第6話 旅の仲間 ウルル
水やり場
一番街道は地域の最重要交易路ということで、宿場町の間にもしっかりと物資の運搬を手伝ってくれる動物を休ませる場所が設けられている。
人間の足なら一日で三つも四つも宿場町を通過することができるけど、都市設計は全てにおいて重たい荷物を運んでくれる牛や馬を基準に考えられているので、目につく場所に馬車蔵が建てられているのだった。
だから都へと続く一番街道から外れなければ、旅の成功率は格段に上がるというわけである。
干し肉
水やり場でもある小川の近くで、岩場に腰掛けながら知り合ったばかりのウルルと一緒にパンを食べているけど、あまりに美味しそうにハムハムするものだから、大事にするつもりだった干し肉まで食べさせてあげることにした。
「ううっ、おいしい」
そう言って八重歯を見せながら可愛らしく笑うのだった。太陽の光もスポットライトのように照らすので、ひときわ輝いて見えた。
灰色の瞳も独特で、異世界版「赤ずきん」の主役になれそうなくらい可愛いけれど、一つだけ気になるのが、その頭巾の内側にある何かだ。
左右の耳の部分が異常に膨らんでいるのである。しかも、それが時々動いたり消えてなくなったりするのだった。
耳が大きい人なのかもしれないが、「人の身体的特徴を論うのはよくありません」と母親に注意されているので止めておいた。
僕自身が魅力を感じても、本人が思い悩んでいる可能性があるので、無神経な発言をしてはいけないというのが理由だ。
疑問
僕は自分のことを内向的な人間だとばかり思っていたが、それは内に籠ることができる本があったからで、読み物がなければ積極的に他者に話し掛けたがる人間だということが最近になって判明した。
自己分析した性格は時代や地域の環境に左右されて形成された部分が強いので、早い段階で自分がどういう人間かを決めつけるのはよくないと、異世界に来てから学ぶことができた。
「ウルルはどうして一人旅なんかしているの?」
「どうして? それは、ううっ……」
いきなり答えられないようなマズい質問をしてしまったようだ。
「ごめん、意地悪な質問だったね。僕自身も同じ身の上なのだから、されて困る質問だと気づくべきだった」
ウルルが首を傾げる。
「同じ?」
そこで自分がどうして異世界で一人旅をすることになったのか最初から説明することにした。
犬里村で嘘をついて嫌な気持ちになったので、今度は正直に打ち明けた。といっても、魔物のウンチを食べてしまったことについては内緒にしたけど。
「チョビっ……」
話を聞き終えると、愛犬との別れにグッときたらしく、自前のハンカチを濡らして悲しんでくれたのだった。
「チョビも寂しくて堪らないと思うよ」
感受性が強いらしく、僕よりも僕の人生に感情移入するのだった。
「チョビに会いたいね」
「会いたいけど、元の世界に帰れるかどうか」
「わからないの?」
「わからない」
少なくとも僕が知る限り、現代の地球に異世界から帰ってきた人の話は聞いたことがなかった。
「じゃあ、わからないまま旅をしているんだ」
「そういうことになる」
「わたしと同じだ!」
ポジティブな要素が一つもないのに、なぜか嬉しそうに笑うのだった。
「僕の場合は目的地がない」
「わたしもだよ!」
「目標もないんだ」
「わたしも!」
学校だと将来の夢を語らないと問題視されるのに、彼女は夢がないことを明るく嬉しそうに語るのだった。
持ち物はなく、財布代わりの巾着袋には一銭も入っていないというのに、この明るさはどこからくるのだろうかと疑問に思った。
魔物世界
「でも、一人で外を出歩くって怖くないの?」
「お腹が減って死ぬかと思った」
それもあるけど。
「そうじゃなくて、魔物が出るって聞くよ?」
「わたしね、一度も魔物に襲われたことがないの」
北海道に生まれても熊と出会ったことがないけど、そんな感覚だろうか?
「ウサギや鳥も魔物化して襲ってくるって聞くけど?」
「話には聞いたことがある」
異世界人だからといって、誰もがその世界のことについて正しく知っているとは限らないわけだ。それは現代の地球にも同じことがいえるかもしれない。
「本当ならスゴイことかもしれないよ?」
「すごい?」
「それが才能なのか運なのかは分からないけど」
「わたしってスゴイの?」
「天才かもしれないよ?」
「ううっ、天才……」
そこで自分に恐れをなしたのか、震えた両手を見つめたまま、為すすべもなく立ちすくむのだった。
「天才少女、ウルル……」
ヘンなスイッチを入れてしまったようだが、本当に魔除けの能力があるならスゴイことなので、否定するのは今ではないと思った。
旅の契約
「ウルルに相談があるんだけど」
「なになに?」
赤頭巾の中にある何かが際立って大きくなった。
「行く当ても帰る場所もないのなら、郵便村まで一緒に旅をしてくれないだろうか? ボディーガードとして無事に役目を果たしてくれたら、ちゃんとお給料を支払うからさ。ただし、お金は後払いになっちゃうけど」
表情豊かなウルルが放心状態になってしまった。
「ウルル?」
「本当にお金をくれるの?」
大事な契約だ。
「約束する」
「ううっ……」
この反応を見ると、過去にお金で苦労した経験があるのかもしれない。
「今は持ってないけど、町に行ったらちゃんと稼ぐから、引き受けてほしい」
知らない世界なので、慎重に、まずは命を大事にしたい。
「お金が欲しい」
「だったら契約成立だ」
ウルルが正直な人でよかった。お金は好きな物を手に入れることが出来るのだから欲しいに決まっている。
生きる力に変えることができるのだから、自分を助けるためにも物欲は必要不可欠な感情だ。
ウルルとならば、困難な旅でも続けられると思った。
林道での出来事
一番街道に戻るために来た道を引き返しているところだが、頭の中はお金のことでいっぱいだった。
お金が欲しい理由は、読みたい本を読みたいと思えるタイミングで読むことができるからだ。
祖父母によると、年老いてからは目が痛くなるらしく、それで好きな本も読まなくなるのだそうだ。
両親はどちらも本好きで、幸いなことに一軒家で生まれたので、ネット環境以外にも小説やマンガは読み切れないほど揃っていた。
それでも新しい本を買って読む自由はなかったので、その能力を手に入れるためにも人生でお金が一番大事だと考えた。
「ユタカ! 見て見て! 小さくて可愛らしいお花が咲いてるよ!」
振り返ると、路傍の小さな花が、突然、大きく口を開いて、しゃがみ込んでいるウルルをパクッと飲み込んでしまうのだった。
「ウルル!」
いわゆる一つの食虫植物だが、魔物化しているのか、昆虫ではなく、人間を丸飲みする能力を持っているようだ。
「うわっ」
思わず声が出てしまったのは、茎の中に丸まったウルルがハッキリと解る形で、地中に流し込まれているのが確認できたからだ。
「い、いきが」
あっ、救出しないと。
「待ってろ!」
ということで、ナップサックからナイフを取り出して、茎の根元を切断し、間一髪のところでウルルを助けることができた。
「死ぬかと思った」
そう言って泣き出したが、全身がベトベトの粘液に覆われていたので、慰める前に取ってあげた。
幸いなことに、鳥黐と違って粘性が弱いので簡単に取ることができた。虫捕りグッズとして売り出すことができそうだと思ったが、それは後で考えることにした。
「ちょっと、ウルル、なにしてるんだよ」
「ううっ」
僕がいなかったら死んでいたはずだ。
「ほら、看板にも『花には触れないように』って書いてある」
「ううっ、ごめんなさい」
謝ることができる人には、それ以上は追及してはいけない。僕は父親からそのように育てられたからである。
「でも、無事でよかったよ」
「ウルルのこと、クビにしない?」
彼女はそういう脅され方をして生きてきたのかもしれない。
「クビになんかするものか」
「本当に?」
「僕が助けてもらう時があるかもしれないからね」
「うん、助ける!」
僕たちの旅はこうして始まったのだった。