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第38話 伯父王

 ゴール


 道中で一度も魔物と遭遇しなかったということもあり、通常ならば十日を要する行程を二日も早く到着することができた。


「まさか本当に魔除けの効果があったとはな」


 これには街道の治安維持に努めているカシラギさんも驚いた様子であった。


「ウルルのおかげです」


 だから馬に乗せてもらう余裕ができて、こうして馬上から手綱を引く副長に声を掛けることができたわけである。


「ううっ、わたしは特別に何かをしたわけじゃありませんけど、お役に立てたのなら嬉しいです」


 ウルルも隊士の馬に乗せてもらっているが、下から目線は相変わらずだ。


「魔物が出ても、おらっちのゲンコツで一発だけどな」


 コツブもお馬さんに乗せてもらってご機嫌だった。


「こんな快適な旅は初めてだったわ!」


 この世界では数少ない旅の経験者でもあるグラシス先生が言うのだから間違いないだろう。



 旧都


 魔物の出現によって街道を整備する必要に迫られて、それに伴って遷都されたそうだが、すべての住民が新都に大移動したわけではないので、都市機能は維持したままであった。


 人口は百万都市に成長した新都の半分だと聞いたが、それでも五十万人以上はいるので、文明を考慮すれば充分に大都会だといえるだろう。


 街の大きな特徴として、無防備な郵便村と違って、外敵の侵略から身を守るように都市設計されている点である。


 真ん中にお城があって、それを囲むように城壁の役割を果たす家屋が密集して建っており、まさに城塞都市そのものであった。


「おっ、ビックリしたぞ」

「ううっ、大きな音ですね」

「あれは時刻を報せる鐘の音ね」


 もう一つ大きな特徴があって、それは教会と思われる建物に威厳が感じられる点だった。


 魔物の出現によって新時代が始まったけど、旧都には古い宗教が昔と変わらずに残っているような、そんな空気を感じるのである。


 僕自身に置き換えるなら、どんなにハイテク化が進んでも、神社に安らぎを覚えるような、そんな感覚に近いものを感じられるのだった。



 城


 先生によると、お城の呼び方は時代によってコロコロと変わってきたそうだ。これまでは「王城」とか「王宮」と呼ばれていたが、現在は「旧王宮」という呼び名が定着しているようである。


「ご案内します!」


 城門で待ち構えていた衛兵が馬車の積み荷を調べることなく顔パスで中に通したということは、やはりカシラギさんは信頼のおける王家筋の人なのだろう。


「これはお早いお着きで」


 近衛兵長らしき年配の男が城内のエントランスホールで出迎えたのだが、明らかに階級が上だと思われる御仁ですらかしこまって挨拶をするのだった。


「先に殿下にご挨拶しておきたいのだが」


 兵長に対応したのはラパネリさんで、殿下というのは城主のことだ。


「お時間を頂きたいのですが、なにぶん急ですので」

「構わん」


 そこでカシラギさんが柔和な笑顔を見せながら口を挟む。


「ハハッ、早すぎる到着もマナー違反だということだね」


 護衛隊を指揮した隊長さんがキッと睨む。


「私が悪いと言いたいのか?」

「悪いとは言ってないだろう」

「マナー違反だと言ったじゃないか」

「それに関しては俺にも責任がある」

「『俺も』とは何だ?」

「隊長がせっかちな判断をした時は、副長が落ち着かせるべきだった」


 道中ずっとこんな感じで言い争っていたので、もはや誰も反応しないのだった。


「到着は早い方がいいと言ったじゃないか」

「あの時はそう思った」

「私はその助言の通りにしたんだ」

「わかった、今回は俺が悪かったよ」

「『今回は』ってどういうことだ?」

「言い直す、今回も俺が悪かった」

「わかれば、それでいい」


 結局、いつものようにカシラギさんが折れて丸く収めるのだった。



 城主


 グリン王国は単一王朝ということもあり、領内に城はたくさんあっても、玉座は一つしかないので、旧王宮であっても「王の間」は存在しない。


 しかしそれは正式な呼称であって、政治に疎い一般人は「旧王宮」のことを未だに「王城」と呼んだり、城主のことを普通に「王様」と呼んだりしているそうだ。


 現在の城主は現国王の伯父にあたる人なので、わかりやすく「伯父王」と呼ぶ人がほとんどなのだそうだ。


「遅いぞ!」


 長旅で疲れた旅団全員が玉座の前に整列されたまま待ちぼうけを食らっているものだから、コツブがイライラし始めた。


「王様が現れたらゲンコツをお見舞いしてやるんだ!」

「コツブちゃん、それは流石にダメだから」


 ウルルが注意してくれる人で助かった。


「伯父王はオシャレな人だから」


 人柄を知るグラシス先生は達観して諦めている様子だった。


「待たせたな」


 それからしばらくして恰幅のいいお爺さんが姿を見せたのだが、先生の言う通りの人物だった。


 上等な長髪のカツラを被り、長く伸ばした髭をキレイに固めて、派手な御召し物の上にキラキラした宝飾品を身に着けているのである。


「ネネよ──」


 玉座に腰を据えた伯父王が、ラパネリさんに声を掛けた。


「また一段と美しくなったではないか」

「お褒めに預かり光栄に存じます」


 ムスッとしているので社交辞令と受け取ったようだ。


「ジョルジオよ──」


 これはカシラギさんのことだ。


「ネネと一緒に会いに来たということは、やっと結婚する気になったか?」

「じゃじゃ馬を飼いならすには、まだまだ馬術の腕が足りませぬ」


 伯父王は大笑いしたが、ラパネルさんはキッと睨みつけるのだった。


「よくも私を馬にたとえてくれたな!」

「いけなかったか?」

「当たり前だろう!」

「俺がこの世で一番好きなのは馬なんだ」


 いつもなら反論するはずのラパネリさんが見たこともないくらいに顔を真っ赤にするものだから、思わず笑いそうになってしまった。


「ははっ、相変わらず仲が良くて結構だ」


 どうやら伯父王も認める関係らしい。


「ところでジョルジオよ、姪っ子を治療できるというのは本当か? いや、治療というのは語弊があるな、はて……」


 そこで考えるも別の言葉が見つからない様子だった。


「お前たちに何ができるんだ?」

「それに関しては先生の方から説明して頂きましょう」


 グラシス先生が口を開く。


わたくしどもが臨む施術は、治療ではなく、能力を向上させるための訓練だと考えております。馬術の話がありましたが、トレーニングを積むことで能力を自在に制御できるのではないかと期待しているのです」


 伯父王が怪訝な表情を浮かべる。


「それを異人に任せるという話だが?」


 異人とは僕のことだ。


「はい。すでに実例をこの目で確認しておりますので、トレーナーの仕事を引き受けてもらいました。もちろん、私も協力させてもらいますが」


 責任を明言してくれたので頑張ろうと思った。


「いや、姫は確かに了承してはくれたが、城へ入る許可が下りたのは一人だけだ。なにしろ伯父であるわしですら面会を拒絶しておるからな」


 そこで伯父王が初めて僕と目を合わせた。


「聞いておろうが、もしも事故に遭っても、火傷では済まぬが、それは覚悟の上であろうな?」


 火魔法なので焼死もありえるということだ。


「どこの誰かも分からない僕を信頼して会ってくれるというのなら、その信頼に応えるまでだと思っています」


 こうして一人で湖の古城へと行くことになった。

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