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最終話 僕たちの旅はこれからだ

 王女の一日


 改めて自己紹介をしたのだが、その時に本を読むのが好きだと言ったら意気投合して、城内にある書物庫に案内してくれた。


 広さは学校の図書室と同じくらいで、本棚には豪華本や辞典や百科事典が並べられており、それら全てが日焼けしないように保管されてあるのだった。


 歴史的に価値のある原本の類は新都に運ばれたという話だが、複写本だけでも非常に価値があるという話だった。


「ここは地上の楽園ですね」

「羨ましいだろう」


 窓辺には閲覧用のテーブル席があるのだが、そこでフレア王女は一日の大半を過ごしていると言っていた。


「まさに僕の理想です」

「解ってくれて嬉しいぞ」


 テーブルの上に栞を挟んだ読みかけの本があったので尋ねてみる。


「何を読まれているのですか?」

「これは外国で評判が良かった舞台の戯曲だ」


 大衆演劇の台本が外国の王室に納本されているということは、すでに優れた文芸作品として価値が認められているということだ。


「どんな内容なんですか?」

「老王が子供たちに国を譲ったのだが裏切られてしまうんだ。それでどうなるかは、まだ続きを読んでいないので分からないが」


 シェークスピアの『リア王』みたいな話だが、この時代にも似たような天才が存在していたのかもしれない。


「僕もお芝居は大好きです」

「ほんとか!」


 すると室内を一周して、十冊くらい本を抱えて戻ってくるのだった。テーブルの上に積まれた本はどれも読み込んだ形跡が認められた。


「特に気に入ってる本なんだ。良かったら自由に読んでいいぞ」


 古城で引きこもっているけれど、本当は他者と喜びを共有したい人なのかもしれない。


「ありがとうございます」


 僕としても王女が許してくれるなら、ここで死ぬまで引きこもりの生活をしたいくらいであった



 衣裳部屋


 王女が学生服に興味を示したので、服装について話をして、その流れで身に着けている騎士の防具を褒めたところ、衣裳室に案内された。


「王室の衣装とは思えないものばかりですね」

「上等なドレスは保管場所が違うんだ」


 部屋の中には意匠を凝らした衣装タンスが何台も置かれていたが、中には平服や法衣服や戦闘服しかなかった。


 そのどれもが着古したものばかりで、王族が着るにはみすぼらしいものばかりであった。


「平民の服も着るんですか?」

「役のためにな」

「役のため?」

「いや、なんでもない」


 慌てて否定するが、髪の色と同じくらい頬を真っ赤に染めるのだった。


「そうそう、防具に興味があるんだったな」


 照れ隠しするように話を戻した。


「男物も取り寄せたはずだが、どこだったかな」


 と言いながら、タンスを調べ始めるのだった。


「おお、あったぞ!」


 見つけたのは軽装騎兵の防具だった。


「よしっ、着てみろ」

「これをですか?」

「遠慮するな」


 そうではなく面食らっただけだが、一度の人生で早々に経験できることではないので、お言葉に甘えて試着させてもらうことにした。


「おお、いいじゃないか!」


 革の鎧なので防御能力は低いけれど、RPGの勇者になった気分になれたので自分としても満足だった。


「レノン役にピッタリだぞ」

「レノンって、何ですか?」

「いや、なんでもない」


 よく分からないけど、一人で何かを妄想していることだけは理解できた。


「いや、ちょっと待てよ、魔法使いならミケル役の方がいいかもな」


 そう言うと、今度は法衣服を引っ張り出してきて、フード付きのローブに着替えさせられた。


「おお、よく似合ってるじゃないか!」


 まるで着せ替え人形で遊ぶ女の子みたいだが、すごく楽しそうにしているので嫌な気持ちにはならなかった。


 ずっと引きこもっているので人間嫌いなのかと思ったが、単純に遊ぶ友達がいなかっただけのように思う。


 僕としても小さい頃に遊んでいた友達のことを思い出して懐かしい気持ちでいっぱいになった。


「しまった、そろそろ掃討作戦が始まる時間だな」

「なんですか?」

「部隊が乗り込んでくる」

「部隊?」

「ついて来い!」


 よく分からないけど従うことにした。



 私室


 連れて行かされた先は王女が「秘密基地」と呼んでいる書斎だった。ベッドと本棚と勉強机がある現代的な子供部屋で、ここだけは使用人の立ち入りも禁止にしているのだそうだ。


「椅子は一つしかないからベッドに腰掛けてもいいぞ」

「それでは失礼します」


 天蓋付きのベッドは弾力があり、気持ちよく眠れそうな気がした。


「ところで部隊というのは何ですか?」

「おばばが部下を率いて乗り込んでくるんだ」

「何のために?」

「表向きは掃除だが、いつ捕らわれるか分からないからな」


 そこで王女が思い出す。


「そうだ、今日はシーツを交換する日だった」


 と言って、部屋の隅に置いてあった洗濯カゴを持ち出して、敷いてあったシーツを放り込んで、廊下に運び出すのだった。


「忘れると口やかましく説教されるからな、これで一安心だ」


 王室のエリート教育が性分に合わないのだろう。


「ところで机の上にある書きかけの原稿ですが、何を書かれているんですか?」

「あああっ!」


 慌てて紙をひっくり返した。


「読んだのか?」

「いえ、目に入っただけです」

「そうか、それなら良かった」

「良くありません、気になります」

「これは父上にも秘密なんだ」

「一つの秘密が二つに増えても構わないではありませんか」

「確かにそうだな」


 照れつつも、紙をひっくり返して原稿を見せてくれた。


「ここでお芝居の台本を書かれていたわけですね」

「内緒だぞ」

「でも、上演されるのを望まれているのではありませんか?」

「それはそうだが、恥ずかしいではないか」


 みんなに知ってほしい気持ちと、誰にも知られたくないという気持ち、その両極端の感情が同居していることに、人間の奥深さと愛らしさが感じられて愛おしさを感じた。


「読んでみたいです」

「おもしろくないかもしれないぞ?」

「僕には面白さを感じ取る自信があります」

「でも、完成したものは一つもないんだ」

「構いません」


 そこで反論をやめて、原稿の束を渡してくれた。それから椅子まで譲ってくれたので、早速読み始めることにした。


 内容はシンプルな魔王討伐モノであったが、主人公自身も民から恐れられており、孤独の中、葛藤しながらも、平和を望むという、かなり複雑な心境を抱かせる作品であった。


 まるでフレア王女自身を主人公に投影した作品になっており、結末が書けないのは、彼女自身がこの先の人生が見えていないからだと思われた。


(おもしろいです)


 と伝えようとしたのだが、いつの間にか王女はベッドで横になり、大粒の汗を流していたので、本の感想どころではなくなってしまった。


「大丈夫ですか!」


 不測の事態に、思わず大きな声を出してしまった。


「ああ、読書の邪魔をしないようにと思って、我慢していたが、早く、避難した方がいい、火事になる」


 意識が朦朧としている様子だった。


「火事って、王女も一緒に避難しましょう!」

「火元は、……わらわだ」


 火魔法を制御できないということか。


「どうしたらいいですか?」

「……わらわは屋上へ行くから、……ミケルは逃げろ」

「立って歩ける状態じゃないじゃないですか」

「……とにかく、……逃げろ」


 考えるよりも先に、王女を抱きかかえて廊下に出ていた。



 火炎魔法


 屋上へ行くには諸王の間から天守へ続く階段を登らなければならなかった。そこから円塔の螺旋階段を駆け上がる必要があった。


 王女は全身に尋常じゃないくらいの大汗をかいており、すでに意識は絶え絶えであった。


 夢中に抱えてきたため、屋上に到着した時には、手足に力が入らない状態で、その場から離れることもできず、床の上でへたりこんで、王女を支えてあげることしかできなかった。


「王女、大丈夫ですか?」

「……ここは?」

「屋上です」

「……なぜ逃げなかった」

「僕は王女をお救いするために来たのです」

「究極の選択は嘘じゃなかったんだな」


 そこで涙が流れたように見えたけど、滝のような汗をかいていたので本当のところは分からなかった。


「……もう大丈夫だから、……避難してもよいぞ」

「ここまで来たら、最後まで見届けたく存じます」

「無事は保証できぬぞ?」

「覚悟の上でございます」


 そこで王女がゆっくりと両の手の掌を天に向かって掲げるのだった。


 すると突然、手の平の上に火種ができて、天に突きさすように火柱があがるのだった。


 それは火竜だった。まるで生きているかのように、ドラゴンのような炎が天に昇っていくのである。


 熱は感じられたけど、炎に包まれることはなかったので、火傷することなく、火炎魔法をこの目で確かめることができた。



 ファイヤー・ドラゴンの正体


 炎が消え去ると同時に、王女の身体は平熱を取り戻し、びしょ濡れだった衣服も一瞬で乾燥した状態に戻るのだった。


「火傷はないみたいだな」


 王女が正面から覗き込むように僕の顔を触りながら確かめてくれた。


「王女もご無事で何よりでございます」

「自分で立てるか?」

「はい」


 全身の筋肉が痛かったけど、心配するといけないので、手を借りずに立ち上がることにした。


「しかし、とんでもない魔法ですね」

「うん、日増しに火柱が大きくなっていくんだ」

「完全には制御しきれていないわけですね」

「身体に熱を感じ始めたら屋上に出るようにしている」


 それでは日常生活を送れるはずがない。


「それは、いつ発火するか自分でも分からないからですか?」

「うん、太陽に向かって手をかざすと身体から力が抜けてくれるんだ」

「体内に魔力があると感じられるわけですね」

「わらわの身体の中に、別の生き物が棲んでいるような、そんな感じだ」


 読書家ということもあり、表現が的確で助かる。


「何か分かったのか?」


 期待に添えるか分からないけど、どんな魔法も物理法則から大きく外れることはないはずである。


「残念ながら僕が住んでいた地球ほしには天高く舞い上がる火柱は存在しません。しかしこの世界には、この世界にしかない元素や化合物が存在しているんだと思うのです」


 質問がないので続けることにした。


「何もないところから火を生み出すには液体か気体を必要としますが、観察したところ、汗が火魔法の素になっていると考えられます」


 それ以外には考えられない。


「それが特殊な性質を持っていて、液化状態では発火せず、気化するまで引火することはないという、母体となる宿主を守る特性があるのです。しかも火力はどんな元素や化合物よりも強大です」


 汗一滴にとんでもないパワーが秘められているというわけだ。


「その強大なる火魔法をコントロールするには、魔力化している気体に、なんらかの方法で引火させる方法を見つけ出さなければなりません」


 そこは地球の科学と変わらないはずだ。


「考えられる方法は、ランプなどの火を借りるか、太陽光を利用するか、摩擦熱を使うしかありません。指先を擦っただけでも摩擦熱が生じますからね」


 宿主を守る特性があるので、必ずコントロールする方法があるはずだ。


「手の平の上に火種を生み出すことができるなら、体内にある液化している魔力を、外に出して気化させて、摩擦によって引火させることができるかもしれません。呼び掛けて、お願いしてみてはどうでしょう?」


 そこで王女が手を開いて、軽く指先を擦り始めるのだった。


「おおおっ」


 するとファイヤー・ボールが出現するのである。


「ちゃんと言う事を聞いてくれたぞ!」


 僕も確信はなかったが、これはコツブの言葉がヒントになった。軍学校のグラウンドで水魔法の練習をした時、まるで水と対話をしているように魔法を使っていたので、もしやと思ったわけだ。


 地球と違って、魔法世界では水や火など命を持たないものが、魔法使いにのみ感情を持つようになるのである。


 それは世界を火の海にできるような能力だが、今のところ世界が平和に保たれているということは、悪用することはできないとも考えられる。


 自然が言う事を聞くのは、王女やコツブのような心優しい人たちだけなのかもしれない。


 彼女たちを見ていると、悲観したり憂いたりすることは何もないと、そんな風に思った。


 この世界には王女のように制御できない魔力に苦しんでいる人が他にもたくさんいるかもしれない。


 僕はそんな悩める人たちの救いになれるように、もっと勉強して、人の助けになるように生きようと思う。




 おわり

 あとがき


 最後までお読みくださり、ありがとうございました。本作は公募用なので、始めから十万字前後で完結できるようにと構想をまとめました。


 商業化を狙った作品なので必要に応じて続編を書けるようにしていましたが、応募を見送ったので、全一巻で終わらせることにしました。


 ただ、続編と言いましても、現段階ではプロットはなく、特に事件も起こりませんし、主人公の恋愛物語が始まるわけでもありませんので、作者としてはスッキリ終わらせたつもりであります。


 これからひたすら和気藹々とした日常が続いていくということで、後は想像で楽しんで頂けたらと願っています。


 本作は本当に特別な作品でして、登場人物が大好きで、作者お気に入りの作品ということで、どうしても物語を閉じたくないので、完結設定にはしませんでした。


 キャラクター達の幸せが永遠に続くことを願いまして、誠に勝手ながら、エターナル作品とさせていただきます。


 最後まで読んで頂いた方のみ、その気持ちが伝わればいいと、あとがきを書くことにしました。


 なろう小説ですので、十万字では物足りなさを感じさせるかもしれませんが、単行本一冊、全一巻を読了したとして、本を閉じて頂ければ幸いです。

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