10,トラウマは、いつも突然に。
「……ご馳走様」
「はい、お粗末様でした」
結局、蓮水の作ったお粥を完食した俺は、満足感とともに言葉を連ねた。
久しぶりのまともな手作りご飯のお陰か、吐き気と眩暈が引いてきていた。
足りていなかった栄養に、体が歓喜の悲鳴を上げているような錯覚を覚える。
「……旨かった」
「凄く美味しそうに食べてくれましたから、私も嬉しいです」
「…………そうかよ」
今、俺の心境はとても複雑だった。
特に仲良くもない人との関係を深くしていくことへの恐怖や、忌避がある。
だが、同時に。
どことなく、安心するような気持ちもまた、芽生えてきていることは事実だった。
「じゃあ……そろそろ時間もありますし、ある程度落ち着いたと思うのでいったん帰りますね」
「ああ」
「あ、熱冷ましシートの替えはここに置いておきますね。後、作り置きのおじやが冷蔵庫に入っていますので、温めて食べてください。タオルも此処に置いておきますね」
「あ、ああ」
「何かあったら連絡……」
「?」
なぜかそこで言葉を詰まらせて、頬を赤くする蓮水。
どうしたのかと、首をかしげて見ていると、しばらくした後に再起動した。
「あっ、えっと、その……連絡先、交換しましょう!」
「……おう?」
「な、なんですかその返事!」
「いや、めっちゃ顔赤いけど大丈夫か?」
「~~~~!!大丈夫です!」
明らかに大丈夫じゃなさそうなほど顔を真っ赤に染めている。
恥ずかしがっているのか……?
いやでも、何に?今の会話に恥ずかしがる要素が思い当たらず、俺は首をかしげた。
「とっ、とりあえずいいんです!連絡先を交換しましょう!」
「おう、いいぞ」
ひどく真剣にそう言う蓮水を不思議に思いながらも、俺は自分のスマホを取り出した。
「…………えへへ……初めての男の人です……」
「……ッ」
ヤバい。
連絡先を交換した後、自分のスマホを眺めて頬を緩める蓮水の笑顔に、思わず心の中で叫んでしまう。
どこか幼いその笑顔に、下がってきていたはずの体温が、再び上昇し始める。
「……その笑顔はダメだろ」
「はい?何か言いました?」
「いや、何でもない」
思わず漏れたつぶやきは、幸いにも蓮水には届かず、淡く空気へと溶けていった。
***
「よ、玲一。元気になったみたいでなにより」
「……よくものこのこと出てこれたものだな」
「ん?」
「とりあえず一発殴ると決めていたんだ」
「なぜに!?」
驚いた顔をする亮二にかまわずボディーブローをかます。
「グハッ!き、貴様、いったい何を……」
「急に芝居入るのやめろ」
本気で殴るわけでもないので、亮二も余裕なものだ。
「で、何に怒ってるんだ?」
「蓮水に家教えたのお前だろうが」
「ああ、そのことか……。いやぁ、あそこまで熱心に頼まれちゃあ、断ることもできないだろ?」
「俺に聞くな」
悪びれた様子もなく、飄々と言ってのける亮二に、若干本気で殺意が沸いた。
「俺が人と関わりたがらないのは、お前だって知っているはずだ。そこまで空気が読めないやつじゃなかっただろお前」
俺が真剣に言っていることが伝わったのか、亮二も笑みを収めて、真剣な声音を作った。
「もちろん知ってる。俺がそれにどれだけ苦労させられたことか……。だけど、な。お前、気づいてるか?そもそも、お前は本当にかかわりたくない人間に自分から話しかけることもしなければ、困っているときに助けることもないんだよ」
「……そんなこと」
「いーや、ある。この俺が保証する。俺が何年お前の友達やってると思ってるんだ?」
「……1年も無いだろうが」
「まあな。だけど、それなりにはお前のことを理解しているつもりだ。勿論、嫌いな人間と無関心な相手には絶対に関わろうとしないこともな」
「……」
「前から言ってるけど、俺はお前にもっと友達を作ってほしいんだ。だけど、お前が本気で嫌がるから半ば諦めてたんだ。そこに、お前が拒否しない相手が現れた。しかも、向こうもお前さんに興味ありと来たもんだ。俺が、二人を関わらせようとするのも当然だろ?」
思っていたよりもずっと、真剣な言葉を、面と向かって告げられた俺は、何も言えなくなってしまった。
「それに。看病、助かっただろ?」
「……うるせぇ」
揶揄うような笑みを浮かべて余計なことを吐いた亮二に、再びこぶしを叩き込むふりをしながら。
シリアスな雰囲気が霧散したことに、何処かホッとしている、弱い自分がいた。
***
「……なんで閉めたんですか」
「……」
土曜日に風邪で学校を休み、日曜日も看病をしようとする蓮水を無理やり追い出してからの月曜日。
俺が家を出ようとドアを開けると、そこには蓮水がいた。
思わずドアを閉めてしまったが、何とか気を持ち直して再び開けると、膨れ顔の蓮水が。
「なんでお前が此処にいるんだ」
「そ、それは……」
言いよどむ蓮水の手には、学生鞄。
これから学校に行く格好だ。
「実は、ですね」
「ああ」
「私の家がですね」
ゆっくりと動く蓮水の唇に、猛烈に嫌な予感を覚える。
この先を聞いてはいけない、という強い危機感が頭の中で警鐘を鳴らすが、もはや紡がれる言葉を止めるすべはなく。
「――――この上なんです」
「……は」
思わず、天を見上げる。
吐息が、唇から漏れた。
俺が住んでいるのは、学校から徒歩10分ほどのマンションの2階。
とある理由から、一人暮らしをしているわけだが……。
確かに、少し前に上のほうでごたごたしていた時あったけどな?
まさかそれが、新入生で、しかも関わることがあるとは思わないだろうが。
――――どんな偶然だ。
「な、なんですかその反応!」
ぷくーっと頬を膨らませていく蓮水。
――本当に学校とキャラが違いすぎるだろ。
学校では、完璧な微笑を崩さない、天上の人のような仮面をかぶっている割に、中身はこれだ。
「あっ、今、失礼なこと考えませんでしたか?」
「……いや」
「間が空きました。怪しいです」
じとっとした目で俺をにらむ蓮水。
だが、身長差の問題で、上目遣いになっているのが、心臓に悪い。
「……ま、まあ何でもいい。じゃあな」
「え」
ん?
「あ、あの……どうせですから、一緒に登校しませんか?」
「断る」
……何を言い出したんだコイツは。
ありえないことを言い出した蓮水に戦慄しながらも、ほぼ条件反射で断った。
いかにも不満です――といった風に頬を膨らませる蓮水。
――――ふっと、どこか見覚えのあるシチュエーションに、古い傷が刺激される。
もう、あまり思い出さないようになっていたし、思い出しても当時ほどは痛みもなかったような、古くて苦い記憶。
そんな古傷が、治りかけていたかさぶたが、唐突にはがれ、新鮮な傷口が現れるような感覚。
治っていた、などという弱いお為ごかしを壊し、現実を見せつけるかのような、鋭い疼痛。
……理性が、それを言ってはいけないと判断を下すよりも先に、言葉が口からこぼれていた。
「――あまり、俺に関わらないでくれ」
お読み頂きありがとうございます。
シリアス君は多分リスキルされるのでお待ち下さい。




