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第39話 ひきこもり姫

 湖城へ


 フレア王女が面会を許したのは僕一人ということで、他のみんなには旧王宮に残ってもらうことになった。


 王女が暮らしている湖の城まで馬の襲歩しゅうほで半日は掛かるということで、官馬車を用意してもらった。


 ウルルが一緒じゃないので不安がよぎったけど、カシラギさんが護衛してくれたので、安心して命を預けることができた。



 古戦場


 これから向かう水城は森林資源を他国の侵略から守るために建てられたそうだが、それは大昔のことで、現在は普通の家としての役割しかないとのことだ。


 湖岸一帯に城下町があるけれど、現在は平和的に暮らしており、戦争の記憶を持つ者は一人もいないという話である。


 どうして僕がそんな話を知っているかというと、移動の間、官馬車に相乗りしているカシラギさんから王国の歴史について教えを受けたからだ。



 お城


「さぁ、見えてきたぞ」


 遠目からだと湖の浮き島に建っているように見えるけど、実際は湖面に突き出した半島に建立されているので馬車に乗ったまま城門を潜ることができた。


 眼前に聳え立つ城は、ヨーロッパによく見られる古城そのものだった。監視塔には矢狭間はあっても銃眼はないということで、それを見ただけでも歴史が感じられた。



 お出迎え


「あんれ、まあ」

「ジョルジオだよ」


 お城の前庭で僕たちを出迎えたのは五組の老夫婦だった。退官した乳母係や退役軍人が王女のお世話をしているという話だが、他にも若い使用人が控えていることから老人ホームのように思えた。


「相変わらずいい男だね」

「わしの若い頃にそっくりだわい」


 ここでもマントの貴公子は大人気だった。


「こっちの異人さんは随分と変わった格好をしているんだね」

「魔法使いと聞いたぞ?」

「異国生まれは目鼻立ちが違うもんなんだ」

「魔法使いは年を取らないって話だな」


 話がヘンな風に伝わっているようである。


「異人さんってのは本当にいたんだね」

「死ぬ前に魔法使いに会えるとは思わなんだよ」

「長生きはしてみるもんだ」

「あの引きこもりの姫様が興味を持つのも無理はないな」


 ここでカシラギさんが一人だけ軍服を着ている老人に確認を求める。


「その姫ですが、本当に会っていただけるんですか?」

「ああ」

「そいつは驚いたな」

「わしらもびっくらこいちまったもんな」


 世話役の侍女とも顔を合わせない生活を送っていると聞いているので、部外者との面会は異例中の異例なのだそうだ。


「早速ですが、会いに行ってもよろしいですか?」

「構わんが、予定では二日後に来るという話だったが?」

「ネネのおかげで早く到着することができましたので」

「そいつは大したもんだ」


 ということで、お城の中へ案内してもらった。



 お城の中


 昔は風通しも悪く、不衛生でシラミに悩まされながら生活していたと聞くが、戦争が終わってから住みやすいように全面的に改装をしたということで、旅行のパンフレットで見られるキレイな光景が目の前に広がっていた。



 誓約


 フレア王女が引きこもり生活を送っているのは城の四階部分ということで、案内されたのは三階にある階段の手前までであった。


 城の中にはたくさんの階段があるけれど、王女が引きこもってからは、非常口も含めて全て塞がれてしまったので、使用人が使う階段が唯一の連絡路となっていた。


 そこから先は身内である国王や王妃であっても立ち入りが禁じられているのだそうだ。


「姫君様はどういう生活をしているんですか?」


 カシラギさんの質問に老兵が答える。


「さてね、侍女だけが階段を上がる許可を頂いておるのだが、食事を運ぶ時間が決まっていて、その時ですら顔を合わせることはないそうだ」


 ご飯は作ってもらうけど、みんなと一緒には食べないという、完全な引きこもり生活だ。


「掃除はどうしてるんですか?」

「侍女が掃除している間は自室にこもっているそうな」

「では、自室の掃除は?」

「そこだけは誰に対しても立ち入りを禁じておる」


 カシラギさんが唸る。


「よく面会の許可が下りましたね」

「魔法力学に興味がおありなので」

「グラシス先生を信用されたわけですね」

「そういうことでしょうな」


 つまり僕は先生の信用を傷つけないようにしないといけないわけだ。


「少年よ」


 そこで老兵が僕を睨みつける。


「人生は、生きるか死ぬかの二つに一つ」


 たどたどしい口調だ。


なんじよ、生きて帰れぬ覚悟はあるか?」


 そこでポケットからメモを取り出して、読み上げる。


「生きて帰れぬ覚悟はあるか?」


 なぜか同じことを繰り返した。


「覚悟が出来たら上がって参れ!」


 なかなかの棒読みであった。


「出来ぬなら、今すぐここから立ち去るがいい!」


 そう言ってメモを折り畳んでポケットに仕舞うが、いきなり芝居がかった口調で大きな声を出されたものだから、すぐには返事ができなかった。


「それが、姫君様からの言伝ことづてじゃて、気をつけて参られよ」

「……はぁ」


 よく分からないけど、火魔法が危険なのは承知の上だし、既に覚悟は決めているので、今さら迷うことはなかった。



 究極の選択


 使用人通路と王女が暮らしている居住スペースは耐火扉で仕切られていたので、念のためにドアを叩いて来訪を告げたのだが、返事がなかったので勝手に失礼することにした。


「こんにちは」


 挨拶しつつ廊下に出てみたのだが、改装済みの下層と違って、廃墟のようにうらぶれた光景が広がっていた。


 真っ昼間だけど、明り取りの窓から差し込む光しか光源がなかったので、薄暗くて不気味に感じられた。


「失礼します」


 返事がないので、こちらから捜しに行かなければならないが、おばけ屋敷に迷い込んだ気分に囚われてしまって、廊下の先へ足を踏み出すのが怖かった。


「王女様?」


 通路はコの字型になっていると聞いたが、長い主廊下を見渡しても、人の気配が感じられないのである。


 前へ進みつつも、途中で扉があったのでノックしてみるのだが、反応がなく、勝手に開けるわけにもいかないので、廊下の先に歩を進めることにした。


「こんにちは」


 図書室や書斎があると聞いていたが、どの部屋からも返事が返ってくることはなかった。


 これだけ捜しても見つからないということは、二つ目の曲がり角の先に「諸王の間」があると聞いていたので、そこにいるのではないかと思われた。


「開けますよ」


 衛兵がいないので、自分で扉を開けるしかなかった。


 中は小部屋で、いわゆる「控えの間」になっていた。


 窓がないので暗いのだが、隙間から光が漏れていた。


「わらわを目覚めさせたのは、お前か?」

「復活の時を待っていました」


 低い声が王女様で、幼い声の方が世話係の侍女だろうか?


「待ちくたびれたぞ」

「お待たせして申し訳ございません」


 不気味な雰囲気に気圧されて、身体が強張こわばっているのが自分でも分かった。


「しかるに、現在はどのような状況だ?」

「事態は極めて深刻にございます」


 王女の姿を確認しようと思ったが、扉の隙間が狭すぎて目視できなかった。


「魔王討伐を託したではないか!」

「王女なくして、何ができましょう!」


 この世界に魔王がいるなんて聞いてない。


「ガラボンは未だ健在というわけか」

「民から聖帝と崇められております」

「魔王が聖帝とは片腹痛いわっ!」

「御意にござりますっ!」


 王女が荒ぶっているので口を挟める雰囲気じゃなかった。


「だから、わらわの力を必要としたわけだな?」

「魔王ガラボンを倒せるのは姫君様しかおりませぬ」

「ギズリダーデの予言を現実にするわけか」

「今こそワリンラッカの伝説を甦らせるのです!」

「ジアマルディに誓おうではないか!」

「ラバンバの日を取り戻しましょう!」


 理解が及ばない会話だ。


「ところで、腹が空いたな」

「おなか……」

「食事の用意はしておろうな?」

「それが」

「まだと申すか!」

「申し訳ございませぬ」


 ご乱心だ。


「では、お前を頂くとしよう!」

「ヒィィッ」


 王女は魔物だったということか?


「姫君様、どうか、お許しくださいませ」


 助けに行くべきだろうか?

 助けを呼びに行くべきか?

 どうしたらいいだろうか?


「ならば究極の選択だ。自ら生肉となり生贄となるか、わらわに殺されて死肉となるか、どちらがよいか選ばせてやろうではないか!」


 むちゃくちゃだ。


「さぁ、選ぶがよいっ!」


 その瞬間、足が勝手に動いた。


「お待ちください!」


 怖かったけど、止めなければいけないと思った。


 暗闇から出たので眩しくて目が痛かった。


 それでも段々とは慣れてきたが、魔物らしき姿はどこにもなかった。


「誰だ? お前は」


 騎士の格好をした赤い髪の女の子が玉座の前に立っていたが、どうやら彼女がフレア王女のようである。実戦向きの重装備ではなく、コスプレみたいな軽装備なのが気になるところだ。


「僕はグラシス先生の紹介で伺った中嶋優孝です」

「面会は明後日みょうごにちのはずだ」


 頬にそばかすのある可愛らしい猫顔のお姫様だけど、怒っているので怖かった。


「速く到着したのです」

「聞いてないが?」

「報告も兼ねてお伺いしました」

「それは事前連絡と言わないぞ!」


 おかんむりである。


「ところで王女様、召使いはどちらに?」

「侍女のことか?」

「はい」

「出入りの者はいないが?」


 え?


「でも、会話を耳にしましたが……」


「ああああああああああああああああああっ!」


 奇声を上げた瞬間、顔が真っ赤になり、玉座の背もたれに身を隠すが、膝を抱えて丸くなっている姿が丸見えだった。


「姫君様?」


 隠れているつもりのようだ。


「大丈夫ですか?」


 察するに、どうやら声音を変えて一人二役の一人芝居をしていたところに居合わせてしまったみたいだ。


「どこから?」


 王女が真っ赤な顔のままチラ見して尋ねた。


「どこからとは?」

「どこから聞いておった?」

「王女様が復活された辺りからです」

「全部ではないか!」


 そう言って、床の上でジタバタするように悶え苦しむのだった。


「ああ、ダメだ、恥ずかしすぎる」


 見てはいけないものを見てしまったようである。


「この恥ずかしさは耐えられそうにない」


 そこでガバッと起き上がり、玉座に腰を下ろすのだった。


「その方、前へ来て、ひざまずけ」


 言われた通りにするしかなかった。


「たった今、この羞恥から逃れる術を思いついた。わらわの恥ずかしい姿をこの世から抹消するには、貴君をこの世から消し去るしかない。記憶を持つ者がいなくなれば恥ずかしがる必要もなくなるからな」


 むちゃくちゃな論理だ。


「王女様、それは殺生な」


 言葉通りの意味で使う日がくるとは思わなかった。


「ならば究極の選択だ。わらわに殺されるか、自ら命を絶つか、好きな方を選ばせてやろうではないか」


 それだと、どちらを選んでも同じだ。


「さぁ、選ぶがよいっ!」


 選べるはずがない。


「お待ちください、王女様」


 どうしよう?


 何か言わないと……。


「僕も究極の選択を考えました」

「おっ?」


 食いついた!


「なんだ? 申してみい」


 目を輝かせている。


「一つは、王女様の秘密を守りながら共に生きて行くこと。もう一つは、王女様の秘密と共に一緒に死ぬこと。どちらか一つをお選び下さい」


 究極の選択でも何でもないが、王女様の反応は違った。


「なんだ、その斬新な二択は!」


 興奮している様子だが、それが実に楽しそうであった。


「悩むな」


 いや、悩む要素は一つもないはずだ。


「これは難問だぞ」


 いや、一緒に死ぬ方を選ばれては困るのだが。


「こんなにも答えを出すのが難しい究極の選択は初めてだ」


 真剣に悩むものだから、だんだんと不安になってきた。


「生きるべきか死ぬべきか、それが問題というわけだな」


 ヤバい、僕まで分からなくなってきた。


「なんて哲学的なんだ」


 悩みなんてなかったはずなのに、考え始めたことで問題になってしまったように思う。


「ダメだ」


 ぐったりした様子であった。


「明日まで考えさせてくれ」


 ひとまず延命できたようである。

次話が最終話となりますが、執筆中につき、しばらくお待ちください。

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