ラベンダー畑の世界
一面にラベンダー畑が広がっていて、
空も ぜんぶ 紫色だった。
ここは世界の終末で、
殆どの人は消えてしまったけれど
ひとり 鼻歌を歌う少女が残っていた。
彼女は白いワンピース 揺らして
ひとり ラベンダーを ひとつ 持って
鼻歌を歌う。
それは世界の終末の歌だ。
その声は
どこまでも どこまでも澄んで
からり からりと
地面に刺さった 小さな風車が回る。
かつては いろんな人がいて、
いろんな人が 笑ってた。
からり からりと
少女にたくさんの人が笑いかけた。
たくさんの 大好きを持って、
少女も 人々も 笑っていた。
雨が降っては 傘をさし、
雷が鳴っては コンセントを抜いた。
夏に晴れたら クーラーをつけて、
冬に雪が降れば マフラーをつけた。
春夏秋冬 いろんな季節を過ごした。
どこにでもいる ふつうの少女だった。
ラベンダーの香りなんて
芳香剤でしか嗅いだことがなかった。
それなのに いろんな人が
少しずつ 少しずつ
徐々に じわりじわりと減っていった。
それは まさか それが
世界の終わりだなんて
誰も思わないように 唐突に世界は死んでいった。
人が一人 死ぬ代わりに
ラベンダーが一本ずつ 増えていった。
いい匂いが世界に充満する頃には
もう 世界は死んでいた。
どこにでもいるような
少女だけが残った。
もう、鼻歌を歌うくらいしか
やることがなかった。
大事な人たちも 偉い人たちも
ぽつり、ぽつりと死んでいった。
たくさんの思い出がある人も
まったく思い出がない人も
死んでいくのは 悲しかった。
どうして この世に死があるのか、
わかるけれど わかりたくなかった。
こんなに 当たり前 が 無くなるのは
ありふれたことだったっけ。
もう、 唐突が 多すぎて ついていけなかった。
今いる人が 過去の人になってしまうこと
早すぎて ついていけなかった。
少女の親も 弟も 犬も
親戚も 話したことがないクラスメイトも
みんなみんな 少女を残して死んだ。
空はずっと 紫で、
すべての雲は どこか一つに 向かおうとしている。
その先に 太陽があるような気がした。
少女の足が 崩れ落ちる。
あぁ、これで自分も 思い出になると
少女は思うが
もう 誰も思い出せる人がいないから
思い出にすら なれないと
思ったときには 体はすべて 朽ちていた。
あとに残ったのは ラベンダー。
これで少女もラベンダー。
たくさんの人 たくさんの思い出
今ではもう 何も無かったみたいに
存在していた証拠がない。
ぜんぶぜんぶ ラベンダーになって消えてしまった。
それでも確かに 生きていた。
証拠なくとも 生きていた。
当たり前が崩れていく世界で
それでも少女は鼻歌を歌っていた。
今ではもう 一面ラベンダーの世界で
太陽はそれでも 昇ろうとしていた。