誘える人物がいなかったんだと思う。


「ところでディック兄さん。今日は森で何するの?」


「ん? そんなことも知らずに付いて来ようと駄々をこねていたのか?」


 前を歩く兄にマリアンジュが尋ねた内容に俺も思わず苦笑が漏れる。


「いいじゃない。だって、ディック兄さんがサクリお兄ちゃんと2人でおでかけってズルいんだもん」


 そう言って、彼女は頬を膨らませる。……多分、本気で怒ってはいないだろう。その証拠に隣を歩く彼女は俺の腕にしがみ付いて離さず、直ぐに俺の方を向いてニコッと笑顔を見せる。


「今日は森の奥へ冒険に行くんだ。マリアにはまだ危ないから誘わなかったんだ。でも、危ないから本当に俺達から離れるなよ?」


「はーい」


 この事に関しては、俺も兄と同意見だった。マリアンジュはまだ森の怖さを知らない。性格的にも外で遊んでくるタイプではないので、体力もないし、魔物の怖さも充分に認識しているとはいえない。


「サクリお兄ちゃん、ちょっとだけゴメンね」


 そう言うと、俺の腕を離し、兄の方に行って手を繋ぐ。


「これで安心?」


「ん? ……あぁ、そうだな。でも、気を付けるんだよ?」


 表情は見えないものの、前を歩く兄は嬉しさを背中が語っているように思えた。




「兄さん、この道って?」


 人形のように美しい2人の姿が微笑ましく、その背中達を眺めていたので気づくのが遅かった。この道は知らないし、明らかにマリアンジュを連れて歩く道ではない。


「おっ、気づいたか」


 森は危険である。故に村の人間は同じルートを歩くことで、この道は人間が通ると森の生き物にも知らせている。結果、人と鉢合わせしたくない森の住人は避けるために近づかないでいてくれる。こうして互いの安全を保つのが先人の知恵だと教わった。


「毎回同じルートじゃつまらないからな。大丈夫、初めて通る道じゃないから」


 確かに足元を見ると道がある。メインで通る道に比べれば獣道のように見えなくもないが、一応人が通ったように見えなくもない。


「この先に、サクリに見せたい物があるんだ」


「俺に?」


 初めて通る道だから、この先に何があるのかは当然わからない。でも、兄さんはどんどん進んでいく。少々不安ではあるけど……兄の背中に付いて行く。


「あぁ」


 正直、兄の発言が何処まで本気か判らない。でも、兄のこの行動は理解できる。いくら森とはいえ、決められたルートを歩くと村の知り合いに会う可能性がある。噂が蔓延している以上、今は村の人達に会うのは避けたいところだろう。特に兄の友人だったら、どんな笑い者にされるか判らない。


 そう思うのも根拠がある。俺に限らず、多くの人達から兄は美形だと認められている。村の多くの女性は兄を恋愛対象として見ており、女同士でも兄を巡って争っているらしい。まぁ、弟の俺にはそういうところを目撃する機会はないけど。それでも、男女間のトラブルが兄の周りでは多かったことは俺の耳にも入っている。そんな兄が告白して失敗したのだから、それをネタにする輩は普通にいるだろうことは推測できた。


「結構奥まで行くの?」


「マリアがいるわけだし、そんなに奥には行けるわけがないだろ? ……さぁ、もう少しで着くよ」


 感覚的には割と森の奥まで入っている気はしていた。しかし、だとするなら森の住人にそろそろ襲われても変ではないと思う。けど、今のところ何にも遭遇しなかった。




「あれ、見えるか?」


 遠くて何かは判らないが、確かに何かあった。明らかに自然物ではなく人工物。もう少し近づけば何かは判ると思う。


「アレ、なぁに?」


 兄の隣でマリアンジュが尋ねる。


「あれは遺跡だ」


「え?」


 マリアンジュに答えていたのはわかっている。それでも思わず聞き返す。


 遺跡とは古代人が存在していた痕跡で、村の住人であれば子供であっても話には聞いたことがある程有名な『竜王の時代』の建造物の1つだ。


 幼い頃は『竜王の時代』に関する話は架空の物語だと思っていて、そこで語られる古代人の勇者による活躍は幼心に興奮する物語が多い。ただ、ある程度大人に近づくと知識も増え、話は多少なりとも盛られているかもしれないけど、概ね実話だと気づいていくという。


「そんなに心配するな。他の人達は危険だって言うけど、ここの遺跡はもう何もないんだから、危ないわけがない」


 島にある唯一の遺跡が森の中にあることは村の常識であり、国内の冒険者なら当然知っていることらしい。発見されたのがかなり昔な上、既にいくつもの冒険者グループが探索をして貴重な品は盗り尽くしているらしい。しかし、遺跡付近は魔物などの森の住人が多く生息しているから、人が気軽に近づいてはいけないと幼い頃から教えられている。


「それでも、見つかれば怒られる……」


「だから、マリアンジュも連れてくることになったんだろって」


 そう。彼女が連れて行けとごねて、両親に森へ行くことを言われることがまずいので、渋々了承したという背景がある。




「当然、サクリウスも同罪だ。怒られる時は一緒だからな?」


「そんな……」


 ガサガサガサ。


 たまたま襲われなかったラッキーが終わってしまったのかもしれない。近くの茂みが音を立てて揺れる。明らかに何かが居る。


 思わず一歩、後退る。3人が何も言わず、その茂みを注視する。


 ガサガサガサ。


「ガアアアアアアッ!」


 出てきたのは大きな熊だった。いきなり立ち上がって威嚇してくる熊。


「あああああ」


 兄が思わず怯んで、動揺の声をあげている間に俺はとりあえず村方面へ無言で全力ダッシュしていた。

捕まったら間違いなく死ぬ。方向は直感で、ただただ恐怖に囚われて必死だった。息が上がって速度が落ちていくが、それでも止まることを自身が許さなかった。


 ふと、足音が迫っていて振り返ると兄が居た。背後に熊は居ない。……少なくとも目視できなかった。


 ……ん?


「兄……さ……、マリ……ア……?」


 息切れしてまともに話せない。


「……もう……助から……」


 ……え?


 思わず自分の耳を疑う。もうたいしたスピードも出ていなかった足も歩みに変わり……そして足を止めた時には村の外れまで来ていた。


「ディック! サクリ!」


 何故かそこには父さんと母さん。それと狩人のおじさんが待ち受けていた。それは、森に入ったことが知られたということ。


「父さん、母さん、ゴメン。サクリがマリアを囮にして……助けることができなかった」


 兄が何を言っているのか一瞬理解できず、自分の耳を疑った。


 この日を境に俺の幸せな日常は父さんの拳によって終わりを告げた。もちろん、本当の事を必死に告げたけれど、俺の言い分は両親に信じて貰えなかった。

読んで頂きありがとうございました。

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何卒よろしくお願いします。

尚、本日中にあと9回投稿します!

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