6,陰キャに惹かれる陽のもの(蓮水視点)
「それじゃあ蓮水、入って自己紹介を」
先生に促されたので、教室へと入ります。
もう、何度目かの転校なので、こういう時の挨拶には慣れていますが、今回が最後の転校と言っていましたから、第一印象は大事にするべきでしょうか。
「初めまして、今日からこの学校に来ました、蓮水七紬です。これから、どうぞお願いします」
背筋を伸ばすことを意識して、挨拶をします。
下を向いていても感じる、突き刺さるような好奇心の視線に、内心でため息が出てしまいました。
結局、何処も同じなのでしょうか。
その後、学級委員の橘さんの隣に席が決まってからすぐに、沢山の人に囲まれてしまいます。
まあ、こうなることはわかっていましたし、覚悟はできていました。
これから数年間の付き合いなのですから、社交は大事にしなければいけませんしね。
嫌な視線には気づかないふりをして、私はそう、心に決めました。
「かー……つれねぇなぁ」
「心底どうでもいい」
「お前も彼女作りなよ。そうすりゃ良さがわかるって……」
「……。……、……」
ふと、そんな会話が聞こえてきました。
なんとなく目をやれば、楽しそうな男の方と、眠そうな、少々目つきと顔色の悪い人が会話をしているところでした。
その後二人は、私のほうをちらりと見ただけで、また会話へと戻っていきました。
私のことを特に気にしていなさそうなその目に、少しだけ。
興味がわきました。
天邪鬼なのは自分でも承知です。
***
「はぁ……疲れました」
思わずため息がこぼれてしまいます。
転校初日は、いつもこのような感じになってしまいます。
ある程度諦めはついているのですが、それでもやはり疲れることに変わりはありません。
今までずっとすぐに転校していたので、あまり交友関係で悩むことはなかったのですが、これからはこの高校で過ごしていくことになるのです。
友達を作りたかったと思いつつも、私には無理だろうなという諦観が体を重くします。
なにせ、今までずっと必要以上の人付き合いから逃げてきた、卑怯者ですから。
「はぁ……」
結局、どう接していいかわからず、少しだけ取り繕った仮面で初日を切り抜けたはいいものの、これからずっとこの仮面をかぶったまま高校生活を送るのかと思うと、さらに気分が沈んできました。
なんだか、歩く気力もなくなってしまって、暗い帰り道の途中、ふと目に入った公園に、気づけば足を踏み入れていました。
誘われるように、ぼんやりと灯る街灯の下、寂れたベンチに座り込みます。
暫く、此処でのんびりすることに決めて、腰を下ろします。
しばらくして何とか気分を持ち直した私は、だれも待っていないマンションの一室に、とぼとぼと歩みを向けていきました。
***
次の日も学校に行くと、私の、状況がよくなっているといいなぁという淡い期待はすぐに打ち砕かれました。学校に着くなり、昨日と同じか、あるいはそれ以上の人々に囲まれてしまいます。
私は、外面という仮面をかぶりなおしながら、心の底でこっそりと、ため息をついてしまいました。
しかも、それだけでは終わりませんでした。
まだ、二日目。一番長い人でも知り合って2日だというのに、まさかの告白を受けました。
正直、気持ち悪さしかありませんでした。2日の付き合いで、何が分かるというのでしょうか。
断ったときに逆上して襲ってこなかっただけ、よっぽどまともではあったのでしょうね。
というか、疲れていたせいでしょうか。私も、よくもノコノコと屋上などという人気のない場所に赴いてしまったものです。襲われなくて本当に良かったと、あとになってから胸をなでおろしました。
結局、午後も人だかりが解消されることはなく、動物園のパンダのような見世物感を味わい、疲労を感じながら帰途につく途中、昨日の公園に足が向いてしまいます。
何かあるわけではないのですが、自然とさびれた公園のベンチに腰を下ろし、人気のないことを確認してからようやくかぶっていた仮面をそっと外しました。
私が、私でいられる時間。
――思えば、それがすべての始まりと言えるのかもしれません。
「……どうぞ」
気を抜いていたところに突然声を掛けられてしまいました。
低温な声に、顔をあげれば、そこには見覚えのある制服に身を包んだ一人の男子生徒が居ました。
――不味いです。
慌てて雰囲気を取り繕いましたが、誤魔化せては……いないでしょうね。
私の心の安寧の場所を早速潰されてしまったことが悲しくなりましたが、まぁそれは時間の問題でしょうから、気にしないことにします。
とはいえ、何故か手に二つの缶を持ったその男子生徒には、見覚えがあります。
確か、私に興味のなさそうな目をしていた二人の男子のうちの一人、目つきの悪い方のほうですね。
「ぁ……あったかい…………」
反射的にお礼を言って、缶を受け取りました。
缶の温かみに、今更ながら体温が随分と奪われてしまっていたことに気づきました。
自然と、強張っていた体から力が抜けていきます。
少しだけ、心が軽くなったような、そんな気がしました。
ですが、まだ安心はできません。
そんな思いから、何故ここに居るのか問いかけると、帰りだと返されました。
あ、そうですよね……。
少しだけ自意識過剰が恥ずかしくなりました。
わざわざストーカーしてくるわけは、流石に…………。
いや、実際にありましたから、私が自意識過剰なわけじゃないはず、です。それに、すでに今日は告白もされているのです。警戒するに越したことはありません。
まあ、のんきに缶コーヒーを呷っている神影さんを見ていると、そんな警戒をしているのが馬鹿らしくもなりますが。
久しぶりに飲みましたが、ホットミルクティー……おいしいです。ホッとする温かさ。
「……気を許せる奴は、誰かできたのか?」
神影さんから、不意にそんな質問が飛んできました。
その、あまりにも的確に私の心を抉る質問に、自嘲気味の笑みが口元に浮かんでしまいました。
「……いえ」
「そうか」
特に何を言うでもなく、ただ頷いていただけたことに、少しだけほっとします。
安易な慰めや、「じゃあ俺と」と言われていたらどうしようかと、返事の跡に少し思ってしまいましたが、杞憂でよかったです。
「随分人気だったが」
「……パンダの気持ちがわかりますよ」
自分でも、らしくないと思ってしまうような皮肉が、口からこぼれてしまいました。
「いくら囲まれても、実際に友達と呼べるのかは別問題ですから」
「……」
「沢山の薄いつながりしかない友達より、少しの気を使わなくていい友達が欲しい―――って、すみません、いきなり。こんなこと話されても迷惑ですよね」
「……いや、別に」
どうしてしまったのでしょう、私は。
こんなこと言うつもりではなかったのに、気づけば初対面の神影さんに、愚痴めいたことを喋ってしまいました。
普段なら絶対にそんなことしないというのに。
「心底同意する」
「……」
ぶっきらぼうな声。
ですが、その声に込められた想いは、決してその場限りの、お為ごかしではないというのが、伝わってきました。
不覚にも、少し、嬉しくなってしまいました。
「御影さんは、友達は?」
「……碌に居ない。亮二くらいか」
その瞬間、私は自分の失言を悟りました。
ハッキリと声が硬くなった神影さんが、缶コーヒーに目を落としています。
「そう、ですか。……ハッキリと友達といえる人がいるのは、素敵ですね」
「……そうだな」
何とかひねり出した言葉は、ごくありふれた、それでも心の底からのものでした。
頷いた神影さんの顔が、穏やかなものだったことが、救いです。
「気を許せる奴が、出来るといいな」
暫くの静寂の跡、ポツリとそう言った神影さんの声が、酷く優しくて。
私は、神影さんが缶コーヒーを飲み干して、去っていくのをただ眺めていることしか出来ませんでした。
……また、お話ししたいと。そう、思ってしまったのは、悪いことなのでしょうか。