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13,『蝕む孤独が、恋と消ゆ』

やってしまった。


表情の抜け落ちていく蓮水の顔を見ながら、俺は心の中で激しく後悔していた。

もうちょっと、他に言いようはあったはずだ。本心をそのままぶつけることが、どれだけ人を簡単に傷つけられるのか、俺は知っているはずなのに。言葉という刃物が、どれだけの切れ味を持つのか、俺はその身をもって理解していたはずなのに。


だが、口からこぼれた毒は、すでに蓮水を蝕んでいる。そして、俺も。


どうすることもできず、俺は、動かない蓮水から逃げるようにして、階段を下りて行った。




ちらりと見えた蓮水の顔が、寂しさに染まっていることには、気づかないふりをして。




これでいい、これでいいんだ。

俺は、他人とは関わらない。


今までも、これからも。


それで、いいんだ。


***


「どうした玲一、なんか元気ないな」

「……別に。普通だろ」


いつも通りの雑談をしていた時、ふと亮二が零した言葉。

口ではごまかしたが、実際少し落ち込んでいる。


言うまでもなく、朝のことだ。

とっくに消化したはずの過去のことで、蓮水に不当な態度をとってしまったということが、俺の心に重くのしかかっていた。


「はぁ……誤魔化したいなら、もう少しマトモな演技をしろよ」

「――余計なお世話だ」


こういう時、亮二は妙に勘が鋭いから困る。

いや、観察眼に秀でているのか。


「――――蓮水と、何かあったのか?」

「……どうしてそうなる」

「いや、お前が落ち込むことで、俺に隠すことって、それぐらいしか思いつかなかったから」


何も言えなくなった俺は、亮二から視線を外す。


「……相談には乗るからな」

「――――ああ」


蓮水に寂しそうな顔をさせて、亮二にまで気遣わせて。

俺は一体、何様なんだろうか。


***


結局、学校の授業にも大して集中できず、どことなくぼんやりとしたまま俺は家への道を一人歩いた。

ここ最近なかったほど、感情が揺さぶられているのを、感じる。


(お前、気づいてるか?そもそも、お前は本当にかかわりたくない人間に自分から話しかけることもしなければ、困っているときに助けることもないんだよ)


ふと、先日の亮二の言葉が蘇った。


「……そんなこと」

「神影さんっ!」


弱弱しいと自分でも思うような言葉を、誰も聞いていない地面に吐き捨てたその時。


後ろのほうから、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。

いや、誰かなんてわかっている。


蓮水は、何故か息を切らせて走ってきて、俺の前までやってくると、その勢いのまま言葉を連ねた。


「神影さん、朝はすみませんっ」

「――――」


俺は、言葉を失った。

何故、彼女が俺に謝るのか、理解ができなかった。

その言葉を言うべきなのは、俺ではないのか。

むしろ俺は、不当にキツい態度をとったことを糾弾されて然るべきではないのか。

そんな思いが、頭の中をぐるぐると回る。


「朝、神影さんに無神経な発言をしてしまったことを、ずっと謝りたくて」

「……わざわざ、走ってきたのか」

「はい。どうにも、避けられているようでしたので」


理解ができない。

目の前の人物の行動が、何一つ理解できなかった。


「……何故」

「はい?」


気づけば、言葉が。

ずっと、聞きたくて聞けなかった言葉が、口から零れ落ちた。


「なんで俺に、わざわざかまうんだ?」

「……」

「人を、関わりを拒絶している俺に、何故わざわざ近寄るんだ?」


絞り出すような声。

今までにも、人を拒絶するようになった俺に、それでも関わろうとする人間はいた。だが、その悉くが、俺の態度に心を折られたのか、すぐに去っていった。俺も、それでよかった。


それでも。どこまでも拒絶しても残ったのが、亮二だった。

こんな面倒くさい俺を、正面から受け入れてくれた、恩人。


人を信じることができなくなった俺に、友情というものを教えてくれた親友。




あいつにも、同じ質問をしたことがある。


そのたびにあいつは笑って、答えにならない答えをよこした。


「玲一と友達になりたいんだよ」








「神影さんと、友達になりたいんです」

「…………」


きっと、偶然だ。

それでも。


蓮水が、真剣なまなざしで、俺を見据えて放ったその言葉は。


かつて、俺を救った親友の言葉と、重なって聞こえた。




……嗚呼。そう、か。そうだったんだな。


結局。

俺は、人と関わることに、明確な線引きなど出来なかったのだ。

人間関係に絶望しておきながらも、人付き合いに光を求めていたのだ。


だから、なのだろう。


(昔に何があったのか知らんが、そろそろ前を向いて、歩けよ)


「……答えになって無くないか?」

「えっと……そ、そうですか?」


亮二の言葉が頭の中に浮かんでは消え。俺は、苦笑を口元に浮かべながら、亮二に返したのと同じように、蓮水へと、返す。


すると、少し驚いたように目を丸くしながら、蓮水が首を傾げた。


「神影さんも、そんな風に笑うんですね」

「……そりゃそうだろ」


なんといえばいいのかわからなくなって、曖昧に返せば、蓮水はクスリとほほ笑んだ。

僅かな沈黙が流れ、それを破ったのは蓮水だった。


赤く染まる夕焼けを背に、どこまでも真っ直ぐな視線が俺を貫く。

サラリと流れた黒い髪が、トワイライトを反射して煌めく姿が、やけにはっきりと目に飛び込んできた。


「神影さん。――――私と、友達になってくれませんか?」

「…………」


ずっと、心の奥で求めていた言葉。

拒みながらも、望んでいた言葉に、ずっと言えなかった言葉を、返す。


「…………俺なんかでよければ」

「神影さんが良いんです」

「――――そっか」


なぜか、胸の奥が熱くなって、言葉に詰まった。

何とか相槌を絞り出す。


無性に、泣きたい気持ちになる。

あれだけ怖がって、あれだけ拒絶して。


それでも、俺で良いと言ってくれる人がいる。

俺が良いと、そう告げてくれる人がいる。




確かに、俺を傷つけたのは他人だ。

決して癒えることのない傷を、トラウマを俺に刻み込んだのは、友達だった。


だが。

そうして捻くれてしまった、救えない人間に、手を差し伸べてくれるのもまた、他人なのだ。

落ちていくだけだった沼に嵌まった俺を、引きずり出してくれる救いの光も、友達なのだ。


長年、俺を悩ませ、縛り付けていたもの――――あまりにも遅まきながら、それは少しずつ、だが確かに亮二によって溶かされていたと、今になって感じる――――が、ふっと軽くなったような気がして、俺は思わず笑みを零してしまった。


「……ははっ。――――なんか、馬鹿らしくなってきた」

「ど、どうしたのですか?」

「ん?いや、何でもない」


一旦はごまかしてしまったものの、小首をかしげる蓮水に向き直ると、俺は口を開いた。


「蓮水、ありがとうな」

「…………。はい、どういたしまして」


俺の突然の感謝の言葉に、少し面食らったような顔をし、どう返事をするか迷っていた蓮水だったが、最後には、きれいで素直な笑顔を咲かせたのだった。



完!


長い間のご愛読誠にありがとうございます、これにてこのお話も終了とさせて頂きませんまだもうちょっと続きますよ!あんまり書けてないけど!


ブクマ、評価助かっております。感謝!

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