第35話 スポーツマンシップ
パーティー
当日の朝からアポロス邸には百人以上の招待客が来場していた。近所に住んでいるお金持ちばかりで、全員が上等な礼服を着ているのだった。
ドレスを着た女性陣は「サロン」と呼んでいる多目的ホールでお茶を飲みながら話し込む人が多く、そこに招待主のグラシス先生も参加していた。
白衣姿の印象が強いので、肌の露出が少ないアフターヌーンドレスでも別人のように思ってしまった。
ゴルフ
一方で乗馬服のようなピチッとした礼服を着た男性陣は、サロンに面した広い庭でパット・ゴルフに興じているのだった。
所定の位置からポールに当てるまでの打数を競うのだが、障害物を設置して難易度を変えるので、最終の十二ホールまで順位の変動が激しくて、見ているだけでも面白かった。
「コツブちゃん、やったね♪」
距離の短いジュニアの大会も同時に開催されていたのだが、前日までずっと練習していたということもあり、コツブが初参加で初優勝を飾ったのだった。
「うん、でも、調子はよくなかったんだ」
もう既に一流のスポーツ選手みたいに、自分のコンディションまで把握できるようになったみたいである。
「大丈夫か?」
コツブが芝生に座り込んで泣いている栗色の髪色をした十歳くらいの男の子に声を掛けた。
「ぼく、負けたのが初めてなんだ」
最終ホールまでコツブとデッドヒートを繰り広げていた子だ。
「くぼみにボールがはまったもんな」
「それでも今までは勝てたんだ」
優勝を逃したのがショックだったようだ。
「試合は面白かったぞ」
「ぼくは応援してくれるみんなをガッカリさせちゃったよ」
確かに女の子だけじゃなく、一緒に戦っている男の子からも一目置かれている感じだった。
それで負けたものだから、みんなもどのように声を掛けてあげればよいのか分からず、気まずい雰囲気になっていたわけだ。
「おらっちが応援されていないことは試合が始まった時から知ってたんだ。最後も外して負けた方が見ている人は喜ぶと思ってた。でも優勝は譲られるものじゃないからな。だから絶対に勝とうと思ったんだ」
コツブ師匠の金言である。
「そっか、ぼくだけがプレッシャーを感じていて、ぼくだけが大変だと思ってたけど、他の人がそんな窮屈な思いをしながらプレーしてたなんて知らなかったよ」
そこでさっぱりした顔で立ち上がった。
「落ち込む前に勝者を称えるのが先だった」
そう言って、コツブに手を差し出す。
「優勝、おめでとう」
「ありがとう」
コツブが差し出された手を握り返すのだった。
「ううっ、二人とも素敵です♪」
ウルルが拍手をすると、遠巻きに見ていた子供たちも拍手をして、二人の元に集まって、笑顔の輪ができるのだった。
ここにいる子供たちはお金持ちの中でも、スポーツマンシップをしっかりと教えてもらった人たちのようである。
氷でのおもてなし
製氷や保冷の技術は存在するけれど、それほど普及していないということで、コツブが作った氷は大好評だった。
果実酒や穀物酒など大量に冷やしているそうだが、中には蒸留酒に氷塊を落として氷自体を楽しむ人までいた。
しかしお酒よりも喜ばれたのが冷やしプリンだった。酒好きのおじさんですら、評判を聞きつけて中庭からサロンへ求めにくるほどだった。
僕たち地球の現代人にとっては当たり前だが、プリンが芯まで均一に冷えていることがどれだけ尊いか、改めて思い知るに至った。
「コツブちゃんが氷を作ってくれたの?」
「すごいな!」
「じゃあ、このプリンもコツブちゃんのおかげなんだ♪」
庭に張り出したウッドデッキの縁に腰掛けながら小さい子供たちが冷やしプリンを食べているのだが、氷を生み出したのがコツブだと知ると、みんなこぞって絶賛するのだった。
「いやぁ、どうもどうもどうも」
それに対してコツブは偉ぶるでもなく、いつものように髭をピンと伸ばしながらも鼻をピクピクさせて、ひたすら照れながら謙遜するのだった。
ミニ・ゴルフ大会で優勝しても、冷やしプリンを褒められても謙虚であり続けるコツブを、僕は友達として心から誇りに思った。
「コツブちゃん、ありがとう♪」
こうしてウルルが感謝したことで小さな子供たちにコツブの功績が伝わったので、彼女も友達として心から誇りに思う。
いじわる二人組
この日は朝から忙しくしていたということもあり、冷やしたカット・フルーツを食べながらコツブがウトウトし始めたので、ウルルと一緒に寝室へ連れて行くことにした。
「あれ? どうしてウルルがここにいるの?」
「ほんとだ」
コツブを寝かしつけた後、サロンのある廊下へ戻ろうと玄関ホールに下りたのだが、そこでトイレのある反対側の通路から例の二人組が歩いて来て、ちょうど鉢合わせしてしまった。
「ここ、グラシス先生のお家だよ?」
「まさか呼ばれてもいないのに勝手に上がり込んだわけじゃないわよね?」
料理を大量に作っているので、どうやら王立学校の寄宿生も食事に招待されていたようである。
「残飯でも漁りにきた?」
「ギャハハハハッ」
パーティードレスは上等なのに、笑い方は下品だった。
「僕たちは先生の仕事を手伝うために雇われているんだ」
さすがに黙ってはいられなかった。
「僕たちって、ウルルも?」
「そんなわけないでしょ」
「字も読めないバカなのに」
「ねぇ」
あまりにも酷い言い方だ。
「ウルルは先生の研究を手伝うために読み書きの勉強をしているんだ」
二人が顔を見合わせてクスクスと笑う。
「今から字を覚えるんだって」
「今ごろ覚えて何の役に立てるというの?」
「先生の足手まといになるだけでしょうに」
「ほんとうにね」
どういうわけか、自分たちと同じように読み書きができるようになるのが我慢ならないようである。
「勉強というのは、誰がどんなことに関心を持ち、誰が未来に役立てる業績を残すか分からないからこそ、機会の均等に努めなければならないんだ。誰が将来、僕を助けてくれるのか分からないんだからさ」
偉そうに演説ぶってしまったから、二人にキッと睨まれてしまった。
「読み書きの練習が勉強?」
「笑える」
「ウルルが先生の研究を手伝えるはずがないでしょう?」
「私たちが受けている授業と一緒にしないで!」
やはり彼女たちは自分たちのことを特別だと思っているようだ。
「どんな反論も、勉強する人をバカにしていい理由にはならないんだ」
そこでようやく口を噤んだが、それは反論を諦めたわけではなく、玄関の扉が開かれたからであった。
「お父様、お母様!」
「どうしてこちらに?」
アポロス邸を訪ねてきた二組の夫婦は彼女たちの両親のようであった。四人とも憔悴しきった顔をしており、流す涙すら枯れた様子であった。
「油畑村が、魔物に襲われた」
それを聞いた二人の子供たちは現実を受け止められずに固まってしまったが、同時にウルルも手で顔を覆ってしまうのだった。




