2,拒絶と苦い思い出
「はい、抜き打ちチェックー!」
「……いい加減もういいだろ」
次の日、学校にやってくると、出合頭に亮二に腕を取られた。
どうしたんだこいつ。
「いやぁ、俺が気になっちゃうんだよ。まあいいや、今日も元気でよろし!」
「なんだそのキャラ」
「自分でもわからん。適当にしゃべってるだけだし」
「だろうな」
そのあとは、いつも通り。
一時間目の用意をしながら、亮二とどうでもいいことを駄弁って時間をつぶす。
俺と亮二の共通の話題は実はあまりないのだが、どちらも知らないことを聞くのが苦ではないため、割と一方的にどちらかが話していることもある。
だが、今日は、一つの話題で話し合っていた。
新しい転校生についてだった。
というのも、なんとなく教室を見ながら亮二と会話をするのだが、転校生の存在感がありすぎて、話題がすぐそちらへ引っ張られてしまうのだ。
まあ、亮二は彼女に一途だし、俺は一切恋愛に興味がないので、恋愛話でもなく、ただ見た感じを話し合っているだけなのだが。
「にしても、人気あるな」
「そうだな」
今も大勢の生徒に囲まれている転校生を、見るともなく見ながら、とりとめのない会話を続ける。
非生産的にもほどがあるが、大抵の高校生なんてこんなもんだろう。
その時限りのネタに走り、享楽に甘んじ、惰性で友と笑い語らう。それで幸せを感じて、日々に彩を見いだせるのだから、その会話の内容がカルピス原液くらい濃かろうが、逆に希釈しすぎて水にしか感じないほど薄かろうが、関係はないのだ。
……別に昨日ぼんやりしていてカルピスを原液で飲んでしまったことは関係ない。
「……うーん……なんかなぁ」
「どうした?」
「いや、大したことじゃないんだけど」
何か気になる様子の亮二に問えば、はっきりしない答えが返ってきて、首をかしげてしまう。
その拍子に前髪がさらりと目にかかり、髪の毛を切りたい衝動に駆られた。そういえば、暫く床屋に行ってない。
「なんていうかなぁ……壁がある、というか」
「……あぁ」
「笑顔は笑顔だけど、作り物めいてるというかさ。なーんか、息苦しそうだなぁと」
「……よくそんなのわかるな」
少し、笑顔が完璧すぎるきらいはあるが、俺にはそれについて転校生がどう思っているかなど見当もつかない。
亮二の観察眼は、俺も何度か驚かされているし、今回も的を射ているのかもしれない。
「まあ、あくまで俺の主観だけどな」
「んー、私もそー思う!」
「……いつの間に」
亮二の言葉に感心して頷けば、苦笑してそう言葉を連ねた亮二だったが、思わぬ援護射撃が後ろから入る。
「愛衣、おはよう」
「うん、おはよーりょーくん!あとれーいちもね」
「……ああ、お早う」
亮二の後ろからひょっこり顔を出したのは、望月愛衣、亮二の彼女だった。
「はいこれ、りょー君のお弁当」
「おっ、さんきゅ!いつもいつもありがとな、ほんとに」
「りょー君の為だからね!でも、ありがたく思ってるならお礼に今度買い物に付き合ってね!」
「勿論」
目の前で、朝っぱらからいちゃつく構図を見せられる俺の気持ちになってほしい。
もうだいぶ諦めてはいるが、一応いつも通りの声をかける。
「イチャイチャするなら他所でやれ」
「うーん、却下!」
「羨ましいなら玲一も彼女作れよー」
ともにニヤニヤしながら俺の言葉を全否定する。
まぁ、正直この流れは知っていたので、ため息をつくのみにとどまった。
――というか純粋に、恋人とは言え毎日他人のためにお弁当を作れる愛衣を尊敬する。
「そういえば、さっき蓮水さんの話してたよね?」
「ん?ああ、してたな」
「蓮水さんねー、なんか少し寂しそうだよね」
「寂しそう?」
亮二とまた違った愛衣の言葉に、疑問を問いかければ、手で亮二といちゃつきながら愛衣が言った。
亮二と似て、愛衣もまた他人の観察眼に優れている。いや、どっちかというと野生の勘か。
グイグイと仲を詰めて、気づいたらたくさんの友達を作っているタイプ。
底抜けに明るいその性格で、亮二の彼女として楽しそうに毎日学校生活を送っているようだ。
亮二の友達だからか俺にも親しいが、個別で見ればこいつと関わることは無いだろう。
「うん。クラス違くて話したことないから何とも言えないけどさ。いっぱい人周りにいるけど一人というか」
「ふぅん……そんなもんか」
俺にはよくわからない話だったが、彼女が他人に気を許していないのは亮二と愛衣が二人ともに言っていることからして確かなのだろう。
だとしたら、少しだけ、共感できるかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていると、HRの三分前のチャイムが鳴る。
「ほら、愛衣」
「はーい!またね、りょー君にれーいちも」
「……おう」
愛衣は俺や亮二とクラスが違う。
そのため、慌てて挨拶を交わすと教室を出ていった。
なんとなく、転校生の綺麗な笑みを見た。
ふと、あの夜のベンチでの姿を、思い出した。
***
「玲一、飯食おうぜ」
「あー……すまん」
「あー、了解。じゃあまた後で」
四時間目の授業も終わり、亮二がご飯に誘ってくるのを断ると、勝手知ったるといった風に頷き、そのまま教室を出ていく亮二。
偶に起こるのだ。
人と、関わりたくなくなることが。声を出すのが、空気を読むのが、相槌を打つのが、唯々億劫になってしまう。
誰とも話さず、ただ静かに息をしていたい。何も考えないで、ぼーっと微睡みたい。
そんな、虚無の時間が、時たま無性に欲しくなってしまう。
きっと、理解などされない。そう諦めていた俺を救ってくれたのは、中学校の先生だった。
あの人にこの感覚を認めてもらっていなかったら、亮二に話すこともなかった。でも、実際には俺を受け入れてくれる人が、前例があったから、亮二にもきちんと事情を話すことができた。
当然のごとく、「じゃあしょうがねぇわな!」などと笑ってくれた亮二には感謝している。
本当に、俺には過ぎた奴だ。こんなわけのわからない奴の面倒を、嫌な顔一つせずに焼いてくれるのだから。
感謝と少しの罪悪感を胸に抱えながらも、俺はこうなったときの定位置である、屋上へと向かう。
勿論、本来は屋上に上ることは禁止されているが、まったく人が寄り付かないため、俺にとってはうってつけの場所なのだ。
教師の目もないしな。
そんなことを考えながら、市販のお弁当をもって階段を上っていると、屋上へと続くドアがわずかに空いていることに気づいた。
「……誰かいるのか」
最悪だ。滅多に人を見ないからここまで来たのに、人がいるのでは意味がない。
暗澹たる思いを抱えながらも、誰が俺の邪魔をするのかと八つ当たり気味にドアの隙間から屋上を除くと。
「――――俺と付き合って下さい!」
転校生が、居た。
「ごめんなさい、無理です」
「なっ――――なんでですか!?」
それも、見覚えのない男子に告白されている最中の。
見てはいけないものを見てしまったような俺は、すぐに目を離そうと思ったが、ある一点に目が吸い寄せられた。
「……」
完全に凍ってるとしか言いようのない表情で男子の告白を撥ねつける転校生に、何故か少しだけ胸が騒いだ。
「貴方のことを知りませんし、そもそも私はどなたとも付き合うつもりはありません」
「――――」
男子が膝から崩れ落ちたが、俺はそれよりも転校生の、他人を拒絶するような顔に意識が向いていた。
(……壁があるというか)
(……寂しそう)
ふっと、朝の会話を思い出した。
――――拒絶、か。
あまりにも身に覚えのありすぎるその言葉に、胸中に苦いものを感じながらも、俺は転校生から目を引きはがすと急ぎ足に階段を下りて行ったのだった。