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4,棘なき刃は、心底をも穿つ


「ねぇねぇ、蓮水さん。放課後、みんなでカラオケ行かない?」

「いこいこ!」

「えっと……」

「良いよね?あっ、何か予定あったら断ってくれていいから!」

「その……」

「他にもいっぱい来る予定だから!」


学校に来て早々、嫌なものを見てしまった。


蓮水が、何人かの女子に囲まれていた。

それは決して、悪意のない行為。


純粋に、仲良くなりたい人を遊びに誘うだけの行為。



だが、だからこそ、善意は鋭い刃を持つ。

無駄な棘がついていないからこそ、心の深くまで抵抗なく入り込み、大切な部分をいとも簡単に傷つけてしまうのだ。


「ご、ごめんなさい……ちょっと、用事が入っちゃってて」

「えー、なんだ、つまんなーい」

「ちぇー」

「ごめんなさい、また今度良ければ誘って下さい」


彼女が断った瞬間にクラス全体の雰囲気が盛り下がったのを敏感に感じたのか、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「はーい」


――――気を使わなくていい友達が欲しい。


彼女の、若干硬い横顔に、そんな言葉がフラッシュバックした。



黙って目をそらす。

俺には、関係のない話だ。


他人の交友関係に、口を出すつもりはない。



「お、玲一ー、おは」

「……おはよ」

「昨日のあれ見たか――――」


***


どうやら蓮水は、男子が苦手なようだ。

というのも、女子と話しているときに比べ、男子に話しかけられた時の表情が微妙に硬いような印象を受けるのだ。


……別に、俺が観察しているわけではなく、彼女の存在感ゆえに目に入ってきてしまうのだ。


これは、亮二も同意見だったようで、「嫌われなくなかったらグイグイ行くのはやめておけ」と男子たちに注意している様子が散見された。

実際その気遣いが蓮水に向けてのものであることは明らかで、亮二らしいなと思った。



暗い曇天を見上げながら、天気が崩れる前にと足早に家に向かう途中。



……蓮水は、今日も公園のベンチに座っていた。


文庫本を片手に、時折何かを待っているようにキョロキョロとするその姿に何となく危機感を覚え、隠れて家に向かった。別に俺が隠れる必要などなかったはずなんだが。



前に自分で話しかけに行ったのはただの気まぐれ。

他人と関わるつもりは、無い。



――……あれ、そういえば。用事があるとか言ってなかったか。


***


家に帰ると、ブレザーのポケットから鍵を取り出して、自分の部屋を開ける。

とある理由から、高校生の身分でありながら俺はマンションの一室を借りて一人暮らしをしている。


帰ってからすぐに課題に手を付ける気分にもなれず、俺は手持ち無沙汰に自分のPCを開いた。

無意識のうちに、カーソルがファイルに移動し、一つの見慣れたウィンドウが音もなく出現した。


そこに表示されているのは、数多の小説。


誰に見られることもなく、完成を待ちわびる小説たちだった。



暫く、並ぶタイトルを見つめていた俺は、静寂の中に圧迫感を覚え、そっとパソコンを閉じる。


どれ一つとして完結していない、中途半端で無機質なデータ群。

その、書きかけの小説たちは、まるで今の俺の生き方そのものを表しているかのようで。


「……」


かつては輝いて見えたタイトル群も、今となっては鼻で笑うような紛い物。

一つ、かぶりを振って、俺は愛読書を手に取った。


***



「なぁ玲一、そろそろ他に友達欲しくならない?」

「ならない」

「まぁまぁ、そう言わずにさ」

「しつこい。てかまず俺の友達の有無はお前に関係ないだろ」

「いやぁ、あるんだよなぁこれが。俺はお前がこんなにいい奴なんだってみんなに伝えたいんだよ」

「……無理」


もう何度も繰り返された会話を、今日も亮二と繰り返す。

こいつがいい奴なのはわかるが、こういうお節介なところは正直面倒くさい。


それに、俺はそんなに良い奴じゃない。



「あ、亮二君、ちょっといい?」

「ん、良いよ」


そうこうしていると、亮二は何かの用事で呼ばれて離れていった。



――……ところで。


気のせいだと思う。


思いたいが。



ちょくちょく蓮水からの視線を感じるのは、何故なんだろうか。

振り向いてはいけないような気がして絶対に斜め右後ろは見ないようにしているが、なんだか凄く視線を感じる。


どうにも居心地の悪さを感じながらも、特に何も起こることもなく一日は終わった。



と思って、安心していたのに。



「良かった、会えました」


何故この人は俺の帰り道で待ち伏せしているのでしょうか。



「……何か用?」

「はい」


会えたと笑う彼女の笑顔が眩しくて、俺はさっさと会話を切り出して終わらせようとする。


「その……とっ」

「と?」


何故か少し頬を赤くして言葉に詰まる彼女。


「とっ、友達――を紹介してください!」

「――――。は?」


反応が遅れたのは、俺のせいじゃない。

誰だって、この美貌でうるうると上目遣いをされて平気でいられるわけがないのだ。


俺は悪くない。


「ああえっと、あの、ほ、ほら!神影さんから見て、その……大丈夫そうな人を紹介していただけないかと」

「……なぁ、わざと言ってるだろ」


何故かわたわたと手を動かしながら説明する蓮水。

同時に、今まで蓮水に対して感じていた、神秘さや静謐さがすべて吹き飛んだ。

誰だこのポンコツ感漂う女子生徒は?

……疼き出す記憶には、蓋をして。全力で記憶の大海原に投げ捨てる。


「何故わざわざ友達のいない俺に言った」

「え、えっと、あの……」


学校では見ることのないような挙動不審な彼女。

会話を続けるのが精神的に辛くなってきた俺は、諦めて口をひらいた。


「はぁ、まあいいや。知らんが、久藤と橘は仲良くしておいて損はないと思う。他は知らん」

「ッ!有難うございます!」


慌てていた彼女は、俺の言葉にぱぁっと顔を輝かせ、ばっと頭を下げてきた。

その姿にもかつての記憶を重ねてしまい、見てられなくなった俺は、踵を返すと足早にその場を立ち去ることにしたのだった。


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