第28話 住み込み生活
採用結果
グラシス先生の仕事を手伝う助手の面接だが、複数の外国語を翻訳できるということで、その場で採用された。
「家がないの?」
そう言って、先生は机を囲む僕たち三人の顔を順番に見回すが、ウルルとコツブは顔を上げられずにいるのだった。
「家どころか、僕たち三人には帰る場所すらないんです」
「あら、それは困ったわね」
そこで先生が間髪入れずに提案する。
「だったら、ここに泊まったらいいじゃない」
「いいんですか?」
「二階の部屋が空いてるから三人ともそこを使うといいわ」
ウルルがハッとする。
「わたしも泊めてもらえるんですか?」
「もちろんよ」
「ううっ、ありがとうございます」
コツブが白衣の袖を掴む。
「おらっちも?」
「コツブちゃんも自分のお部屋だと思って使っていいのよ」
「やった! コツブの部屋だって」
それを誇らしげに言うものだから、先生も嬉しそうな顔になるのだった。
「あの──」
ウルルが恐縮しながら尋ねる。
「タダで泊めていただくわけにはいかないので、何かお手伝いできることはありませんか? お屋敷で使用人をしていたので家のことなら何でもすることができます」
しかし先生は、それには首を横に振るのだった。
「ごめんなさいね、お気持ちは嬉しいけど、それは今の使用人の仕事を奪う行為になるから、そこは人事も含めて執事に任せているの」
裏庭まで案内してくれたおじいちゃんのことだろう。
「ううっ、無理を言って、すみませんでした」
「ウルルちゃんにはやってもらいたいことがあるから安心して」
それを聞いて目を輝かした。僕の採用が決まったことでウルルだけが失業状態だったので焦っていたのだと思う。
「学校に通いたいって話だったよね?」
これまでの経緯を伝えた中で出てきた話だ。
「はい、中園中学校」
「お勉強がしたいってことでしょう?」
「はい、したいです」
「したいなら、した方がいいと思って」
働かずに勉強ができるのは最高の環境だ。お父さんも「仕事を辞めて勉強がしたい」と言ってお母さんに怒られていた。
「ねぇ、おらっちも」
「コツブちゃんも勉強がしたいのね」
「したい!」
「じゃあ、みんなでお勉強しましょう」
二人だけではなく、僕にとっても地球人には永遠に専攻できない魔法学や魔獣医学の勉強ができるなんて夢のような話だ。
転移してから一度も地球に戻りたいと思わないのは、帰れないという諦めの気持ちもあるが、単純に好奇心が勝っているというのも大きい。
邸宅の中
家の中を案内するのは先生の仕事ではないということで、執事さんに「アポロス邸」と呼ばれる家の中を案内してもらった。
「こちらがダイニングでございます。家主だけではなく、お客様もこちらで一緒に召し上がっていただくことになります」
まずは一階にある食堂に案内された。
「うわぁ、広いな」
「こんな長いテーブル、見たことがありません」
「これだけ広いと『だるまさんが転んだ』ができるな」
「コツブちゃん、ここは遊ぶところじゃありませんから」
優に百人以上を越える会食を行えるほどのキャパシティーがある。ここで先生は一人で食事を摂っているそうだ。
テーブルに置かれた銀製の燭台や真っ白なテーブルクロスなど、成金趣味を持たない僕でも見惚れるほど本物の輝きを感じた。
「続いてはサロンへご案内いたしましょう」
おそらく応接室のことだと思うけど、アポロス邸では多目的ホールと呼んだ方が適切だと思った。
執事さんの説明によると、過去には楽団を呼んだり舞踏会が開かれたりしたそうだが、グラシス先生が研究所として使用してからは学会や読書会などでの催し物が多いのだそうだ。
「あっ、走っちゃダメ!」
ウルルが制止するも、コツブはサロンの中を意味もなく走り回るのだった。どうして急にテンションが上がったのかは謎である。
「一階でご案内できる場所は以上でございます」
アポロス邸には執事さんの他に使用人も寝泊まりしているけど、家主ですら勝手に居住スペースを踏み入ることはないということで、絶対に立ち入ることのないようにと厳命された。
「それでは二階へと参りましょう」
二階へ上がる階段は玄関ホールに二つあった。それは家主の生活空間と客用スペースで行き来できないようにしているためだ。
学校の階段よりも幅が広くて、踊り場にも余裕があり、段差も緩やかなので親切に感じられた。
それでもコツブは生まれて初めて家の中にある階段を上るということで、怖がっているのが分かった。
「コツブちゃん、お手手を繋ぎましょう」
「うん」
ウルルは僕と違って感じ取るだけではなく行動に移すのが早いので本当に親切な人なのだと思う。
自分の部屋
階段を上がった先に廊下が伸びていて、左右に大きさの違う部屋が設えてあった。僕が案内されたのは六つ並んだドアの一番手前の部屋だ。
個人客用との話だが、大きなベッドが置かれているということで、ホテルならばダブルルームみたいなものである。
他にも団体客用のツインルームがあるらしいが、ウルルとコツブも僕と同じタイプの部屋で、それぞれ隣の部屋を宛がわれた。
「どうぞ、ご自由にお使いください」
本を持ち込んでも構わないけど、火の取り扱いは厳しく注意を受けた。それがあまりにも怖かったのか、コツブがウルルのスカートの裾にしがみつくのだった。
「コツブちゃん、どうしたの?」
自分用の部屋に案内されたのだが、しがみついた手を離さず、中に入ろうとしないのである。
「入らないの?」
「一緒の部屋に泊まってもいい?」
ウルルがしゃがんで目線を合わせる。
「自分の部屋は?」
「いらない」
「じゃあ、一緒の部屋に泊まりましょう」
「うん」
そういって、元気を取り戻すのだった。寂しさには慣れているはずだけど、耐えられない種類の孤独があるのだろう。
そういう僕も、住み慣れた生家ですら夜中のトイレが怖かったので気持ちは理解できた。




