第13話:突然の……_1
ある日のこと――。
「どう? もうすぐバイト初めて三か月経つよね。仕事にも慣れた?」
「はい、お陰様で。随分できることも増えましたし、忙しくてもなんとかこなせるようになりました」
「そっか、それなら良かった」
この職場の人はみんな優しい。三か月経った今も親切に教えてくれるし、体調や勉強のことも気にかけてくれる。
早瀬さんもそのひとりだった。もともと優しかったが、最近は早瀬さんと同じシフトになることが多く、逆に店長のほうは休みの日が私の出勤日と被る日が多いらしく、顔を合わすことが少なかった。私の歓迎会でグイグイ来ていた早瀬さんだったが、それ以降は特になにも言われなかった。航河君と一緒に帰ったし、なにか聞かれるかもしれない、くらいは思っていたのだが。ただ会話をするぶんには困らない。距離を測りかねているのかもしれないが、私にはそのほうが都合が良かった。
(平和なのは良いことだよね。下手な気を遣わなくても良いのは楽だし)
今日は世間でいう休日。少し稼いでおきたいと思った私は、一日フルでバイトを入れた。休日のほうが少しだが時給も高い。学生にとっては、その僅かな額があとから響いてくる。塵も積もれば山となる――というやつだ。当然平日に比べれば忙しくはなるが、配置される人員も増えるため乗り切ることができる。とくに社員が増えることは、大人が増えて安心感が増す。
「あ、そうだ。俺、今度別の店舗へ異動になるんだよね」
「あれ? そうなんですか?」
「うん。新店舗を作るんだって。そこの店長に。小さいなりに、この店も頑張ってるんだよねぇ。……あーあ。せっかく千景ちゃんとも仲良くなったのに、会えなくなるから寂しいわ」
「あはは、知っている人がいなくなってしまうのは、確かに少し寂しいですね」
「ほんとに? そう思う?」
「え? ……えぇ、まぁ」
「そんなふうに言ってくれるの、千景ちゃんだけだよ」
「いやー、そんなことないですよー、きっと」
(……あれ? なんだろう、この空気……)
一瞬『言ってはいけないことを言ってしまった』気持ちになった。そしてそれは、次の瞬間当たることになる。
「じゃあさ、異動の前に、一回くらいご飯行こうよ」
「へっ? ご飯ですか?」
「そうそう。いつも航河に邪魔されるからさぁ。結局、行ったことなかったよね?」
「……まぁ、そうですね。広絵とはよく行きますけど……」
「今がタイミングピッタリじゃない? 落ち着いて食べたいしさ、ふたりで」
「広絵や航河君を誘うのはどうでしょうか?」
「俺だって千景ちゃんとふたりの食事楽しみたいし?」
「えーっと……」
言葉に詰まる。想定していなかった。早瀬さんとふたりでご飯食べに行くなんて。航河君に注意するよう言われていたから、気にしていたつもりだったのに。歓迎会からの流れで、もう大丈夫だと思っていた。迂闊だった。完全に油断してしまっていた。まさかあれだけ言われたのに、まだ前向きに検討しているなんて思っていなかった。――でも、そうか。ふたりでシフトが同じになるタイミングが増えた結果、今日にいたってしまったのかもしれない。どうしても、会話も顔を合わせる気秋も増える。たとえどんなにその一回が短かったとしても。
「お店じゃあ予定もゆっくり決められないよね? ――これ、あげる」
そう言って差し出された名刺。早瀬さんのものだ。よく見ると、印字された社用のアドレスと共に、手書きで携帯番号が記入してある。
(……これだけ手書きだ。ってことは、プライベートの番号……? もともと書いてなかったってことだよね?)
「良かったら電話して」
早瀬さんは強引に私に名刺を渡すと、『午後は休みだから』と、帰って行った。
――そこから一週間。私は連絡をしなかった。
名刺を渡された手前、連絡を入れないのは失礼かと思ったが、連絡を入れてしまえば私の連絡先がわかってしまう。それは避けたい。店長の相崎さんとは好感していたが、早瀬さんとは連絡先を交換していなかった。そして今までも必要がなかった。……杞憂かもしれないが、言いかたが悪いがバレたら連絡が来るかもしれないし、なにかふたりきりの用事をまた言われるかもしれない。今まで通りバイトのことはお店の電話からかけてもらえば良いし、どうしても必要なら相崎さんに繋いでもらっても良い。
(私からはあえて聞かなかったんだけど、そういうのは全然気にしないタイプなのかな……)
一週間経って、罪悪感は薄れてきたが、もし次シフトで一緒になったらなにを話そう、と考えてしまう。今はまだ、あれからシフトは被っていない。新店舗の打ち合わせでいないことが増えたからだ。
「千景ちゃん帰ろー」
「はいはい。そっち終わった?」
「うん。先出て入り口の前にいるから」
「わかった。着替えるからちょっと待ってて」
今日はラストまでのシフトだ。シフトが一緒になると、航河君はいつも家まで送ってくれる。割と近所に住んでいるのも理由のひとつらしいが『ひとりで出歩くのは危ない』と、気にしてくれているのだ。……航河君には、もちろん彼女がいる。女性とふたりきりになるのは嫌がりそうなものだが、何度聞いても航河君の彼女は一切気にせず、にこやかに送り出してくれるらしい。先日は、広絵と一緒にご飯を食べに行ったそうだ。今までも何度か一緒に行ったらしく『広絵さんね』で彼女の美織ちゃんには通じてしまうらしい。それは広絵もあっけらかんと話していて、航河君カップルは【そういう関係】なんだと再認識した。
(やっぱり、ヤキモチ妬いちゃう私には、よくわからないわ……。でも、遅い時間に家まで送ってもらえるのはありがたいから、彼女さんに感謝感謝。美織様ありがとうございますううう)
思わず手を合わせて、誰もいない空間に向かって拝んだ。
……現状、私には誰か報告する相手も、ヤキモチを妬く相手もいない。――男性は。




