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第7話 制服とお金

 牛車ぎっしゃ


 一番街道とは、別名「塩の道」とも呼ばれている。馬よりも牛の方が重たい荷物を運ぶのに適しているため、隊商は牛車で編成を組む。


 牛は馬よりも遅いけれど、道端の草をエサとして食べてくれるので燃費の違いが段違いという話だ。


 草食動物は塩分摂取が必須で、その塩を摂った草食動物を肉食動物が食べて塩分を摂取するという、それが自然界の必要サイクルだ。


 人間や家畜を襲う熊や狼が悪く思われてしまうけど、必要な塩分を摂取する行動だと理解すれば、それも自然の一部に過ぎないと考えられるようになる。


 だからといって無抵抗に襲撃を許していいわけではない。それは僕たち人間も生き残るのに必死だからである。



 隊商


 なだらかな丘陵地でキレイに隊列を組む隊商と出くわした。


「ユタカ、見て、あれが塩の兵隊さんだよ」

「ほんとだ、軍隊と変わらないね」


 塩を運ぶ牛車をお殿様のように守りながら、十頭以上を五十人以上の隊員で運搬しているのだった。


「どうする? 逃げる?」


 言っている意味が解らなかった。


「どうして逃げなくちゃいけないの?」

「だって怖そうなオジサンばっかりだよ?」


 ウルルは警察官を見て怖がるタイプなのかもしれない。


「地域の協力を必要とする商売だから信用を落とすような真似はしないと思う。ただ、僕も怖くて緊張してるけど」


 僕の場合は、制服の力を自分の力だと錯覚する一部の人間に怖さを感じるのである。


「わっぱ、そこで止まれ」


 無言で素通りしようと思ったら、やはり先頭の隊長らしきオジサンに声を掛けられた。誰よりも日焼けして濃い髭を蓄えていた。


「どこの村の者だ?」


 怪しまれないように答えなければいけないが、相手が旅慣れしている人たちなので下手な嘘はつけない。


「都へ向かう旅の者です」

「子供二人で?」

「訳あってはぐれたところ、近くの宿場町まで案内してもらうことになりました」

「それは難儀であったな」


 そこで僕の着ている服の感触を確かめるのだった。


「これほど上等な仕立ては見たことがない」


 日本全国で手に入る学生服だが、貧乏な家庭を助ける、本当に丈夫で優秀な制服だと思う。


 私服での登校を望む人は自分の家庭が貧乏になることを想像できない人たちなので、僕は生活困窮者じゃないけど制服に感謝する三年間だった。


「このボタンには何が彫ってある?」

園中ぞのちゅうと刻まれています」


 中園中学校、通称「園中」の校章だ。


「とんでもない軍事力を誇る国なのだろうな」


 吹き出しそうになったが、グッと我慢した。


「この服が軍事力の賜物だというのは否定できませんね」

「園中か、覚えておこう」


 異世界でオジサンと田舎のヤンキーみたいな会話をするとは思わなかった。


「おい、食い物と砂糖と塩を用意しろ」


 命じられた部下が素早く用意して、それを隊長が僕に押し付けるように渡してくれるのだった。


「ほれ、こっちは銀貨だ」

「僕にですか?」


 銀貨の入った巾着袋には紐の先にプレートが付いていた。


「フラスカ商会のムキンバ第一隊商だ」

「中嶋優孝です」


 名前を告げると初めて笑顔を見せてくれた。


「都の商会に登録している。どんな物でも運んでやるから、とびきり儲かる仕事があったら回してくれや。そのための先行投資だ」


 賄賂なら断ろうかと思ったけど、投資ならば役立つ形で使わせてもらうことにした。


「直接お返しできる日が来るか分かりませんよ」

「構うものか、それがワイロと投資の違いだからな」


 都で行われている商取引には裏金問題がありそうだけど、少なくともムキンバさんは賄賂を良しとしない側の人間だということが分かった。


「子供には分からんと思うが、長く旅をしていると、いつかの施しが自分に返ってくることがある。つまりこれは自分への投資ってわけだな。だから好きに使えや」


 お金には命を救う力がある。だから金持ち憎しで僻むのではなく、多くの人を救うためにも、お金を有用できる術を身に付けなければならない。


 今回は中学校の制服が貴族の衣装の役割を果たしたわけだけど、これからは現地の衣装でも投資してもらえるように中身を磨かなければならない。


 制服やボタンやバッジを失ってから気がついても、その時には手遅れになっているからである。


「ようっ、坊ちゃんよ」


 別れ際に怖い顔で詰め寄られた。


「そこら中で小便を撒き散らしたりしてねぇだろうな?」

「はい」

「小便に含まれる塩に魔獣が群がるからよ」


 そういうことか。


「まっ、無事に旅を続けているなら信じるとするか」


 そう言って、内陸部への村へと命の塩を届けに行くのだった。



 財布


 ムキンバ隊商と別れた後、草原を吹き抜ける風に背中を押されるように緩やかな丘陵地を歩き始めたが、これまでずっと黙っていたウルルが喜びを爆発させるのだった。


「ユタカ、すごいよ!」


 そう言って、僕の手を握って、前に後ろにと振りながら歩くのだが、僕には何がそんなに嬉しいのか解らなかった。


「お金を取られるんじゃなく、貰っちゃった!」


 ウルルはお小遣いも貰ったことがないのかもしれない。だから驚いているのかもしれないが、ここは断っておく必要がある。


「お金は僕が貰ったわけじゃないんだ。僕の着ている服が外国の軍服に見えたから先に支援しておこうと思ったんだよ」


 説明しても解らない顔をしていたが、これは僕の問題なので構わなかった。大事なのは制服やバッジの力を己の力だと錯覚してマウントせず、謙虚でいることだからだ。


「ああ、そういえば銀貨だけど、財布をウルルに預けておくよ」


 そこで立ち止まって巾着袋を渡そうとしたけど、ウルルが俯いたまま受け取ってくれないのだった。


「ウルル?」

「ううっ……」


 彼女が受け取ってくれるまで諦めるつもりはなかった。


「さぁ、手を出して」

「預かっていいの?」

「これはウルルのお給料でもあるんだよ?」

「お給料」


 そう言って恐る恐る手を伸ばすも、渡した瞬間、地面に落っことしてしまうのだった。おそらく初めて銀貨を手にしたから重さが分からなかったのだろう。


「ううっ、ごめんなさい」


 拾い直して大事そうに埃を払う姿を見て、安心して大事な物を預けられると思った。


 財布を着ているチュニックのお腹にあるポケットに仕舞って幸せそうな顔を浮かべるが、お金が安心感を生み出す物なのだと知り、改めてしっかりと稼がないといけないと思った。


「ユタカにとっても大事なお金なのに」

「一番大事な物だからウルルに預けるんだよ」


 またしても意味が解らないといった顔をされたが、僕の父親が大事な物を母親に預ける人なので真似をしただけだ。


 現代人はあまりに安全に外を出歩くことができるため、家の外が危険であるという意識が欠如していると、父親が言っていた。


 何かあったら僕が身体を張ってウルルを守らないといけないし、彼女に財布を預けるのが合理的だ。


 トラックの次は魔物に食べられるか分からないし……。

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