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2話 断罪を返した令嬢は 

お読み下さりありがとうございます。

m(_ _)m

後編の2話です。この話で完結になります。


言葉足らずなところがあると思いますが、

サラリと読み流していただけると幸いです。


※誤字脱字報告ありがとうございますm(_ _)m




 卒業生が会場から退場する。会場の扉から出ると、サマンサ様とナイジェリン様が不安げな表情を浮かべ駆け寄ってきた。

 私が卒業式を台無しにしてしまったことを謝ると、二人は首を左右に振り私の身に冤罪がかからなかったことを喜んでくれる。 

 二人が、この国の行く末を心配している様子に、私は苦笑いを返すことしか出来なかった。 

 そして、私はこの国から出ていく事を伝え落ち着いたら手紙を書くことを約束し、両親が待つ馬車へと歩みを進めた。

 


 馬車に乗ると対面に座っている父様が「頑張ったな」と言い、隣にいた母様は私の肩に手を回して私が断罪を免れたことに安堵した様子だ。

 そして、卒業式での出来事に私が殺された後で回帰したという事実が両親にとって確信に変わった。


 


 回帰前、私が牢に入れられていたとき。処刑される私が家族と合わせてもらえなかったことが父様は引っ掛かっているようだ。そちらの報告は今夜タリバンから報せられるとのこと。


 私の報復は終わったが、この騒動はかなり重大なことと繋がっているような気がして不安を抱いた。

 そして、来賓席の両陛下隣にいたカーライル殿下。今後のこの国の行く末よりも、彼のこれからを私が台無しにしてしまった思いで胸が締め付けられた。





 馬車は門をくぐって邸宅前で停車する。


 馬車から父様と母様が降り、最後に私が降りようとしたところで目の前に差し出された手に俯いていた私は顔を上げる。


「え?……カーライル殿下?」


「マージュ。卒業おめでとう」


 どうして彼が家の邸にいるのだろうか?

 呆けている私を笑いながら、カーライル殿下の後ろからウェン兄様が顔を出す。


「おかえり。卒業おめでとう。カーライルから式が始まる前の出来事を聞いたよ。頑張ったな。疲れただろう?たくさん甘い菓子を用意して待っていたんだ、早く降りて来い」


「姉様!卒業おめでとう!久しぶりに我が家に戻ってきたのに、皆様子がおかしいの。ウェン兄様から聞いたのだけれど、姉様もこの後帝国へ行くのでしょう?」


 更にウェン兄様の後ろから現れたのは妹のオリビエアだ。


「オリビエア!帰ってきていたのね!会いたかったわ」


 妹の登場に体を乗り出し足を滑らせる。落ちそうになった私をカーライル殿下は優しく抱きとめ微笑む。


「あ、歩けます」


 その拍子に横抱きにされ、彼は私の話を聞かずにそのまま邸の中へと移動する。隣で歩くウェン兄様とオリビエアは、その間ずっと笑い通しだ。

 恥ずかしさに両手で顔を隠していると彼はクスクス笑い応接間のソファーへと私を下ろした。


 ウェン兄様とオリビエアは応接間へは入室して来なく、二人だけの空間に私はもじもじとたじろぐ。


「マージュの隣に座ってもいいかな?」


 そう言いながら、返事を待たずに彼はソファーへと腰を下ろし俯いたままの私に「では、続きを――」と言い手を握る。


「もう帝国へ行く準備は終わっているのか?この国からいつ立つ予定でいるんだ?」


 あれ?いつもの彼の雰囲気ではない?横目でじっと見ていると、彼は首を傾げて不思議そうな表情をして私を見つめる。


「どうかしたか?そんなに見られると……恥ずかしいだろう」


 乙女か?頰を赤く染めながら視線を逸らし口を尖らせている。


「あの。カーライル殿下の言葉遣いが――」


「あぁ、これが素だからな」


……素?って、いつもと違い過ぎでしょう?

 


「ん?……あぁーそれと、俺はもう王子じゃないし、結婚するのだから……その、これから愛称でライルと呼んでほし――」


「え?今、何ておっしゃいました?」


「結婚するんだから――」


「そこではありませんわ!王子じゃないし?と聞こえたのですが?」


「聞こえているじゃないか。……俺の話を遮ったんだ。愛称で「ライルどうして王子ではなくなったの?」と聞いてくれれば直ぐに教えるぞ」


「ライル!どうして王子ではなくなったの?」


「初めての愛称呼びなのに……棒読みか」


 勢いよく口を開いた私を残念そうな表情を浮かべて見ると、私を握る手に少し力が込められた。


「マージュが帝国へと行くのに、夫となる俺が行かないわけがないだろう」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向く……が、それって?


 すっかり忘れてたいたが、そういえば重大なことを彼は言っていた。


『結婚するんだから……』

『結婚する……』

『結婚……』


「あぁー!……け、け、け……」


「突然どうした!?真っ赤だぞ?吐きたいのか?」


「大丈夫です。吐きたい訳ではありません。結婚と、夫とカーラ……ライルが言った言葉を思い出してしまっただけです」


 学院の中庭で話をしてから何度か彼とは顔を合わせたが、いつもサマンサ様とナイジェリン様も一緒に居たし、卒業式前の私にはレイナルドに仕返しすることで頭がいっぱいだった。

 それに、先ほどレイナルドと対峙したばかりで、今度はライルとの今後のこと。頭が思うように回転しない。


「ライル。この話はまた後でにしましょう。あっ、一つだけ今お聞きしたいことがあるのですが、今日はどうしてこちらにいらっしゃったのでしょうか?」


「俺は王子でなくなってから、今朝までコリィビス侯爵家の別邸で過ごしていた。すぐ隣の邸にいたんだ。卒業式はレイナルドの卒業という名目で来賓として出席した。それに、王家は卒業式の場で俺が廃嫡したことを告げるつもりでいたらしいが、その様子だと陛下は言わなかったのか。俺は、マージュのことが心配で会場へ行っただけだ。婚約が取り消され、無事にマージュが卒業式を迎えることが出きる様子に、俺は式が始まる前に会場を後にした」





 夕食の後で、父様とタリバンが執務室へと移動するとウェン兄様もそちらへ向かう。

 ライルは、今夜本邸に泊まることになっているということで、応接間にて私と先ほどの続きの話をすることになった。

 そこで私は衝撃の事実を知らされた。ライルは、重大なことをサラリと告げた。


「マージュが死んだときに俺も一緒に死んだのを覚えているか?」


「……えっ?……どうして知っているの?……あっ、一緒に?一緒に死んだとは?どういうことでしょうか?」


「あの時、助けることが出来なくてごめん」


 悔しそうな表情を浮かべそう告げられると、私は辛い記憶を呼び起こす。


――彼は最後に叫んでいた


 しかし、その後直ぐに刑が執行されて……。


「ごめんなさい。ライルが叫んでいたことは覚えているのに……あっ!手!」


 最後の記憶は、のしかかられた重みに一瞬目を開くと私の前に手が置かれていたのが見えた。


「急な重みに、一瞬目を開いたの……手が見えたわ」


「急いだために、君に衝撃を与えてしまったのか。痛くなかった?」


「のしかかったのはライルだったの?」


「あぁ。でも、次に見た光景は夜の王城の東側にある庭園で……俺は何が何だか訳が分からなくて――」


「ちょ、ちょっと待って!話が先に進み過ぎよ。まさか、貴方は死ぬつもりで?私の背に?」


 彼は、バツが悪そうな表情で私を見る。

 ただ助けたい一心で覆いかぶさったのだと言って眉を下げた。

 なんと、後先も考えずに……無鉄砲にもほどがある。無茶苦茶だ。でも、私の死を嘲笑うかのような人たちの中に、思ってくれていた彼が居たことに気持ちが和らぐ。


「じゃぁ、ライルも……回帰していたのね」


「あぁ。次の日はマージュが登校してくるのかを確かめようと早くに学院に行ったが登校時間内にコリィビス侯爵家の馬車は来なかった。そのときの俺は怯えていたよ。俺だけ時間が巻き戻ったのかと。授業が始まってからもその場から動けずにずっと正門を見ていた」

「そうして、気が遠くなり気力も無くなり始めたころにコリィビス侯爵家の馬車が停まりマージュが現れた」


 どこか遠くを見るように話をしていた彼は視線を私に向けると柔らかに微笑む。


 その後で、テーブルの上から焼き菓子を一つ摘み私の口の前に持ってくる。

 私が口を少し開くと、彼はそれを口の中へ運ぶ。


「昼休憩にマージュの様子が知りたくて、デザートを片手に君のところへと向かった。マージュの瞳は柔らかに動いていて、以前の君とは雰囲気が違うと思った。マージュも回帰していたように見えて嬉しかったよ」


 そういえば、学院でサマンサ様とナイジェリン様との昼食時に初めて彼が同席した日、チラチラと隣に座る私を見ては笑みを浮かべていたのを思い出す。


 物思いに耽っていると、彼は私の口の前にまた焼き菓子を差し出してくる。それをパクリと口の中へ入れたところで応接間の扉からノック音が鳴る。


 扉が開かれ妹のオリビエアが顔を覗かせた。


「お邪魔してしまい申し訳ございません」


 手で口を隠しているが、ニヤリ顔でこちらを見ている時点で興味津々なところが隠しきれていない。

 ウェン兄様から、カーライル殿下と私に執務室まで来るようにと言伝されたらしい。

 ライルと執務室へと向かい出すとオリビエアが付いてくる。目を輝かせて彼と私の関係に好奇心に満ち溢れているようだ。


「姉様。忘れる前にお聞きしたいことがあるのですが……」


 上目遣いで私を見つめる妹は、小さな頃から私を見上げる姿がお人形のように可愛らしくて、ついつい甘やかしてしまう。


「何を聞きたいのかしら?」


「帝国に出発する日を聞きたかったの。私は10日後には邸を出発する予定なのですが。姉様は?」


「私は領地に寄って行くから、明後日には出発しようかと思っているのだけど」


「明後日か」


 先にライルに言葉を返され、先ほど彼からも尋ねられていたことを思い出す。


「明後日?じゃぁ、一緒に出発することが出来ないのですね」


 そう言って、残念そうな表情を浮かべ私を見る。

 その代わりに帝国へ行ってから、一日一緒に街を散策しようと約束をするとオリビエアは瞳をキラキラと輝かせた。超絶な可愛い妹のチョロさに私はクスリと笑ってしまった。




 ライルと二人で執務室の中へと入室する。何だか雰囲気があまり宜しくない。

 ウェン兄様とタリバンが向かい合い険しい顔で話をしている対面で父様は眉間にしわを寄せている。


 そんな中へ呼ばれた二人。まだ聞いてもいない話の前に、嫌な予感がする。


 父様は、眉間にしわを寄せたまま視線だけをライルに移す。


「カーライル殿……カーライル。マージュとは話し終えたかな?」


 苦笑いをしながらこれからですと答えたライルに父様は呆れ顔になる。


「今まで応接間で何をしていたんだ?」


「父上、カーライルの話は後にして。話を続けましょう。マージュ。疑問や諸々の説明などは後からカーライルから聞いてくれ」


 そう言って、ウェン兄様は話を続けた。


 それは、私達が卒業式が終わると同時に直ぐさま邸へと馬車を走らせた後のことだった。

 私達親子が去った後、両陛下とレイナルド、かの男爵令嬢を貴族達が一斉に取り囲んでひと騒動になったという。そして、皆からの質問攻めの最中に、4人の公爵様が次々と会場へと現れた。


 公爵様達が会場へと足を運んできたのは父様が動いたからだ。国王陛下がレイナルドを断罪した後に、そのまま卒業式を開始させたことで父様は直ぐにライルに指示を出したということだ。

 ライルは会場から出ると衛兵達に公爵家へ急ぎの言伝をさせた。ライル自身も筆頭公爵家へと直接赴いたという。


 どうして、レイナルドと男爵令嬢がその場で取り押さえられていないのか。レイナルドは騒ぎの後にも関わらず卒業生代表まで務めている。

 不穏な空気が広がる卒業式。国王陛下は蒼白の顔を隠すかのように終始俯き、その様子に王の威厳はなかった。誰もが可笑しいと、荒げた声が飛び交う中での卒業式だったのだ。


 そして、この国の4大公爵様が揃うとその場にいた貴族達、卒業式後に残っていた令息令嬢達から事情を聞き出す。その後で公爵様自ら両陛下を拘束し、レイナルドとかの令嬢も衛兵達によって取り押さえられたのだという。


 父様は、卒業式前の婚約破棄という家同士の騒ぎを起こしたことで、卒業式後の一悶着には加わらなかったのだ。


「マージュ。明後日に出発を予定していたと思うが、明日の朝には邸を出るように今夜中に支度を終わらせろ」


「明日の朝ですか?……でも、どうして?私の冤罪は晴れました。そんなに急がなくても大丈夫だと思いますわ」


 首を傾げてウェン兄様にそう言うと、兄様は頭を掻きながら溜め息を吐く。


「マージュは大丈夫だ。だが……カーライルが巻き込まれる可能性が高い。いくら王家から出た身だとしても、まだ日が浅いからな」


 隣にいるライルに視線を向けると、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべて私を見る。


「その説明も後からカーライルから聞くように。時間がないんだ。二人は明日の朝一番に邸を立つんだ」


 真剣な顔で私を見つめてウェン兄様が話を続ける。


「いいか、マージュ。よく聞け。なるべく早く領地に着くんだ。領地に行けばライルのことはお祖母様が何とかしてくれる。結婚したら夫を支えるのは妻の役目だぞ」


「ウェ、ウェン兄様!け、け、け……」


「ん?どうした。結婚したくなかったのか?……はっ、もしや!カーライルの事を好いてはいなかったのか?マージュ、早とちりをして済まない。カーライル、悪かったな。マージュが好きな男は他にいるらしい」


「に、兄様!なんてことを言うのですか!ライルの他に好きな人なんていませんわ。勝手に決めつけ……ないで……あぁぁぁぁぁー!兄様、最低!わざとね!わざとだなんて酷いわ」


 勝手に話を進める兄様に自分の気持ちを話し出すと、真剣な顔はニタリと笑みを放っていた。


 私とライルは明日の出発に向けて執務室を出る。父様はそんな私達を一度呼び止めると眉尻を下げて口を開いた。


「カーライル。マージュ。二人の結婚式はこの騒動が終わってからになるだろう」


「父様。そんな悲しげな顔をしないで下さい。今、こうして私達が生きているだけで幸せなのですわ。父様、助けてくれてありがとう」


「あぁ。結婚おめでとう」


――ん?父様ったら、気が早いわ





 まだ薄暗い空の下、私達が出発するための荷物を馬車に乗せ始める。そして私とライルは日の出とともに馬車に乗り込むと邸を後にした。


 朝早くから家族と使用人らに見送られると、私は胸が締め付けられる思いだった。

 回帰してから、皆が支えてくれたため今の私が有ることを心からお礼を言って出発した。


 馬車の中では昨日の応接間での話の続きをする。

 回帰した次の日に私のことを確認したライル。彼が次にしたことは、両陛下とレイナルドの回帰前の数日間で感じた歪さを調べることだった。


 両親が新国王と新王妃となったことから先王の子供だったレイナルドがライルの兄となった。当初は兄が出来たことを心から喜んだのだと彼は言う。


 両親は兄のレイナルドを溺愛した。

 小さな頃からライルのことを放置していた両親がレイナルドには笑みを見せる。ライルが視界に入ると汚い者を見るかのような視線しか向けなかったのにだ。

 ずっと家族の中に自分の居場所がなく、両親の関心も自分には向けられることがなかった。更に、ちょっとしたことで母親に不快を与えると叩かれることになるのだと、彼はそう言って眉を下げる。

 そんな中で月日は流れ、ライルはいつの間にか騎士団に入り浸るようになっていった。


 その頃にレイナルドの婚約者候補を集めたお茶会で私と出会ったのだと彼は柔らかに微笑む。

 2年後、レイナルドの婚約者が私に決まった。両親の次は、好きな人、すべてをレイナルドに取られていった。


「でも、学院に通い出すとマージュの兄を見る目が冷ややかなことに気が付いた」


 学院内で何度か私の姿を遠巻きに目にしたらしい。それからは希望が芽生え、私がライルとの約束を守ってくれると自分に言い聞かせ、近い将来のために出来ることから頑張ったという。


 それなのに……。

 唯一の希望がさらなる絶望へと変わった。

 私に断罪の命が下されたと知らせを受けたのだ。


「3日後に斬首刑にされると聞いたときは頭の中が真っ白になった」


 直ぐに両陛下に調べ直しを要求した。貴族牢に侵入するが、そこに私の姿は無かった。コリィビス侯爵家へも行くが数多くの騎士達が王城から配属させられ中に入ることも出来ず。どうなっているのか理由も分からなかった彼は困惑したと瞳を閉じながら話す。

 

 そして当日の早朝、一般牢の周辺が動き出したとライルの護衛が伝えに来た。その報せに一般牢へと急いだ。


「向かった先にマージュが居たんだ」


 衛兵に押さえられると、目の前で執行人が声を挙げた。衛兵を振り切って私を庇うように上に乗りかかると次に目を開いたときには王城の庭園にいたのだと、彼は瞼を開く。


 しばらくしてから時間が巻き戻っていることに気が付き、その後で回帰前を思い返していると、刑罰の取り下げと調べ直しを両陛下に要求したときの様子に違和感があったのだと彼は言う。レイナルドの言うことを聞かなくてはならないような言い方。雰囲気が怯えているような、そんな感じが見受けられたという。

 騎士団の中には、直接は言ってはこないがレイナルドに反感を持つ者が多くいた。彼を毛嫌いしている貴族騎士たちに探りを入れてもらえるよう騎士仲間や学院の友人たちに頼む。すると、レイナルドの護衛騎士から色々な話が出てきた。彼らは毎回癇癪を起こし暴力を振るうレイナルドに嫌気が差していたらしい。

 そうして知り得た内容を繋ぎ合わせると色々なことが分かった。


 ライルの父親である国王陛下は、レイナルドの父親である先の国王の傀儡だったのだ。

 先王は、幼少のころから弟である現国王に暴行を加えていたという。兄に怯える弟は、大人になっても国王になってもそれは変わらなかった。

 代替わりしてから先王の指示書を息子のレイナルドが現国王に届ける。そうしているうちにレイナルドが現国王を見下し、現国王はレイナルドに兄の先王を重ね見るようになったという。


「父上は、国王でありながら先王に抗えず次期国王を兄の息子であるレイナルドに返すことで先王と手を切りたかったのだろう」


 それと同時に分かったことがもう一つ。

 自分の出生だったという。王妃が血の繋がった母親ではなかったのだ。父親は先王の命により実の母親と離婚させられ、今の王妃と婚姻を結んだ。今の王妃は先王の妾だった人で、今もそれは変わらない。ライルは本当の母親を探した。分かったことは、母親は先王によって罪人として処刑されていたということだった。


 それを知り王家から出ていく決心がついたのだと彼は言う。

 彼はすぐに行動に移し、コリィビス侯爵領へ向かった。


「なぜ、うちの領だったのでしょうか?」


 私の疑問に彼は柔らかに微笑んだ。


「コリィビス侯爵領は、王国内の大帝国って言われているからな」


 前コリィビス侯爵夫人のお祖母様はハマユル大帝国の先皇帝の孫であり、皇位継承権を持ったまま大帝国の筆頭公爵ニィーニバル家からブルジョン王国のコリィビス侯爵家に嫁いでいる。そして、この結婚には政略的なものは一切無い。お祖父様とお祖母様は恋愛結婚だったから。

 その為、ブルジョン王国ではコリィビス侯爵家を王国内の大帝国と呼ぶのだとか。


「あの日、コリィビス侯爵領の邸の門を通過すると仲睦まじい夫婦が居た。前侯爵夫妻だ。先触れが届いてから時間を待たずに俺が到着したらしいが、夫妻は笑顔でもてなしてくれた」


 ライルは、両祖父母に今後の相談をしたのだという。自分の今後、国の今後だ。

 その日からしばらく候爵家でお世話になることで一度話を終えたが、その日の夕食の席で、見覚えのある顔の二人が同じ席に着いた。コリィビス侯爵家当主の父様と次期当主のウェン兄様だった。

 5人で食事を始めるが、聡いウェン兄様が私の話から外堀を埋め始め最後には回帰の話までライルは引き出されたと苦笑いをした。


 その話にお祖母様はライルの件と、私の件を別々に事を進めることを提案した。先王は馬鹿ではないからだ。一緒に事を進めることでコリィビス侯爵家のデメリットとし、足元を見られるのを防ぐために。

 コリィビス侯爵家は私を、前コリィビス侯爵夫妻はライルを守るために動き出すことになったという。

 お祖父様はハマユル大帝国ニィーニバル公爵家へと向かい、お祖母様はブルジョン王国国王の元へと向かうことになった。






「お祖父様!お祖母様!」


 馬車の窓から顔を乗り出し手を左右に振ると、老夫婦は優しい笑みで手を振り返す。


「あらあら、マージュ。大人になってもお転婆さんなのですね」


 邸宅前で停車すると、私とライルが馬車から降りる。私は、お祖母様に駆け寄った。お祖父様は「淑やかに」一言私にお叱りを言った後でライルに手を差し出す。


「此度は大変なことになったと報せが届いておる。シャフレイア伯爵。そなたは大事なかったか?」


「はい。ご心配をお掛けしました。今のところは何事もありません」


 そう言って二人は握手を交わす。


――シャフレイア伯爵?


 お祖父様がライルに向けて呼んだ名に私は首を傾げる。


 ライルが父様から預かってきたという封書をお祖父様に渡すと、その場で封を開き険しい表情でそれを読んだ。

 私達はお祖母様と庭園の四阿へと移動する。お祖父様は後から行くと言い執務室へと向かったようだ。

 四阿ではライルがお祖母様にことの流れを話すと、お祖母様は優雅な笑みを見せた。


「まぁまぁ。慌てることなどないというのに。ふぅ」


 お祖母様が息子と孫の出来の悪さに呆れ顔で息を吐き出す。


「でもウェン兄様が、私ではなくライルが巻き込まれる可能性が高いと言っていました。いくら王家から出た身だとしても、まだ日が浅いからって」


「そう言っていたのですね。はぁー。あの二人には再教育が必要ね。そうなったとしても、カーライルは既にハマユル大帝国のシャフレイア伯爵です。帝国が黙っているはずがないでしょうに」


 右手を頬に当てながらそう言うと、お祖母様は手ずからお皿にコンポートやケーキを取り、次々に私の前に置く。


「ハマユル大帝国のシャフレイア伯爵とは?」


「まぁ!カーライルから何も聞かされていないのですか?」


 首を傾げてお祖母様にそう問うと、更に呆れた顔をしライルへと厳しい視線を向ける。


「申し訳ありません。まだ、話の途中でして……」


 頭をかきながら申し訳なさそうにするライルに、お祖母様はまた大きく息を吐き出した。


「では、話の続きはカーライルから聞きなさい。今から貴方達には、帝国に行くための教育をいたします。帝国流ですが、お茶の席でのデザートなどは妻が夫に食べさせることで仲の良い夫婦だとアピールします。自分で一口食べたなら夫にも一口。それを繰り返します」


 お祖母様は難題を押し付けてきた。さり気なく目で合図をしてから口の前に持っていくとスムーズに出来るという伝授添えだ。

 私は桃を一切れライルの口へと運ぶ。ライルはパクリと口に入れるとニコリと私を見ながらそれを頬張る。その後で私も自分の口の中に桃を入れる。甘くてとても瑞々しい。

 最初から照れずに上手に出来ているとお祖母様から花丸を貰えたようだ。


 その後で、お祖母様はライルが王家から廃嫡されるまでの話を教えてくれた。ライルも知らなかったことのようで、驚愕の表情で聞いている。


 はじまりは父様とお祖母様、私の3人で登城したときの話だ。ライルが馬車からエスコートしてくれた日。応接間でお祖母様が国王陛下に渡した書面の内容は父様も私も知らされてはいない。

 書面はお祖母様が王家に貸付けしたときの借用書。もう一枚は返済記録だったとのことだ。返済が何年も滞っているのを現国王に報せる。返済は王家からされることになっているからだ。現国王は返済が滞っていることを知っているはずなのだ。しかし、知らなかった。宰相あたりに丸投げしていたのでしょうとお祖母様は鼻で笑う。借用書に書かれている署名はお祖母様の名前と連名で大帝国の公爵家の名。返済人の欄には王国名と先王、現国王の名前が署名されている。

 その為、大帝国に借りていることにもなっているのだ。


 この時、返済されるはずの金額をすぐに用意できないのならば、支払いの担保としてカーライルを要求したという。要は、お祖母様が3日間王都にいる間に返済金かカーライルのどちらかを差し出すようにという事だったらしい。


 その頃、お祖父様はハマユル大帝国のニィーニバル公爵家へと向かっていた。カーライルの養子先を探さなくてはならなかった。ニィーニバル公爵家はお祖母様の姉の後にその娘が継いでいる。

 すると、公爵当主はカーライルを一度公爵家の養子にすると言った。担保と言っても人質と同じである。その後でマージュを迎える為に伯爵位にすれば、今後何かしらの騒ぎになってもニィーニバル公爵家とコリィビス侯爵家が口を挟むことが出来るし、若い二人を守っていけると。


 そして、現国王からお祖母様の元に送られてきた書面を持って登城すると、王家はカーライルを選んだ。廃嫡された証になる書面をお祖母様に差し出したのだという。


 領地に帰ってくるとお祖母様はすぐにお祖父様とニィーニバル公爵家へと向かった。

 着いたその日にカーライルを公爵家の養子へと書面を作成し帝国へ提出する。次の日に皇帝へと謁見を申し入れたところで、すぐに城へと招待の返事が届けられた。皇帝の許可を得て、カーライルは公爵家の養子となった2日後にはシャフレイア伯爵当主となることが出来たのだという。


「いくらこの国の者たちが騒ぎ立てようが、帝国が守ってくれます。まぁ、報せを受けてすぐにお祖父様が先手を打ちましたので、何も心配することはないでしょう」


 そして今、すでにライルは帝国民となりシャフレイア伯爵となっていたのだ。

 かと言って、王家の一員だった彼は本当に望んだ結果になったのか。お祖父様とお祖母様がやり過ぎた結果だったのだろうか。


「ライルは……これでよかったの?」


「あぁ。蓋を開けてみれば、帝国の爵位をいただけるなんて思ってもみなかった。それに高位貴族だなんて、マージュを娶るのにこんな嬉しいことはない」


 彼は柔らかく微笑みながら疑問にそう答えると、そっと私の手を握りしめた。


「それと、一つ言っておきますがカーライルはまだ学生だったはずです。帝国にて残り1年間、帝国学園に在籍し学んで頂きますからね」


「ありがとうございます。学業のことなどすっかり忘れていました」


「ふふっ、そうでしょうね。伯爵様が学園を卒業していないとなると公爵家もですがマージュも恥ずかしい思いをしますからね」


「はい。残り1年間、頑張って学業に励みます」


「マージュも、向こうへ行ったら礼儀作法を1から学び直すように。それと、伯爵としての仕事も学ぶことになるわ。私の姉が直接指導すると言ってくれたので、お願いしておきました」


「えぇっ?お、お祖母様のお姉様といったら、前女公爵様でいらっしゃいますよね?」


「そうよ。あぁ、言い忘れていたわ。貴方達は1年間、ニィーニバル公爵家の別館で過ごすことになるわ。シャフレイア伯爵邸の改装が終わるまで、伯爵家の使用人の教育も兼ねるということです。公爵邸にいるときでも、きちんと伯爵夫妻として過ごすように」


「お祖母様ったら。伯爵夫妻だなんて、まだ気が早いですわ」


「……カーライル。あなたはマージュとここに来るまでの間、何をしていたのですか?」


「3日間、楽しく馬車の中で過ごして……おりまし……た」


「肝心な話もしないで楽しく?はぁー。王子だったからと、再教育は無くても大丈夫だろうと思った私が浅はかでした。貴方も姉から教育を受けなさい」


「マージュ。貴女はすでにマージュ・シャフレイア伯爵夫人となっています。約5日後にニィーニバル公爵家の遣いの者と、貴方達がここから乗って移動する馬車が到着する予定です。それまでに二人には、私が最低限の教育をすることにします」


「……け、け、け」


 次から次へとお祖母様の口から出てくる驚きの内容に私は口をパクパクと動かすことしか出来ない。普通に言葉を返すことは最早不可能。


「けけけ?蛙の鳴き真似なんかしている場合ではありませんよ。ビシビシ教えますからね」


「マージュ、落ち着いて。俺も言いづらくて先延ばしにしてしまったのが悪かった。ごめん」


「……け、結婚、結婚済みー?」


 とんでもないことに、本人の知らずのうちに結婚していたなんて――。

 背中を撫でながらライルは申し訳なさそう私を落ち着かせる。


 その様子に、お祖母様は拳を額に当てながら深い溜め息を吐いた。


「とにかく、マージュが学院を卒業する日に帝国では婚姻届けの受理をして下さるようお願いしてきたので、5日後にニィーニバル公爵家の遣いの者が来るときに受理証を持ってきますからね。あぁ、貴方達の先が思いやられるわ」


 思考の回転が追いつかなくなったところで、私の大好きなティラミスのケーキが出来上がったと、メイドがテーブルの上にコトリと大皿を置く。私がそれを小皿に取り分ける。


「ライル。ティラミスは自分で食べてもらえるかしら」


 瞳を輝かせライルにそう告げると、お祖母様は呆れ顔で私を見たが「今だけよ」と言って優しく微笑む。


 大きな口を開けて口の中に放り込めば、苦みと甘さと濃厚さが混ざり合い極上の幸せが込み上げてくる。


――幸せ!


「待たせたね。おや?マージュのティラミスがもう出来上がったのか」


 後ろからお祖父様に声をかけられるとスプーンを咥えたまま私は振り向く形でお祖父様を見る。

 その様子に眉間にしわを寄せ「淑やかに」またお祖父様に叱られる。


 お祖父様がお祖母様の隣の席に腰を下ろすとお祖母様は「孫と食べると一段と美味しいわ」と言ってティラミスをお祖父様の口へ持っていく。お祖父様はそれを口の中に閉じ込めると眉を下げて目を細めた。

 自然に食べ合う二人を見ていると今までは気が付かなかったが、恋愛結婚だったというのは本当だろう。お祖父様は席に座ったときからお祖母様の腰に手を置いている。 

 祖父母の仲の良い微笑ましい姿を前に、私は二人を目標にしようと心の中で思った。


 それから5日間、私達はお祖母様の指導の元、礼儀作法から帝国の歴史やマナーなど短い時間で出来るだけの知識を頭に詰め込んだ。

 初日は四阿でお茶をした後に部屋へと通されると、二人で使うための大きなベットの前でモジモジとしていたが。慣れって怖い。次の日には何とも無くスルリと布団に包まると秒で寝れた。まぁ、お祖母様のスパルタに疲れ切っていたのもあるが。





 そうして先ほど、ニィーニバル公爵家の遣いの方が到着したということで、お祖母様のマナーレッスンを終え応接間へと向かった。


 扉を開くと、帝国風の襟詰めのついた衣装を纏い凛とした姿で立ち並んでいるお二方がこちらに視線を向けて優しく微笑む。

 先に応接間へと移動していたお祖母様が私達を紹介してから、その方たちを私達に紹介する。


「――こちらはタンドリン・ニィーニバル様とナトゥリア・ニィーニバル様です。前公爵夫妻であらせられます」


 遣いの方が来邸すると聞いていたので、私とライルは驚愕する。


「初めまして。カチュアの姉のナトゥリアです。貴女がカチュアの孫のマージュね。髪の色も瞳の色も同じだとは聞いていましたが、本当ね!カチュアと同じということは、私とも同じなのよ!」


 お祖母様のお姉様であるナトゥリア様も同じ落ち着きのある赤い髪に浅緋色の瞳だ。この国では珍しい色だけど帝国ではそうでもないのかも知れない。そんなことを考えていると、ナトゥリア様は「帝国でも大変珍しい色なのよ」と言って目を細めクスッと笑う。


「カーライル・シャフレイアと申します。この度は――」


「言葉を遮り申し訳ございません。シャフレイア伯爵。頭を下げてはなりません。カチュアから聞いていなかったのならごめんなさいね。帝国では皇帝以外には頭を下げることがありません。慣れるまで難しいことだと思いますが、帝国に着くまでに直して下さい」


 毅然たる態度でナトゥリア様はそう言った後で、また目を細めてクスッと笑う。


「でも、立ち方がとても綺麗だわ。挨拶にもきちんと伯爵を名乗ってくれて。貴方の髪の色も変わっているのね。金と銀を合わせた色の髪は初めて見たわ」


「ナトゥリア、あまりいじめてくれるな。二人に嫌われるぞ。さぁ、座って書面を確認してくれ」


 タンドリン様にソファーへと促されるとテーブルの上に数枚の書面が差し出される。

 書面を見ると、1枚目はライルがニィーニバル公爵家の養子となった証明書。2枚目はライルがシャフレイア伯爵の爵位を授かった証明書だ。そして、最後の1枚はライルと私の婚姻証明書だった。


「「ありがとうございます」」


 二人でお礼を告げるとタンドリン様は柔らかな表情を見せる。


「久々に登城して楽しかったよ。他国の王子を養子にするには皇帝の許可が必要だったからな。カチュアが国王から除籍証明を受け取ってくれたおかげでスムーズに事が運べた」

「証明書を持っていったときの皇帝のあの驚きの顔。ククッ。君たちにも早い内に会いたいと言っていたよ」


「カーライルとマージュは明日の朝、公爵家の馬車でニィーニバル公爵家へと出発です。タンドリン様とナトゥリア様はこちらにしばらく滞在する予定になっているので、帝国へ到着後は貴方達はニィーニバル公爵家当主の言う事をよく聞くように」


 しばらく滞在予定だということは……私はライルを見ると彼は小さく頷く。今回の騒動に大帝国も動き出したということだ。


 応接間から出ると扉の先に片眼鏡を掛けた中年の男性が帝国の衣装を着て立っていた。

 視線が合うとふんわりとした表情を作り軽く挨拶を交わす。


「公爵夫妻の雑用係として無理矢理連れて来られたリーザックと申します」


 そう言ってニヤリとし片目を瞑る、茶目っ気たっぷりなオジサマだ。


「リーザック入りなさい」


 室内から彼を呼ぶ声がすると、リーザック様は1つ溜め息を吐き眉をハの字にする。


「人使いが荒いんです。では、行ってまいります」


 その姿にクスッと笑ってしまい。初対面の彼に親しみが湧く。


「行ってらっしゃい」


 私の言葉に頷くと、彼は冷静な表情を作り応接間へと入室する。


 ライルと私は顔を見合わせると、クスッと笑い合う。リーザック様の雰囲気に和まされ帝国に向かうのが楽しみになると、手を繋いで廊下を歩く足取りはとても軽く感じた。






 早朝、軽く食事を済ませると帝国へ向かう準備も済んでいて馬車に最後の荷物を載せる。

 出発を前にしてお祖父様が見送りに邸前へと顔を出す。


「この先、国は荒れるだろうが、こちらの事は心配せずともよい。二人は、己が出来ることだけを頑張るように。――なに、シャフレイア伯爵の卒業式には候爵家総出で祝いに行けるさ」


 何かあったとしても、心配しなくても大丈夫だとお祖父様はニコリと微笑む。


 その後で、お祖母様とタンドリン様とナトゥリア様、リーザック様、お世話になった使用人たちが邸宅前へ集まったところで別れの挨拶を済ませると、私達は馬車に乗る。皆から手を振られると私とライルは車窓から手を振り返す。馬車はゆっくりと動き出す。私達は、皆の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 さすが、帝国筆頭公爵家の馬車である。車内は広いし全く揺れを感じない。座り心地の良さもふわふわで素晴らしい。


 窓から外を眺めると、一面に広がる畑では朝も早い時間から領民らが畑仕事をしている様子が窺える。

 その様子を横目に、私の頬に涙が流れた。

 突然に胸が苦しくなり涙が次から次へと溢れ出す。


 私は、この国が大好きだった。幼い頃は、領地へ来る度にお祖父様が麦畑や芋畑、トウモロコシ畑に私を連れていってくれた。草取りや収穫をさせてもらったときもある。

 領民達はいつも笑顔で迎えてくれて、突然現れたウェン兄様や私にも収穫したてのトウモロコシを振る舞ってくれる。帰りには父様と母様、留守番している小さなオリビエアの分を1つだけお土産にともらって帰る。1つのトウモロコシを分け合って食べる時間は、とても幸せな一時だった。

 それに、畑仕事をお手伝いした後ワンピースを泥だらけにして邸へ帰ると、お祖母様は微笑みながら私を浴室へと手を引いていく。そして自らワシャワシャと私の体を洗ってくれた。


 今思えば、上位貴族とは思えない家庭的なうちの侯爵家は、一風変わっていたのだと改めて思う。

 母様とお祖母様が手分けして子育てをしていたし、父様とお祖父様は男女分け隔てなくやりたいことをやらせてくれた。

 自分で出来ないことだけ使用人に頼み、着替えも入浴も、部屋の片付けも自分でやるのが当たり前。

 ウェン兄様ともたくさん喧嘩をしたけど、父様も母様もどちらの味方にもなってはくれずだった。そのため、自分たちで解決しなくてはならなく何日も時間を掛けてからの仲直りなんてこともしばしばあった。


 今の私は、そんな家族によって生き続けることができた。家族の絆が私を守ってくれた。卒業式から断頭台に立ったあの日まで、家族にも会わせてもらえなかった私は、ずっと一人で淋しかった。



 隣に座っているライルはハンカチを手に、私の顔の涙を優しく拭ってくれる。何も聞かずに労るように。


 今私が生きている事こそが、家族が守ってくれた証のように思う。まだあまり実感が湧かないが、これからライルと生きて行く時間の中で彼の辛かった幼少期を忘れるくらい温かな家庭を育んで行きたいと強く思う。




 瞳を閉じると回帰してからの緊張が解れた様な安堵感が全身を覆う。

 ライルに視線を向ければ彼は私を優しく抱きしめる。肩の上に彼が顔を落とすと「回帰前の君も一緒に俺が幸せにする」呟いた声に私は小さく頷くと彼の胸へともたれ掛かる。

 心臓音が心地よく聞こえだす。耳を澄ませその音に誘われるかのように彼の温もりに包まれながら私は意識を手放した。




――――――――――――





 報せを受けたのは、ニィーニバル公爵邸の門をくぐった日から3ヶ月ほどした頃のこと。


 実家から至急届けられたという封書を執事が急ぎ足で朝食を食べ終えたばかりの私達の前へ差し出した。


 それをライルが受け取ると、封を切って書面を確認する。


「至急の報せとは?何が書かれていたの?」


「王国がなくなるという内容だ。王族は皆処刑されたらしい。城を壊した場所には神殿を建てる予定だと。俺に関しては誰もが居なかった存在として口を噤んでいたということかな」


「――なくなる……ですか」


 




 ライルは窓から見える青々と生い茂る鮮やかな新緑の山へと視線を移す。


「新たな国は国民たちの住みよい国になることを心から望むよ」


「――そうね」


 テーブルの上に置かれたライルの手の甲の上に私の手を重ねれば、彼は視線を私に戻した後で一度瞼を閉じた。


「ライルと私が回帰したのは報復を叶えるためだと思っていましたが……多分、祖国の行く末を見守るためだったのだと今はそう思います」


 そう言って、ニコリと笑みを見せると彼は重なっている手の指を絡めて柔らかに微笑んだ。







最後までお読み下さりありがとうございます。

誤字脱字がありましたら申し訳ございません。

↓↓↓

小説を初投稿してから一年を迎えることが

出来ました。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 家族が最強で見てて気持ちいい [気になる点] 流石に斬首は怖くて可哀想だから処刑までの一週間を1万回ぐらいループさせて繰り返し牛裂きの刑ぐらいに抑えてあげましょうよ……
2024/07/24 09:50 退会済み
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