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第4話 サーニャの悩み

 泊まる場所がないということで、サーニャのお家でお世話になることになった。(寝泊まりしたのは作業員宿舎だけど)


 サーニャのお父さんは猟犬の繁殖、飼育、訓練をして生計を立てているということで、僕にとっては憧れの存在だ。


 犬里村と呼ばれているのも、ここで訓練された犬がお城に献上されているからで、国営事業として予算を頂いているからなのだそうだ。



 犬種


 猟犬には大きく分けて、視力に優れた「視覚ハウンド」と嗅覚に優れた「嗅覚ハウンド」の二つがある。


 視覚ハウンドだと、家畜をオオカミやキツネから守る、平均体高が高いアイリッシュ・ウルフハウンドが有名だ。


 嗅覚ハウンドは、穴に潜るのが得意なダックスフントや、ウサギ狩りが得意なビーグルが有名である。


 大事なのは育まれた歴史から犬種の特徴や性格を知っておくことだ。(歴史を知る努力をせずに家庭犬にしてはいけない)



 異世界犬


 サーニャの牧場では地球と似たような犬が別々のエリアで飼われており、牧場長の訓練を見学させてもらいながら話を伺った。


 現代の地球には軍用犬、警察犬、麻薬探知犬、災害救助犬、介助犬、盲導犬など存在するけど、使役犬という概念はあっても、作業の分類は進んでいないように感じた。


「サーニャのことですが」


 グレート・デーンのような大きな犬が飼われている犬舎を見学させてもらった時に、牧場長に昨日から気になってることを尋ねてみた。


「チョモに会えなくて寂しそうでした」

「知ってるが、どうにもならなくてな」

「僕も愛犬と別れたので気持ちが解ります」

「一緒に育ったようなものだから、何とかしてやりたいのは俺も同じだが」


 僕よりも犬のことを知っている牧場長が「手立てがない」と言ってるのだから、本当に手に負えない問題で困っているのだろう。


 現代の地球には狂犬病ウイルスが存在しているのでペットを飼う責任は極めて重たい。(ウイルスは犬に限らず、ヒトを含む全ての哺乳類に感染する)


「やはり病気ですか?」

「いや、魔物化だ」


 大型犬の状態を確認しながら答えた。


「魔物なら仕方ありませんね」

「その口ぶりだと魔物のことをよく解ってないんじゃないのか?」


 魔物に魔物以外の意味があるのだろうか?


「魔物かどうか分かりませんが、森の中で喋る鳥と出会いました」

「そいつは真似鳥だが、姿を現すとは珍しい」


 いきなりガチャでレアを引いたようなものだろうか。


「その真似鳥も魔物なんですよね?」

「ああ、そいつらは賢くてな、山を荒らすと鳴き声で狂暴な魔物を呼び寄せて村を襲わせてしまうんだ」


 原始宗教の自然崇拝は、魔物が跋扈ばっこする世界になったことで見直された信仰なのかもしれない。


「犬の魔物化というのが解らないのですが」

「見せてやろうか?」

「いいんですか?」

「ユタカは信用できる」


 そこで怖い目をする。


「ただしサーニャには内緒だ」

「約束します」


 殺処分を検討しているということだろうか。



 チョモ


 連れて行かれた先は放牧場の外れにある大きな家畜小屋だった。囲っている木柵には丸太が使われているし、魔物化したということで隔離して厳重に管理しているのだろう。


「犬種は何ですか?」

「ミニチュア・ダックスフントだ」


 ミニチュアは日本語で、miniatureは英語・フランス語で、Dachshundのフンドをフントと発音するのはドイツ語だ。つまり異世界では存在し得ない単語のはずである。


「まぁ、見てくれ、見れば俺の気持ちが解るはずだ」


 そう言って、大きな錠前を取り外して、四本のかんぬきを引き抜いて、扉を開けるのだった。


「……えええぇ」


 そんな声しか出なかった。


「んぐ」


 ミニとは何だろう?


「んあ」


 バスに轢かれたようなものだ。


「ちょっ、ちょっ」


 マイクロバスほどのミニチュア・ダックスフントに覆い被されて、顔いっぱいを舐められているところである。


「な? これで解っただろう?」

「はい」


 立ち上がって、大人しくするように命じると、ちゃんと言うことを聞いてくれるのが甲斐甲斐しい。


「だからサーニャから引き離したわけですね」

「踏まれただけでも骨折するからな」

「ここまで大きな犬は見たことがありません」

「魔物化しなけりゃ、これほどにはならんさ」


 チョモが可愛らしい目で見つめている。


「一口に魔物化といっても、全部が全部人間を襲うわけじゃないんだな。中身は他の犬と変わらんよ。お城の王女さまも魔物化したが、人間の言葉は忘れていないというからな」


 また王女の話だ。


「といっても、俺も魔物に関してはさっぱりだ。都に行けば魔獣医学を扱う学校があるというが、それが何の役に立ってるのか分からんからな」


 六歳から毎日欠かさず本を読む生活をしていたので都での学問に憧れる。


「俺が知ってる魔物はコイツだけだ。しかも、それも最近のことだ。三十日前から急に巨大化したからな」


 猟犬は何でも口に入れてしまう習性があるので、何かを飲み込んだ可能性があるが、今はまだ僕の仮説にすぎない。


「よく今まで育てられたと思います」

「ユタカなら解ってくれると思ったよ」

「心から尊敬します」

「嬉しい言葉だが……」


 そこで無念さを滲ませる。


「もう、エサが限界でな、もう、無理なんだよ」


 それについては僕も気づいていた。マイクロバスほどの巨体を健康に保つためにはバランスのよい食事と充分な運動が必要である。


 無責任な飼い主は可愛がるだけで幸せになり、責任感の強い人は良心を傷めるという、なんとも不条理な世の中である。


 そういう僕も無責任な人の一人だ。


「なんとか飼い続ける方法はありませんか?」

「養豚、養鶏の生産者からは『殺してくれ』と頼まれてる」


 これだけ大きな動物だと人間や家畜を襲う可能性もあるので無理のない話だ。


「チョモ?」


 振り返ると、サーニャが立っていた。


「チョモなの?」


 ワン!


「やっぱりチョモだあ!」


 そう言って駆け寄ると、首元にしがみついて顔を埋めるのだった。


 チョモも嬉しそうにしているけど、小さな子に怪我をさせないように喜びを抑えている感じだった。


 それでも尻尾までは我慢できない様子で、小さな、といっても大きな尻尾をブンブンと振り回すのだった。


「……サーニャ」


 厳しい仕事人の顔ではなく、優しいお父さんの顔になってしまった。


「チョモを殺しちゃうの?」


 父親が答えられずにいるが、これを親子の問題にしてはいけない。それはあまりに酷というものだ。


「チョモがこんなにも元気に育っているということは、サーニャのお父さんが一生懸命に育ててきたからなんだよ? 誰よりもチョモのことを考えているのがトトさんなんだ」


 サーニャが今度は父親の足にしがみつくのだった。


「わたしもチョモを育てるお手伝いをする!」


 それには莫大な費用が掛かるエサ代を何とかしなければならないので、ここはお父さんの代わりに僕が悪者になることにした。


「サーニャ、チョモを育てるには沢山のエサが必要になるけど、それはどうしたらいい?」


 村には学校がないので意地悪に思われても、僕が嫌われる先生役をするしかなかった。


「サーニャの食事を分けてあげる」

「それじゃ足りない」

「みんなからちょっとずつもらう」

「それでも足りないんだよ」


 一日のエサの適量は体重から割り出すけど、チョモの場合は推定で50~70キロのエサが必要になる。


「どうしたらいいの?」


 お父さんに泣きついてしまった。


「方法は無いこともないんだが」

「ほんとうに?」

「その場合、山から命を頂くことになる」


 ここも僕が悪者になった方が良さそうだ。


「サーニャ、チョモを生かすということは、山にいる動物たちの命を奪うことになる。それは僕たちの日々の食事と同じだ。そのことは、ちゃんと理解してくれるね?」


 尋ねても難しそうな顔をしていた。


「それほど難しく考えることではないんだ。僕たち人間も死んだら動物や虫に食べられる存在でしかなく、他の動物や虫と何も変わらないから。だからこそ、チョモにも生きる権利があるんだ」


 そこで父親が仕事人の顔を取り戻すのだった。そして腰を落として娘と目線の高さを合わせた。


「サーニャ、チョモを育てられるか?」

「できる」

「動物の世話に休みはないぞ?」

「がんばるもん」


 そこでもう一度だけ僕が悪者になる必要があると思った。


「サーニャ、猟犬というのは──」


 説明しようと思ったら牧場長に手で制された。そこは本職なので自分の口から話したいようだ。


「猟犬には狩猟本能が備わっている。それは生きるために必要なものだからだ。だから運動をさせて欲求を満たしてやらないといけないんだ。足や腰を痛めさせないように運動させるのはすごく難しいぞ?」


 僕の時は無反応だったのに、父親の話にはしっかりと頷くのだった。


「生きていれば攻撃的になる時もあれば吠える時もある。だからといって狂暴だとは思ってはいけないんだ。それは人間から見た印象であって、もっと大きな世界から見たら自然現象でしかないからだ」


 僕よりも牧場長の方が難しい話をしているのに、なぜかサーニャは理解したような顔をしているのだった。


「動物を飼うというのは、伝染病に気を付けなければいけないので周囲の理解が必要だ。みんなにお願いすることになるけど、それをちゃんとやるって約束できるか?」


 サーニャが力強く頷いた。


「村人全員だぞ?」

「約束する」


 その答えにお父さんが嬉しそうだ。


「よし、一緒に頑張ろうな」


 人類が狩猟犬をパートナーとして共に命を繋いできた歴史を決して忘れてはいけない。異世界で暮らす親子を見て、そんなことを思った。

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