用事を済ませパーティハウスに帰ってみたら、仲間の部屋も金庫も空だった俺の話
思い付き短編その2。
『ソロ冒険者の悲哀シリーズ』みたいな形で纏めていけたら良いなぁ…
……信じていた人に、裏切られるってのは、本当に辛いよなぁ……
付き合いが長ければ長い程、絆が深ければ深い程……
それに見合った大きな穴が、心の内にぽっかりと開く。
信じていた”嫁”に裏切られ……
”家族達”に裏切られ……
失意のどん底を味わいながら、俺は、財産を……生命を喪った。
……まぁ、そんな記憶が本物なのか……どう考えてもそれを確かめる術は無いのだが、俺は所謂”前世の記憶”を持ったまま、この世に生を受けたんだ。
で、不幸だった”前世”に引っ張られたかの様に、今生でも俺は不幸だった。
幼い頃、戦災によって両親と死に別れ……雑に言ってしまえば戦災孤児って奴だ。
餓鬼が生きていく為には、人である事を捨てるしかねぇ。
そして、一人では絶対に無理だ。
だから、俺は同じ様な境遇の餓鬼を引き連れ、群れた。数は力だ。
生きる為に、俺達は何でもやった。
ゴミを漁ったし、盗みも働いた。
餓鬼の上前を撥ねようなんてクズ共は、身を護る為だ。当然の如く殺してやった。
だが、そんな大人相手に大立ち回りする様な無謀で向こう見ずな餓鬼共なんざ、長く生きていける訳も無い。
気が付けば、生き延びていたのは、俺ともう一人の餓鬼だけになっていた。
かく言う俺も、大人共に負わされた怪我が原因で、今正に死にかけていた。
そこで運良く、とある底抜けにお人好しな冒険者達【北極星】のリーダーに拾われたお陰で、俺は辛くも死神の鎌から逃れ、漸く人並みの生活ができる様になったんだ。
ただの糞餓鬼だった俺に、まさか隠された才能があるなんて、全く思ってもみなかった。
どうやら俺は、剣も、魔法も、この街に住む何処の誰よりも、ちょっとだけ巧く使えたのだ。
ゴミ同然の俺を拾って育ててくれた”リーダー”達【北極星】の皆には、本当に感謝しかねぇ。
俺みたいな糞餓鬼を可愛がってくれただけでなく、長年冒険者として培った”技術”と”知識”を、惜しげも無く全て俺に授けてくれた。
そして、成人と認められる数え17(多分そのくらいの筈)の頃には、俺は【北極星】の一員……立派な”冒険者”になっていた。
おやっさん達と駆け抜けた冒険の日々は、今でも思い返すだけで俺の胸を熱く焦がし続けた。
それだけ、辛く、苦しく、そして楽しかった。
あれから月日は流れ…
俺は【北極星】を継いだ。
怪我や死亡によってメンバーが誰一人として欠ける事もなく、30年以上も存続した安定の実績。
そして高い依頼達成率と、最大の誉れでもある<竜殺し>の称号を持つ”最強のパーティ”の当時のメンバーは、今や俺を除いて誰も残ってはいない。皆、冒険者を引退し、田舎で畑を耕している筈だろう。
……いや、一人だけいた。
俺と一緒に、おやっさん達に拾われた”もう一人の餓鬼”だ。
ずっと俺の背中に張り付いていたこの糞餓鬼が女だと知ったのは、おやっさん達に拾われてから1年近く経ってからの話だ。
まぁ、ガリガリに痩せこけた餓鬼の判別なんざ、ついているか、いないかでしか判らんし……
そんな最強パーティである【北極星】も、当時から残るメンツは、俺…”グランツ”と、その餓鬼…じゃねぇ、女の”キシリア”だけだ。
いや。
……やっぱり、俺一人だけだ、だな……
まさか、ずっと背中を預けていたキシリアに裏切られるとは……
一人で受けた指名依頼から帰ってきてみたら、パーティ共有財産を保管していた金庫が完全に開け放たれ、中は完全に空。
予備の武器や防具も、高ランクの物ばかりが、ごっそり綺麗に無くなっていたのだ。
そして、メンバー全員が、煙の如く消えていたのだから、もう俺は呆然とするしかなかった……いや、本当に。
犯人は、嫌でも分かる。分かっちまう。
昨年、ギルドマスターによって強引にねじ込まれたクソ役立たずの侯爵の三男……あいつしかいねぇ……と。
まぁ、何となくそんな予感は常々あったのだ。
侯爵の息子といえど、三男、四男にもなればよほどの良い縁談話が無ければ、世間的にギリギリ貴族としての、雑な扱いになる。
侯爵様は、無能のボンボンに”箔”を付ける為に、【北極星】のネームバリューが欲しかったのだろう。ギルドマスターは、俺達の冒険者資格剥奪や、【北極星】の除名処分までちらつかせて、強引に、貴族の餓鬼をねじ込んで来やがったのだ。
本来ならば、公的権力に屈しない姿勢を貫かねばならぬ、冒険者ギルドの、その長が、だ。
当然、断固拒否するという選択も、俺達にはできた。それこそ、この国の冒険者ギルドを見限ってしまえば、そこで終わる話だ。
だが、まぁ、俺の中で打算と変な色気が出てしまったのは、今更否定なんかしない。
この国の侯爵家との繋がりができるのであれば、多少の備えにもなる。そう思ったのもあるし。
……で、入れちまったモンは仕方ねぇからと、”使えない糞餓鬼”を長い目で育てるつもりで、俺は頑張ってみたさ。
きっと俺を日々連れて歩いた当時のおやっさん達も、こんな心境だったに違いないだろう……と。
だが、散々甘やかされ育った増長した糞餓鬼ってのは、本当にどこまで糞餓鬼だった。
あの餓鬼、終いにゃ【北極星】のリーダーの座まで欲しやがったのだ。
徹底的に、コテンパンに、力尽くでねじ伏せてやったが、やっぱりダメだった。
侯爵様の権力に目が眩んだのか、あの餓鬼に付いていったのだろう、キシリアや他の奴等も居なくなっていた。
俺が何度も、奴等の部屋に行っては出来る限りに真摯に言葉を重ね続けたつもりだったのだが、結局奴等は俺との絆なんぞよりも金と権力を選んだ。トコトン欲の皮の突っ張ったクソ揃いだったって事だ。もう知らん。
まぁ、俺の【北極星】は、ここで終わりだ。
だが、奴等におやっさん達が築いてきた”栄光”までは、何があってもくれてはやらん。
俺がおやっさん達からあのパーティを引き継いだ際に、【北極星】の名を俺だけしか名乗れない様に手続きは済ませてある。
いくら俺以外のメンバーが全員揃っていたとて、あの糞餓鬼が最強パーティ【北極星】を名乗る事は絶対にできないのだ。
その事実を知って、あの餓鬼、今頃悔しさで歯噛みしているだろうか。
無理にでも名乗りたくば、おやっさん達が【北極星】を結成した隣国にある冒険者ギルド本部に掛け合てみるか、それこそ、俺を殺してしまわない限りは……
まぁ、奴等の腕程度では、どだい無理な話だろうが、な。
俺はこの国一番の剣舞踏士であり、魔導士であり、罠士であり……なにより、現役の<竜殺し>なのだから。
……とはいえ、そこまで話が行く事はないだろう。
何せ、奴等の”窃盗”の証拠は、この手にばっちりある訳だ。
あいつらには何も教えていないが、実は武器庫、金庫部屋には、防犯用の監視装置がこの屋敷を建築した際にしっかりと備えてある。
確かめてみたら、鮮明にあいつらの顔と犯行現場が映像で残っていた。
……全く気付かないというのは、流石にどうなんだ? と、逆に心配になる程の無防備さだ。
共有金庫の最後のロックは、俺とキシリアしか知らない魔法の言葉でなければ開けられはしない。それ以外の方法で強引に開けようとすれば、爆発する様に設定してある。
金庫にまだ”設定”の魔力が残っているということは…つまりは、正答の魔法の言葉が入力されたという事だ。
当然、映像記録にはキシリアの後ろ姿もしっかり映っているし、残りの映像全てを見る必要も無く、全員の姿が映っている以上、真っ黒だ。
……しかし、この映像を見ても、不思議と何とも思わないもんなんだな……
やっぱり裏切られるのだろうと心のどこかで俺は分かっていたんだろうか……
そういや考えてみたら共有金庫は、ただの嫌がらせ目的で設置しただけだしな。
苦労して時間をかけて開けた所で、あの中には紙切れ一枚が入っているだけだ。
『ばーか』
と、殴り書きしただけの、つまんない紙が。
パーティハウスの土地の権利書や、金貨、宝石の一切合切は、俺のアイテムボックスに最初から退避済みだ。
まぁ、予備の武器防具達は完全に痛手だが……オリハルコン製の宝剣、聖剣も何振りかはあった訳だし。
侯爵の三男は、これだけはっきりと証拠が残っていたとしても、恐らく捕まる事はないだろう。
だが、これだけあればあの餓鬼を【北極星】から追放するには、充分な口実となる。
侯爵様の権力でこの証拠を握り潰してもらえば、三男だけでなく、奴等もそのおこぼれに預かれるかも知れない。”最初から、窃盗の事実は無かった”となる可能性は、充分に考えられるしな。
……だが、俺は絶対に裏切りを許さない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あの【北極星】が解散したって話、本当か?」
「いや。どうやら<竜殺し>グランツの一人パーティで、今も残っているらしい」
「……おいおい。もう一人の<竜殺し>のキシリアもいねぇってのか? いったいあのパーティに何があったってんだ……?」
ギルドに併設された酒場では、昼間っから冒険者共が、噂話を肴に安酒を呑んでいた。
あれから俺は、パーティハウスを売却し、【北極星】を俺個人のパーティとして登記しなおした。
渋るギルドマスターにあの証拠映像を並べ、要求を呑まねばこれを広く公表するぞと脅してやった。
いかに侯爵様の権力が絶大だといっても、奴の政敵の所にこれを持っていけば、そこで奴の権威は完全に失墜する。そして、それは、このギルドマスターの立場も終わる事を意味する。呑まざるをえまい。
ちゃんとメンバーには、【北極星】として稼いだ共有資産と、パーティハウスの売却益を、等分にしてくれてやった。所謂退職金って奴だ。
馬鹿かと言われるかも知れないが、俺としては、おやっさん達の生きてきた証でもある【北極星】の名さえ護れれば、それで良かった。
その代わり、”退職金”を受け取った奴に限り、俺を裏切った罰として、最低ランクへの降格を俺は要求した。冒険者資格剥奪とまで言わなかったのは、せめてもの情けだ。
……だが、それとほぼ変わらない状況には、してやるんだがな……
「……何でもよ、アイツら、グランツが留守の間に【北極星】の金庫の中身を持ち出しちまったらしいぜ?」
「ヒデぇな、それ。そんなつまらねぇ事しなくても<竜殺し>グランツに付いて行きゃ、富も名声も、いくらでも欲しいままだったろうによぉ」
「目先の欲に目が眩んで、仲間を裏切る……なんてそんな外道、冒険者の風上にも置けやしねぇぜ」
俺は、あの日の”事実”を、情報屋を通じて流してやったのだ。
いくら『俺は元【北極星】のメンバーなのだ』などと威張ってみせたとしても、余程の面の皮がブ厚くなければ、この噂が流れた時点でデカい顔してふんぞり返るなぞ出来る訳が無い。
それは、もう一人の<竜殺し>キシリアとて同じ事だ。この街では、まず、まともなパーティには入る事はできまい。
ほとぼりが冷めるまで”退職金”を浪費し続ける日々をおくるか、他国へと逃げ、【北極星】の名を語らず、また一からやり直すしか無いだろう。
もう二度と、俺は裏切り者共の顔なんざ見たくないから、これは当然の処置だ。
ま、田舎に住むおやっさん達に、今回の顛末は絶対に言わないし、言える訳もない。
あのキシリアも、おやっさん達には実の娘の様に可愛がられていたのだから……
だが、まさかアイツも、この俺を裏切るとはな……
いつかあいつも俺を裏切る日が来るのだろうって疑いと恐怖が、ずっと心の奥底にあった。
何せ、俺の”前世”は、嫁からも、家族からも、兄弟からも裏切られたのだし。
この”疑い”が原因で、キシリアが俺を裏切ったのだとしたら……
……いや、ホント今更だな。
もう、遅い。
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