第33話 物理法則
植物園について
アポロス邸の裏庭には植物園があり、そこを管理するためだけに学校の研究者とは別に、職員が八人も雇われていた。
魔性植物を育てているということもあって、昆虫も魔性化する可能性が高いため、その魔虫が卵を産み付けていないか監視するのが主な仕事だ。
普通の昆虫ですら人間基準で益虫と害虫で選別しているように、魔虫が及ぼす害や利用価値を探るのが研究者の仕事であった。
生き物相手の仕事なので実験を必要とする仕事は一見すると残酷に思うけど、虫害や疫病の怖さを学ぶことで理解が深まるので、やはり歴史教育が最も大事だったりする。
庭師
それとは別に造園を生業とする庭師もいて、邸の前庭や主庭の管理の他に、学校前にある国定公園の管理も行っているのだった。
サロンに面した敷地に主庭があって、夏場は立食パーティーも開かれるということもあり、花壇や草木や芝がよく手入れされていた。
その主庭には屋根付きのウッドデッキがあって、長椅子に毛布を持ち込んでお昼寝するのがコツブの日課であった。
僕も色んな場所で本を読むので、いつの間にかツバの広い帽子を被った庭師のオジサンとも知り合いになっていた。
ちょうど一仕事終えた様子だったので、デッキに腰掛けて水筒の水を飲むオジサンの隣に座って話し掛けてみた。
「芝の手入れとか腰が痛くなるでしょうね」
「ははっ、おかしなことを言うもんだ」
芝刈り機がないということは楽を知らないということなので、当たり前のことを言うものだから笑われたのだろう。
「庭仕事で心掛けていることはなんですか?」
そこでオジサンが手に掛けた庭を見渡す。テニスどころか、サッカーをやるくらいの広さがある。
「葉は腐らせてもいいが、根は腐らせないことだな」
そういえば、木は地中に頭があるから、幹の周りを踏んづけてはいけないと言われたことがある。(見た目は根っこが足に見えるけど、実際は逆だと)
「庭の手入れで大変なことはなんですか?」
「水だな」
即答だった。
「ここら辺は井戸枯れしない地域だから困らないが、すべての金持ちが庭に適した場所に庭園を造るわけじゃないからな。なぜその土地が安いのか分かってない者もいる」
住めたものじゃない土地であっても、地球の現代技術があれば地価に資産価値を生み出せるわけだ。
「水の流れが悪い場所でも庭を作れと言う。都合よく雨を降らせることができればいいが、そんなこと叶わぬからな。それで花壇や菜園の失敗まで俺たちの責任にされちまうんだ」
そこで空を見上げて渋い顔をする。
「しかし今年は雨が少ないので心配ではあるな。ここら辺ですら土の渇きが目立つもんな。熱波が襲って湖が干上がれば大変なことになるぞ? そうなれば食い物の奪い合いになる」
そういえば、僕が旅をして雨に降られたのはコツブが発生させた二回だけだった。
「どうした!」
目を覚ましたコツブが僕の背中に飛び乗って話に乱入してきた。
「雨が少ないから大変なんだってさ」
「おらっちがいれば心配いらないじゃないか」
「それはそうだけど……」
「水のことなら、おらっちに任せろ」
しかし熱波に襲われたら湿った空気もなくなるので、物理的に雨を降らせるのは不可能なはずだ。
水魔法にしろ、火魔法にしろ、物理法則を無視して発生させることなど有り得ないからである。
「それじゃあ、忘れないうちに水を撒いてから帰るとするかね」
「おらっちが手伝ってやろうか?」
「ははっ、お嬢ちゃんのその小さい身体じゃ桶をひっくり返しちまうよ」
「そんなことしなくても降らせればいいじゃないか」
オジサンがマジマジと凝視する。
「まさか、火を吹く王国の姫様みたいに水を出せるってわけじゃ?」
「いつでも雨を降らせてやるぞ?」
「いや、こりゃ参ったな」
魔人化を病気だと思う人が大半であったが、中にはこうして特殊技能として認識できる人もいるようである。
「よし、久し振りに降らせてやる」
そこで地面に降り立って、両手を天に掲げるのだった。するとすぐに頭上に雨雲ができて、シャワーのような温かい雨が降り注ぐのだった。
「ははっ、こりゃ大助かりだ」
「ムフン」
お礼を言われたコツブも嬉しそうで、髭をピンとさせて、ニンマリとした表情を浮かべるのだった。
考察
コツブは空に手を掲げただけで雨を降らせることができるわけだが、僕はそこにも必ず科学的に説明できる理由があると思っている。
最初は気功術だと思ったけど、それだと非科学的に感じるので、どうにも納得し難いのである。
今はまだ分からないけど、いつか必ず科学的に説明できるように解明したいと思っている。それを今後の課題にするつもりだ。




