9,不法侵入者の微笑み
Q、何故書き終わってるのに投稿しないのか?
「あぁ……辛い」
朝、目覚めると、全身がだるさを訴えかけてきた。
関節と頭が痛く、吐き気が止まらない。
べっとりと張り付くシャツが気持ち悪かったが、脱ぐ気力も残っていない。
ベッドで寝がえりを打つと、丁度チャイムが鳴った。
「ま、じかよ……。今出るのはキツい……」
流石に、今くらいは、居留守して良いよな……?というか動けない。
あ、意識が――――。
視界がブラックアウトする寸前、ガチャ……という、鍵の開く音が聞こえた、ような気がした。
***
目が覚めた。
「……?」
なんだか、額が冷たい。
それに、汗でシャツの張り付くような感覚がなかった。
「あ、目が覚めましたか」
「――――!?」
――――は?
おい、ちょっとまて、何がどうなった。
夢か、夢なのか。
そうだよな、そうなんだな?
そうじゃなかったらおかしい。
「なんで、俺の家に、蓮水がいるんだ」
「看病しに来たんです」
目を開けたすぐ前に、蓮水の整った顔があった。
思わず声をあげれば、返事があった。
「……夢、だよな?」
「現実です」
……どうやら、現実らしい。
何がどうなっているんだ。
「鍵は」
「……開いてました」
え、マジか。
鍵かけ忘れるなんて、俺としたことが……。
「あ、熱冷ましシート替えますね」
「ああ、ありがと……って違う、そうじゃない」
というか待て。
「まずなんで俺の家を知っているんだ?」
「……えっと……久遠さんから聞きました」
俺の額からシートを取りながら、そう告げる蓮水。
「あいつ……」
頭の中に、ニヤニヤと笑う亮二の顔が浮かぶ。
学校であったら、一発殴る。
「で、なんで居るんだ?」
「だから、看病しに」
「違う、なんで俺の看病をしに来たのかってことだ」
思ったよりも刺々しい声が出てしまった。
なんだかんだ、看病してくれること自体はありがたい――有難迷惑ともいうが――なので、謝る。
「あー……すまん、ちょっと嫌な言い方した」
「いえ、かまいません。私が勝手にやってることですし」
「……そうか」
なんとも言えず、黙るしかなくなった俺に、蓮水が続けた。
「それに、神影さんが風邪を引いたのは私のせいです。ですから、私が責任をもって看病するのは当たり前です」
「待て待て、なぜそうなる」
まず、俺の風の原因が蓮水?
――――あー……。
「もしかして、傘の件を言ってるのか?」
「勿論です。あと、そのことで言いたいことがあるんです。傘、とても助かりましたし、ありがたかったですが、それで神影さんが犠牲になるのは違うと思うんです」
ふと見れば、思わぬほど真剣な顔でこちらを見つめる蓮水の顔が、近くにあった。
「……俺が勝手にやったことだ。文句を付けられる謂れはない」
その、真剣な声音に気圧され、返す言葉が見当たらず。
我ながら、子供じみた言葉が口からこぼれた。
「ふふっ、そうですか。でしたら、私が神影さんを看病するのも勝手にすることですので、文句を言わないでくださいね」
「……それとこれは」
「違いませんからね?」
完全に反論を遮られた。
なんだか、誘導された気がするのは、気のせいだと思いたい。
「風邪を引いているのですから、大人しく寝ていてくださいね」
「……はぁ」
何も言えず、せめてもの抵抗にため息をついて見せたが、微笑みを返されるだけだった。
――亮二と愛衣以外の奴をウチに入れたのは、初めてな気が……。
他の奴よりは抵抗感が少ないのが、少し不思議だった。
***
「神影さん、食欲はありますか?」
「……ある」
どうやら、蓮水が台所で何かを作っているらしい。
先ほどから台所で凄く良い匂いが漂っていて、お腹が減りっぱなしなのだ。
とても不本意だが、お言葉に甘えることにする。
「ふふっ。それは良かったです。お口に合うと良いのですが」
そう言って台所からベッドへとやってきた蓮水の手には、湯気を立てるお粥があった。
「……さんきゅ」
「はい、どういたしまして。不本意そうですね」
「……すまん。ありがたいし、失礼なのはわかってる。だけど、心境的に、どうしてもな……」
他の人より拒否感はないとはいえ、亮二や愛衣とは違って仲が良いわけでもない。
やはり、ある程度の拒絶反応は出てしまうのだ。
「……そうですか」
――――なんでそんな悲しそうな顔をするのか、俺にはわからなかった。
「大丈夫です。これから、神影さんに受け入れてもらえるように頑張りますから!」
「…………どういうことだよ……」
その、眩しい笑顔をやめてくれ。
大輪の咲くような、という言葉があるように、まさに花咲くように笑みを浮かべた蓮水の顔が、俺には眩しすぎた。
「とりあえず、ご飯を食べますか?」
「そうだな」
「はい、あーん」
「……は?」
「はい、あーん」
「おいどうした」
「はい、あーん」
誰か助けてくれ。
蓮水が壊れた。
真っ赤な顔で、スプーンを俺に突き出して固まっている蓮水を見て思う。
何がしたいんだコイツは。
「ぐ、具合が悪いのでしょう?看病すると決めたのですから、最後まで世話をするのは当然です!」
「い、いや、別に自分で食べ――――」
「だ、駄目です!」
訳が分からなかったが、とりあえず起き上がろうとした俺を、蓮水が左手でベッドに押し戻した。
「お、おい」
「は、恥ずかしいんですから、早く食べてくださいっ!」
「いや、恥ずかしいならやらなければ」
「う、うるさいですっ!いいから食べるっ!」
「――ッ!」
右手に持っていたスプーンを、俺の口の中に突き入れた蓮水が、耳まで真っ赤にしている。
ぷるぷると震えながら、それでも決して手を放そうとしないのは、いったい何なのか。
「――――ぁっつ!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
味云々じゃなく、純粋な熱が口内を蹂躙する。
それでも何とか口の中に突っ込まれた分を咀嚼して嚥下すると、後からだんだんと味がわかってくる。
ふっくらとしたご飯が、噛めば噛むほど甘さを運んでくる。
出汁のきいた汁が、柔らかい米粒と絡んで優しく食欲を掻き立てる。
そして、上にちょこんと乗った梅干しが、程よい酸っぱさを醸し出し、よりお粥の甘さを引き出していた。
とりあえず、端的に言えば――――。
「……美味い」
「――ッそうですか?それは良かったです」
どことなく不安そうな顔をしていた蓮水に、素直な感想を伝えれば、パッと満面の笑みを浮かべて、全身で喜びを表している。
口元を綻ばせては、それを隠そうとして隠しきれていない。
その仕草に、心臓が少し早くなったのは、気のせいだと思う。
「はい、あーん」
「うっそだろ……まだやるのか?」
「世話をすると決めましたから!」
別に世話をするといったところで食べさせるところまでが入るわけじゃないと思うんだが。
だが、耳を茹でだこのように赤くしながらもキッパリと告げる蓮水は、どうにも意思を覆らせそうになかった。
「はぁ……もういい。気が済むまでどーぞ」
「っはい!」
投げやりに言ったものの、何故か幸せそうな蓮水の笑顔を見ていると。
なんだか、これでよかったような気がしてしまうのだった。
「頬が真っ赤ですよ?どうしたのですか?」
「……風邪のせいだろ。それに、お前こそ顔真っ赤だぞ」
「こ、これは……そ、そうです、風邪移されたんです!」
「んなわけ」
俺の頬が熱いのは、風邪のせいだ。
そうに決まってる。
……こんな間の抜けたやり取りを、あの二人以外とすることになるなど、思いもしなかった。
そんな、現実逃避気味の思考すら、熱に浮かされた頭ではとどめておくこともできず、消えていくのだった。
……あ。風邪が移るからって断ればよかった。
A,忘れてました