第91話:航河君への告白_4
素敵なお店をあとにし、歩き始める。もう少し居たいようなそんな気持であったが、私には時間がない。まだこのあと、航河君に告白しなければならないのだから。なんなら、そちらのほうが今日のメインイベントである。……あまり、認めたくはないが。
「暗くなるの、だいぶ早くなったよね」
「そうだね。あ、今日ヒールでしょ? それ。暗くなったし、歩くのに気を付けて」
「ありがとう。一応、ヒールがしっかりしたやつ選んだから、大丈夫なはず」
「千景ちゃんドジだから。なにもないところで転ぶでしょ?」
「う……微妙に思い当たるところ突いてこないで」
「ほら。だから用心してね」
「……はーい」
航河君は、私のことをいつも心配してくれる。そんなに危なっかしいのかと思うが、抜けていると他の人にも言われるから、その通りなんだろう。その優しさが身に沁みる。今日は特に、痛いくらいに。
「このあとどうする? カラオケでも行く?」
「あ、あのね。……私、行きたいところがあるの」
「どこ?」
「ちょっと、公園」
「公園?」
「……うん。私の家の近くのなんだけど。……良いかな?」
「わかった、良いよ」
――もう、後戻りはできない。
とくになにか聞くわけでもなく、航河君は一緒についてきてくれた。公園は、夜になると人気もなくなる。正直、告白する場面は誰にも見られたくない。邪魔されたくない気持ちもあるし、なにより恥ずかしい。だから、できるだけ誰も来ないところを選んだつもりだ。
家の近くの公園は、しっかりと手入れがしてあり、かつ遊具も綺麗である。座るベンチもあるし、夜は周囲をトレーニングで走っている人もいない。ときおり、どこかの家に帰る人や、家から漏れる笑い声は聞こえてくるが、気にならないレベルだった。
辿り着いた公園は、思った通り人気もなくシンとしていた。風でサワサワと揺れる木々の葉が、静寂に独特の音を落とす。
「とりあえず、座ろうか」
「うん。ベンチ空いてるね」
私たちはベンチに座った。布を通して伝わるひんやりとした感覚も、すぐに失う。夏から秋にかけて季節の変わる独特なこの空気と、夜の温度。ときどき聞こえる柔らかい秋の虫の鳴き声。暑いのも虫もは嫌いだが、この感覚はどちらかといえば好きだった。
「あー……今日は暑かったね」
「これから本当に寒くなるのかな? 確かに寒い日もあるけど、なんか全然想像できないよね」
「できないね。でも、プールと花火の季節は終わっちゃったのかぁ。ちょっと悲しい。……旅行に行くなら、違うところ考えないと」
「あはは、そうだね。……航河君は、どこかへ行くの?」
「俺は友達と温泉に行く予定。千景ちゃんは?」
「卒業旅行があるからね。いろいろとそっちに回していくか悩み中」
「なるほど。ねぇ、まだちょっと暑い日もありそうだし、近いうちにみんなで花火する?」
「えー、また警察来ちゃうかもよ?」
「そのときはまた、店長に前に出てもらう」
「大学生に間違われるまでが、一通りの流れだよね」
「そうそう。あれは衝撃的だったなぁ」
「童顔だとは思ってたけどね。警察に間違われるとは思わなかった」
なんとなく空を見上げると、月が輝いていた。
「あ、そういえば、早瀬さん覚えてる?」
「……忘れたくても忘れられないわ」
「戻ってくるらしいよ。来年っぽいけど」
「え、そうなの?」
「多分、年度明けかな。何人か来年入ってからお店辞めるでしょ? だから人手不足で、向こうから打診が来たんだって、俺はどうだ? って」
「度胸ある」
「あんなことしたのにね」
「本当だよ」
「一応報告はしたけど、人手不足には敵わないみたい」
「なんかブラックみたい」
「あ、でも、年度明けっていうのが、せめてもの配慮らしいね。ギリギリみたいだけど、千景ちゃんがいなくなってから」
「……他に被害が出ないと良いけど」
「ほんとそれ。あとさ……」
私たちは、今まで出会ってからのことを、まるで回想でもしているかのように話し始めた。誰が決めたわけでもないのに、その話は止まらない。昔を懐かしむように、ときどき空を見上げては、話を続けていた。
「結構濃いなー、こうやって振り返ると」
「そうだね。嫌なこともあったけど、だいたい楽しかった。……お店のバイトの応募して良かったよ」
「いつも千景ちゃんが隣にいた気がする」
「あはは。そうかな?」
「今後とも、よろしくお願いしまーす」
「……あ……」
いつもの調子で応える航河君に、私は次の言葉を出せなかった。
「あれ? どうしたの?」
「……航河君、あのね……」
「うん?」
「あの、私……」
(今……しかないよね)
手にじんわりと汗をかく。怖くて恥ずかしくて逃げ出したくて、スカートをぎゅっと掴んだ。
「大丈夫? 気分悪い?」
「……なの」
「え?」
「……っ……すっ……好きなの……!」
ビュウゥ――と今日一番の風が吹き、大きく枝を揺らした。
「航河君が……好きなの……」
今にも消え入りそうな声は、辛うじてその風の音にかき消されることなく、言葉を彼の耳へと運んだ。
「……え?」
「ずっと……ずっと好きだった。航河君のこと」
「いや、いやいや、冗談でしょう? 千景ちゃ」
「冗談で言えるわけないじゃん? こんな大事なこと――」
きっと、私は今泣きそうな顔をしている。怖い、返事なんか聞きたくない。今すぐにでもこの場から逃げ出したい。可能ならば『冗談だよ! 信じちゃった?』なんて冗談のフリをして、無かったことにしたい。でも、それは許されない。許されるわけがない。
――もう、言葉は紡がれて、外に出てしまったのだ。誰でもない私が。表に出したのだ。
実際、泣くのを我慢して口は半開きだし、口で小刻みに呼吸をしている。閉じてしまったら涙が溢れてしまいそうだから。スカートを握った手をそのまま開くこともできず、その状態で震える身体を抑えていた。




