徒然に…
初投稿です。
ほぼ実話で何の発展も展開もない内容。一部、死を連想させる事が書いてあるので苦手な方は読まないか、閲覧にご注意下さい。
全身に剣山を押し当てるような痛みが走り、目が覚めた。
「…っ、痛い」
身体の痛みを覚えて、もうすこしで1年になる。
大学を卒業してから10年以上ずっと務めている会社を休職して半年。自分は何をやっているのだろう。これからどうすればよいのか。分らない。ただ漠然とした不安と焦燥感で息苦しい。
「…薬飲もう」
今は考えるなと後ろ向きな思考を明後日の方へ投げ飛ばし、ベッドから起き上がる。三十路を過ぎた身体はまだ横になっていたいと言う事をきかないが、寝ていても痛みが消える訳で無い事は、重々承知しているので負担にならないギリギリの力で『エイッ!』と内心掛け声を掛けて起き上がる。
寝起きの身体は油の切れた機械のようにギギギと関節の動きが悪い。起き上がるのも一苦労だ。
代わり映えのない毎日だが今の自分には、出来ることは少ない。朝起きて可能な限り整容して朝食、動ける日には溜まった洗濯。干し終わる頃には再び寝込むこともある。起きたら夕方に差し掛かっているのもザラだ。
体力を落とさないために夕方の散歩。無理をして歩くと次の日に響いて1日ダウンもありえるから距離は控えめ。
5種類ほどの錠剤を一息に呑み込んで独りごちる。
「何時まで続くんだろ。こんな生活…」
人付き合いは苦手だが、一人で何処へでも出掛けていた自分が、今では通院と近所への散歩へしか出掛けていない。
病気の発症前、仕事の忙しさに日常生活でも常にイライラし、言葉尻に棘を纏わせてしまい当時付き合ってた人と些細なことで喧嘩をし、そのまま別れてしまった。それからは特に交際には発展せず、独り身で過ごしている。
「逆に良かったのかも。理解されない痛みを説明したり、出来ないことを咎められないし…」
私の発症した病気は、極度の疲労や全身の疼痛を伴う。原因不明であり、投薬で痛みは和らぐが完治は難しい。難病ではあるが一定数患者がいるので医療補助があるわけではなく、通院費や生活費で日々消費される貯蓄に不安が付き纏う。
「最近は人工香料や光にも過剰に反応するし、大きな音も身体に響いて痛いし、どうすれば良いんだろう?」
臭いに敏感になり、吐き気を催すから洗濯には柔軟剤はNG。LED照明が目に強く涙が出続けたり、遠くの電車の音に合わせて身体を叩かれるように痛みが出たり、本当生活が難しい。
病気により死ぬことはないらしい。だが、痛みに耐えられずに自死を選ぶ人も一定数いるらしいので、『自殺病』の別名がある。
私の病状は軽い方だ。だからといって耐えられるかは別の話。慢性的に痛みに苛まれるのは精神的にも肉体的にも辛い。運動後の筋肉痛は時間が経てば消えるから耐えられるのだ。
どうして自分がと何度思ったことか。大概の大病を患う人は感じるのではないだろうか。誰にでも起こり得る病気だと知りながら、どこか他人事に思っていた…
「病気になるって突然なんだなぁ…」
覚醒して痛みは引いたがまだ脈打つように痛い。朝方は皮膚が乾燥しても痛みが出る。本当に厄介だ。ひとまず保湿をしようと全身に乳液を塗布していく。
「三十路くらいからサボることあったけど、今は前より保湿に気を使うようになったよなぁ」
良いのか、悪いのか。いや病気になるのは良いことではなかった。自問自答しながら今日出来そうな事を予定立てする。予定しても出来ないことがあるが、その時は次の機会に回そう。
…死なない程度に。食費の買い出しだけは何とか果たすぞと誓いながら朝食の準備に取り掛かる。
これが発病してからの私の生活。理解されないことの方が多い病気だが、完治は難しいので、これからも付き合っていかないといけないもの。嫌気は指すが、だからといって生きることを止める気はない。ゆっくり自分の身体と相談して生きていこう。
1年経って職場復帰した。
まだ身体は痛くなるけど、我慢できるくらいまで弱くなっている。
ただ、以前より物覚えが悪くなっている。相手の名前を覚えられない。戻ってきたのに目眩や吐き気があるから力仕事後できない。みんなに迷惑をかけているようで心後沈む。どうしたら折り合い後つけられるのだろう。
続くことはないと思われる。病状が良くなれば回復してく様子がかけるけど…
今は五里霧中状態。
読んで下さった方がいたら、ありがとうございます。
本当に突然発症するので無理だけは厳禁です。
1年経ってやっとDr.から仕事復帰のOKが出ました。
動きに制限があるけど働けることで生きてることを実感してます。