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1話 断罪された令嬢は

お読み下さりありがとうございます。


2話で完結する作品となっております。





 澄み渡る青い空に大きな鷲が2羽、上空で旋回した後に太陽に向かって飛んで行く。私がその様子を眺めていると、手枷に繋がれている鎖を強く引かれよろめいた。


 手首を枷で繋がれ足取りもおぼつかず転んだ私は、そのまま鎖を引かれ罪人のように扱われる。

 ――いや、罪人として……死刑執行の刑場まで地に横たわる私は引きずられた。


 刑場の階段を登り切ると、先にある見届人の席では両陛下が蒼白な顔色でこちらに視線を向け憐れみの表情を浮かべている。その隣には第一王子のレイナルド、そして桃色の髪の女性が順に並び、二人は私の死を嘲笑うかのようにこちらを見ていた。


 執行人の傍らで衛兵に取り押さえられている第二王子のカーライル殿下が、今すぐ取り止めるようにと叫んでいる声が後ろから聞こえてくる。


 私の様子に笑みを向けているレイナルドを私は最後まで睨みつけていた。


 そして彼が右手を挙げると執行人が「斬首刑を執行いたします」大きな声を張り上げる。


 私は目を瞑る。

 すると私の体の上に勢いよく何かがのしかかり、突然の重みに一瞬目を開く。それと同時に私の意識は断たれた。





 私は、マージュ。

 コリィビス侯爵家の長女である私は……一度死んでいる。

 罪人として斬首刑を執行された。 

 婚約者である、このブルジョン王国の第一王子レイナルド。彼とその恋人であろう2人に冤罪をかけられて。




 回帰前、学院の卒業式。

 私をエスコートするはずのレイナルドは時間になっても迎えに来ることはなかった。


 その為、卒業式開始時間ギリギリで私は一人で会場へと赴く。


 何かがおかしい。

 一人で入場したことにより、卒業生達の視線が私に向けられる。

 しかし、その不可解そうな視線は?

 更には両サイドで我が子の卒業式を祝う為に来場している両親達からの私に向けられる歪な視線。


 すると、前方から卒業生達の人垣をかき分けて2人の友人が私のところまでやってきた。

 特進科のクラスでいつも仲良くしているエルトレント公爵令嬢のサマンサ様とクーデルア侯爵令嬢のナイジェリン様だ。


「マージュ様。お待ちしておりましたわ」


「どうなっていらっしゃるのですか?」


 サマンサ様が笑顔で私の元に来ると、ナイジェリン様は現状を尋ねてくる。


「遅くなり申し訳ございませんでしたわ。どうとは?私が一人で会場に来たことでしょうか?」


「それもありますけれども……レイナルド殿下のことですわ」


「レイナルド殿下は会場にいらっしゃっているのですか?」


 何事かあり、レイナルドが迎えに来れなかったのだろうと思っていた私は首を傾げた。


「あっ……マージュ様はご存知ではなかったのですね?」


「レイナルド殿下は、かの男爵家のご令嬢をエスコートして会場入りなさいました」


 なるほど、それでこの視線。



 私はレイナルドの婚約者に選ばれたくなかったのに、気がつけば彼の婚約者になっていた。


 私は、レイナルドが苦手だ。


 婚約してから最初の茶会。レイナルドに会ったその場で言われたのは「ボルドー色の髪に浅緋色の瞳だなんて、目立つだけで可愛いげがない」「見た目からしてバカみたいなお前は、僕には釣り合わない」初めて会った彼に容姿をバカにされたのが始まりだ。


 婚約者同伴の催し物では「ドレスが似合っていない」「ネックレスの宝石が大き過ぎる」「香水の香りが好ましくない」全てが派手すぎると彼は罵る。貴方から贈られたものなので仕方なく纏っているのに。


 学院で顔を合わせれば「表情が読めなく不気味」「喜怒哀楽を面に出さない」私ではなく、王太子妃の教育をして下さった先生方に言ってほしい。


 そして極めつけは、婚約者が居るにも関わらず一般科の校舎内でも有名なバカップルとして恋人と戯れていることだ。


 一般科の校舎は特進科の建物とは離れて建っているため、特進科のクラスに通っている私は数回だけその方を遠目に見たことがある。


 もちろんレイナルドも特進科なのだが、選択授業がその方と同じだったことから恋人に発展していったらしい。昼の休憩時間になれば、彼は一目散に一般科へと移動して行く。恋は盲目とはよく言ったものだ。


 そんなに私のことが嫌いなら、サッサと婚約を取り消してくれればいいのに。彼ばかり好きに生きて、私は雁字搦めに縛られた毎日を送っているのに……しかし相手は王太子。私は我慢するしかなかった。





 サマンサ様とナイジェリン様の不安げな様子に私は微笑み返す。


「レイナルド様が?そうでしたか」


 この場に、彼女をエスコートしてきたということは?これでやっと私は解放される?そう思うと私は心の中で歓喜した。


 しかし、喜びは束の間だった。


 この後、私に言い渡されたのは婚約破棄どころではなかったのだ。





「マージュ・コリィビス侯爵令嬢。罪人になる貴女との婚約を破棄する」


 会場の中央に立ち、私を見据えレイナルドが会場中に響き渡るように大声を発する。


 その言葉に私は大きく目を見開いた。罪人と……彼は言ったのだ。


「……罪人ですか?レイナルド殿下。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 そして、述べられた理由。


 隣国との違法の麻薬取引。それを学院内で下位貴族の令息に無理矢理使用させたこと。更には、この国の情報を隣国に流す諜報員などをしていること。私は冤罪をかけられた。


 全く身に覚えのないことに、私は首を傾げた。


「麻薬?諜報員?何のことだかさっぱり分かりません」


 誰もが信じるはずはないだろう。そう高を括っていた。


 しかし、レイナルドは証人と証拠書類を国に提出済みだと言う。


 会場内がざわめく中、私は訳が分からずだ。


 来賓席の国王陛下に視線を移すと、眉を下げ悲しげな表情を一度だけ見せた。


 そして、私に断罪が下された。


 レイナルドの隣では、桃色の髪に菫色の瞳をした令嬢が私に向かって笑みを浮かべている。


 その後で私は、レイナルドに呼ばれた衛兵らにそのまま牢に連れて行かれた。

 そこは貴族牢ではなく一般牢。

 牢には、汚れたままの寝台の上に毛布が1枚。それと簡易式トイレがあるだけ。


 レイナルドは毎日牢にやってきた。笑って私の髪を引っ張り、頬を叩く。


「文武両道、容姿端麗、皆がお前を褒め称える。お前のことをずっと気に入らなかった。私の隣に立つのはお前ではない」


 彼はそう言いながら私を殴り、蹴る。


 そして、家族とも会えずに刑が執行されると言われた次の日、私は断頭台に立たされたのだった。





 私が回帰したのは卒業式まで残り半年という頃。


 その日は、私の18歳の誕生日。

 夕食時に、恒例の誕生日ケーキの蝋燭に灯された火に息を吹きかけ消したとき。火を消した後でダイニングルームに灯りが戻ると私はケーキをずっと見つめていた。


 約10日間の牢生活を経て断罪された私。気がつくと、目の前にはご馳走が並べられている。手を見ても汚れていない。囚人服ではなくドレスを着ている。靴を履いている。そして、目の前には大好きな家族と使用人達の笑顔が見える。


「マージュ?ど、どうしたの?」


 母様が慌てて私を抱き寄せた。


 そう。私の瞳から次から次へと涙が溢れ出ていたのだ。

 夢···?でも、とても温かい。

 ビクビクしながら首元を手で確認する。どうやら首も繋がっている。


「か、母様ぁぁぁぁぁ」


 抱きしめられたまま、私は何も考えられずに「怖かった」こと「痛かった」こと、ずっと我慢していたこと全てを告白していた。


 話し終わるころにようやく私は自我を取り戻してくる。不可解な出来事だと誰もが思っただろう。私は恐る恐る顔を上げる。


「母様は、マージュを信じるわ」


 突然の告白に困惑しているようではあったが、尋常ではなく初めて見る私の取り乱した様子に母様は涙を流してそう言った。


 父様もウェン兄様も驚きの表情をしていたが目には涙が溢れている。

 使用人の皆も顔をしかめながら私の止まらない涙に各々が涙を拭いながら頷いていた。


「……その話が偽りでも真実でも、レイナルド殿下が婚約者として誠実さに欠けている噂が私の耳にも届いている。マージュが好意を抱いているにしても、婚約の継続を考えた方がいいだろう」


 好意を抱いている?父様の言葉に私は驚愕した。


「と、父様?いつ、私がレイナルド殿下をお慕いしていると言いましたでしょうか?」


「覚えていないのかい?マージュが王子様と結婚したいと言ったんだろう?」


「……もしかして、婚約が決まる前に催された茶会の後での話を言っているのでしょうか?」


「あぁ、そうだよ。だから王家から婚約の申し出があったときに直ぐに受けたんだが……まさか?第一王子のレイナルド殿下ではなく第二王子のカーライル殿下だったのか?」


「……はい。お茶会のときにカーライル殿下とご一緒させていただいて――」


 大きく目を見開いた父様に、私はコクリと頷いた。


 父様は、胸の前で両腕を組むと何かを考えた後で優しく私を見つめる。


「そうだったのか。しかし、レイナルド殿下は尋常ではないな。こちらから婚約を取り止めるように動くか?」


「えっ?……できるのですか?」


「私の知り得る限りでは……出来るだろう」


 父様の言葉に安堵すると、ウェン兄様は「大丈夫だ、無事に婚約を解消させる」と言って私の頭を撫でながらニコリと微笑む。

 しかし、卒業式まで時間がない。

 ウェン兄様は大丈夫だと言うが、果たして間に合うのだろうか?



 次の日、朝食を済ませた後で家族で話し合いの場を設けることになった。

 妹のオリビエアは、お祖母様の祖国ハマユル帝国へ留学中のためこの場には居ない。回帰前は、私の卒業式に合わせて帰国することになっていたが、帰国した妹の顔も見れずに私は断罪された。


 応接間の扉を執事のタリバンが開くと私は中へと入室し、彼も同席するらしく一人掛けのソファーへと腰を下ろす。侯爵家の分家であるファインブルク伯爵家の彼の息子が、私の妹オリビエアと婚約を結んでいる。ファインブルク伯爵家は永年侯爵家に仕えてくれていて、タリバンはとても信用が置ける人物だ。


 昨夜話した内容と、罪人にさせられた理由などをより詳しく話すようにと対面に座っている父様とウェン兄様から聞かれる。

 母様は隣に座り、私の手を握りながら「辛い事を何度も思い出させてごめんなさい」と私よりも辛そうな表情を浮かべている。


 私は回帰前の卒業式の出来事から語り始めた。


 一人で卒業式へ行ったこと。冤罪をかけられ、罪人として婚約破棄が言い渡されたこと。

 冤罪の内容は、隣国との違法の麻薬取引。麻薬を学院内で下位貴族の令息に勧めて無理矢理使用させている。取引の際に国の情報を隣国に流す諜報員をしていたということ。

 その後で国王陛下から断罪の命が下り、衛兵らにそのまま一般牢に連れて行かれたこと。レイナルドが毎日牢にやってきて叩かれたり蹴られたりしたこと。家族とは会わせてもらえなかったこと。断頭台に上がったときに第二王子のカーライルが助けようとしてくれたこと。レイナルドが右手を挙げ、執行人が刑を執行したこと。


「――そして意識が途切れました。次に私が瞼を開くと、目の前には誕生日のケーキがあったのです」


 最後まで話し終えると、父様とウェン兄様は怒り心頭していた。


「マージュが一般牢?レイナルドに叩かれただと?」


「毎日、レイナルドに暴力を?」


 父様は膝に置かれた拳を震わせ、兄様はギリリと奥歯を鳴らす。話をしている途中から、母様は私の腰を引き寄せ泣いていた。


 執事のタリバンに食事は出されていたのかと聞かれ「一日に一度、パンとスープをいただけました」と答える。


 すると、タリバンは鋭い目つきを父様に向ける。


「マージュ様の話を聞き、婚約を取り消すだけでは足りないと思われますが――」


「父様、王家を潰しましょう」


「全く貴方達は……先ずはマージュの意見を聞いてからにしましょう?……マージュ、辛かったわね。母親なのに、私はマージュを助けることが出来なかったのね。ごめんなさい。貴女は……どうしたい?」


「私……私はやり返したい。だって、婚約中にずっと耐えて頑張っていたのに……1日に何度も叩かれたり蹴られたり……痛かった。なのに、殺されるなんて……でも、私一人で充分です。家には迷惑を掛けたくないの」


 私の言葉に父様が眉を下げた。


「マージュ。私達家族は、そんなに弱い人間の集まりではない。これだけ娘をいいようにされたんだ。レイナルドの奴め、簡単に死ねると思うなよ」


「父上、今の話を聞いていて不思議に思うところがあるのですが?」


 そう言って、ウェン兄様が疑問を口にする。


 牢に入れられてから家族にも会わせることがなく断罪されるとは、家族に会わせることが出来なかったのではないか?という内容だった。


 それを聞いた私は、あることを思い出したのだ。以前、斬首刑にされた子爵家当主の話だ。斬首刑とは、最も重い罪人に課せられる。そして、この国では公開処刑となっていた。民からは石を投げられ、罵声が飛び交う中で刑が執行されたと聞いたことがある。


「そういえば、私のときには見届人として両陛下とレイナルド、恋人の男爵令嬢。カーライル殿下と彼を抑えていた衛兵が2人、それと執行人しかいなかったわ。牢から出て直ぐに階段を登ったから、広場では無かったし静かな場所でした」


 父様はタリバンと顔を見合わせると、二人共只事ではない雰囲気を纏わせ頷きあう。


「うむ。この件に関しては他にもきな臭いことがありそうだな?タリバン!」


「はい。すぐに王家を調べます」


 そうタリバンに告げると、父様は私に視線を戻す。


「マージュ。婚約を取り消すにあたり、レイナルドの身辺調査をしようと思う。王家を相手にする訳だから、すぐには答えは出ないと思うが……少し時間をもらうよ」


「はい。ありがとうございます。私からも気になることがございますので、一緒に調べていただきたいことがあるのですが――」


 男爵令嬢のことも調査に加えて欲しい旨を話すと、父様は頷いた後でタリバンと応接間を後にした。




 その後で私は遅れて学院へと登校する。授業の途中でクラスの扉を開けると先生に席へと促され、教室の中へとそろりと入室した。


 休み時間になると、いつものようにサマンサ様とナイジェリン様の3人で学食へとランチを食べに移動する。


「今朝は遅れていらっしゃいましたが、体調が悪かったのでしょうか?顔色が、あまり良くないような感じがいたしますわ」


「いいえ。体調はなんともありません。心配をお掛けしてしまいましたわね。朝から急用が出来てしまったのですわ」


「では、今日からメニューに加わったパンケーキを一緒に食べられるわ!生クリームがタップリ添えられたうえに、好きなフルーツとソースを選ぶことが出来るのですって!」


「まぁ。ナイジェリン様は今朝からずっとパンケーキの話ばかりなのですね」


「あら!サマンサ様も朝からマージュ様と3人で食べたいって言っていたではありませんか」


 二人のやり取りに笑っていると、突然サマンサ様が驚きの表情で私の後方へと視線を向ける。


「ご歓談中失礼します。私も相席させて頂いても宜しいでしょうか?」


 後ろから声をかけられ振り返ると、そこには滅多に見ることがない人物が立っていた。


 艶のある金と銀を合わせたギルバー色の長髪を一つに束ね王族の象徴である碧眼がまつ毛の隙間から私を覗く。

 この国の第二王子であるカーライル殿下がニコリと微笑み相席を求めてきたのだ。


「も、勿論ですわ」


 驚きながらもサマンサ様が席に促すと彼は「ありがとうございます」と言って私とサマンサ様の間の空いている席へ着席する。


「高位貴族のランチルームへは行かれないのですか?」


「えぇ。失礼ですが……先程の皆さんのパンケーキへの思いが耳に入りまして、3人より4人の方が美味しく食べることができると思い。私もご一緒にと――」


 そう言って彼はサマンサ様に言葉を返した後で、私に視線を向けて微笑んだ。


「そ、そうですね。4人で食べましょう」


 カーライル殿下の微笑んだ顔に、私は慌てて答えたが、彼の意図が分からない。学年の違う彼が、学院で接点がなかった私達に急に接近してきたのだ。


 カーライル殿下は私より一つ年下のため、下の学年の特進科クラスは階が違う。回帰前は会うことは無かったし、学院内で会話をしたこともなかった。


 パンケーキを食べ終えると「また次回、デザートをご一緒させて下さい」そう言って柔らかく微笑みカーライル殿下は先にテーブルを立った。


「……マージュ様。気がつかれました?」


「えぇ。なんとなくですが」


「サマンサ様。私も気がつきましたわ。マージュ様、カーライル殿下と何かあったのですか?」


「心当たりが何もないのですが――」


 パンケーキを食べているときのことだ。カーライル殿下は私をチラチラと見てくる。目が合うと優しく微笑みかけるのだ。


 そして、その後もカーライル殿下は度々昼休憩時に学食へとやってくるようになり、一緒に過ごすことが多くなる。少なくとも週に2回以上は一緒にランチ時間を過ごしている。かといって、何も探りを入れてくることはなく毎回他愛のない会話で時間は過ぎて行った。




 穏やかに時間が過ぎ去り回帰してから3ヶ月を迎えた頃。学院から帰宅してくると執事のタリバンからそのまま父様の執務室へと連れて行かれる。


 父様がソファーへ座ると、私も対面の席に腰を下ろした。

 タリバンがテーブルの上にお茶を用意すると父様はカップを手に持ち一口飲んだ後で口を開く。


「依頼していたものが、先ほど報告された」


 そう言った後で、父様が机の上にあった書類を取り私に見せる。


「私はそれを国王に提出するよ」


「……はい。父様」


「では、タリバン。一週間後に領地へ出発出来るよう仕事を詰めるぞ。この書類もそれまでに作成し直しだ。領地から戻り次第登城出来るように書面も書かなければなるまい」


「はい。早速、提出用の書類を作成します」


「ああ、頼むぞ。……それと、マージュ。登城する際には同行してもらうよ。約3週間後だ。それまでに心の準備をして置きなさい」


「はい。分かりました。しかし、なぜ領地に行かれるのですか?」


「あぁ、それはお祖母様の力も必要になることだからだよ」


 お祖母様の力?

 父様はそう話しながら机に移動した。疑問に思うが忙しそうな様子に私はお茶を飲み干すと筆を走らせ始めた二人に軽く頭を下げて執務室を後にした。


 父様が領地へと出発してからも私は毎日を平穏に過ごしている。変わったことといえば、学院の昼休憩にカーライル殿下が現れなくなったこと。

 飽きたのかな?そう思うと彼の笑顔が見られないことを淋しく思うようになっていた。




 領地から父様が戻って来たのは登城する日の二日前。辺りは茜色に染まり、次第に空が夜空の色を帯びてきた頃だった。


「父様、お帰りなさい。……お、お祖母様!」


「あらあら、1年振りに王都に帰って来てみれば、私の孫はまた綺麗になっているではありませんか」


「お祖母様!お帰りなさい。お祖母様も変わらずお綺麗でいらっしゃいますわ」


「マージュ。会いたかったわ。こちらへいらっしゃい」


 この国では大変珍しい、私と同じ落ち着きのあるボルドー色の髪に浅緋色の瞳を持つお祖母様。

 髪には少量の白髪が混じり出しているが、全く年をとっていないかのように凛とした美しい姿だ。お祖母様は両手を広げ私を呼ぶと優しく腕を私の背中にまわした。


「あら?お義母様!お義母様まで一緒にいらしてくれたのですか?ありがとうございます。お義父様はどちらにいらしているのですか?」


 私の後にエントランスを降りてきた母様はお祖母様の姿に驚いたようだ。


「彼は領地の仕事がありますからね。今回は突然のことだったので置いてきました」


 お祖母様との夕食の席では、領地で楽しく過ごしているという話に花が咲き、久しぶりに穏やかな時間を過ごすこととなった。




 馬車に乗り王城へと向かう。対面に座っている父様は疲れているのだろう、胸の前で腕を組み瞳を閉じてコクリコクリとうたた寝をしている。私は、隣に座るお祖母様に手を握られるとこの後の話をされる。


「これからの話し合いの中では、色々な話を聞くことになるでしょう。マージュは自分のことだけを考えて話をすればいいわ。貴女のお父様が国王と話す内容と、私の話す内容はまた別の問題でもあることだから」


「分かりました」


 そうこう話しているうちに、馬車は王城の門をくぐって城の扉前で停車する。


 馬車が止まると先に父様が降りて、お祖母様が降りるのをエスコートする。次に私が馬車から降りようとすると、目の前にはカーライル殿下の姿が。


「えっ?えぇー」


「ハハハ。マージュ様。そんなに驚かないで下さい。とりあえず、馬車から降りましょうね」


 カーライル殿下にエスコートされ城の中へと歩みを進める。手を触れているためか、私の心臓が早鐘を打つかのようだ。


 謁見の間の前までくると、カーライル殿下は微笑んだ後で私の手を離す。そして彼が衛兵に視線を送ると謁見の間の扉が開かれた。父様とお祖母様が順に入室し、私はカーライル殿下に視線を向ける。


「後程ゆっくり話をしたいことがあるんだ。では、頑張っておいで」


 彼が優しい瞳で私を見つめると私は小さく頷き視線を戻して謁見の間へと足を踏み入れた。


 私が入室したのが遅かったのだろか?国王陛下は父様とお祖母様のいる場所まで降りてきている。

 見間違えているのだろうか?国王陛下が自らお祖母様の前に立ち、お祖母様の手を両手で握りしめている。

 聞き間違えたのだろうか?国王陛下は宰相に「すぐに応接間に移動する」と慌てて場所の変更を伝えている。


「国王陛下。私は、こちらでお話を聞いて下さっても大丈夫ですわ」


「いや、このまま応接間へと場所を変えさせていただきたい」


 思い違いなのだろか?国王陛下がお祖母様に気を遣っているようにしか思えない。


 私の頭の中は分からないことだらけだが、国王陛下の後ろに父様とお祖母様が付いて歩き始めたことで、私も置いていかれないように急いでその後ろへと加わった。


 応接間へと通されるとその広さに驚いた。邸の応接間と比べると4倍以上の広さがあった。高級そうな置き物があちらこちらに配置されており、天井には直接絵画が施され、壁紙さえも高級感を醸し出している。来場したお客様に圧倒感を与えるその部屋に、私は少し後ずさりしてから入室した。



「――して、コリィビス侯爵の話を聞こう」


 国王陛下が父様にそう告げると、父様はお祖母様の話から聞いてほしい旨を伝える。

 その後で、お祖母様は父様から数枚の書面を受け取ると、それをテーブルの上へと広げた。


「国王陛下。こちらは以前、王家とコリィビス侯爵家の約束事をした書面になりますわ」


「確かに。その書面に王家の押印をしたのは儂だが。今、その書面を出してどうしたというのだ?」


「内容は、把握していらっしゃいますわよね。お忘れでしたら今一度お読みになって下さいますか?」


「あぁ。覚えているとも」


 国王陛下がそう答えた後で、お祖母様はもう一枚の書面を出した。


 その書面を見た国王陛下は、見る見る顔を青くして書面を持つ手を震わせ始める。最後まで読み終わると、大きく目を見開きお祖母様を見つめた。


「約束事の内容を覚えているとおっしゃいましたよね。3日間ほど王都の侯爵邸で過ごす予定ですので、それまでに用意して下さいね。連絡を下さればすぐに参ります。私からは以上になりますわ」


 お祖母様が話し終えるが、国王陛下はまだ話が終わっていないと言いたげだ。

 国王陛下とお祖母様のやり取りが一方的に決め終わったかのように見えると、次に父様が口を開いた。


「国王陛下。私からの書面でございます」


 そう言いながら父様は分厚い量の書面を国王陛下の前に置いた。


 一枚ずつ読んでは確認していく国王陛下の顔には次第に汗が流れ始める。王妃様はハンカチを渡そうとするが、国王陛下の手で制される。青ざめていた顔色はもはや白色となり、血の通った人間とは思えないほどの肌色になっている。


「コリィビス侯爵。間違いでは済まされないぞ。レイナルドの件に関しては、こちらで再調査をする」


「はい。実は、この件に関して続きがございます。娘のマージュから国王陛下にお伝えしたいと言っておりますが宜しいでしょうか?」


「続きがある?……マージュ嬢、話を聞こう」


 国王陛下に話を促されると、私も書面を提出する。


「こちらは、レイナルド殿下の学院生活の報告書のようなものでございます。父の書面の続きとして確認していただきたく思っております」


 書面を見た後で国王陛下は冷静な表情で私に視線を向ける。


「マージュ嬢は、レイナルドの婚約者としてこれをどのように考えているのだ」


「レイナルド殿下との婚約を取り消したいという思いしかありませんわ。いえ、レイナルド殿下の有責で婚約破棄を望みます」


「……そうか。コリィビス侯爵の件とマージュ嬢の件。調べるが故に、婚約に関する決め事はしばらく待ってくれまいか。なに、一月以内にははっきりさせるが故、すぐに沙汰を出そう」


「はい。よろしくお願いいたします」


 陛下の言葉の後に、私は今の話の内容をレイナルドには内緒にして欲しいと伝えた。

 彼に知られれば、卒業式まで残り2ヵ月の学院内で揉め事になるのは目に見えている。

 王族である彼と揉めれば、学院内で白い目で見られることになるのは私の方なのだ。

 その旨を伝えると、陛下は他言しないことを約束した。


 次の日からも通常通りの学院生活が送れている。国王陛下は約束を守ってくれているようだ。

 しかし、卒業式に向けて穏やかな日々を過ごしている中、予期せぬ出来事に遭遇することになる。


 昼休憩時に食事を済ませお茶を一口口に含んだ後で、カーライル殿下が学食へとやってきた。

 いつもなら、皆に声をかけてからデザートを載せたトレイをテーブルの上に置いた後で私とサマンサ様の間の席に座るのだが……今日は違った。


「食事は終わりましたか?」


 そう声をかけられ、私達は不思議そうな顔で彼を見ると「はい」と答え首を傾げる。


 彼は少し複雑な表情を浮かべ私と話がしたいと言って学院内の中庭へ誘う。


 中庭のベンチに座ると先に来ていた数名の学院生達が遠巻きに私達を見ている。

 少し離れた場所に護衛を立たせ辺りを警戒しているかのようにカーライル殿下は目配せをしてから私の隣へと腰を下ろした。


「お話とは、何かございましたか?」


 そう切り出すと、彼は憂いを帯びた顔つきを見せ少し俯く。


「先ずは、マージュ様に謝らなくてはならないことがあるのです」


「謝る?何をでしょうか?」


 私の言葉に彼が口を開く。静かな口調で話されたその発言に驚き、私は目を丸くしたまま固まった。


「先日、城の応接間での話を私も聞いていました」


「……ど、どういうことでしょうか?」


 応接間の隣には監視用の小部屋があり、応接間に設置してある鏡は、小部屋から応接間を見る窓となっていたらしい。更に全てのソファーの下から小部屋へと繋がる空間があり声が聞き取れるようになっているということだった。

 私達が応接間にいたときに、カーライル殿下は隣の小部屋にいたというのだ。


 私は、瞬きも忘れ彼をジッと見て話を聞いた後で呆れた表情を浮かべる。


「国王陛下にもお伝えしましたが、まだ誰にも言わないで下さい」


 私が謝罪を受け取ると、カーライル殿下は穏やかな表情で話を続ける。


「マージュ様は、レイナルドと今後どうしたいかという考えを話していたが、その後は?取り消された後はどのように考えているのかを聞きたい」


「その後……ですか。そうですね。国内には居ないと思います。他国に行きますわ」


「では、決まりだな」


「何をお決めになったのでしょうか?」


「私もマージュ様と一緒に他国に行くことだが?何か問題でも?」


「……え?……問題だらけですわ!その前に、意味が分かりません。分かるように説明して下さいますか?」


「意味が分からない?なぜ?私と結婚するとマージュ様が言ったのに?」


 話の途中で予鈴が鳴り響き、カーライル殿下は「では、続きは次回に――」言うだけ言って中庭を後にした。


 突然のことに、その場からすぐ動くことが出来ずに私の思考は過去へと飛ぶ。


 そこは、王子様の婚約者を決めるお茶会が催されていた王城の東側にある庭園だった。

 私とカーライル殿下は庭園の奥にある温室へ二人でこっそり入室した。その日、お気に入りの蝶々の髪飾りを着けていた私に王子様は『珍しい蝶々がいるよ』と言って、私を温室へと連れて行ってくれたのだ。

 それは、温室の奥にある花の上に止まって花の蜜を吸っていた。そこにヒラヒラともう一頭の蝶々がやってくる。


『お友達かしら?』

『一緒に蜜を吸っているから仲良しなんじゃないかな?』

『一緒に蜜を吸っているから……夫婦で食事をしているのだわ』

『夫婦?結婚しているんだね。好きな蝶々同士で羨ましいね。僕は好きな人と結婚できないから』

『あら、どうして?』

『うーん。王子だから。政略結婚になるって母上が言っていた。結婚する相手は自分では決められないんだ』

『自分では決められないの?じゃぁ、私が決めてあげる。私が王子様と結婚するわ。約束よ!絶対結婚するからね』




「……ま、まさか……覚えていたの?」


 しばらく一人で放心していたが、人心地がついたところでクラスに戻る。授業は始まり大分時間が経っていた様子の中に私は赤らんだままの顔で入室することになった。


 卒業式が2週間後に差し迫った日。

 国王陛下からの書簡で知らされた内容に、学院を休んで登城する。両親と私の3人が案内された場所は、またしても応接間だ。


 今回は学院を休んでの登城のため、カーライル殿下はいないはず。

 あの日、彼と中庭で別れた後に何度か学食の席で一緒になったが、次回に持ち越された話の続きはしていない。


 鏡に向かって思考を飛ばしていると、父様は用意してきた書面を取り出し両陛下へと渡している。


 応接間の扉の前に立っていた宰相様に国王陛下が咳払いをすると、それを合図にしたかのようにワゴンを国王陛下の隣に移動する。

 その上に置かれていたものは筆と蝋、王の印章だった。







 太陽が空の真上から下り始めた頃、卒業のために開かれる学院の大広間には婚約者や親族などにエスコートされた令息令嬢らが次々に訪れる。


 今回の卒業式に私は両親と一緒に訪れた。

 王太子のエスコートではないためだろう。周囲からは驚きの視線が注がれている。


 私が到着して、しばらくすると何やら大広間の入口付近がざわめき出す。

 この国の王太子。第一王子のレイナルドが扉から広間に登場してきたのだ。その隣では、腕を絡め寄り添うご令嬢の姿も見受けられる。


 このあと、私は卒業式を無事に迎えることができるのであろうか?回帰前は卒業式が始まる前にこの場から連れ出されたのだ。


 両親と離れたところでレイナルドが私の姿を捉えると、前回同様一目散にこちらに向かってやってくる。注目を一身に受ける場面がやってきた。


「マージュ・コリィビス侯爵令嬢。罪人になる貴女との婚約を破棄する」


 卒業式が始まる直前に今回も婚約破棄を言い渡された。流石に二度目にもなれば、緊張はするが心にゆとりが感じられる。

 レイナルドの言葉に会場内は一瞬でざわめきたったが、私は冷静に彼を見据える。

 回帰前は突然の出来事に困惑していて気が付かなかったが、彼は薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていた。


 その様子を見て、冤罪で私を殺すことに躊躇いもなかったことを理解した。


 今回は、私は言葉を返す代わりに彼に呆れ顔を返した。私の表情に苛立ちを見せたが、彼と腕を絡ませて隣に立っている令嬢が何やら話しかけると冷静さを取り戻し、彼はここぞとばかりに次々と私の悪事とやらを話し始めた。


 回帰前の罪状と同じ内容だ。

 最後に彼が私に言い渡した内容も同じ。


「コリィビス侯爵令嬢。私は貴女の行いを許さない。命をもって償え。この後、罪人コリィビス侯爵令嬢を斬首刑とする王命が下されるであろう」


 どうして、身に覚えのないことで死刑を言い渡されなければならないのか?

 私は口角を上げると目を細める。

 レイナルドの話を遮るかのように私は笑い飛ばす。


「私の婚約者でありながら、このような……行いを……」


「フフッ……フフフ……私に罪はありません。なので、罰を受けることもありませんわ」


 私は扇を開くと挑発するかのような嗤い声を出し、優雅に振る舞い彼に微笑んで見せた。


 眉をピクピクとさせ顔を引きつらせた彼は、鋭い視線で私を睨む。


「その罪状。証人は?証拠は?ありますのでしょうか?」


「もちろんだ。証人も証拠書類も国へと提出していてのことだが?」


 意気揚々とそう言う彼は、満足そうに口角を上げた。その様子に流石に笑えてくる。私を殺す気満々だ。


「証人と証拠書類?なるほど。では……その、国へと提出された証人と証拠書類が捏造だった場合は、このような場で私を断罪したレイナルド殿下には責任をとって、私と同じ罰を受けていただきますわ。宜しいでしょうか?」


「捏造だと?ふざけるな!確たるものだ。真実はひとつ。ハッ、お前が言うように捏造だという確たるものがあるならば、それを認め第一王子として責任を取り罰を受けてやろう」


 眉をピクリと動かした後で、彼の瞳が一度揺らいだ。


「フフッ。ありがとうございます。では、罰はどちらが受けるのか……ですわね。あぁ、それと本日は重要な書面をお持ちしておりますの」


 そう言って、私は書面を出す。


 先ずは1枚。

 婚約破棄が証明された書面だ。

 両陛下のサインと印章が成されたそれをレイナルドの護衛に渡すと彼に手渡した。


 レイナルドが受け取った書面に目を通す。

 その後で眉間にしわを寄せながら私を見る。       


「どういうことだ?」


「どうもこうもありませんわ。フフッ。私とレイナルド殿下の婚約は既に破棄されておりますわ。そちらに書いてある通り、レイナルド殿下の有責で、ですわ」


「なぜ、私が有責になっている」


 教えてもらえなければ分からないらしい。

 私は、ため息を吐いてから口を開いた。


「日頃の行いにより……ですわ。両陛下の印章、見えますわよね?レイナルド殿下の行いが不適切だと認めた為でしょう?フフッ、よかったですね。もう婚約破棄済みで……」


 複雑そうな表情を浮かべて私を見る彼に、今度は私が口角を上げ満足そうな笑みを見せる。


 そして新たに2枚の書面を出す。

 冤罪をかけられたことに対して反証を挙げるためのものだ。


「次はこちらですわ。こちらは国から届いた調査後の書面になります」


「何を調査したというのだ?」


「先ほどレイナルド殿下が私に冤罪をかけたようですが、この件については先に国が調査をしております」

「皆様もお聞きになりたいと思いますので、この場でお読みいたしますわ」


 レイナルドは私の言葉に一瞬で顔面蒼白になると、私が手に持つ調査書に手を伸ばすが届かずだ。足が震えて動けなく手は空を切っただけだった。


「隣国との違法の麻薬取引の件について。コリィビス侯爵が告発した『ムフィカス新男爵令嬢ミリエラ』は隣国ナタビニア国の諜報員として我が国に送り込まれた者。本国での名はミリエラ。ナタビニア国ではニータと名を名乗る者であり、ニータはナタビニア国の密輸人としても本国にて活動中。ムフィカス新男爵家の養女となり新男爵家の商会を通して不正薬物の密輸を行っている事実が判明。『第一王子レイナルド・ブルジョン』により高級茶葉として本国貴族令息令嬢にもたらされる。以上のことからコリィビス侯爵家の無関係が立証される」


 彼は反転攻勢に出た私を睨みつけ立ちすくむ。彼の隣で先程まで口角を上げ私をバカにしたような視線を送っていた彼女は、その内容に顔面蒼白で冷や汗を垂らしながら体を小刻みに震わせている。


「そしてもう1枚は、今の書類を国王陛下が認めた書面になりますわ」


 彼の様子に、私はにこやかに笑みを浮かべた。その後で口角を上げて、彼を真っすぐ見つめる。


「さぁ。次はレイナルド殿下が国に提出済みだという証人と証拠をお出し下さい。その証人が麻薬中毒者ではないことを願いますわ」


 長いまつ毛の奥にある碧い大きな瞳が私を真っ向から見据える。しかし、私の言葉の次に彼の言葉が発せられることはなかった。


 そして私は優雅な表情を作る。

 私にもたらされた『回帰』という奇跡的な現象に『報復』という希望を叶えるため。


「貴方の行いを許さない。命を以て償え。――斬首刑とする王命が下される。でしたわよね」


 そう言って、私は来賓席にいる両陛下に視線をずらした。

 両陛下の隣にはカーライル殿下が居たが、こんな醜態を晒している私は、彼を見る勇気がなかった。彼の瞳に私はどの様に映っているのだろう。




 両陛下の表情は、こんなことになるとは思いもよらなかったとでも言いたげだ。


 まさか、卒業式で王太子がこのような振る舞いをし、更に冤罪をかけた内容まで公表され……そして王太子に斬首刑を言い渡さなければならないとは。


 王家は、私の発言により第一王子レイナルドの罰だけでは済まなくなってしまったのだ。


「国王陛下に申し上げます。レイナルド殿下の件に関しては卒業後にというお話でしたが、このような公の場でのレイナルド殿下の行いに憤りを感じました。私もこの場で釈明させて頂きたく、黙っているわけにはいきませんでした。それと、今のレイナルド殿下とのやり取りをご覧になっていた通り、殿下は皆の前で発言いたしました。『許されることのない行いに、命を以て償う』ことを――。レイナルド殿下は、斬首刑を受けるとおっしゃいましたわ――」


 レイナルドが言った私の罪。

 そのことが斬首刑に値するのならば、彼にはそれ以上に私に冤罪をかけた罪が上乗せされる。


 人を殺す気満々でいた彼の顔はもはや見る影もない。

 

「国王陛下、ご決断をして頂きたく存じます」


 私が穏やかな口調でそう言うと、会場内には一瞬で張り詰めたような緊張が走る。


 国王陛下は、瞼を閉じ首を垂らす。その後で会場内を見渡すと重い口を開いた。


「レイナルド・ブルジョン。王太子という立場でありながら国を揺るがす犯罪に手を染め、今回の騒動の責任とマージュ・コリィビス侯爵令嬢へ冤罪をかけたことも含め……斬首刑と処する――」



 静寂した会場の中で、国王陛下の言葉が響き渡る。


 陛下の言葉に私は瞼を閉じ呼吸を整える。

 報復という名の幕が閉じ安堵する思いが胸を満たすと一筋の涙が頬を伝い落ちた。






誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。m(_ _;)m

↓↓↓

小説を初投稿してから一年を迎えることが

出来ました。ありがとうございます。

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