第37話 旧都へ
休業
これから湖城のお姫様を助けに行くのだが、ウルルとコツブも一緒に行きたいということで、パン屋さんでの広告仕事をお休みすることにした。
自分たちの都合でお店に迷惑を掛けてしまうので僕の方から説明したのだが、店主は恨み言どころか、嫌な顔を一つも見せずに了承してくれたのだった。
「最近はコツブちゃんが休みの日も完売するもんでね」
朝のラッシュを終えた店内でテーブルを囲みながら四人でお茶を飲んでいるところだ。
「それはすごいな!」
「ううっ、安心しました」
「お客さんも『コツブサンドを一つ』って注文するくらいだからね」
サンドウィッチ伯爵の名前が定着したようなものだろうか。
「商売というのも難しくてね――」
急に真剣な顔つきになった。
「ここら辺は街道の村と比べれば都会的だが、王都と比べると田舎だろう? そうなると自由競争というわけにもいかなくてね、儲けすぎてしまうと他の店の客を奪うことにもなるから、これ以上は欲をかいちゃいけないんだ」
観光客がいないから、お客さんの上限数が決まっているわけだ。
「肉や野菜の仕入れ先に競合店の家族や友達が働いているような地域だから、だから店に行列ができたとしても、おいそれとは二号店を出店しようってわけにはいかないのさ」
街自体は広いけど世間は狭いという、まさに僕が住んでた田舎町と似ているところがあるようだ。
旅立ちの朝
グラシス先生も旧都の王城へご挨拶に伺うということで、警護や世話係も含めて八人での旅となった。
アポロス邸の玄関前には二頭立ての幌馬車が二台も横付けされており、長旅だけど快適な移動が予想できた。
風雨に強いタイプの馬車で、キャンピングカーみたいに車中で生活できるくらい必需品が積み込まれているのである。
出発前
旧道は比較的安全なルートなのだが、今回の旅は名家のご令嬢でもあるグラシス先生が帯同するということで、国から警護隊が派遣されていた。
「カシラギさん!」
「ようっ、ユタカ、久し振りだな」
マントが似合う貴公子だけど、キザではなくて、お兄ちゃんみたいに気さくに接してくれるところが魅力的だ。
普段は十人前後の隊士を預かる分隊長だが、この日は五人の部下を連れて僕たちを守りに来てくれたのだった。
「隊長が旧都まで連れてってくれるんですね!」
「おう、任せとけ」
先生が声を掛ける。
「旅の安全をお願いしますね」
「フレア王女のためにも無事にお届けいたします」
それがお姫様の名前のようだ。
「ううっ、よろしくお願いします」
「君の話は聞いている。魔物が寄ってこないんだって?」
「はい」
「それは頼もしい限りだ」
コツブが僕の身体によじ登って、背中から顔を出す。
「隊長、なんでアイツがいるんだ?」
「ああ、アレのことか」
カシラギさんが振り返った先にいたのは、ラパネリ分隊長であった。なぜか彼女も五人の部下を引き連れて来ていたのだった。
「『アレ』とはなんだ!」
「あれ?」
「とぼけるな! 全部聞こえていたからな」
「そう怒るなよ」
「貴様が私を怒らせたのではないか!」
「悪かったよ」
怖くなければ誰もが魅力的に感じる美人さんだと思うのだが、近寄りがたいので損をしているように感じてしまう。それでも感謝の気持ちは伝えておかなければならない。
「ラパネリさんも守ってくれるんですね、ありがとうございます」
「『も』とは何だ?」
「はい?」
「私が護衛隊を指揮する隊長だぞ」
そこでカシラギさんを見ると、首を縦に振るのだった。
「ネネが隊長で、俺が副長だ」
「全員、私の命令に従ってもらうからな!」
まるで僕たちまで軍に入隊させられた気分だ。
出発
幌馬車の安全確認を終えたところで、旅を共にする二十人の旅団を玄関前に集めて、カシラギさんが代表して道中における注意事項を説明し始めた。
「旧都までは一本道なので迷うことはありません。旧道といっても馬車道は整備してありますので、遅くとも十日以内に到着することができるでしょう」
走った方が速いというのは、もはや言うまでもない。
「新都が栄えたことで交通量は減りましたが、宿場町はそのまま点在しているのでご安心ください。先発隊に予約を取ってもらっているので、寝泊まりに困ることはないでしょう」
軍隊経験のおかげか、カシラギさんはコーディネートの才能もあるようだ。
「しかしながら、魔物が出没したという報せが頻繁に入っているため、勝手に隊から離れて行動することのないようにお願い申し上げます」
場所によっては魔物被害が常態化しているわけだ。
「でも、ご安心を。俺が前衛にて盾となり、ラパネリ隊長が後衛にて皆さんをお守りしますので」
心強い言葉だが、それにケチをつける者がいた。
「ちょっと待て」
ブルネットの長い髪をなびかせている隊長さんだ。
「どうして私が後衛なんだ?」
「俺が前衛を務めるからだ」
「誰が決めた?」
「俺だけど」
「私に相談もなく勝手に決めたのか?」
「相談するまでもないだろう」
またギスギスし始めた。
「私が隊長だぞ?」
「だから後衛をお願いしたんだ」
「理由はそれだけか?」
「ああ、後衛は要人警護の最後の砦だからな」
それでも納得した感じではなかった。
「だとしても勝手に決めるのは問題だぞ?」
「分かったよ、だったら命令してくれ」
ラパネリ隊長が考える。
「よし、私が後衛を務めるから、副長は前衛を率いてくれ」
結局カシラギ案に変更は加えられなかったのだが、これには副長も参った様子であった。
「なんだったんだ、この時間は」
「なんか言ったか?」
「いや、何も」
「時間がないから、さっさと発つぞ」
カシラギさんだけではなく、ラパネリさんとも長い付き合いになりそうだが、色々と先が思いやられる出発式となった。




